不思議の国 Ⅰ
「急がなくっちゃ!急がなくっちゃ!もう彼女は止められない!逃げなくちゃ!」
うさぎがしゃべってる。
目の前をなんだか高そうなチョッキを着て着飾った2足歩行の奇妙なウサギが走ってゆく。
すれ違いざまにウサギはポケットから時計を出したところで横目でこちらを見ると目が合った。
うさぎの足が止まり固まっている。
「え?誰だい?初めて見る顔だ。もしかして人間?迷い子かな?なんだってまたこんな時に?」
もちろん自分は人間だ。
というか、ここはどこなんだろう?
どこかの庭だろうか、木々の彩る緑が日に照らされてとてもきれいだ。
そして、しゃべるうさぎ。
今晩の夢はえらいファンシーだ。
昔、読んでもらった童話の世界を思い出す。
ノスタルジックな、そしてメルヘンな世界を見渡してみる。
すると目の前のウサギはいら立つように周囲をものすごいスピードで走り回っている。
「あーこんなところに人間を置いていけるわけがないよ。大事なーーなのに。」
すると、どこか遠くで叫び声が鳴り響く。
その声は冷たく重く世界の空気を入れ替えてしまうかのように響き渡る。
「ああ、不味い、不味いよ。やっぱり彼女は・・・君!ひとまず僕についてきて。時間がないんだ!」
うさぎは自分の手を取り走り出す。
「えっと、どこに行くの?」
「詳しい話は後!!死にたくないなら着いてきて!」
死?
メルヘンな世界に似合わない言葉が飛び出してきた。
「さあ、飛び降りるよ。大丈夫だから僕に着いてきて。」
そういうとウサギは穴に飛び込んでしまい、そのまま暗い穴の中に消えていってしまった。
「ええ、、、これ飛び込むの?大丈夫かな?」
まあ、夢なら平気なのか?
大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ勢いよく飛び込む。
穴の中を深く深く、どこまでも落ちていく。
というか長い。
ただひたすら重力のままに下へ下へと落ちていく。
何百、何千メートルも重力のままに落ちる感覚に気持ち悪くなる。
夢にしてはリアル過ぎる。
恐怖に吐き気と漏らしそうな感覚を覚えるが何とか堪える。
しばらくすると小さな光が見えてきた。
次の瞬間、先ほどまでの落下感が急に消え、一瞬体が浮いたような感覚になると再び体に重力を感じ地面へと激突する。
「痛たたた。夢にしては痛い。」
「来たね!悪いけど僕には行かなきゃならないところがあるんだ。この扉を抜けてしばらく行くと帽子屋の家がある。そこで落ち合おう。まだ狂ってるのは彼女だけなはずだ。基本的には安全なはずだけど念のためにこれを渡しておくよ。一日に3回しか使えないからね。危険な時だけ使っておくれよ。とにかく足を止めないで。すぐそこにもう来てるはずだから。」
うさぎに手渡されたのは懐中時計。
これをどうやって使うのだろうか。
時計を開いてみるが見たところなんの変哲もない。
「僕の名前はホワイトラビット。危なくなったら名前を呼んで。それが鍵だよ。アリスには近寄らないで!」
そう言い終わるとものすごい速さでどこかへと走り去ってしまう。
扉を抜けて帽子屋のところで会おうか。
眼前の大きな木の根元に扉がある。
「しかし、ホワイトラビットにアリスねえ・・・不思議の国か。大学生にもなってこんな夢を見るなんて。」
と言いながらもどこかワクワクしてる自分がいる。
いつもとは違う景色。
いや、違う世界。
非日常の空気が胸を熱くさせる。
「まあ、せっかくの夢だし楽しもう。しかし、こんなリアルな夢久しぶりだな。」
扉を開くとそこは小さな部屋だった。
予想通り、テーブルとその上に鍵とビンがその横にメッセージが書かれた紙が置かれている。
「飲むと死ぬよ」
あれ?
アリスってこんな話じゃないよな?
やっぱり夢だからかどこかおかしい。
死ぬと書かれているものを飲むわけにはいかない。
テーブルの下に置かれているケーキも確認する。
「死ねよ。クソ女。」
なんだこの世界?
クソ女?
誰のことだろうか?
