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大和の価値

「というわけで、お祭の後お茶会するから出席してね」

 塔に帰ってくるなり椿が事の次第を大和に行って聞かせた。

「椿……」

 勝手にお茶会の約束をしてしまった椿に大和は眉をよせた。

「時間が取れるのは陽月祭のあとよね? そのときにはランカさんに巫女やってもらった後だから、正体ばらしても問題ないでしょう?」

 にこにこと陽気に笑う椿に大和は不機嫌に言った。

「面白がっているだろう、お前」

「え~、心外だな。そういうふうに言われるの」

「……聞いた話だが、王族の血をひく姫は国内で嫁ぐことが決まっているそうだ」

「え! なに、それ? 誰に聞いたの?」

「……ディアボロさん」

 椿には言っていないが、最近の大和はディアボロやウィルにランカ姫のことで散々からかわれている。

 ただ、本人達も笑い話にしておくつもりらしく、最初に釘を刺されている。

 本気になるなよ、と。

「それって、政略結婚とか? あ、違うか。政略結婚なら他の国の王族に嫁がせるわよね?」

 椿の疑問に答えたのはナリスだった。

「我が国の姫は誰でも巫女になりうる貴重な存在なので、国内にとどまっていただくため国内で嫁いでいただくことになっています」

 男系の王族であるため巫女になれる女を他国に嫁がせるわけにはいかないのだ。そのためロディシアでは他国との政略結婚の類はできない。

「ああ、そっちね。恋愛の自由って無いんだ。可哀相」

「貴族の大半はそうですよ。結婚と恋愛は別物と恋愛を楽しむ方々もいらっしゃいますが、ヤマト殿は二ヵ月後には元の世界にお帰りになられる予定でございましょう? あまり親しくなられるとわかれる時につらいのでは?」

「というわけだ。わかったな」

「つまんない」

 むうっと椿がむくれた。

 でも、それは帰れればよね、と椿は心の中で呟いた。

「もし、こっちに残ることがあれば……」

「身分違いだ。あっちは王族の血を引く大貴族。こっちは身分がない」

 異世界からきた人間には身分など無いのだ。日本にもかつて身分制度があった。士農工商これに公家などがあった。しかし四民平等が謳われ、現在ではいちおう皇族以外は平等だとされている──閑話休題──いちおう二人はナリスの後ろ盾はあるが平民ということになる。

「つまんない」


 祭が近づくと忙しいのは舞台を作る人間だけではない。警備の人間も忙しくなり、人手が必要とされる。

「使えるものは、猫の手でも使いたいんだよ」

 というディアボロの言葉で大和も警備を担当することになった。働かせる代わり、給金もちゃんと出る。一時的にディアボロの隊に所属することになったのだ。

 前に大和に突っかかったこともあるアルバが不満そうに顔をしかめた。

「こんな素性もわからない者を隊にいれるなんて」

 聞いたところによるとディアボロの隊は身分は問わないもののエリート集団なのだという。希望者は入団試験を受け合格したものがやっと見習いになれる。この試験を受けることすら難しいのだという。

 国内の貴族出身者なら無条件に試験を受けられるが、そうでないものは地元の選抜試験をまず受けないといけない。そこで選ばれたものがはれて王都にいくことができる。ただし選抜試験を受けるにあたって厳しく身元が確かか調べられるのだそうだ。

 試験は大変厳しいものらしい。受けたものの十人に一人が受かればいいそうだ。

 異国から来た身分も知れない試験も受けていない人間が隊に所属することに不満があるらしい。もっともそれはアルバだけではないようだ。

 召喚に居合わせたり事情を知るものはともかく、そうでないものは不満をあらわにした。

「おまえら、ヤマト殿は継承権を放棄して外国に行った王族の子孫だと言っているだろうが」

 そういうことにしてある。

「それに、試験ならしなくてもやったと同じだろう?」

「いつしました?」

「おまえがしただろう」

「え?」

 アルバがきょとんとした。試験した覚えは無い。

「ヤマト殿はおまえを倒した。試験を通過してきたものをだ。ギルとレン、それにおまえよりも強いということを証明している。今さら試験はいらんだろう」

 アルバ、それに召喚時に大和に打ち倒された二人の男が赤面し俯いた。

「まだなにかあるか?」

「あ……ありません」

「じゃあ、仕事割り振るぞ。ああ、ヤマトは和刀を持っていけよ。こっちの剣は使い慣れていないだろう」

 大和は頷いた。

 こうして大和はディアボロの部下になった。そのため殿はつかなくなった。


 大和の仕事は昼間である。さすがに夜など危険が増す時間帯に新米や見習いは使えないということらしい。いわば案山子だと大和は思う。

 その日、仕事の後なんとなく机の上に置かれていた書類を見て、大和は足をとめた。

「どうしたよ」

 コンビを組まされているアルバが声をかけた。

「この計算、まちがってないか?」

「計算?」

 つい先日、大和はナリスにこちら側の数字を教わった。つい書類に数字が書いてあったので頭の中であちらの数字に直していたのだ。そこでなんとなく計算が違うような気がした。

