茶番劇
ランカの衣装は豪華なものだった。セラフィナや巫女の衣装は白ときまっているが、形や装飾でずいぶんと華やかになるものだ。それはランカによく似合っていた。
純白の薔薇のようだ。
「お美しいですわ、ランカ姫」
「リリーさまこそ、お美しいですわ。父がなにやら張り切って……セラフィナがここまで華美ですと恥ずかしいかぎりですわ」
本物の巫女はランカだ。華美に飾り付けられようとそれが正しい。本人がそのことを知らないだけだ。
「ランカ姫にはふさわしいと思いますわ」
華やかに二人の姫は微笑をかわした。
トルースは急いで屋敷に帰りたかったが、祭の最中では人が多すぎて馬車の速度をあまり上げるわけにもいかずなかで焦りを感じていた。そもそもトルースがこの企みにのったのも王族の血を優先させる国の気質に不満があったのだ。
王家の血をひいてさえいればロジニアのごとき俗物でも重く用いられる。その理由が『巫女』あるいは『セラフィナ』だ。王に巫女をつとめられる姫がいればいいが、そうでなければ王族の血筋から巫女を探す。巫女を輩出させるため血筋は保護される。
それが気に食わない。
そもそもロジニアのごとき俗物を重用されるのは『王家の血筋が特別』と思われているからだ。その根底が覆されれば──自分達も重用されるだろう
そのためだけにトルースはこの企てにのったのだ。
苛立ちを抱えやっと屋敷についた──と思ったとき、御者が声をかけてきた。
「だ、旦那様、お屋敷の回りに兵隊が……」
「なんだと」
すぐに制止の声がかけられた。トルースは仕方なく馬車を止めさせる。馬車の戸が開けられ──
「トルース伯爵ですな」
見覚えのある騎士が確認を取った。
「なんだね、君は。なんの用があるのだね? わたしは陽月祭に参加しなければならないのだよ。これから準備をしなくては」
「その陽月祭のある大事な日に、どこへお出かけでしたかな?」
「君には関係ない」
やられたか──とトルースは悟った。
見張られていたのだ。恐らくは針子だ。それに接触してくるものに気をつけていたに違いない。いつからか、どこまで知られたかはわからない。だが、相手はこちらが動くのを待っていたのだ。
「イデアのリアンガ侯爵にもお話を聞くことにして──いつから内通していたかしゃべってもらいますよ。この売国奴が」
内通者──売国奴──国の威信がかかっている祭──儀式を邪魔するということは、すなわち国を貶めること。母国を他国に売り渡すも同じ。
覚悟していたはずなのに、その言葉はトルースを打ちのめした。
「わ、わたしは間違ってなどいない! わたしのしたことは正しいのだ!」
「自国の王女を殺し、国の威信に傷をつけることがか? 王位継承者の暗殺未遂、ならびに反逆罪で連行します」
反逆罪──ならば助かる道はない。どういい逃れようとしても──いや、最初から分かっていたことだ。ロジニアに対する敵意を利用された。唆されて自国の第一王位継承者を売り渡そうとした。それは反逆に他ならない。たった一人のために国を危機に晒すなど本末転倒もいいところだ──正しくなどない。
トルースは肩を落とした。
「わたしはなんということを……」
リアンガが逗留先の屋敷に帰ってきたとき、物陰に隠れていた兵士が馬車を取り囲んだ。それが騎士でなければ物取りかと思うほどの手際だった。
「イデアのリアンガ侯爵ですな」
「わしを他国の侯爵と知ってのことか? ロディシアは戦争がしたいのかな」
「懇意にしておられるトルース伯爵ともどもご招待するだけです。抵抗なさらないように」
ぐっとリアンガは息を飲んだ。
すでにトルースは勾留されているだろう。だからこそ名前を出した。やつが我が身かわいさに情報を提供することは間違いない。自身は助からないにしても家門に及ぶ累を少しでも軽くするためだ。
