第七話 鋼鉄の嵐
「小隊長殿。十時下方に機影、タイプ十九が六機です。」
ナチャーロ海軍空母「レーナ」航空隊のプリボイ中尉は、部下の言葉に素早く反応した。
(あれか。……護衛の戦闘機が居ない、カモだな。)
いつもの哨戒飛行。プリボイは二人の部下と共に、指定の飛行コースを辿っていた。
彼の操るGu6は、先週デビューしたばかりの新型機である。
復讐に燃え、二週間の間製図室から出てこなかった鬼才……アンドレイ・グドコフの最新モデル。それまでの「防御性能至上主義」をかなぐり捨て、全く新しい思想の元設計されている。化け物のような大出力エンジン(本来は爆撃機用)。樽のように太い胴体に、分厚い翼。武装は二十ミリ機銃を四門も搭載している。
戦果は上々で、「蛟龍」を除きほぼ全ての崇ノ国戦闘機を圧倒していた。
「よし、攻撃する。今日はあのオンボロ共に、昼飯になって貰うか。」
無線からの歓声。
三機は、編隊を崩さず突進した。
照準器中の敵が、徐々に大きくなって行く。
(ん?機体の形状が微妙に異なる……まさか!)
彼は、自らの間違いにようやく気付いた。しかし、遅い。
複数の敵機の背面から伸びる、アイスキャンディーの様な曳光弾の流れ。
「あれは、「光星」っ!」
ガンガンガン!!
左翼に衝撃を感じる。見ると翼に小さな炎。だが、新装備の自動消火装置が機能し、直ぐに消し止められた。幾つか空いた穴から、燃料が霧のようになって吹き出ている。
「すみません!報告を訂正、「光星」です!」
「数十秒前に気付くべきだったな!そんなことで、いちいち無線を使うな!」
プリボイは部下の几帳面さに辟易とした。
小隊は、一旦敵と距離をとる。
「やはり……運動性能に自信が無いようだな。格闘戦を仕掛けてこない。」
「新米なんですかね?」
「阿呆。機体性能の話だ。」
反面、もう一方の部下には、少々抜けている所がある。
「再度攻撃する。敵は、後席に回転式銃座を備えているようだが。当たってやることも無い、下方から突き上げるように攻撃しろ。破片に当たるなよ。」
「りょーかい。」
「了解。」
低空から、最大の上昇角で駆け上がる。
「光星」が、無防備な腹をさらし……。
「なっ……!」
信じられないものを目の当たりにし、プリボイは呻いた。
一機の「光星」が、背面飛行に移ったのである。
「馬鹿な!」
(あんな体勢で、撃てる訳が……)
だが、現にアイスキャンディーは降ってくる。
「離脱、離脱!!このままだと、至近で銃弾を浴びるぞ!」
彼の判断は、またしても遅かった。
Gu6の内一機が、炎の流星となって墜落した。
「沢渡さんって……。もしかすると、射撃の天才かもしれない。」
「いえ、訓練通りに相手を撃っているだけです。」
雄一が、操縦席内で絶句している。一方、当の本人はシレっとして、そう答えていた。沢渡有希子。「光星」配備に伴って基地に送られてきた、新入りの後席手である。
「いや、本当にヤバいぞ、あれは。」
真の言葉から、雄一は彼の驚きを感じた。「糞」がつくほど真面目な真。「ヤバい」なんて口にするのは、余程の事だけだった。
「敵は逃げた。戦闘態勢解除。しかし、初実戦で敵一撃墜、一機命中か。前例の無い事だ。」
「またそれですかぁ?前例ってのは、作っていくものでしょう?」
訝しげな降爆隊隊長……上月良一の言葉に軽々しく答えるのは、彼の幼馴染でもある副隊長マリ。
回転銃座が、何故十九式に装備されなかったか。それはひとえに、回転銃座の命中率の悪さにある。「光星」で実験的に装備されたのは、機関銃の性能が向上したからだが……。命中率は、相変わらず悪い。
そんな銃座でここまでの戦果。当然、称賛されるべきものだった。
しかし、有希子は仲間の声など聞こえもしないといった風に、後方見張りに徹していた。長い髪と引き締まった表情は、さながら女騎士の様である。そして、彼女の態度までもが、冷たい武人のようなそれだった。
「先輩、さっきのは……。」
