不思議の国 Ⅵ-帽子殺し-
蒼い輝きを纏ったアリスの刃が肥大化したマッドハッターの腕を斬りおとし、脳天をたたき割る。
大きすぎる巨体のせいかマッドハッターの動きは鈍くアリスの繰り出す斬撃に切り刻まれていく。
なんだか見掛け倒しだな。
そう思ったと同時にアリスが大きく後方に距離を取る。
「手ごたえがなさすぎる。」
その言葉に反応するかのように切れた腕が伸びるように繋がり、たたき割られたはずの頭もいつの間にか元通りに戻ってる。
再生能力でもあるのだろうか?
アリスの攻撃によりできた傷は元通りになり、そして動き出す。
肥大化した巨大な腕が天にかざされ、重力に従うように地面に落ちるように叩きつけられる。
その巨体から繰り出される攻撃の重さで叩きつけられた地面の周辺が隆起する。
その中心にいたはずのアリスは大きく跳躍し剣から迸る光線でマッドハッターへと反撃する。
アリスの攻撃は直撃するもののすぐに傷は塞がりだす。
「めんどくさいなあ。なら全部吹き飛ばす。<混沌を-Vorpal>」
アリスの剣から放出された混沌の炎がマッドハッターを切り裂き焼き尽くす。
その威力が巨体をすべて飲み込み、欠片も逃さない。
死んだのだろうか?
しかし、アリスは警戒を続けている。
「次は此方の番かな?」
声に呼応するかのように空にある空間がいくつか捻じれる様に歪む。
そこから強烈な光線が生み出されアリスへと向け射出される。
「っち。なんなのあんたの能力。」
「はっはっは。帽子屋の能力なんて大したものじゃないよ。」
いつのまにか庭のあちこちに元のマッドハッターが何人も現れている。
「幻術?それにしては斬った時に手ごたえがあるのよね。まあ、いいか。ひとまず全員殺す。」
アリスが高速で駆けながらマッドハッターたちを斬り捨てていく。
だが、それをあざ笑うかのように斬られた分だけ新たなマッドハッターが現れていく。
「こんなのはどうだい?」
数が多い。
全部で20体ものマッドハッターが現れている。
そして、それぞれが言いたいことを好きに話す。
マッドハッターの笑い声が木霊する。
20人の笑い声を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。
そして空から降り注ぐ光線の数が増えてゆきアリスの体に傷が増えていく。
このままじゃまずそうだ。
しかし、何か違和感を感じる。
20人のマッドハッター。
そう。マッドハッターだ。イカレタ帽子屋。
なのにトレードマークの帽子を被っていない。
最初に投げ捨てた帽子を探す。
あったはずの場所には何もなく消えている。
怪しい。
周囲を見渡すとお茶を入れていた執事が椅子の上に帽子を置くのが見える。
そして、それを隠すように立っている姿が。
アリスはマッドハッターたちを斬り殺すのに夢中で気が付いていないようだ。
ここで手を出していいものか迷う。
ここでアリスの手助けをするということはワンダーランドを壊すことに加担するということだ。
だけど、アリスは言った。
この世界を滅ぼしたいわけじゃない。
みんなは助けると。
なら、アリスに協力することに特に問題はない気がする。
ただ、気になるのはアリスたちが言った。「これは夢じゃない」ということだ。
考えているうちにアリスに光線が直撃する。
足を射抜かれて片膝が地に落ちている。
時間は無さそうだ。
執事も帽子の前に立っているということは何もしないわけではないだろう。
心を決める。
「<ホワイトラビット>」
懐中時計から漏れ出す光を纏う。
地を思い切り蹴り飛ばす空へと跳ぶ。
一瞬にして宙へと舞うと目標に狙いをつけ空を蹴りつける。
まるで空気を蹴るようにして方向を地上へとつけると高速でミサイルのように目標へと向かう。
