さまざまな思惑
人気の無い部屋で男は報告を受けていた。
「手の者が戻りません。巫女のおこもりも終わったとのことでございます」
「つまり、しくじったということか。手の者は死んだのか? それとも──」
「しかとはわかりません。しかし、囚われたとしてもあなた様にはたどり着けません。あれの知る根城もとうに引き払いました」
実際に手を下すものには限定した情報しか渡してはいない。依頼主にたどり着くことはありえないのだと保証した。
「しかし絶好の機会を逃したな」
これほどの好機はもう無いのではないかと問う依頼主に男は弁解した。
「最悪でも陽月祭当日詠を捧げる直前に殺せればよいではありませんか。目的は『陽月祭の妨害』でございます。手段と目的を違えてはいけません」
「──そうであったな」
男の狙いはロディシア王家の権威失墜だ。
ロディシアは不可侵の国。それに手を出すことは許されない。過去に侵略を試みた国家が無いわけではないが、他国がロディシアにつきたちまちのうちに返り討ちにあう。ロディシアは自国だけでなく他国の軍隊にも守られていた。
また反乱も一度もおきていない。家臣は王家に(多少の不正を働くこともあるが)逆らうことなく仕えている。
それもこれも『魔界から世界を救っている国』『王家の血を持つ姫が詠を捧げなければ魔界と繋がる』と思われているからだ。
男はそれを信じていなかった。
なにかのまやかしで世界中がロディシアに騙されているのだと信じて疑わない。だからこそこの世界における最大の禁忌『陽月祭の妨害』を企てている。ロディシアの権威が崩れれば──ロディシアに手を出してもどこからも非難はこない。むしろよってたかってロディシアを食い荒らすだろう。
ロディシアにはそれだけの旨味があるのだ。
ロディシアの権威を失墜させ、自分が利益を得る。男の思惑は突き詰めればそういうものだった──男の手足となり働くことを約束した男にはまた別の思惑があるのだろうが、それはどうでもいいことだった。
注文した品々のできはロジニアを満足させるものだった。これらを愛娘がまとったときの姿を想像し、ロジニアはにやけっぱなしだった。
「これはいい。ランカにはよく似合うだろう」
巫女やセラフィナの衣装は白と決まっているが、形は決まっていない。フリルやレースで飾られた衣装は花嫁衣裳のような華やかさだ。それを飾る真珠や水晶の装飾品も品位がある。
「わたくしどもが扱う品の中でも最上級品でございます。失礼ですが、これ以上のものはないかと」
他国とも取引のある商人が最上級の愛想を見せていた。もっとも品に見合うだけのお値段をもらっているだけに愛想もよくなろうというものだ。
「お嬢様の美しさには巫女さまもかすんでしまいましょう」
だからこれはほんのお世辞だった。
本来の巫女はこの国の王女だ。王女ともなればそれこそどんな豪華なものが出てくるかわからない。ましてその麗しさは知れ渡っている姫君だ。
いくらなんでも太刀打ちできないだろう、と心の中で思っていたとしても。
「巫女、巫女か」
ロジニアは相好を崩した。
「これは巫女の衣装としてふさわしいものだな」
「はい。巫女の衣装としてもふさわしいかとぞんじます」
召喚陣を壊して王女を呼び戻せなくした責任を取らされて謹慎させられていたロジニアだが、やっと謹慎が解かれ久々の登城であった。問題をひた隠しにしているだけに陽月祭のセラフィナをつとめる姫の親が謹慎中というのはよけいな詮索を生みかねないという理由である。
ロジニアがホクホクとした顔で廊下を歩いていると偶然顔見知りと出くわした。
「これはこれはロジニア公、御無沙汰とて降ります。よいことでもありましたかな。ずいぶんと機嫌がよろしいようですが」
それなりに身分の高い男であるから、ロジニア公も無視はできない。
「御無沙汰しておりましたな。城は久しぶりですので。わかりますかな? 陽月祭の衣装が届きましてな、できばえに満足しておるのですよ」
「噂になっておりましたよ。大奮発したそうですな」
「それはもう。娘の晴れ舞台ですからな。恥ずかしい格好はさせられません」
「それは楽しみですな」
話をあわせつつも、男には巫女のおまけであるセラフィナごときがいくら着飾ろうとこっけいなだけだという嘲りがある。それを表に出さないだけだ。
