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第五話 防戦一方

サイレン。十九式降爆は、敵からそんなあだ名で呼ばれていた。


固定脚の着陸装置に取り付けられた笛から流れる、魔女の絶叫のような音色。旧式で、もはや強力な機体ではなかったが、この機が戦場に現れた時の心理作用は大きい。

降爆が急降下すると、地上に響きわたるこの音に、後年夢でうなされたナチャーロ軍兵士も多かったとか。

しかし性能の限界が近付き、次世代機に「サイレン」の名を譲らねばならなくなった。



ツァ環礁飛行場。

毎日のように続く激戦で、基地の人々は幽鬼のようにやつれ、目だけギラギラと光らせていた。


夜が訪れる度に響き渡る空襲警報。枯渇していく食糧。それに怯えつつも、ツァ環礁航空隊は戦い続けている。理由なんて、ここでは意味を成さない。

青空の下、降爆乗り達が滑走路脇に集まっていた。皆、目の前の機体に見入っている。


「これが……二十三式降爆「光星」。」


「でかいな。複座?」


軍病院を退院し、復帰した雄一。命令を受けてツァ環礁航空隊に編入された真。他の降爆搭乗員達数十人が、それを取り囲んでいた。


ここ最近の戦いで消耗の激しいツァ環礁航空隊だが、潜水艦の決死の海中輸送により、人員と機材は細々と補充されていた。そして今日期待の新型機が、ツァ環礁に配備される。


「前部機銃は廃止。代わりに十二ミリ機銃二門の回転式銃座を、後席に配置。機体は一回り大きくなり、エンジンも空技廠製の新型。しかも引き込み脚。爆弾も五百キロ積めるように……。ハッキリ言って別物だな、これは。十九式との共通点といったら、笛と二枚の翼位か。」


整備班主任の言葉に、パイロット全員が頷くしかない。


「操縦の感覚や整備の仕方は、元の十九式と似せているそうな。その辺は空技廠様様。ただ、失速速度がやや上がったので注意が必要だな。」


「ちょっといいか。」


主任の声を遮るようにして、一人の操縦士から質問が出る。


「何だ上月。」


「偵察兼機銃手を乗せるとのことだが。何か利点が?」


「そうだな……。例えば外洋飛行の時、いちいち偵察機に誘導して貰わなくてもいいとか、後方の見張りを任せられるとか。」


しかし、上月と呼ばれた操縦士は、後席手に懐疑的らしい。納得した様子はなかった。主任は仕方なく、更に詳しい説明を加える。


「軍は、降爆の運用思想……ドクトリンを変えたんだ。

十九式は、自分で空戦もでき、爆弾も落とせる。ただ、最近じゃ敵の戦闘機に対抗できなくなってきた。となると、空戦できる意味が無くなっちまう。そこで、思い切って急降下爆撃のみに特化した航空機を作る事にしたという訳だ。それが「光星」だよ。」


上月は一応引き下がる。

一方の雄一は、「光星」に寄せる期待が大きかった。この新型機で、あの強い古代兵器に対抗できるようになるかもしれない。そして、ここで一つでも多くの敵を撃破すれば、本土を守ることに繋がる。

彼は、数週間前の戦闘を思い出していた。





「敵発見!地上にタロス、ゴーレムからなる古代兵器群!」


降爆隊隊長からの通信に、全員が身構えた。


オペレーション「ウルトラ」が発動して一週間。

トロウラ島に上陸直前だった崇軍は、とてもそれどころではなくなっていた。敵は崇ノ国領スオ島に逆襲をかけ、元より守備兵力の少ないこの島は、三日で敵の上陸を許す。

ここが敵に占領されるとツァ環礁は戦線から孤立してしまうので、同航空隊はスオ島へ飛び、敵と連日猛烈な空中戦を繰り広げていた。


「さて……陸軍をあれ程苦しめている土人形とは、どういったものかな。」


真が雄一に通信を入れた。雄一が、互いの緊張を紛らわせるために、努めて明るく返答する。


「陸軍の重砲が効かないって言うし、二百キロ爆弾で足りるかな?」


「まあ破壊できないにせよ、転ばせる位なら可能だろ。何せ向こうは二足歩行だ。」


確かに、と、雄一は口の中で呟いた。


スオ島は、緑の少ない荒涼とした島。なので元から空の種族も住んでおらず、この島の需要といったら、飛行場位のものだった。

その飛行場に群れを成して前進するのは、身長が四十メートルはあるゴーレムが五体、ロボット歩兵というべきタロスが二百程。それを三体のガーゴイルが守る。それぞれ鮮やかな青色で、上空からよく目立っていた。