おそらくは彼女のことなのだろう。
ここに本来来る予定の主人公。
クスリを飲むべきか飲まないべきか考えこんでしまう。
入り口の反対側に扉があるがサイズが普通じゃないため扉を抜けるには小さくなる必要があったはずだ。
どれくらい悩んだだろうか。
流石に死と書かれたものを口に入れる気にはならず考え込んでしまった。
すると、いつのまにか人の気配がすることに気が付く。
「あら?どちら様?見たことない人ね?あ、あなたが特異点なのかしら?」
そこには少女がいた。
とても愛らしい顔をしており目を輝かせながら近づいてくる。
だが、思わず後づさりする。
自分よりも小さい、自分が今まで見た中で一番と言って間違いないであろう美少女。
しかし、その背にある少女よりも大きい剣に恐怖する。
それによく見ると少女の顔が赤い何かで少し汚れている。
袖口で拭ったのだろう。
服に赤い液体がこびりついている。
先ほど、穴に落ちる前に聞いた悲鳴を思い出す。
「ねえ、あなたは誰?この世界の住人じゃないよね?うーん、特異点は住人のはずだから違うのかな?私はアリス。君は?」
「自分はカイって言います。この世界・・・の住人じゃないと思います。というか、ここって不思議の国の・・・。」
そこで少女が近寄り顔を寄せてくる。
「うんうん。やっぱりそうだよね。人間だよね!そうだよ。不思議の国!ようこそワンダーランドへ!ははは。訪問者なんて久しぶりだなー。もう何年も見てなかったよ。あ、ここで話すのもなんだし外に出ようか。この先に食べ物もあるし。ん?なにこれ・・・。」
ビンとケーキのメモにアリスが気が付いたようだ。
アリスの手が震えている。
「あいつら、いいわ。元々、こっちはそのつもりだし。むしろ、やりやすくなったわ。じゃあ、行きましょ。」
アリスが反対側の扉に近づいていくが机の上の鍵はテーブルの上に置きっぱなしになっている。
「鍵はいらないんですか?」
「ああ、そのカギ?こっちに来たら分かるよ。」
扉に近づくにつれ違和感に気が付く。
遠くからはわからなかったが扉はやはりものすごく小さい。
トリックハウスのようになっていて先ほどまでの場所からは普通の扉にみえたがやはり小さな扉だった。
「これじゃあ通れませんね。それに鍵もかかってるし、鍵はあれで開いたとしてもこれじゃあ小さすぎて抜けれないや。」
本来ならビンの液体を飲むと小さくなることを思い出す。
まずは鍵を開けて小さくなればいいのか?
しかし、あのメモを見る限り本当に食べても平気なのだろうか?
ビンとケーキを見ているとアリスが手を引っ張る。
「あれ、食べたらだめだよ。食べたら本当に死ぬよ。ははは、みんな本気になったのはいいけど戦う相手間違えてるよ。敵は私じゃないのに。」
言い終わると背負っていた大剣をアリスが構える。
「さ、ヴォーパルソードいくよ。<混沌を>。」
大剣が淡い蒼い光を纏いだす。
アリスの振り下ろした一刀が光線と化し扉へと激突する。
爆風により地面へと伏した体を恐る恐る静かに起こす。
目の前の光景は変わり果て、扉だけでなく壁ごと吹き飛ばされていた。
「あら?準備がいいわね。早速、あなたが相手をしてくれるのかしら?あなたなら十分特異点足り得るし丁度いいわ、ナイト。」
これは。。。
部屋の先には兵たちが待ち構えていた。
兵たちの甲冑にはクラブのマークが刻まれている。
その数は10人。トランプの兵隊なのだろうか?
先頭には一回り大きい甲冑を纏った騎士。
「アリス。貴様正気なのか?本当にあんなバカげたゲームに参加するつもりか?我々は女王の意見に賛成だ。そんなことに参加してなんの意味がある?」
「意味?はははは。面白いこと言うね。意味がほしいからよ。それともこんな世界に意味がある?私は変える。もう誰も興味ないのよこんな世界。だから変える。そのためには進まなくちゃ。特異点を殺して。」
「考え直す気は無さそうだな。」
騎士が槍を構える。
話についていけてない。
特異点。先ほどからアリスが何度か口にしている。
この夢の行き先がわからない。
ただ、自分の知っている<物語>とは違う。
「ねえ、もしかしてあんたたちは誰が特異点かわかってるの?」
「ふん、仮にそうだとして貴様のような狂人に教えるとでも?」
「狂人ねえ。私は特異点が殺せればそれでいいんだよ。わからないからみんな殺すだけ。だからさ、わかってるなら差し出せばいいのよ。そうすれば何回も何回もみんな死なずに済むよ?」
「笑止。何回死のうとも我らの答えは変わらん。そして、何度でも貴様を倒し止めてみせる。」
主人公時期にちゃんと主人公します。お読みいただきありがとうございます。