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ある意味錬金術?

 それは奇異なものだった。

 一言で言ってしまえば箱。またはひく動物のいない荷車?

 蒸気を立てて走るそれを驚愕して見詰め、走り去ると思わず眼をそらすのだった。

 それは王宮の中庭を走っていた。


 ふと、背後から迫る音に大和は振り返り、慌てて眼をそらした。

 それはこの世界にあってはならないものに似ていた。この世界にエンジンはない。まだ発明されていないか、あるいは誰も思いつかないか。ありとあらゆる発明は天才と呼ばれる人間が閃き、作り出される。一度世に出れば様々な工夫により洗練され改良される──大和の世界ではごくありふれたものになりつつあるが、この世界にはないはずだ。

 だが──あるはずのないものがここにある心当たりはある。

 大和につられて振り返ったディアボロとウィルの顎がかくんと下がった。

「な、なんだありゃあ……」

「荷車? 馬車? それにしてはひく動物がいませんが……」

 二人は不審な行動をとる大和に気づいた。

「あれ、知っているのか?」

「心当たりがあるようですね」

「たぶん……自動車」

 大和の知っているものとずいぶん形が違うが、記録映像や映画などで出てくる初期のころの車に類似していた。オープンカーもどき。そして、そういうものを作りたがっている人物も知っていた。

「自走する車?」

(つーばーきーいぃぃぃ)

「兄さ~ん」

 自動車もどきの中からゴーグルをかけた椿が手を振った。その隣でハンドルを握っているのはナリスだろう。

 自動車もどきは大和のそばで止まった。

「どお? この車」

 顔はベールで隠されているが声が浮かれていた。

「椿(あれほどあっちの世界の技術は持ち込むなと言ったのに、これはなんだ)!」

 四人乗りなのだろうか。四つの座席が内部にある。屋根はなく、木や金属を組み合わせて作ってあるようだ。後部に蒸気機関ではないかと思われる大きなものがくっついている。

「この世界初の蒸気機関を利用した車よ」

「この世界に公害を持ち込むつもりか!」

 ガソリンエンジンではないようだが、蒸気機関も立派に公害を生み出すのである。蒸気の力を利用した機関はものを燃やしその熱で蒸気を作る。かつて蒸気機関車が一般的で合った時代煙害が起きているのだ。蒸気機関車は大量に石炭を必要とし煤を生産しまくった。

「甘いわね、兄さん。この世界には魔法という便利なものがあるのよ!!」

「精霊石というものがありまして。まあ、熱を発するとか、水を呼ぶとか簡単なものですが、それを利用してみました」

 ゴーグルを上げたナリスが満面の笑みで応えた。

 つまり蒸気を作るのにものを燃やす必要はなく、煤も発生しないというわけだ。ある意味エコ。

「ねっねっ凄いでしょ!! これは試作機だけど、もっと工夫すれば蒸気に変換しなくとも発動機関が作れるかもしれないわ」

「そのとおりです。小さな魔法で大きな効果!! いや、機械文明とは素晴らしいものですね」

 ナリスも興奮しているのか声が上ずっている。

 ここにいたって大和は己の失敗を悟った。

 魔法使いとは魔法が使える人間のことだが、探究者でもある。そんな人間に異界の叡智などというものを目の前にぶら下げれば飛びつかないはずがない。

 椿とナリス。この二人に好き勝手にさせていたのは失敗だった。

 この二ヶ月程度であろうことか科学と魔法が交じり合い新たななにかを生み出しつつあるようだ。

 これは錬金術とでも言うのではないだろうか。

「なにをやっているんだ、おまえは」

「わたしの長年の夢よ! それに、兄さんのためでもあるわ」

「? どういうことだ」

「兄さん、原付の免許取ったでしょ」

「ああ」

 十六になると大和はすぐに原付バイクの免許を取った。それがどうしたというのか。

「兄さん乗馬できないでしょう」

「……ああ」

 元の世界では乗馬などしたこともない。

「この世界の乗り物って馬が主流なんですって。それに変わる足を作ろうと思っているのよ(精霊力利用バイク)」

 確かに大和には乗馬はできない。しかし、この世界でやっていくにはいずれ覚える必要があるだろう。とはいえ、すぐには覚えられないはずだ。

 気持ちはありがたいのだが、影響が大きすぎる。蒸気機関は船などにも応用できたはずだ。発展していけばこの世界の常識が変わる。

 この妹は技術革命を起こす気だろうか?

「まだなにかやってないだろうな?」

 椿が微妙に目線をそらした。

「……なにをした」

「……この世界には蒸留酒が無かったんだって」

「作ったのか!」

 そういえば昔、手製の蒸留釜で父親の葡萄酒をブランデーに蒸留してしまったことがあったのを大和は思い出した。

「だって、些細な実験よ」

「この世界を捻じ曲げるな! 俺たちの世界の文明を持ち込むんじゃない! ある意味オーパーツだぞ!」

 だが、酒という単語を耳にして大和の隣にいたディアボロは顔を緩めた。

「火で温めて湯気にしたものをまた冷やした酒ってなんだ? 旨いのか」

 口にした言葉は最初は意訳される。

「あちらの世界では酒をそうやってまた別の酒にするそうです」

「……蒸留酒というんだ」

「ジョウリュウシュ……旨いのか?」

 ディアボロの瞳が輝いていた。

 ナリスが微笑んで言う。

「分かりません」

「おい……」

「わたくし、酒類は強くないのです。この方法で造った酒は非常に強いらしいので、呑めません。強い方にぜひ試飲して欲しいと思いまして」

 ふっとディアボロが笑った。

「つまり俺に試して欲しいと、そういうわけだな」

「はい。他に酒を取り扱っている方々にも試飲していただく予定です。よろしければ車に乗ってください」

「分かった。おう、後は頼む」

「……仕方ありませんね」

 酒が絡めばなにを言っても無駄だとわかっているウィルは溜息をついた。

 ディアボロは世界初の精霊力併用蒸気機関の車に乗った。

「いいのか? この世界には無いはずの酒だぞ」

「ははははは、些細なことだ。旨い酒なら大歓迎だぞ。旨い酒に国境も異世界もあるものか! 異世界の知識、どんと来いだ!」

 ディアボロが豪快に笑った。

「酒ごときで懐柔されるな!」

「酒をバカにするものは、酒に泣くんだぞ」

「意味がわからんわ!」

 それって泣き上戸? 大和はディアボロを説得することを諦めた。

「ヤマトさまもどうぞ」

「ああ」

 一行を乗せた車は魔法と科学を合成した錬金術師の塔となりつつあるナリスの塔に向かった。

 ちなみに車の乗り心地は

「素晴らしい! これほど早いとは!」

「おーすげー、俺も動かしてみてえな」

「サスペンションを考えるべきだったわ。ラリー仕様とか」

「…………酔う」

 三者三様であった。当たり前だが道は舗装されていないのである。

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