恋にリハーサルはありません
陽月祭が近づくにつれ祭の準備が整えられていく。巫女役である姫が支度に姿をみせないのは不自然である。そこで椿がリリー姫のふりをして立ち会うこととなった。
陽月祭では巫女役が中央に立ち、詠を捧げるが──その脇に巫女候補もしくは予備の巫女役──セラフィナと呼ばれる──が立ち合唱するらしい。
ロディシア王族は基本的に男系で女が少ない。巫女、もしくはセラフィナの条件に当てはまるのは二人しかいないのだ。次に条件に近い女性は前回の巫女を務めた女性で、現在三人目の子育て中というぐらい歳が離れている。
唯一のセラフィナはランカ姫だった。
「リリーさま、ご機嫌麗しく」
しとやかに挨拶をするランカに、椿も付け焼刃だが上流階級の挨拶を返す。
「ごきげんよう、ランカ姫」
こちらの言葉はナリスが付きっ切りで面倒を見てくれたのでだいぶ上達した。細かい会話は無理だろうが、礼儀作法程度はなんとか。
舞台は広く、観客席は多かった。野外ステージといえばわかるだろうか。
貴賓席も用意されており、まだひと月もあるというのに会場は熱気に包まれていた。
「御存知でしょうが、詳しく説明させていただきます。まず巫女さまの立ち位置はここです。この前には台座が設置されまして、契約の水晶球が置かれます。契約の水晶球は古の契約のさいに作られた神器です。巫女さまとセラフィナの詠に反応します」
ナリスが説明を始めた。椿も前日に一通りは説明してもらったが、興味深く聞いていた。
契約の水晶球は王族の血をひく姫の詠にのみ反応するのだそうだ。万が一を考えてここにはまだ置かれていない。
ナリスが巫女の立ち位置に立ち、正面の上空を指差した。
「祭のさいはあのあたりに封印のほころびが出ることもありますが、詠とともに再封印されますので、驚かれないでください」
聞いたところによると、ごく稀に道を封じた封印が緩むのが目に見えることもあるという。異界──魔界と称されるほどの恐ろしい世界が垣間見えるのだという。
どんな世界か実に興味深いが、いったん封印が完全に解けてしまえば再封印することは難しい──ほとんど不可能だという。興味本位で封印を損なうことになれば取り返しがつかない。契約は続行されなければならない。
そもそもロディシアは封印を守るためにできた国なのだという。魔界との道が通じたとき、世界は混沌に落とされた。魔界の道を封じる方法を見つけた者が王となり、契約の続行を続けるためその血筋を守るため国ができた。王族ありきの国。世界を守るため王族を守らなければならないのだ。
そういう経緯で誕生した国であるため不可侵の国でもあるのだ。
だが、古の契約を信じる古くからある国はともかく、歴史の浅い新興国はその豊かな国土に色気を見せるところもあるという。
魔界との道を繋げようとする勢力か、あるいは儀式を失敗させることによってロディシアの権威を失墜させ、不可侵にするに値しない国だと認識させたい国──そこいらあたりが怪しいのだそうだ。
(責任重大ね)
椿の役割はリリー王女のふりをして、本来セラフィナであるランカに向けられる敵意をひきつけ守り、敵をおびき寄せることである。
「声の響き具合を確かめてみたいと思います。ランカ姫、ここに立って声を出してみていただけますか?」
「あら? リリーさまがなさった方がよろしいのではなくて」
「リリーさまはいま少し喉を傷めていまして。ああ、大丈夫です。軽いものなので祭までには治ります」
当日巫女の役割を果たすのはランカである。だが、それは直前まで伏せられることになった。
「ではわたくしが」
ランカが巫女の立ち位置まで進み、声を出した。発声練習のような意味のない声だけだが、さすがに美しい声だ。伸びやかな声が会場となるホールに響いた。
巫女の正装をして詠うところを想像すると、絵になっていた。
(さすがに本物のお姫様ね)
一通り舞台の点検を終えると、二人の仕事はなくなった。
「リリーさまは今賢者の塔でお暮らしでしたわよね」
「はい。警備の関係上、しかたなく。四ヶ月前の事もありますもの。賊は討たれたとはいえ、命じたものはわからないままでしたでしょう」
ランカに話しかけられ打ち合わせどおりに応えた。
「……塔には異国から来たという方もいらっしゃいましたよね」
はい?
眼をそらしながらも仄かに頬を染めるランカ姫に、心の中でニヤついた。
「ヤマト殿とかいう方ですわ。お会いになられたことはありまして?」
(兄さん、モテモテ! ヒュウヒュウ)
椿は心の中で喝采を叫んだ。
「ええ、お見かけしたことはありますわ」
というか、兄です。とは役柄上口にできなかった。副音声付指輪をはずしていてよかったと思った。
「気になります?」
ずばりときくと、ランカが横を向いた。
「そ、そういうわけではありませんわ。異国の方だというので、めずらしい話でも聞けるかと」
そういうランカが密かに(付き人が多いのでちっとも隠れていないが)鍛錬場へ足を運んでいることは確認済みの椿だった。
「そういうリリーさまはヤマト殿をどう思われますの?」
「兄、のようなものですわ。楽しい方ですけど、それ以上ではありませんわ」
即答する椿だった。
正真正銘双子の兄妹なので恋愛感情は無い! まったく無い!
むしろ、お姫様との身分違いのロマンスのにおいに乙女心(好奇心)が疼く。
「楽しい方……ですか?」
「同じ塔にいて、護衛みたいなことをしてくださいますもの。話をすることもありますの。よろしかったら、今度ランカ姫も御一緒にお茶でもいかがですか」
ランカの整った美貌が見る見る朱に染まる。もじもじと恥ずかしげに身をよじる姿が妙に『恋する乙女』という感じだった。
(んきゃ~、可愛いじゃな~い! なに、この可愛さ! デレ! デレよね、これ)
「そ、そうですわね。暇になりましたら、お茶ぐらい御一緒してもかまいませんわよ」
(ツン、精一杯のツンだわ! ツンデレ~! きゃ~!)
「楽しみにしていますわ」
届けられた請求書を前にロジニア公は机に沈んだ。
「な、なんだ、この費用は!」
膨大な額だった。払えないことも無いが、人間二人の滞在費と召喚陣三つ分とは思えない。事業の一つ二つ興せそうな分が加わっている。しかもこの先まだ来るだろう。
懲罰ということなのだろうが、頭が痛い。
「だ……だが、これでランカが巫女だ」
娘が生まれたとき、ロジニアの頭の中にはそれがあった。四年に一度、国の威信をかけた陽月祭の巫女。これほど誉れ高いことは無いだろう。しかし、すぐにリリー王女が生まれ、ロジニアは落胆した。
なにも今生まれなくてもよいものをと。巫女が一人しかいずセラフィナ無しで祭を行うこともあるというのに、同時期に生まれるとは。
巫女はなにも生まれだけで選ばれるのではないが、リリー王女は霊力も強く、彼女がいる限りランカはセラフィナでしてかない。
リリー王女がいなくなった今、千載一遇のチャンスだったのだ。逃がすわけにはいかない。
ひと月後にはランカが巫女を務め、そのひと月後にはリリー王女が帰還し、二人の異世界人は元の世界に戻る。それまでの辛抱だとロジニアは思った。
ランカには最初で最後の大舞台だ。盛大に祝わねばならない。そのための費用と思えば安いものだ。衣装も豪華なものを用意させよう。宝飾品も忘れてはならない。美しく装わせねば。
ロジニアは愛娘が巫女を勤める幻影にうっとりとした。
 