「それはもう。一生に一度あるかないかのことですからな」
ロジニア公の言葉に男はふと不審を抱いた──一生に一度?──すでにランカは一度セラフィナとして舞台に立っている。そしてこれからもセラフィナとして舞台に立つだろう。次の巫女候補たちが育つまでは。そしてまだリリー王女とランカ姫以降に王族の血をひく姫は生まれていない。
その発言はあきからにおかしかったのである。
「名誉なことですからな」
「本当に」
取調べははかばかしくなかった。
捕らえた暗殺者は口が堅く、魔法に対する抗魔法がかけられていた。口を割らせるのは早々に諦め、抗魔法の解除を進めているとか。
わかったこともある。
「捕まったのは魔人でした」
「魔人? そんなのもいるのか」
ファンタジーの世界だと大和は思った。
「亜人種(人に近いが人ではない)のひとつだ。祖先が魔界から来たと信じている種族だな」
「そうなんですか?」
ディアボロとウィルが複雑な顔をした。
「そういう言い伝えがあるというだけだ」
「疑わしいところですよね。あちらの世界の生物はこちらの世界では長く生きていけないはずですから」
大和にとっては初耳だ。
「ごくたまに力の弱い巫女さまだったりすると、結界をとじるのに時間がかかることがあるそうで、あいた穴からあちらの生物が紛れ込むことがあります。そういうのを捕獲または駆除するために兵を配します」
捕獲した生物は魔法使いの下に運ばれ調べられるのだが、長く生きたものはいないという。こちらとあちらでは空気自体が違うのだという。あちらの大気=瘴気はこちらの生物には毒であり、あちらの生物にとってはなくてはならないものだという。生命力が強いためにすぐには死なないがひと月持たないそうだ。そんなものが定住し子孫を残せるのかといえば──疑わしい。
「ですので、祖先があちらから来たというのは──妄想である可能性のほうが高いかと」
それゆえに魔界との道を繋げようとしている最有力候補だとか。
「まあ、今頃行っても根城は空っぽだろうな」
「典型的な使い捨てですね」
捨て鉢なディアボロとウィルの口調にも大和は怒らなかった。たぶん口を割らない自信があったからこそ、件の暗殺者があっさり投降したのだとわかっているからだ。
「それより内通者の割り出しだな」
「怪しいのは数人に絞れましたね。それがどこと繋がっているかという点は押さえていますから、もう少しで判明すると思います」
ここら辺の事情は大和にはよくわからない。いくつかの共通点があるものという程度だ。
“リリー王女が行方不明であることを知らないもの”“ツバキ嬢が身代わりをしていることを知らないもの”で“それなりの財力があるもの”“現状に不満のあるもの”“おかしな動きをするもの”“警備のものに過剰な支配力を持つもの”“リリー(ツバキ)王女の行動(表向きには伏せられている)を知ることができるもの”などの条件で絞られてくるらしい。
この国の貴族階級はよく知らないが。
「ばれている可能性は?」
大和が尋ねるとディアボロが即答した。
「ない」
「餌に食いついてきましたからね。ランカ姫の近辺に異常はなし。まだ気づかれていません」
ウィルが補足した。ランカ姫にも極秘で監視がついているらしい。椿が贋物とわかれば真っ先に唯一のセラフィナであるランカが狙われる。その兆候は無く、まだ身代わりは知られていないと判断できる。
それはまだ椿が狙われ続けるというありがたくない事態ではあった。
「……そういえば、椿は和刀をもってきてくれたり、文房具で商売をしているようですが、名が知られれば正体も知られる可能性があります──どう思われていますか?」
再び上司二人が複雑な顔をした。
「あ~ツバキ嬢……ね」
言い難そうにディアボロが頬をかいた。無言でウィルに目配せする。ウィルが頬を引きつらせた。
「……身代わりはばれていないが……ヤマトの双子の妹と認識されている。顔はまだ知れ渡ってはいないが異国のものを伝えている才女と噂されているな」
「………………あいつはいったいなにをしているんですか?」
ディアボロが眼をそらした。
「隊長?」
「よくわからんが、ナリス殿と色々やっているらしい」
助け舟を出したのはウィルだった。
「…………なにをやっているんだ(お兄ちゃんは色々心配だよ)…………」