不思議の国 Ⅱ
「待った!待った!ナイトの旦那!!あれは誰だい?白うさぎの言ってた人の子じゃないのかい?」
今にも一戦を始めようとするアリスとナイトの注意を遮るようにすぐ後ろにいるクラブの兵士の一人が声をあげる。
自分よりも少し小さいくらいだろうか兜に2と書かれた兵士が近づいてくると観察するかのように少し距離を取って周囲を周っている。
「うん。やっぱり人間だ!!アリスに捕まっちゃてたのかい?今助けるからね!」
「クラム!避けろ!」
クラムと呼ばれた兵が大慌てで不格好な形で横に転がる。
クラムの立っていた場所にアリスの剣が叩きつけられる。
「失礼なやつね。助けるって何よ。私が彼に何かするみたいじゃない。大事なゲストを私が傷つけるわけないでしょ。」
「まだそこまでの分別はなくしていなかったか。少年、下がっていなさい。白うさぎが心配していた。ここは我らに任せて先に進みなさい。」
ナイトがアリスへ槍を構えなおす。
「はあ、ゲストは主役の私の姿を見てなんぼじゃないの。カイ!私といればいいのよ。すぐ終わるから待ってなさい。」
話の中心にいるはずなのに話に加われない。
一体なぜアリスとほかの人たちが争っているのだろうか?
場の空気は徐々に緊張を増してゆき今にも張り裂けそうだ。
「唸れ、ブリュナーク!」
ナイトの叫び声とともに槍が唸りを上げて輝きだす。
それと同時に両者が間合いを詰めてそれぞれの武器を振るう。
アリスの大剣とナイトの槍、それぞれから放たれた光線が交差し熱風が場を埋め尽くす。
衝撃で目がくらむが武器がぶつかり合う金属音が重く何度も響き渡る。
アリスとナイトがものすごい速さで刃を交わし合う。
「さすがは女王一番の騎士だね。出し惜しみしてちゃ倒せ無さそうね。」
アリスが深く腰を落とし剣を構えなおす。
「<混沌を-Vorpal>」
大剣から放たれていた蒼い輝きが徐々に色を濁らせ黒い混沌とした炎を燃やし始める。
「<貫け-Brionac>」
ナイトの槍が稲妻を放ちだすと次第に槍そのものが雷のように発光しはじめプラズマと化している。
その強力な2つのエネルギーに場が震えているような気がする。
いや、震えている。
「ああ!!人間がいるのに2人とも本気だ。このままじゃアブナイ!!こっちに来て!!」
クラムと呼ばれていた兵士がいつのまにか傍に戻っており、大慌てで手を引く。
「「ウォォォォーー!!」」
2人の叫びと同時に凄まじい爆発が起こる。
アリスの剣から放たれた混沌とした黒炎とナイトの槍から放出された灼熱のプラズマがぶつかり合う。
周囲にいた兵隊が何人か巻き込まれて燃え、絶叫する声が聞こえる。
いつのまにかクラムに抱えられものすごいスピードで戦闘域から離れていく。
爆発の余波が鳴りやまないうちに黒炎とプラズマが続々と打ち出される景色が遠めに見える。
「ぼくは弱虫だけど力と逃げ足には自信があるんだ。このまま安全な所まで走るからしばらく辛抱してね。」
兵たちの絶叫が遠のいていく。
アリスってこんなバイオレンスな話じゃなかったはずだけどなあと考えながら担がれていく。
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「僕の名前はクラム。よろしくね。白うさぎさんが君のことをを伝えてくれたんだよ。それで急いできたんだけどアリスに捕まっちゃってたからさ。ハラハラしたよ。」
1時間は走り続けただろうか。
綺麗な川の横で落ち着け、休息をとる。
「どうしてアリスはみんなと争ってるの?」
「ああ、君からすると訳が分からないよね。」
重い兜を外すとクラムの素顔が見える。
まだ幼い顔をしており、その額には走り続けて滝のように流れた汗が見える。
鎧を着こんだ重装で人一人を担いで走り続けてきたのだ。疲れてないわけがない。
川で顔を洗い水を飲み一息つくと地面に倒れるようにして空を見上げだす。
「今ワンダーランドは大変なんだ。改革派のアリスと女王を中心とした保守派で争ってるのさ。
改革派って言ってもアリスだけなんだけど。アリスは強いからねえ。このままじゃ不味いよ。特異点が殺されたらこの世界は・・・。」
「特異点ってなんなの?」