あれらは上陸に先立ち、ナチャーロ特殊輸送機が送り込んだ物。崇陸軍は対抗できないと見るや、地下陣地に篭り、空軍に助けを求めていた。


「全機、トライアングル・アタックの隊形をとれ!」


降爆隊隊長がそう指令した。

十三機の降爆は、それに従って三つの編隊に分かれる。


トライアングル・アタックとは、三方向から次々と敵に爆弾を降らせる戦法。敵に息を吐かせない程の攻撃ができるが、各個撃破されやすい。

下方では、ガーゴイルと戦闘機隊が死闘を繰り広げていた。ガーゴイルの遠距離魔法、旋回性能の良さ、頑丈さは、二十一式戦を苦戦に追いやっている。トロウラ島の会戦では、二十一式十機が撃墜されていた。


「!ゴーレムに動きあり。」


誰かがそう叫んだ。ゴーレムは屈み、スオ島各地にある巨大な岩石の内一つを、ガッチリと掴んでいる。


「岩を持ち上げて……?」


戦闘機隊は、ガーゴイルに夢中で気付かない。


「まさか!」


ゴーレムが、大きく腕を振り上げた。直径十メートルはあろうかという岩石が、崩れながら宙を舞う。


ガーゴイルは、航空機に不可能な機動で回避した。


だが、戦闘機隊はひとたまりもない。


翼を片方持って行かれるもの、空中でスクラップになるもの、破片を浴び、制御不能に陥るもの…周囲は、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


五体のゴーレムは、次々と空中に岩を投げる。落下の土煙で、古代兵器の大群はすっぽり隠されてしまっている。


「低空には、しばらく近寄れないか……。」


あれでは、岩が当たる当たらないではなく、エンジンが埃を吸ってしまう。雄一は、開戦時の失敗を思い出した。

しかし、よしんば土煙が晴れても、ガーゴイルがいる。戦闘機隊が壊滅した今、それらを防ぐ手立てはない。


(死にに行くようなものだ。)


一瞬で崇ノ国を劣勢に追いやる程の威力を持つ、古代兵器。その中でもガーゴイルは強力だった。戦闘機でも苦戦する代物に、降爆が敵うはずもない。


ツァ航空隊は、空しく撤退するしかなかった。


翌日、スオ島にはナチャーロ国旗が翻る。これにより、ツァ環礁は戦略的意義を失いながら、戦い続けることになった。




目の前の「光星」。

雄一はそこはかとなく、頼もしさを感じていた。


「そういえば、後席手はどうするつもりなんだろうな。他から持ってくる余裕なんて、基地にないと思うが。」


「確かに。」


整備主任の話を遮るようにして、空に爆音が響き渡る。崇軍の白餅の紋章を付けた、見慣れない戦闘機が十機。


「向こうも新型だな。」


「戦闘機隊は六機しか残ってないし、補充かも。」


「プロペラがプッシャ式だ。先進的だな。エンジンの音も、聞いたことない。」


操縦士達の声を受けつつ、戦闘機は飛行場上空を旋回し始めた。管制塔の許可を得て、一機が滑走路へ進入する。首輪式の着陸装置を降ろし徐々に降下して来た。


「軍令部は、俺らに何をさせようとしているんだ?」


「うん……。僕も、ここに固執する意味が分からない。後方の守りを固める方が、余程有意義だと思うんだけど。」


飛行場に降りはじめている夕陽は、何か不吉なことを予感させた。






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