雄一が何となく対応に困り、気の利いた言葉を模索する中。有希子が、おもむろに口を開いた。先程の無茶な機動の事だと考え、慌てて謝罪する雄一。
「さっきのって……背面飛行の事?ごめん、あれは咄嗟に。」
「いえ。突飛ですが、良いアイデアだと思いまして。司令所に報告されては如何ですか?」
「……うーん。それは、多分こっちが怒鳴られるよ。「光星」は、十九式と違って運動性能が悪い。言い換えると、そういう運動を考慮して作られていないんだ。ホラ、降爆といっても、やるのは緩降下だから…。背面飛行なんてやると、翼がかなり傷むんだよ。」
帰った後、整備主任にこってり絞られるだろう。雄一は、急激に気分が重くなった。
「そうなんですか。失礼しました、先輩。」
「後さ……。その「先輩」っていうの、何だが恥ずかしいんだよね。できれば、他の呼び名にできないかな?」
先輩、ではある。雄一は戦場で戦い始めて既に久しいので、有希子に教えられる事も多い。だが、階級は二人とも一緒だった。年齢も同じ位。実力の無さを自認する雄一としては、こそばゆい気持ちである。
「分かりました。では、どのようにすれば?」
「そ、そんなの普通に。」
「普通、とは。」
「……。」
「……。」
「ああもうっ!いいよそれで……。」
「お前、そういうとこ優柔不断だよな。」
無線機から、ヤレヤレ、と言わんばかりの真の声。雄一は頭を掻き、顔を伏せた。有希子はというと、いつの間にやら見張りに戻っている。
そうこうしている内に、ツァ環礁に差し掛かった。
「さてと、我が家が見えてきたね!食堂に入ったら、薄情者のハオに文句をいってやろう~!」
マリの気の抜けた叫びに、何人かの隊員が応じる。ハオら戦闘機隊は今回、降爆の護衛ではなく人員の空輸で留守にしていた。基地周辺を慣熟飛行するだけでも、こういった事が起こりうる。護衛は今や必須事項なのであった。
「待て!滑走路脇に!」
上月の動揺した声が、のほほんとした空気を切り裂く。全員がそこを注視すると、無線が混線する程の大騒ぎとなった。
上空から望むツァ環礁飛行場。三つの格納庫、雑な造りの司令所や宿舎が見える。そして、滑走路の脇。白餅の紋章の中に、双頭の鷲が混じっていた。
ナチャーロ空軍要人輸送機、ミウーソフMi21。
ここに居てはならない、紛れもない敵機である。
「停戦……?」
ツァ環礁基地司令のリ・チンムーは、手渡された書簡に目を走らせる。そして、絞り出すようにそういった。
「その通り。我が国は貴国との無益な争いを終わらせたいと願っております。そこで、和平の準備として三か月間の停戦を申し入れたいのです。」
銀髪の男が、眼鏡を押し上げつつそう答える。彼はナチャーロ帝国外交官アギト・カメネーワと名乗った。シウアン島からMi21で、白旗を掲げつつここまで飛んできたのである。見るものに切れ者という印象を与える物腰。リは自然と警戒していた。
司令所会議室。両国の運命を決するかも知れない会談は、ごく少数で行われている。崇ノ国の言葉で進められるやり取りに一切気おくれせず、カメネーワは停戦の条件の細部を説明していた。
「……私の一存では、如何ともし難い。政府の返答を待つことになる。それまで、貴官はここで勾留することになるが…宜しいな?」
「ええ。お互いにとって良い答えになることを期待しますよ。」
(それにしても……一体どういう事だ?)
リは、ナチャーロの真意をいまいち読み取れなかった。今、戦争はナチャーロが圧倒している状態。ナチャーロ側はそのまま押し切れば良いのであり、停戦は崇ノ国が力を盛り返す機会を与えるだけである。
(まあ、どちらにせよ有り難い事だが……。もしかすると、あの時の報告と関係があったのかもしれんな。)
数日前の報告を、リは思い起こしていた。古代兵器の活動が急激に不活発化しているという物で、楽観論だと彼は撥ねつけている。
だがそれは、楽観論などでは無かった。寧ろナチャーロ帝国にとっての、厳しい現実だったのである。