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お約束の異世界落ち

 わりと小奇麗な部屋ではあるが、目の前に置かれたお茶らしきものに手をつける気も起きず大和と椿は椅子に座っていた。

「名乗りもせずに失礼しました。わたしの名はナリスと申します。宮廷に仕える魔法使いです」

 やはり剣と魔法の世界らしい。

「あちらはロジニア公。彼があなた方をこちらに連れてきてしまった張本人です」

 と肥えた中年男を紹介した。

「ち、張本人とは失礼な」

「お黙りなさい! あなたが責任を取らずに誰が責任を取るのですか! 召喚陣を壊してしまった責任も取ってもらいますよ。まずはかかった費用すべて賠償してもらいます。さらに、お二人の滞在にかかる費用と、新たな召喚陣の費用と、送り返すのに必要な転送陣にかかる研究費と必要経費もです。覚悟しておきなさい」

 さーとロジニア公から血の気が引いた。かなりの金額らしい。

「というわけで、費用は公がすべて持ちますので、客人として滞在なさってください。勝手に呼びつけておいて刃物を向けるなど大変失礼なことをいたしました。あなた方には謝罪いたします。お許しください」

 ナリスが一礼し、何かを期待するようにじっと見つめた。

「大和だ」

「わたしは椿よ」

「ヤマト殿にツバキ嬢ですか。よろしくお願いします」

 その場には髭の男もいたのだが、ナリスが彼を紹介することは無かった。そういう立場の男らしい。

「まずは状況の説明ですね。わが国はロディシアと申します。クニア大陸の三大国のひとつと自負しております。あなた方には馴染みのない国名でしょうね。おそらくあなた方はここではない異なる世界から来られたのでしょう?」

「たぶん、そうだと思うわ。異世界ね」

「どうしてこのようなことになったのかというと、全てこちらの責任です。わたくしどもの国では近頃転移魔法が研究されております。まだまだ研究途中の技術ですが、さる事情で使わざるを得ない事態となりました」

 ここでナリスは溜息をついた。

「わが国の王にはそれは美しい御歳十六の姫がおられますが、賊に襲われ転移魔法を使われたのです。これは二つの転移用の魔方陣を

使い、魔法陣から魔方陣へ移動する安定したものだったのですが、転移の瞬間賊が魔方陣を傷つけていたようで、もう一つの魔方陣に姫は移動できなかったのです。姫はいずこか転移されてしまいました。わたしは王命により姫を再召喚するための魔方陣を研究していました。それが──」

「わたし達を呼んじゃったのね?」

「はい。お詫びいたします」

 大和にはちんぷんかんぷんだったが、なぜか椿は目をキラキラさせて会話に参加している。

「どうしてそんなことになっちゃったのかしら?」

「傷つけられた魔方陣の痕跡に従い調べて造った陣ですが、まだ未完成でした。調べていくうちにどうやら異なる世界に通じてしまった節があり、そちらの方も捜査中でいちおう繋げられるという程度だったのです。定着もしてないそれを勝手に稼動したもので、壊れてしまいました」

 しくしくとナリスが泣いた。

「泣かないでナリスさん。失敗は成功の母よ。一度や二度の失敗でくじけていては、進歩はあり得ないわ。もう一度挑戦よ!」

 思い当たることがたくさんある椿はナリスに同情的だった。この妹は研究という名の失敗を山ほど繰り返してきた。中には成功もあるが、試して見なければ何も始まらないとは座右の銘である。

 兄ちゃんはおまえの行く末が心配だよ。

「うう、ありがとうございます。いえいえ、王命ですので、姫がお帰りになるそのときまであきらめはしません。あなた方もきっと帰してみせます」

 ここで大和は口を挟んだ。

「帰れるのか?」

「はい。どこから来たのかはいちおう分かっています。逆の転送陣が作れれば帰してさし上げられるとは思いますが、作るのに時間がかかりますし、必要な材料がすぐにはそろいません。しばらく御滞在いただくしかありません」