地面に激突する瞬間に帽子を椅子から掴み取りながら更にアリスの方へと跳ぶ。
「ソレはいけない。どうして君が参戦しちゃうのさ。」
マッドハッターの光線の狙いがアリスから自分へと移される。何重もの光線が差し迫るが速度を上げ駆け回り回避する。
だけど、こんなのあまり持ちそうにもない。
そう思った瞬間に全方位が光りだす。
アリスの黒炎がその一角を吹き飛ばすが残りの光線が射出される。
やばい・・・死ぬ。
覚悟を決めながら開いた一角に向け全力で跳ぶ。
間一髪で光線から身をかわしたところで懐中時計の効果が消える。
「ば・・・かな。ああ、ここでアリスを仕留めれば猶予ができたのに・・・これで君も敵だよ。覚悟するんだね・・・。」
光線の中に置き去りにした帽子が穴だらけになり熱で燃え始める。
自身の光線で本体の帽子を貫き、燃え始めマッドハッターが自滅する。
本体の損傷からか現れていた幾多もの分身は溶けるように消えていく。
死んだのだろう。
静寂が訪れる。
自分が殺したのだ。
このイカレタお茶会の主催者を。
ワンダーランドの住人を。
夢じゃない。
だとすれば自分は人を殺してしまったのだろうか?
「カイ!助かったよ。よくわかったね。あいつ帽子が本体だったなんて全然気が付かなかったよ。」
「ああ、なんだか、あの執事が大事そうに隠してたし。それに戦闘前に外して、分身には帽子がないのが不自然だったから。まあ、感だったんだけど。」
「ううん。すごいよ。ちょっと危なかったからね。カイは頼りになるなー。なにより私の味方をしてくれてうれしいよ。」
アリスが抱き着いてくる。
そのぬくもりに少し落ち着きを取り戻す。
「マッドハッター・・・死んだんですよね・・・?」
「ああ、気にしないで平気だよ。」
アリスがほほ笑む。
「いや、気にしないでって無理だよ。」
「ううん、本当に気にする必要がないの。私たちはね。まあ、もちろん死ぬんだけど死なないの。この物語が終わるとね、また繰り返すんだ。その時には蘇るから気にしないでいいよ。まあ、特異点を殺せば死んだままなんだけど。ちゃんと私が蘇らせるからカイは心配しないでいいからさ。」
「蘇らせるってどういうことなの?」
「私たちはね今ゲームをしてるんだ。いろんな世界を賭けてね。まあ、神様とやらが言うには特異点を殺せば次のステージの参加権を得れる。更にそこで勝利すれば勝者の望んだ世界を得れるんだってさ。私が望むのはワンダーランドの未来だからね。みんな元通りにするし。だから大丈夫だよ。」
「あと、これが夢じゃないって?」
「この世界はね物語だよ。カイの知ってるお話の世界。でも、カイの世界ともつながった世界。物語はね物語なんだけど今はもう現実なんだ。この世界がある。でも、この世界はカイの世界があるからこそ存在している。別の次元だけど物語としてつながっている世界。ここもリアルでカイの世界もリアル。まあ、言っててよくわからないけど。大丈夫だよ。この世界が終われば元の場所に戻れるはずだから。今までも迷い込んだ人は何人かいたけどみんな最後には帰れてたよ。」
「つまり、ここは物語の中だけど現実ってこと?」
「それよりもあいつの言ってたヒントってどういう意味なんだろう?」
不思議の国のはじまり。
一体どういう意味だろうか。
この世界のはじまり。
どうやってできたかなんてわからない。
ただ、この物語の始まりということはアリスという主人公が不思議の国に迷い込んだということだろうか?
「アリスが特異点ってこと?」
「それはないわ。主人公は特異点にはならないらしいから。」
不思議の国の始まり。
不思議の国のアリスの始まり。
なにか引っかかるものを感じるがわからない。
「気にしないでいいわよ。全部殺してみれば分かることだから。」