大和と椿
大昔の恥をさらします!!
鉄を仕込んで真剣と同じ重さにした木刀を神凪大和はふっていた。今では廃れた古流剣術ではあるが、大和は嫌いではない。
広い道場で修練するのは大和だけだ。剣術とはいわば人を斬るための技術である。それが廃れるということは、時代が必要としてないからだ。人が人を殺す必要のない平和な世でゆっくりと衰退していくのは寂しいことだが、摂理でもある。
スポーツとしての剣道やスポーツチャンバラとして残るのがせいぜいだろう。
いくつかの型をさらい、一日の稽古を終える。ふと見ると、道場の片隅に百科事典を積んで読み漁っている妹がいた。
「こんなところでなにをしているんだ、椿」
「読書」
「……部屋で読めよ」
この妹は蒸気機関だのカメラの仕組みだの、古い機械が大好きだ。デジタルよりもクラッシックなものに詳しい。いつか初期の自動車や蒸気機関車を再現したいとかほざいている。
女の子の夢ではない、と大和は思う。
黙っていれば、奇麗系の可愛い女の子なのに──二卵性の双生児にも関わらずそっくりの顔をしているというのは余談──妹の行く末が心配だった。
「いいじゃない。こんな広い道場一人で使っているんだもん。はい、タオル」
それでも気遣ってくれているらしい差し出されたタオルを手にとろうと大和が歩み寄る。タオルに手が触れたとき──二人の足元が輝いた。
「な、なにこれ!」
大和と椿、それぞれを中心に半径一メートルほどの輝くサークル。ふちのほうになにやら細かい模様のようなもの──
「椿!」
とっさに大和は椿の手をとった。
「兄さん!」
離れまいと椿も大和の手を握る。
そして光があたりを包み込んだ。
すべてを飲み込んだ光の闇がはれたとき、二人がいたのは道場ではなかった。石造りの部屋。床には焦げたような──二人を中心に半径一メートルほどの円の黒い跡。椿の百科事典とタオルが落ちていた。周りには人が円を囲むように立っている。
「……ここ、どこ?」
椿が呆然と呟く。大和は黙ったまま辺りを見回し、自分達を囲んでいるのが男ばかりで、大半が武装しているのに気づいた。
しかもその姿はRPGに出てきそうな古い外国の兵士の姿だ。
「……」
異常だった。信じたくは無いが、安っぽいライトノベルの異世界おちのような状態だ。
(まさかそんな!)
武装していなかったでっぷり肥えた中年らしき男が喚いた。
「─────」
なんと言っているか全然分からなかった。
これはあれか、異世界おちか! 異世界トリップなのか!!
男が喚いたのを皮切りに十何人かいた男達がしゃべり始めた。
「ねえ兄さん、あの人達なに言っているか分かる?」
「……いや」
「あのさ、この状況って異世界トリップというか、異世界落ちものっぽくない?」
「……言うな」
最初に喚いた男が椿の肩に手をかけた。
「な、なに!」
「──────」
「ごめんなさい、なに言っているのか、全然分からないの!」
業を煮やしたのか椿のブラウスの合わせ目に手をかける。
「────」
「いや! やめて」
「よせ! 何をする!」
古今東西うら若き乙女の服に手をかける男に善人はいない。罰せられるにふさわしい行為である。大和は二人のあいだに割って入った。
「────────」
男が何か叫び、大和を指差すと兵士が何人か剣を抜いた。幅広の剣のようだったが、切っ先というものがない。
大和は木刀を構える。一見普通の木刀だが、芯に鉄が入っている。そう簡単には折れないはずだ。まさか真剣と戦うことになろうとは思ってもいなかったが、椿を守らなければならない。
男達の態度から椿がひどい目にあわせられるのは目に見えていた。
兵士の一人が雄叫びを上げながら剣をふりかぶり──大和は高速の突きをその喉にくれてやった。一人倒した。喉を押さえて悶絶しているが、死にはしないだろう。同じように剣を振りかぶった兵士に防具の隙間をつく突きを入れる。どうやら突きという概念が無いらしい。
周りがざわめいた。
「──────ディアボロ────」
一番偉いらしい中年男が喚いた。
それまで傍観していた男が軽く肩をすくめ剣を抜いた。
おそらく一番の手誰だろう。縮れた黒髪を束ね、まばらな髭を顎に生やしている野性味の強い顔立ち。体格がよく、鍛えているのがよくわかる。
立ち会うだけで分かる──強い。どこまで対抗できるものか。
男が力を込めたのが分かった──来る──
「───────────」
静寂を破る声に、兵士たちが慌てたようだった。見ると入り口のあたり、兵士の壁を新たな兵士が押しやり、茶色の髪の若い男が入ってきた。古風なローブは魔法使いのようだった。顔立ちは知的で整っている。
大和達を見て──驚いたように悲鳴を上げて駆け寄り、床の焦げたようなサークルの前で跪き、泣き出した。
振り向いて肥えた中年男に何か怒鳴る。
若い男の方が立場が強いらしく、中年男はなにやら言い訳をしているっぽい。ただし言葉は全然分からない──気のせいか小さな火花が散っているような──
改めて若い男は大和に向き直り──指輪のようなものをはめた。
「わたしの言葉が分かりますか? 遠い異国から来たお方」
「日本語だ……」
「あなた、わたしたちの言葉が分かるの? よかった、全然言葉が通じなくて困ってたの」
若い男はほっとしたような顔をした。
「よかった。〝通訳する指輪の魔法〟は有効なようです。どうぞこれをはめてください」
男は同じ指輪を二つ取り出した。ちょっと躊躇ったものの椿が受け取りひとつを自分の指に通し、大和にもうひとつを差し出した。
大和は構えをとき指輪を適当にはめた。
「これでいいのか」
髭の男が驚いたような顔をした。
「おいおい、急に言葉がわかるようになったぜ」
「これで意思の疎通ができますね。どうやら謝らなければならないのはこちらの方。状況も分からないでしょうから説明もいたします。まずは、話のできるところに参りましょう」