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王様の酒

 とりあえず普通に呑まれている酒を集め、種類ごとに片っ端から蒸留したそうだ。

 三種類の酒が形の違う杯にそれぞれそそがれた。

 立ち上る芳香にディアボロがうっとりとした顔をする。

「こいつは旨そうだ」

 酒類の製造販売を生業としている杜氏や商人も数名よばれていたが、新しい酒に興味津々といった様子だ。

「ぜひ味をご覧になってみてください。かなり強い酒ですのでお気をつけて」

「おう」

 ナリスに促され、ディアボロは杯をひとつ取り、口をつけた。ナリスがいったとおり強い──が

「旨い! 旨いぞ! こんな酒は初めてだ」

「この酒はどのような製法をもちいたのですか? こんな酒はみた事が無い」

「わたしも様々な酒を扱っておりますが、これは……存じません」

 商人や杜氏が騒ぎ、ディアボロは三種類の酒を一通り味見した。

「いかがですか?」

「おかわり!」

 ぐいっとカラになった杯を突き出すディアボロだった。

「お気に召したようで」

「おう、こいつはいい! もういっぱいくれ。ていうか、全種類瓶ごとくれ」

「そこまで呑むとひっくり返るわよ。それにそんなにたくさんは作ってないわ」

 あくまで試作段階なのだそうだ。

 蒸留酒を造るには、大量の原酒がいる。そこまでは作るつもりもなかったようだ。

「それは残念ですな。よろしければ、ぜひうちにも扱わせて欲しいものですが」

 商人が残念そうに言う。

 もっとも蒸留という技術を使ったことは教えておらず、商人や杜氏には『新しい酒』としか伝えていない。故に仕込んでいないととったのだが。

「そんなにおいしい?」

「強い酒ですので、普通のものには好かれないかもしれませんが、通や酒飲みにはたまらん一杯ですな」

「あ~ストレートだものね。ウィスキーとかは割ったりして呑むのが普通だし」

「ワルとは?」

「混ぜ物ね。水で薄めたり、氷を入れたり、炭酸水や果汁とか。コーラはさすがにないか……」

「詳しくお聞きしてもよろしいですかな?」

 商人は商売になりそうなにおいを嗅ぎ取ったようだった。

「ごめんなさい。よく知らないの」

 未成年の椿は元の世界では飲酒の習慣はない。一般的な常識しかしらない。

「これほど好評なら陛下に献上してみましょうか?」

 ナリスが提案すると椿は首をかしげた。

「よろこぶかしら? 王様でしょ。ふだんからいいお酒呑んでるんじゃないの?」

 自分では飲めないだけに酒に対する評価は著しく低い。

「いや、こんな酒はない。絶対よろこばれる。だからもういっぱい」

「しかたありませんね」

 ナリスが空の杯に酒を満たした。上機嫌で口をつけるディアボロだった。

「隊長呑みすぎ」

 これはもう今日は使い物にならないなと心の中で呟き、酒のにおいに辟易する大和だった。大和自身は未成年なのでのまない。

 この後、潰れたディアボロを宿舎に運ぶため隊員が呼び出されたのは面子に関わるので内緒だ。


「これがディアボロを潰したという異国の酒か」

「正しくは製法を再現したものです」

 献上された蒸留酒は三種類あり、それぞれ一瓶ずつが王の前におかれている。

「本来ならしばらく寝かせるそうですが、時間がありませんので出来立てをお持ちしました」

「……どれ、味見してみるか」

 王は小姓に杯につぐように命じた。専用だという小さなガラスの杯につがれた酒を王は様々な角度から見詰め匂いを楽しんだ。

「このような色合いの酒は初めてだな」

「陛下、お毒見仕ります」

 初老の将が進み出た。王が口にするものは毒見されて当然だが、ものがものだけに小姓にはさせられない。ゆえに将である男が名乗り出たのだが──酒豪で知られた男だった。

「自分が呑みたいだけであろうが。ナリスのもってくるものに毒が入っているはずもない。フォルトに杯を」