「おまえ、計算なんかできるのか?」

「? できるだろう。ふつう」

 アルバがなんともいえない顔をした。

 大和は軍服のポケットから椿が作ってくれた早見表とメモ用紙、偶然こちら側に持ってきてしまったシャーペンを取り出し、自分達の世界の数字に置き換え暗算してみた。

「やっぱり間違っている」

「いくつだ?」

「二十四……って、隊長!」

 苦虫を噛み潰したようなディアボロが後に立っていた。

「二十四だと? ちょうど一箱分じゃねえか。どうりで少なく感じたわけだぜ。おい、ウィル」

「なんですか?」

 別室にいた副官が顔をみせる。

「この計算間違っているとよ」

「え! あっちでした計算ですよ。おかしいな」

 ウィルが慌てて紙とペンを持ってきて確かめ算をしているようだった。

 なぜ隊長が自分からしないのか大和は不思議だったが、『できて普通』と言ったときアルバが微妙な顔をしたのを思い出した。

「ああ、確かに間違っています! 二十四も!」

「おい、他の書類も確かめてみろ。何度か足りなくなって追加を注文しただろう? あれ、元から数が少なかったのかもしれん」

 ウィルが書類を引っ張り出して計算を始めた。元凶である大和もやらされた。結果として箱ひとつ分とか樽ひとつなどという小さな計算違いがいくつも見つかった。

「あんの、やろう。大和、ウィル、殴りこみにいくぞ! ついて来い!」

 ディアボロに促されて後を追いかけた。そのときウィルにこっそりと耳打ちした。

「もしかして、計算できる人とできない人がいるんですか?」

「いるよ。貴族や商人は読み書き計算できるけど、そうでないとできる人とできない人がいる。君はできるということは、あちらの世界では貴族か商人の子息か?」

「……いえ、元の世界の故国では義務教育といって九年間教育を受けます。元の国では読み書きができたり計算ができるのが当たり前なので……」

「国民のすべてが読み書きができて計算もできるのか! そんな国があるのか!」

 教育水準の違いというものをありありと感じた大和だった。そもそも元の世界でも日本のような国はそれほど多くは無い。そもそも日本だとて大戦前は学校に行けない人間が多くいたのだ。前人のさまざまな努力により、誰もが学ぶことのできる教育制度ができたのだ。日本は恵まれた国だったのだと改めて感じる大和だった。


「くぉら、この計算間違っとるぞ! 責任者でてこーい!」

 日本で言えば財務省になるのだろうか? 物資や配給品などの管理を行う窓口にディアボロは突入した。

「な、何事ですか?」

 泣き出す一歩手前の役員にディアボロは件の書類をたたきつけた。

「計算しなおしてみろ! 一箱分も間違っとるぞ! これじゃあ足りなくなる! これだけじゃない、前の書類も計算違いがいくつも見つかっているんだ、正当な数量を要求する!」

「え? 許可印もあるようですが?」

 ちらっと書類を斜め見した職員の背後から手が伸びた。

 薄い茶色の髪とごく薄い青の瞳、背の高い痩せた男だった。冷たく整った顔には片眼鏡をしている。

 奪い取った書類にざっと眼を通し──

「確かに間違っているな。ディアボロの隊に一箱渡してくれたまえ。それから──こんな腐れ書類を作成した本人と許可を出した上司を執務室に呼び出せ」

 氷河期もかくやという絶対零度の視線を投げかける。

「すまないな。こちらの手違いだ。すまないが、他にもあったかもしれない。そちらにある書類の類を提出してもらえるか?」

「ああ、すぐに持ってこさせる」

 男はあたりにいた役員すべてに声をかけた。

「他の隊にもあったかもしれない。すべての隊に書類を出してもらい、確かめろ。間違いのあった書類の製作者と許可を出した上司、すべて事情聴取だ!」

 あたりに悲鳴がこだました。

「かわいそうに。今日、残業だぜ」

「今日一日ではないでしょう」

 こそこそと隊長と副官が囁きあっていた。

「横領でしょうね」

「あ?」

「一箱分って、そんなきりのいい間違いがありますか? しかも何度も。むしろ、わざと数字をごまかしたんじゃないかと」

「ヤマトは頭がいいな」

 ディアボロが感心したように言った。


 この件は大和の推測どおり横領だった。あっちの隊、こっちの隊と小規模に数字をごまかしつつ物資の横流しで懐を潤していた常習的な不届き者がひきずりだされたのだった。

 国庫を預かる財務大臣が激怒したのは言うまでもない。


 件の片眼鏡の偉い人がやってきたのは一週間ほど経ってからだった。部下らしき人が大きな箱を抱えている。

「この前はお手柄だったな。これは報酬だ」

「あれ、横領だったそうだな」

「そうだ。そちらの隊の訴えから調べなおしたら、あちこちから少しずつ横領していた」

 大和とウィル──そのほか計算のできる隊の人間は遠い眼をした。あれから書類がとってある五年分の明細をすべて計算しなおしたのだ。一国の経済すべての五年分である。経理の人間だけでは足りず、他の部署の計算のできる人間はかりだされた。

