第六話 混乱、迎撃
少し、グダグダになっているかもしれません…。
拘置所。
香菜野ユウは、格子戸越しに壁を眺めていた。
ここに放り込まれ、もう五日が経っていた。店長と優香はあれっきり見ない。
看守が一日に三回食事を届けに来るが、話しかけても何も答えず、無論看守も話しかけない。狭い個室の中、ひたすら孤独でいるしかなかった。
訳が分からない。何故、自分がこんな目に遭っているのか。
気温は、囚人服一枚では耐え難い程。毛布を被り、硬いベッドの上でじっとしている。
時々空襲警報がなった。尤も、帝都が爆撃される訳ではない。沿岸部の都市が、高高度爆撃機の攻撃に晒されているのだ。ユウはそれを知らないが。
「出ろ。」
絶望しかけた時、彼女の身に五日ぶりの変化が訪れた。
看守が個室の前に立っている。いままでの人形のような無表情ではなく、申し訳なさそうな顔をしていた。
「すまんな。上の命令で……できるだけ接触を控えろと言われたんだ。」
そう言い、格子戸を開いた。
「ついて来い。」
戸惑いつつ、ユウが連れて来られたのは面会所。
「何だか知らないが、疑いは晴れるさ。何せ、今は国中が混乱している。来ているのは…お前の親父か何かか?面会は一時間までだ。話したいこと、しっかり話しとけよ。……しかし、政府の紹介?余程のお偉いさんか……。」
ユウを励まし、警備員は去って行った。
冷酷だと思っていた看守の、意外な一面。ユウは若干驚いた。
(それにしても、誰だろう?私は孤児だし両親はいないけど……。)
そう思いつつ、扉を開ける。
部屋は壁で半分に仕切られており、その中心近くにガラスが填められている。前に椅子が置かれているのを見ると、そこに座って、ガラスに空いた小さな穴を通し、向こう側と対話する仕組みになっているらしい。その向こうに居るのは……見知らぬ男。男は知らない国の軍服のようなものを着ていたが、何故だか既視感があった。
「あの。」
ユウがおずおずと席に着き、話しかけると、男は少し残念そうにした。そして、箝口一番にこう言う。
「やはり、私を覚えておられませんか。」
「はあ……。」
「しかし、困ったものです。あの時は捨身の覚悟で王都を脱出したというのに……。」
そう言われても。後半よく聞き取れ無かったが、ユウは何となく、いつか雄一の話していた変人の教官を思い起こしていた。飛行学校時代の話で、何でも生徒を校庭に整列させたまま、忘れて家に帰ったとか。聞いていた風貌も、目の前の男そっくり。
「では、改めて自己紹介させていただきます。私の名はノイス・ハッタ。旧パナスブラン王国元軍人です。……何もかも懐かしい。殿下には、宮殿で一度、飛行艦で一度、お会いしています。」
何の事やら、よく分からないユウ。しかし、ノイスは気にした風もなく、話しを続けた。
「成程、貴方の目は先王に似ている。しかし、ご立派になられて。飛行艦のエンジン音を怖がっていたあの赤子が、このように……。」
「え?え?」
急に涙ぐむノイス。
どうしよう、変質者だろうか。ユウは、一瞬そう思った。
ノイス・ハッタ。十数年前まで小型飛行艦「ジュア」の艦長をしていた軍人で、今まで崇ノ国に潜伏していたのである。もっとも、艦は東大陸侵入の際使い捨てたが。
「飛行艦?」
一方のユウは、謎が深まるばかり。飛行艦が、空の種族の使う兵器だとは知っている。しかし、それに乗ったことなど一度だって無い。
「そうですな、何処からお話しすれば……いや、先ずは一番知ってもらいたい事実からと致しましょう。」
「貴女の名は、ユーラシエ・パナスブラン。我ら空の種族を導く者にして、偉大なるパナスブラン王家の末裔です。」
崇ノ国。軍令部。
室内には、重苦しい空気が漂っていた。
せっかく、外では陽気な太陽が辺りを照らしているというのに、それをカーテンでシャットダウンしている。薄暗い大部屋の中央の円卓に、これまた薄暗い顔の軍人達が顔を合わせていた。
少し前までの戦勝気分はどこへやら。全員が、二か月近く前の自分の浅慮を呪っていた。彼らは、最近になって恒例行事のようになっている、戦略会議に出席しているのだった。
「さて、皆に集まって貰ったのは他でもない。ナチャーロ軍の攻勢に対する、我が国の戦略についてだ。」
口火を切ったのは、総合軍司令長官である黒川忠一元帥。
「戦略も何も。」
悲痛な声で応じたのは、海軍司令長官ソ・ヒョング中将。
「手は残されていないでしょう?講和しか有りません!ナチャーロ東征軍の実際の戦力を、知らないとは言わないでしょうね?」
その意見に賛同する数人が、弱弱しく頷く。しかし、「講和」により崇ノ国がどのような運命を辿るか、それを重視する者は、唇をキッと結ぶ。
西大陸と東大陸。両者は、シウアン島に関する領土争いが起こるまで、互いにその存在を感知していなかった。
両大陸は、それぞれの大陸内での紛争で科学技術が向上した結果、空飛ぶ島へ大規模な侵攻が可能となった。その延長線で、宝の島(シウアン島)にて邂逅したのである。
未知の文化。そして自分の国に害を成すかもしれないとあれば、当然両者は相手を敬遠した。
領土問題が泥沼化していく内に、両国国内で開戦を求める声が出てきたのも、そうした悪感情が主な原因の一つである。
開戦から一か月は、万事うまくいっていた。過小評価していたナチャーロ軍が、旧式空母を撃沈。
開戦する口実をウズウズしながら求めていた軍部は狂喜し、早速「反撃」に出た。軍港を強襲し、戦艦四、空母三を海へ叩き込み、その他五隻を大破させる。
ナチャーロ側の稚拙な迎撃、前時代的な兵器運用は、軍部の自信を更に深めた。勢いに乗る崇軍は快進撃し、僅か二週間で中央海東部をほぼ手中に収める。
国民は熱に浮かせれたようにして、軍の有能ぶりを称賛した。しかし、オペレーション「ウルトラ」が発動すると、ナチャーロ軍は豹変する。それまでの倍近い兵力を中央海へ送り、元々兵力に余裕のない崇軍はたちまち蹂躙された。
その後。ヒョング中将寄りの講和派を中心に、会議は進んだ。自信喪失している軍人達は、その雰囲気に飲まれそうになる。
しかし。
「それは悲観論だ!」
声を張り上げたのは、大森武豊空軍中央海派遣軍参謀総長。
「我が空軍の「光星」新型降爆、「蛟龍」新型戦闘機により、敵の被害を徐々に増やしつつある!古代兵器にも、全く対抗できない訳ではない!我々は未だ戦えるではないか。」
「……また貴様か、オオモリ。」
二人は、犬猿の仲ということで有名だった。
舌戦は、講和派と継続派に分かれ、数時間に及ぶ。
そして会議が平行線を辿り、終わった直後。彼らは、王宮からの情報に驚愕することになった。