出陣
「もらったといっても、酒を造らせるということが大事なようで。技術は門外不出。できたものは一度国で買い上げ、そこから商人におろすそうです」
「つまり、あの酒が出回るかも知れんのだな」
ふってわいたカンナギ家の領地について大和は興味津々の隊一同に説明していた。ディアボロの意見はそんなものだった。
「身分は? 爵位は授かるのか?」
ウィルは幾分冷静だった。
「いえ、爵位とかは。一ヶ月ですから」
事情を知るものはそれが転送陣が完成するまでの時間だと知っている。大和と椿はいわば事故でこちらの世界にやってきてしまったのだ。リリー王女の召喚陣と同時に大和と椿を送り返すための陣も作られている。完成と同時に二人は帰るだろうと思っていた。
知らないものは二人は異国から留学で着ていると思っている。一ヶ月で異国に帰るのだと判断した。
「そうか、ヤマトはあと一ヶ月で国に帰るのか。領地はどうするんだ」
アルバが名残惜しそうにいう。最初に色々あったがヤマトをのぞくと一番の新入りであるアルバは何かとヤマトとくまされていた。
他国人が領地を持つということはめずらしいがまったくないわけではない。そういう場合代わりに仕切ってくれる代官を雇ってすえ、そこから上がる利益を受け取ることが多い。
「帰るときに返還するんじゃないかな? それまでに造れってことだろう」
家にということだが、実質もらったのは椿である。自分にはなんの権利もないと大和は思っている。
もったいないと惜しむ同僚に、収益などとりに来られないほど遠くだとつけ加えた。なにせ次元を隔てた異世界なのだ。帰れればだが。
「残り一ヶ月で完成するのか?」
「研究はナリスさんが引き継ぐでしょう。それにあそこまでできていたら後は熟成させるだけなので」
「そうか……楽しみだな」
ディアボロが空を見上げた。その眼にはまだ見ぬ完成された蒸留酒がうつっているに違いない。
「というか、隊長を潰すなんて、どんな酒なんですか?」
「…………よくわかりませんが、確か元のワインがアルコール分十三%ぐらいですが、それから作ったブランデーは約三倍からそれ以上……ものによっては四十%ぐらいだったはずだ。一気飲みなんかするから潰れる」
蒸留酒より弱い酒でも一気飲みのせいで急性アルコール中毒になる場合がある。急激なアルコール摂取は避けるべきなのだ。ワインを飲みなれたとしてもブランデーを同じように水のように呑めば酔いつぶれるだろう。むしろあの程度で済んだことが奇跡だ。
「……ぱあせんと? ……よくわからんが、ものすごく強い酒ってことか。あるんだ、そんな酒」
アルバが恐れ戦いた。
「おお、ものすげえ旨かった。売り出されたら大枚はたいてでも買っちまうだろうなぁ」
空を見上げるディアボロの眼には──以下略。どこか遠くへ行ってしまった隊長の関心を地上へ引き戻すためにも大和は今朝聞いたなんでもない情報を教えることにした。
「……後で一部の人に祭で振舞うそうです」
「よし、野朗ども、警備を怠るな! 祭を成功させようぜ!」
高速で地上に戻ってきた隊長は突然使命に目覚めたようだった。異論のない隊員達は素直に雄叫びを上げた。
手触りのよい絹のドレスは輝かんばかりの純白だった。布で作られた造花があちこちにバランスよく縫い付けられレースとともに清純な美しさと可憐さを引き立てている。流した黒髪に透けるような紗のベールと生花が飾り立てられる。
薄く化粧をされた椿は自分の姿に満足した。
「どう? お姫様っぽい」
椿が振り返って尋ねるとシーリアは最大級の笑顔を見せた。
「大変お似合いですわ。鬘をつけただけですのに、リリーさまがそこにいらっしゃるようですわ」
もともとこの衣装はリリーのために用意されていたものだ。代わりに椿が着ることになってしまったので、慌てて仮縫いからやり直したが、リリー本人のようによく似合っている。偶然とはいえよくもここまで似通った容姿の娘が召喚されたものだ。
椿がかすかな苦笑をもらした。
「お父さんにもよくお母さんに似てきたって言われたわ」
ロディシアの首都は隅々まで飾り立てられた。露店が並び、人手を見込んだ芸人が芸を見せている。人々は晴れ着を着込み、どこからか音楽が流れる。
ロディシアは小さな国ではない。魔界との道を封印する使命を持った王族をいただく国だ。豊かな山林と農地、良港を有する海もある。裕福な国だけに四年に一度の祭もにぎやかだ。
他国からも招待された王侯貴族だけではなく、観光や商売を目的に人が来る。
祭の舞台は神殿に作られ、貴人との区別はつけられるが平民も見ることができる。
身分を持たない人用の席は前日からすでに陣取り合戦が始まっているとのこと。警備がいるためつかみ合いや暴力にまではまだ発展していない。敷き布の上に人が陣取りその仲間らしき人が回りの店で買い込んだ食べ物や飲み物を運んでいるらしい。
身分ある人々の席はすでに用意されているため時間までは空いているだろう。
途中の道は巫女姫の姿を一目見ようとする人でごった返している。ふだんの警吏では足りず一部の軍や騎士団も警備にあたっている。
賢者の塔をしずしずと降りてきた巫女姫はパレードのための馬車に乗り込むときこっそりと呟いた。
「茶番劇の始まりね」
他国の貴族の中には招かれなくとも自ら訪れると断りをいれて祭に来るものもいる。新興国のイデアの侯爵であるリアンガもその一人だった。予め書状で伝えてあるのでリアンガ侯爵の席も用意されているはずだった。故に慌てる必要はない──が、知人が尋ねてくるのは都合が悪い。
だが、それを無視して急遽訪問してきたのは、ある目的を同じとするこの国の伯爵という身分を持つ同士だった。まさか無視するわけにもいかずリアンガは客を通させた。
貴族的な整った容貌を持つすまし屋の男がいかにも急いできたといわんばかりに取り乱している。
「どうしました? あなたともあろう人が」
「人払いを。あのことについて重大なことがわかりました」
リアンガはわずかに眉をひそめると、召使たちを下がらせた。
「なにかありましたかな?」
「あの姫は贋物だ」
トールス伯爵が息を切らせながら報告した。
「なんですと!」
「リリー姫は五ヶ月前の襲撃のさい、行方不明になっていたのだ。ロジニア公がやたらと豪華なものを用意させるから不審に思い、調べさせた。王女のためのドレスを直させていた。その針子から聞き出した。おそらく、あの姫は別人なのだ」
「……なるほど。囮ですか。よく知らせてくれました。すぐに手の者に伝えましょう。今から間に合うかどうか」
やられた、とリアンガは思った。
すでに手配は終っている。指令が間に合わなければ、囮の贋物に引っかかる。協力者に目標の変更を伝え、さらに実行者に話が行くまでにどれだけかかるものか。
リアンガはトールスを返し、自身は不自然なほど急いで逗留先の屋敷を飛び出した。