王様からの依頼
容姿のことを言われ、大和はもう一人自分たちとよく似ていた人を思い出した。
二人が小さい頃事故にあって死んだ母。百合という。生きていれば母もこちらの世界に呼ばれただろうか?
父とは恋愛結婚だったらしいが──椿ならともかく、自分の顔をまじめな顔で凝視した後──「母さんに似てきたな」──と、溜息をつくのは、やめて欲しいと切に願う。
気持ち悪いし、女顔だと自覚するのは正直へこむ。
扉の人が騒がしくなり、いきなり開いた。
「ナリス、召喚陣が壊れたと聞いた、なにがあった」
やたらと威厳のある父より少し年上なぐらいのおじさん──立派な風貌の壮年の男性が開口一番言い放ち──椿を見て破顔した。
「リリー、帰ったか(父は心配しておったぞ! 痛いところはないか?)!」
「誰?」
男は顔を引きつらせた。
「なんだ、その服は! はしたない!(許さん! そんな扇情的な衣装を着せたのは誰だ! 父は許さぬぞ!) それにその髪! そんなに短くなってしまって! 誰に切られたのだ(賊か! それとも誰かの嫉妬で切られたか、可哀相に)!」
扇情的?──ただの制服の夏服である。マニアには扇情的かもしれないが。
短い?──椿の髪は胸の辺りまであるいちおうロングだ。
「陛下、よくご覧ください。姫ではありません」
「ナリス! よく見ろだと、こんな袖も裾も短い(短い! 短すぎるぞ! 腕が丸見えではないか! 足も膝が! ああ、脛まで丸見えだあぁぁあ! いかん、いかんぞ! 未婚の娘がなんたることだ! 見た男、許さん! 後で成敗してくれるわ!)破廉恥な格好(恥ずかしくて父は見ておれぬぞ!)──リリーではないだと?」
副音声で親ばか丸出し発言ダダ漏れなリリー王女の父(たぶん王様)が、椿をまじまじと見詰めた。
精悍な顔が一瞬呆ける。
「リリーではない(こんなに似ておる他人がいるとは)……」
にっこりと椿が笑いかけた。
「始めまして、おじさま(ちょっと素敵かも。ダンディだわ)」
椿の言葉に初めて副音声がついた。思ったことをそのまま口にする椿にはあまり副音声はつかないのだろう──もっとも年頃の娘に『素敵』と言われて気を悪くするおじさまはいないようだ。
目に見えて機嫌をよくする陛下。安い、安いぞ、一国の王。小娘の無意識に手玉に取られてどうする。
「…………」
今口を利いたら不敬罪になりそうなので、大和は黙っていた。
「こちらは(間違って)異世界から召喚されてしまったツバキ嬢と兄君のヤマト殿です。それというのも(あの大ばか者)ロジニア公(いっぺん死んでこい)が未完成の召喚陣をわたしに無断で稼動させたためです(むしろわたしが叩き殺す)」
「ロジニアめか。あやつ、陣を壊させるためわざと動かしおったな」
黒い発言ダダ漏れのなりナリスだったが、王様も負けてなかった。副音声は大和と椿にしか聞こえないだろうが、ロジニア公を表現する単語を口にするとき必ず罵倒がはいる。これは胸にしまっておくべきだろうと大和と椿は思った。
「定着もまだしていない陣を動かさせるとは、どういう口実だったのだ、ディアボロ?」
「あ~、期日も差し迫っているし、姫様さえ呼び戻せれば壊れてもかまわないだろうと魔術師に迫りました。魔術師は定着させた後魔術で繋がった先を調べないと確実とはいえないと申しておりましたが、ロジニア公が権力にものをいわせ恫喝したのであります」
ディアボロの報告を聞いて王は苦虫を噛み潰したような顔をした。言葉に含まれる副音声を聞いた大和と椿は思わず遠い目をした。その内容は──ロジニア失脚しないかな~。したら嬉しいな~。しっきゃく、しっきゃく──という大人気ないものだった。いや、大人だからだろうか?