 彼の部署の人使いの荒さを身をもって知った──どこか遠くへ行きたい──切に願ったものだった。

「実家が裕福な貴族が大元で、少しばかり小遣いが欲しくて国の金を勝手に持っていったようだ。見つかれば金を払えば許してもらえると思っていたらしい」

 ディアボロが鼻を鳴らした。

「結局金でかたをつけるんだろうが」

「まあ、関わった人間は全員罷免。横領した金額はすべて返還のうえ、国に対して罰金ということになるが──正確な賠償金額は未だわかっていない。書類の無いものもあるからな」

 『搾り取れるだけ搾り取ってやる』という副音声は指輪をつけている大和にしか聞こえないはずだが、それは回りの人間にもわかったようだ。一様に顔色を変え後退っている。強い決意は魔法の力を借りずともにじみ出るものなのだろう。

 ちょっと怖い。

「ヤマトくんだったね」

 片眼鏡の役人が大和に声をかけた。

「君、うちの部署にこないか?」

「辞退します」

 即決で断る大和だった。

「なぜだね? 君は計算も速いし、見込みがある。武人にしておくには惜しい」

 人使いが荒いから──とはさすがにいえなかった。部下になったら使い倒されそうだ。確実にこき使われる。

「……外国から来たのでこちらの字がよくわかりません。いま学んでいる最中です」

 借り出されていたときも、いちいち元の世界の数字に直してから計算していたのだ。かなり効率が悪いと思う。

「そ……それにしても、今までよくばれませんでしたね。けっこうあからさまな手口だったのに」

「……」

「……」

「……」

 経理の役人があさっての方を見た。

 ディアボロが飛んでもいない鳥を探す。

 ウィルが視線をはずした。

「……書類を二つ用意してわたしには正しい数字の書類が来ていたのだ」

「……二重帳簿」

「各部署はすでに計算してあるものだからと確かめずにそのままの数字を信用していたということもある」

「…………」

 この事態に各部署に対して確かめ算を行うことを義務づけたという。再発防止のためだった──ちなみにディアボロの隊では他にあまり重要な仕事を任されていない大和の仕事だった。

 数字とお友達している毎日だ。

「まあ、同じことはおこさせない。面子にかけて。それはおいといて、君が移籍したくないというのなら仕方ない。諦めよう。それで相談があるのだが──」

「なんですか?」

「君が使っていた便利な道具だが、ぜひとも我が部署で使わせてもらいたいのだ。あれはどこで購入できるのかな?」

「便利な道具?」

 何のことだか大和にはわからなかった。

 あの時持ち込んだのは筆記道具ぐらいなものだ。シャーペンの芯は限りがあるので──こちらの世界ではさすがに0.5の芯は造れない──なので、鉛筆と消しゴムを椿が持たせてくれた。

「鉛筆と消しゴムぐらいしか持ち込んでいませんが?」

「エンピツとケシゴムというのか。それと、あの、小さな金属でできた──書類をまとめていたやつ」

「もしかして、クリップですか?」

「そう、ぜひ購入したい」

「……………」

 大和は言葉を失った。

 あまりにも身近にあるもので普通に使っていたものだが──思い起こせば、なぜか周りから貸して欲しいとよく頼まれた。

 皆、確かめ算のメモもインクとペンでしていた。ずいぶん仰々しいと思っていたが、もしやあれは──

「鉛筆と消しゴムって、この国にはないんですか?」

「ない。クリップもな──わたしは君が使っているので、始めて見た」

「椿ーー(またやったなー)!!」


「エンピツは十二本で一ダースというのだそうです。これで一箱です。ケシゴムは十個でワンパックだそうです。クリップは二十個単位でどうでしょう。おいくつ購入されますか? エンピツケズリもありますが」

 にこにことナリスが聞いた。

「うむ、これは異国の品物か?」

「はい。ヤマトどのやツバキ嬢の祖国で日常的に使われているものを再現しました」

「便利な品物だな」

 結局ナリスが窓口となって販売することになってしまった。

「ツバキ嬢とはヤマトくんの妹君だそうだな」

「はい。大変賢い方です」

「確かに商才はありそうだ」

 片眼鏡氏は感心していた。


 かくしてエンピツ、エンピツケズリ、ケシゴム、クリップ、などの品物がお役所御用達となり城で普及し、やがて国内外に広がっていく事となるのはもう少し後のことである。


椿の言い分──

「だってー、無いと不便なんだもの。兄さんだって助かったでしょ?」

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