「どのくらいかかるの?」

 ナリスは少し考えるそぶりをみせた。

「材料がそろえば三ヶ月くらいで。それでも祭には間に合いませんが……」

「まつり?」

「四年に一度の祭だよ。王族の姫が巫女となって詠を捧げるんだ。それが二ヵ月後にある。それで慌ててたのさ」

 と、髭の男が口出しする。

「そういうわけです。巫女になれる王族の血をひく姫は二人しかいないのです。霊力を考慮して王の一人娘であるリリー様がなる予定でした」

 霊力云々はよくわからないが、なにやら名誉なことなんだろうと大和は思った。

「それって名誉なことだとか? もう一人は誰? その人とか、その人の回りの人がもう一人の候補者に役目をさせるため襲わせたっぽくない?」

「椿! (思ってても、言うんじゃありません。面倒なことになるかもしれないから)」

 名前を呼んだだけのはずが、それに込めた副音声まで響いた。大和は思わず口を押さえた。

「そういわれれば、そうかもしれませんね。ああ、ヤマト殿この指輪は言葉に込められた意思を伝えるものなので、言葉に込められたものが通訳されてしまいます」

 それでいきなり言葉がわかるようになったのかと大和は納得した。それと同時くらいにロジニア公が慌てだした。

「な、なにをおっしゃいますか(このガキどもなにを言いだすか)! わしも娘も無関係ですぞ、ナリス殿!」

 もう一人の候補者はロジニア公の娘のようだった。椿が瞳を輝かさせた。

「おじさんの娘なんだ~。あ~、もしかして未完成の魔方陣を動かさせたのも、失敗して壊れることを見越してやったんじゃないの? 間に合わないように。そうすれば娘さんが巫女だもんね」

「小娘(なぜ、それを)!」

「…………………………ロジニア公。心の声がダダ漏れだとわかっています(やはりそうか! どうしてくれよう!)?」

 バチバチと、ナリスのまわりで電光が散った。〝通訳する指輪の魔法〟をつけているのは大和と椿だけではない。ナリスもつけている。

 ロジニア公が慌てて口を押さえたが、もう遅い。

「わざとですか……わーざーと(わたしの大事な)魔方陣を壊したんですね! 王命に逆らった──すなわち反逆ですね(ただではすむとは思っていませんよねぇぇ)」

「ナリス殿、魔力と心の声がダダ漏れだぞ(しまっといてくれよ、怖いから)」

 ナリスが指輪をはずした。そもそも魔法が有効かどうか確かめただけで、大和と椿が指輪をしたらナリスがつけている理由はない。

「王に報告いたします。それまで謹慎していてください」

 笑顔でロジニア公に言っていたが、〝通訳する指輪の魔法〟がなくとも漂う怒りでその胸のうちは誰にでもわかっただろう。その副音声を聞いてしまった大和と椿は、誰にも言うまいと硬く心に誓った。

 ナリスって怒ると怖い。

 兵士がロジニア公を部屋から連れ出した。連れ出されるまでロジニア公は何か怒鳴っていたが、兵士は聞かない。

「失礼しました。お見苦しいところを」

「いや……椿のせいでもあるし(お兄ちゃんはおまえの口が心配だよ。何でも思ったことを口にするから)……さっき火花みたいなものが散っていたが、あれはなんだ(魔法か)?」

 副音声ダダ洩れだった。この指輪の世話にならなくてもすむようになりたいと大和は思った。

「お見苦しいところを……取り乱していましたので魔力が洩れました」

「魔力って電気みたいね」

「あ、いえ、わたしの場合は電光の形で出てしまいますが、人それぞれです。火の属性の強い方は火が出ます。風の属性の強い方は突風とか小さな竜巻とか」

 それはかなりはた迷惑だな、と大和は思ったが、副音声で出てしまうと困るので口を閉じていた。

「魔法って面白いわね」

 わくわくと瞳を輝かせて椿が言う。

「あら? ねえ、召喚陣だったわよね? それって召喚する人間をどうやって選んでるの? 二つの魔方陣を利用するっていうのは、たぶん魔方陣の上のものをもう一つの魔方陣の上に移動させるって感じだと思うのだけど、呼ぶのはなにを基準に?」

「わたしもそれは不思議なのです。姫さま個人を召喚するはずでしたから。それで──失礼ですがお歳は?」

「十六、双子だから兄さんもよ。お姫様と同じね」

 ナリスが腕を組んで考え込んだ。

「異世界ということが何らかの作用を及ぼしたのかもしれません。同じ歳に……その容姿……あなた方は姫様にあまりにも似ておられる」


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