二度とやらないぞ!!
青白い月光が寺院の窓から室内を照らしていた。
その人は深くかぶったベールの下から月を見上げる。闇のなか月に照らされ白い人影が浮かび上がっている。
白いゆったりとしたドレスは飾りの少ないシンプルなものだが清楚な雰囲気をかもし出している。薄く化粧をした顔は緊張のためか心持青ざめていた。十六ということだが、どこか凛々しく大人びて見える。さらりと癖のない黒髪がベールのしたで揺れる。
錫杖なのだろうか、白い布で包まれた長い棒のようなものを持っている。あれで抵抗されれば少しは手こずるかもしれない。
警備のものが来る前に速やかにことを行わなければならない。
物陰に潜んでいた男はそっと得物を構えた。男の得物は剣ではない。長い針──ナイフほどに長く太い針に握りをつけたようなもの。男は長い経験から斬るよりも鋭いもので突き刺す方が殺しに向いているとの結論に達し、独特の針剣とでもいうべき得物を試行錯誤の末作り上げた。なんとも使い勝手のよいものである──男は独自に「突き」の概念を作り上げていた。
男はこれから命を奪う少女を眺めた。
美しい──どこか張り詰めたような緊張感が謎めいた神秘的な魅力となっている。そのまま成長すればいずれ大輪の名花となったであろう少女。王族に生まれ大事に育てられた──その運命をいま自分が摘み取るのだ。
男は音も無く物陰を移動した。
少女の斜め後に陣取った男は妙な違和感を覚えた。だが、その正体に気づく間も無く突きかかる──白いものがひるがえった──それは持っていた白い布だったのか、それともドレスの裾か──硬質の音がした。
突きをかわされた刺客はたたらを踏んで──驚愕した。手に馴染んだ武器だ。刃こぼれひとつしても見なくてもわかる。だからこそ──男は信じられない思いで自らの手元──武器に視線を落とした。刃の根元のあたりから切り取られた針剣を。
「ば……かな……」
振り返った男はそこに風変わりな刃物を構えるドレス姿の剣士を見た。そして違和感の正体に気づく──背が高いのだ。男よりも少しばかり高い。なによりもその眼。刺客を睨みつける鋭い眼差しは少女のものではない。刃物を構えただけで姿かたちは変わっていないのに、そこにいるのは確かに男──少年だった。身代わり──贋物だ。
「そこまでだ。大人しく降参しな」
聖堂の出入り口に新手が来ていた──否──最初から罠だったのだ。
もっとも手強いと教えられていたディアボロとその副官。さらに女装した剣士に囲まれては降参するしかないだろう。
男は床に刺さった自分の得物の刃の部分に視線を落とした。それを断ち切ったのは剣士のようだが──ぞっとした。金属を斬るとは──それを成したのは見たことも無い刃物だった。片方にしか刃がなくわずかに反っている。白っぽいそれは何でできているのかはよくわからない。その先は尖り──男は「突く」という技が己のものだけではなく、さらに自分よりも上があったことを知った。その形状は男の針剣よりも「突く」ということに向いているだろう。
(こんな剣士がいるなんて聞いてないぞ)
これだけの手誰なら知られていても不思議ではないが、剣士の剣術も剣もまったく未知のものだった。
陽月祭の巫女に選ばれたものは一時期陽月聖堂にこもらなければならない。そのときは聖堂の中は無人となる。もし巫女を害しようとするものがいれば、絶好の機会と捕らえるだろう。
「とは思っていたのですが、そのとおりになりましたね」
ナリスがこぼすその横を縛られた刺客が引っ立てられていく。
「これで大丈夫かしら?」
「あれは下っ端だろう。実際に動くものなんざ、どこまで知っているやら」
「無理でしょうね。まあ手駒を減らしたという程度でしょう。どこまで手繰れるかが問題ですよ」
「じゃあ、意味無いの? まだ巫女やセラフィナが狙われるの?」
「それでも対処していくしかありませんね」
「残念ね……ところで、大丈夫なの? そのおこもりしなくて」
事情に疎い椿が聞いた。今回本当の巫女はランカだ。本来ならランカがおこもりをするところなのだが、それでは身代わりがばれるということで暗殺者をおびき出す罠に使ってみたが、支障が無いのか椿には判断できない。
「はい。当日突然巫女が変わることもありました。政情の関係で取りやめになったこともあります。それでも支障が出たことはありません。形式だけですよ」
「形式ね、ならいいわ。それにしても……」
椿はいまの自分と同じ格好をしている兄を見た。大和と椿は二卵性双生児だが顔立ち瓜二つだ。それでもふだんは性差からくる違いがあるが、それは化粧で上手くごまかされ黙って立っていれば麗しい淑女だ。顔立ちはほぼ同じでも大和はどちらかといえば大人びて神秘的な雰囲気さえある。
思わず見惚れた椿だった。
「美しいわ、兄さん」
ひくっと大和の頬が引きつった。その秀麗な顔に見る見る血の気が上がる。頬を染め細かく震えるさまはなんとも色気があった。
そもそも椿を囮にすることを「そんな危険な真似はさせられない」と最後まで反対したのは大和である。二人が入れ替わることでやっと了承したのだが、椿付きの侍女にあれやこれやと着飾らせられた自分の姿は思いのほか精神的なダメージがあったようである。
誰が見ても美しい。
大和の男としての何かが大きく傷ついた。
「ツバキ嬢も可愛いですよ。可憐というか」
「ありがとう」
ナリスが誉めてくれて椿は少しばかり嬉しかった。同じ顔立ち、同じ衣装でも椿がすると可憐になる。中身もしくは表情だけでこうも違うかと椿は感心した。
「確かに別嬪さんだよなぁ、二人とも。しかしおんなじ顔なのにこうも趣が違うもんかねぇ」
「上手く化けましたね。なんというか、化粧というものはこうも威力があるのかと」
ディアボロとウィルまでもがいうと大和がベールごと鬘をむしりとった。
「二度とやらないぞ!!」
短い言葉だが、万感の思いがこもっていた。