他国の──それも『魔界から世界を救っている国』ロディシアの王位継承者であり、その要である『巫女』の暗殺を企んだとしたら、イデアのほうが他国から一斉に非難され、それを口実に戦端を開く国もでてくるだろう。
それをかわすためイデアはリアンガを切り捨てだろう。全てを一人に押し付けて知らぬ存ぜぬで押し通す。
それしか国が助かる道はない。だが──
「──もう遅い。偽りの宝石はすでに知れた。真実の水晶は叩き割られる」
「なに?」
華々しいパレードは麗しい二人の姫君を披露して神殿に到着した。二人の姫君はいずれも美しくパレードを見に来た人々の目を楽しませた。二つの純白の華。まさに眼福だ。
騎士のエスコートで生きた華は優雅に馬車から降りる。会場の裏手に回って出番を待つのだ。
何人もの人間が死に物狂いで整えた会場は満員で、その主役たる巫女の登場を今か今かと待ち望んでいる。
ロディシアの至宝たる巫女。その歌声が世界を救うのを一目見ようと。
亜麻色の髪の少女が巫女の衣装をまとった姫君に飲み物を渡そうというのか、杯の乗った盆をもって近づき──警備の兵士に腕を掴まれた。
「なにをなさいます」
「お前こそ、なにをしようとした?」
「巫女さまに飲み物を──」
「どちらに、だ?」
「も、もちろん、あちらのお姫様に」
少女の答えを聞いてディアボロはにやりと笑った。
「きまりだな」
ディアボロは少女の腕を掴んだまま片手で吊り上げる。
「きゃあ」
少女は悲鳴を上げるが、落ちた盆の下から刃物が出てきた。
「くっ!」
少女が何かをする前にディアボロは鳩尾を叩いて失神させた。あっけなく小さな体は力をなくした。
「証人だ。得物を取り上げて自害しないよう牢に放り込んでおけ」
「なにごとですの」
悲鳴を上げるランカの隣でリリーが自らの髪をひっぱった。長い髪はずるりと下に落ち背の半ばほどの髪がそのしたから現れた──椿が鬘をとったのだ。
「ご心配なく。刺客を捕らえただけですわ。巫女姫」
椿は席を離れ大和の元にいく。
「あなたは──リリー様ではないわね。誰なの?」
にっこりと椿は笑った。
「改めてご挨拶させていただきますわ、巫女姫。わたしは椿。こちらふうに言えばツバキ・カンナギかしら? ヤマト・カンナギの双子の妹よ」
そうして並ぶと性別と表情の違いはあるものの顔立ちがよく似ていることは明白だった。
「どういうこと? リリー様のふりをしていたの?」
「ええ、そう。王様の依頼で」
「陛下の?」
呆然としたランカに椿は説明した。
「五ヶ月前、リリー王女さまは刺客の手から逃れるために転送陣を使ったそうです。運悪く転送陣は壊され、どことも知れない場所に転送されてしまいました。それを呼び戻すための陣をあなたのお父様が勝手に動かして壊してしまいました。そのとき呼ばれたのがわたし達二人なんです」
「お父様が……」
「巫女の資格を持つ姫君はあなた一人。刺客の目をごまかすためリリー王女のふりをして欲しいといわれました。でも、もう終わりですわ。刺客は捕らえられ、もう式典も始まります。わたしの役目はここまで。ここからの主役はあなたですわ、ランカ姫」
リリーとは違う、それでも魅力的な微笑みで椿は言った。
「どうぞランカ姫、あなたが巫女だ」
ディアボロがカーテンをめくり促した。
「わたくしが……」
突然のことにランカの足が震えた。戸惑った視線をあたりに彷徨わせる。
椿が笑った。
「あのお約束はまだ有効かしら? リリー王女ではなく、ただのツバキ・カンナギの招待を受けていただける?」
ランカが笑い返した。
「ええ、一緒にお茶を楽しみましょう」
ランカは顔をあげて舞台に出た。
ロディシアの巫女姫として。
巫女の登場を待つ群衆の前で、麗しい純白の衣装をまとった姫君が舞台へ進み出た。歓声が響き、人々が手を叩く。
だが──一人の男が舞台に駆け上がった。
「覚悟!」
そして白刃が閃いた──
歓声は悲鳴に変った。