「特異点っていうのはこの世界の鍵みたいなものさ。誰かは厳密にはまだわかってないんだけど。特異点を殺されるとこの世界は一度終わるのさ。そして、特異点を殺した人物は権利を勝ち取り先に進めるんだってさ。本当にバカげたルールだよ。だれが始めたんだか。僕たちは物語を続けられたらそれでいいのに。」
つまり、権利を得たいアリスと現状を維持したいその他で争っているということなのだろう。
「特異点って見つけ方とかもないの?アリスはどうやって探すつもりなんだろう?」
「特異点は物語の主人公以外の重要人物の誰かってことしかわからないんだ。前回までは女王だとアリスは思っていたみたいだけど違ってさ。どうやらもう全部殺せば探す必要ないって考えだしたみたいで。みんな大慌てさ。それにアリスは強いから大変なんだ。一度も勝ててないし。もうみんな恐怖でアリスにだけは出会わないようにって隠れてるよ。」
「なんか本当に殺伐とした夢だな・・・。」
「夢?ああ、まあ夢みたいなものなのかな。君からしたら。でも、これが現実だよ。はあ、でもアリスの気持ちも分かるんだよ。昔はよかったよ。みんな僕たちの話を見てくれてさ。」
「全く、クラム坊やはアリス側に寝返りたいのかい?」
ふと声の方に振り返ると木の上から猫が笑いながら見下ろしていた。
その笑いはニヤニヤといやらしく人を小馬鹿にしたようで気に入らない。
「なんだチェシャ猫か。君は相変わらずだね。その笑い方やめなよ。みんな嫌な気分になるよ?」
「そうは言ってもねえ。こういう顔だから仕方ないじゃないさ。それよりも人間なんてねえ。久しぶりに見たね。なにもこんな時じゃなくていいのに。」
「久しぶり?ここには人がよく来てたの?」
チェシャ猫へ質問を投げかけるとクラムが体を起こして自分の質問に答えてくれる。
「昔はさ、物語に深く入りすぎて迷い込む人がたまにいたんだよ。最近ではもう見なかったけどね。平和な頃なら歓迎できたんだけどこんな時だから守れるか心配だよ。」
「何からかな?」
「何からって・・・アリスからに決まって・・・・うわっ!!」
クラムがいつのまにか現れたアリスに絶叫し怯え震えている。
いつ来たのだろうか。
あの戦いはどうなったのだろう。
「な、なんでここに・・・ナイト様は・・・?」
「あと一歩のところで逃がしちゃった。やっぱり強いよね。あれで更に切り札持ってるなんて反則だわ。どうして女王なんかの部下してるのかな?」
アリスは話しながら川辺によると腰を降ろすと血で汚れた顔を川の水で清めていく。
「ああ、それと。私あんたは嫌い。」
言葉と同時に大剣を木の根元へと投げると何もないところへと突き刺さり血が流れだす。
すると、そこには木の上にいたはずのチェシャ猫が姿を現し絶命している。
恐らくアリスから逃げようとしたのだろう。
姿を消して逃げようとしたようだがアリスには通じなかったようだ。
「いつも傍観者気取りで生意気なのよ。うーん、でもこいつでもないのか。クラムは前回殺したし違うしね。もう一回念のため死んどく?」
立ち上がり剣を回収しクラムのほうに向きなおるとクラムは怯え、涙を流しながら命乞いをする。
「権利ってなんの権利がもらえるの?」
夢の中とはいえ目の前で流れた血を直視したくないため無理やり話を変えてみる。
チェシャ猫は気の毒だがあのニヤニヤ顔が嫌いというのもどこか分かる気がする。
「ああ、話聞いたの?権利はね。世界だよ。特異点を殺して得られるのはこの世界から先に進む権利。そして最後まで残れば世界を得る権利を得られるんだって。」
満面の笑みでうれしそうに話しながらアリスは血で汚れた剣を川で洗う。
「そんなことして何になるんだよ。僕たちはそんなことのために生まれたんじゃないはずだよ。」
震えながらクラムがアリスへ言葉をぶつける。
「なんのため?じゃあ、このままでいて私たちにどんな意味があるの?みんなに忘れられて。過ぎてくだけ。私は嫌。そんなの認めない。」
アリスは即座にクラムの問いに答えた。
笑顔でまっすぐに。
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ルール①特異点を殺すことで先に進める権利を得る。先に進めるのは特異点を殺した1名のみである。
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