「あの大馬鹿者が(いっぺん死ね)」
「しかし、もう巫女役がやれるのはロジニア公の令嬢しかいません。不本意ですが公に責任を追及することはできません。せめて、壊した召喚陣とこれから作る召喚陣の分の費用と、こちらのお二人の滞在費、帰還用の陣の費用を徴収させていただきたいと思いますが、許可いただけますか?」
「おお、許可する。せいぜい搾り取れ(水増し請求許可)」
子供達は大人の世界を垣間見てしまった。
ああ、腹芸。副音声恐るべし。
ロジニア公へのいちおうの処分を決めた王(推測)がじっと椿を見詰めた。
「うむ、よく似ておるな。最初は見間違えたぞ。そちらのヤマト殿もか、他人とは思えぬ。ううむ、息子か孫でもできたような気分だ」
「ツバキ嬢、ヤマト殿、こちらはリリー王女の父君であらせられます、ファルガ(個人名)・トールズ(敬称)・ロディシア(家名)陛下でございます。わが国の王でございます」
やっと事実確認ができた。国王は改めて二人に向き直った。
「どうやら色々と迷惑をかけてしまったな。帰還用の陣は責任を持って作らせよう。それまでゆるりと滞在されるとよい。費用は出させるので心置きなく遊んでいかれるがよい(せいぜい疲弊されてくれたまえ)。さて、それとは別に頼みがあるのだが、きいてくれるかな?」
「頼み?」
大和は改めて王の顔を見た。妙に自分と似通っているところがあるので、本当に他人とは思えなかった。もし知らない人に甥と伯父、もしくは親子だといえば疑われないだろう。
「お二人に関係することだが、特にツバキ嬢にだな」
「なにかしら?」
「帰るまで、いや、祭まででよい。我が娘リリーのふりをしてくれまいか?」
椿は軽く首をかしげた。
「お姫様生活には惹かれるものがあるけど、裏がありそうね。わけを説明してくれるわよね? でなきゃ嫌。こととしだいによっては全面協力するわよ」
好奇心マックスの椿に大和は頭が痛くなった。
「うむ。ひとつにはリリーの失踪は極秘となっておる。姿をみせねば疑われる」
秘密だったのか、と大和と椿は驚いた。この場にいる全員が知っていることだったので、公然のことだと思い込んでいた。
「もうひとつには、祭の邪魔をしようとする輩が捕まっておらぬ。リリーがいないとなればセラフィナを狙うであろう。巫女は死守しなければならない」
「つまり囮ね」
「うむ。心苦しいが、目標を分散させねばならぬ」
「いいわよ」
「椿(そんな危ないことさせられるかぁあ! それってつまり狙われるってことだぞ)!」
即答した椿に大和が逆上して椅子を蹴倒した。
「兄さん、落ち着いてよ。あのね、この話にはこっちにもメリットがあるし、避けられないことだと思うの」
「…………なんだ(お前の好奇心だけじゃないのか? お兄ちゃんはな、お前のことが心配で反対しているんだぞ。お前に何かあったらどうすればいいんだ)」
「兄さんの一言って雄弁ね」
「……………」
副音声なんて大っ嫌いだと大和は思った。
意外に落ち着いている椿が理論だてて説明した。
「まず、わたしは普通にしてても間違われると思うの。だって実の父親が見間違えたのよ? 間違われる可能性大でしょ?」
ナリスや兵士が頷いていた。そのとおりのようだった。
「だったら、リリーさんってことにしてもらったほうが護衛とかつけても不自然じゃないじゃない。わたしに眼が向けばそれだけセラフィナさん? も、安全だわ。間違っても暗殺されないよう護衛をつけてもらえばいいのよ」
滞在中人目につけばリリー王女と間違われる。だが、たんなる異邦人にはそうは護衛をつけられない。互いの利益になる。と椿が力説した。
「これはこれは、賢いお嬢さんだな。理解してもらえて嬉しい。では、その服装から検めてくれるかな? 我々には眼の毒だ」
椿は自分の姿を見下ろして首をかしげた。
「普通の夏服なんだけど、こっちではこの丈って短いの? じゃあ、ミニスカートなんてないのね」
自動翻訳がどう説明したのかはわからないが、王が顔を真っ赤にした。
「そんなものはない!」
激怒なのか羞恥なのかは微妙なところだ。ビキニなど見たらこっちの世界の住人はどうなるのだろう。
「ひとつ聞きたいんだが」
「なんですか、ヤマト殿」
応えたのはナリスだったが、そちらの方がはなしやすかった大和はそのままきいた。
「なぜわざわざ祭の邪魔なんてするんだ? 我々の世界では祭はたんなる楽しみなんだが。ここでは違うのか?」
「ああ、普通の祭はこちらでもたんなるお祝いで楽しみです。しかし四年に一度の陽月祭だけは違います。これを行わなければ、魔界との道が開きます」
「魔界との道…………」
ファンタジーだ、と大和は思った。
「世界は小さな泡沫のようなものです。ひとつではなくそれこそ無数の世界があり、たとえていえば泡沫で創られた川のように常に流れ変動しております。我々の世界と魔界は遥か昔に接触し、道が通じてしまったと古代書に記されています。時の賢者と王はこの世界のありとあらゆるものの力を借り道を封じました。そして四年に一度、道を封じた王家の姫がまだ契約と感謝を忘れていないことを詠としてささげ、契約は続行されます」
「じゃあ、邪魔をしようとしてる人達って魔界との道を繋げようとしているの?」
「確証はありませんが、そうとしか思えませんね」
祭にそんな重大な意味があったとは驚きだった。巫女役の責任は重そうだ。
「……わかった」
承諾するしかないだろうと大和は思った。
「ツバキ嬢は王女に扮していただくとして、ヤマト殿はいかがいたしましょう?」
関係ない異邦人とするにはよく似た外見が不審がられる。さりとて、隠すには兄妹を引き離すことになってしまうとナリスがいうと、王はあっさり解決策を口にした。
「外国で育った遠縁の甥、とでもいうことにしておけ。ならばツバキ嬢のそばにいても不自然ではない」
「王族を騙らせると?」
「いや、継承権を親の代で放棄していることにすればいい」
このようにして王様からの依頼で二人の身の振り方が決まったのだった。