 いわれたとおり老将に杯が渡された。

「強い酒ですのでお気をつけください」

 フォルトは立ち上る芳香に眼を細めると杯に口をつける。今はまだ無色のそれがみるみる減っていく。ナリスが悲鳴のような警告を発した。

「ああ、いってる端から! そのように呑むものではありません!」

 水でも呑むように杯を干した老将は相好を崩した。

「これはまた、なんともいえませぬな」

「全部呑みおったな、こやつは」

 顔をしかめた王は新たな一杯をついでもらい念願の味見をした。少し舐めて──

「うむ、強いの。どうやってこれだけ強い酒を造ったのだ? うむ、これは、いい」

 機嫌をなおして少しずつ喉に通す。

「蒸留という技術を使いました。ツバキ嬢がいうには、異国では一般的なものだとか。ブランデー、ウィスキー、焼酎、と様々な種類があるようですが、これはこちらの酒を同じように蒸留したものでございます。本来ならより香りをつけるために樽で寝かせるのだといっておりました」

「そこにあるのはまた別の蒸留酒かの? よしよし、わしが毒見を」

「フォルト、自分が呑みたいだけであろうが。しかたないのう。開けてみよ」

 別の瓶が開けられ毒見が行われた。

「ですから、水のように一気に呑まないでください! 潰れますよ!」

 一通り王の味見が終わった。


「これでもまだ未完成だと申すのだな」

 少々酒が回ったのか王が上機嫌でいう。老将軍は食い入るような熱いまなざしを残りの瓶にそそいでいる。

「はい。そのようなお話でした」

「これから研究するということか」

「あ、いえ、好奇心から異国の技術を模倣してみただけでありますし、原料となる酒がまたバカにならない量で。とりあえずここまでということになっております」

「それはもったいない! これだけの酒を! 」

 酒豪で知られる老将が悲鳴のように叫んだ。その非難の眼差しがもっと造れと言っている。

「…………領地を授ける。直轄地であったラフォニだ。そのかわりこの技術は門外不出とせよ」

 突然の命にナリスはひっくり返りそうになった。

「へ、陛下、突然なにを……」

「授けるとおっしゃられても誰に」

「ふむ、これを造ったのはツバキ嬢であったな。しかし、突然婦女子に領地を授けるとあらぬ疑いが経つかも知れぬか……カンナギ家ということにしておけ」


 ラフォニは王の直轄地のひとつであった。さほど大きくはないが気候も穏やかで、作物の出来がよい。そして酒造においても名を馳せている。

「領地やるから、蒸留酒造れってわけ?」

「だと思います」

「……大昔にはお酒の製造法を隠すため教会で造ってたって話があるけど……困ったわね。ものが大きすぎるわ」

「領地経営などできないぞ」

 大和が眉間にしわを寄せる。

「いままで運営していた人をそのまま残してくれるそうです。給金はこちらで出さなければなりませんが、利益は丸ごと入るので、問題ありません」

 突然ふってわいた“領地”に大和と椿は少し困った。カンナギ家にくれるものだから椿だけでなく大和にも責任がある。カンナギ家はいわば豪族の仲間入りしたようなものだ。

「困ったわねー。そんなに期待されちゃってるの? とりあえず、お酒に関するものは翻訳をすすめるけど、わたしにできることって少ないわよ」

「杜氏や酒作りに携わっているものに考えさせましょう。できることなのですから、何とかなるでしょう」

 こうして二人は望まずして領地を持ってしまった。ある意味自活への一歩である。


 こうして三種類の蒸留酒の研究が始まり、できた酒はそれぞれ『王様の酒』『巫女姫の酒』『カンナギの酒』の名で知られ大陸の酒飲みの垂涎の的となるのだが──それはまた別の話である。

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