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第四話 異変

崇ノ国の攻勢は、僅か一か月間で終わった。

ナチャーロ自前の物量と古代兵器による猛攻で、前線は崩壊。既に崇軍は劣勢に立たされ、このままでは空飛ぶ島々から追い落とされかねない状況である。そしてその先には、本土上陸という最悪の事態が予想された。


ナチャーロ帝国東征軍は巧妙だった。ナチャーロ軍は脆弱、というイメージを工作員を使ってまで軍部に植え込ませ、時にはわざと事故を起こし、そのイメージの増強に努めた。更に開戦時。沈む「ビンバオ」の生存者に機銃掃射を加え、崇ノ国の世論を沸騰させたのは、崇ノ国側を積極的に戦争をするよう操作するためだった。


崇軍の攻勢は予想外だったものの、態勢を整えればどうということはない。事実、オペレーション「ウルトラ」で投入された大量の古代兵器は、崇軍を中央海の片隅に追いやっている。

古代兵器……。空の種族がかつて栄華を極めていた頃、「魔法文明」の遺物である。今や遺跡となった軍事施設に、王国の有事を考え保管されていた兵器群。内容はガーゴイル、ゴーレム、タロスなど、人工物に魔力を与えた物が主だ。

崇ノ国側は占領地で研究こそ進めていたが、重要な遺跡はシウアン島に集中しており、現物は手に入らない。古代兵器の魔法攻撃は未だ脅威だった。

反撃の目途は、立っていない。





西大陸。ナチャーロ帝国首都ベゴット。


立ち並ぶ無数の高層建築物。毛皮のコートに身を包み、足早に往来を歩く人々。一年中降る雪。冬になると日が落ちなくなる、極寒の地。人々の頭上に翻るのは、赤地に竜の国旗。それが、表の首都ベゴットの姿である。


だが、そうした中央区を離れると、昔ながらの煉瓦造りの家の多い市街地に出る。

その一角。ごく平凡な宿屋の一室に、数人の男が集まっていた。全員が魔法使い風のローブを羽織り、顔が見えない。何やら、物々しい雰囲気だった。


「信仰を冒涜するナチャーロの振る舞いは、マズルナズ宗旨国として見過ごせん。」


「左様。」


「本来のフェデオ教の教えを取り戻す。そのためには、東洋の蛮国と手を結ぶのもやぶさかではない。」


リーダー格と思われる人物がそう言うと、他の全員が頷いた。


「では……ここにいる者全てが、この計画に賛成、ということで宜しいな?」


沈黙。言われるまでもない、といった風だ。

その内の一人が発言した。


「本国の支援は、まず受けられるだろうな。予てから、この計画を気に入っていたというが。」


「ああ。自分で行動を起こすより、我々にやらせた方が都合がいいんだろう。」


マズルナズ宗旨国……百三十年前、ナチャーロ帝国の前身であるアラスタン王国から独立した小国。元教皇領であり、西大陸における宗教的権限は大きい。尤も、それが形骸化して既に久しい。


他の西大陸国家と同じくフェデオ教を奉じており、空飛ぶ島々と、空の種族を信仰対象としているが……ここ数十年で、フェデオ教は大きく形を変えつつあった。彼らの目的はこの流れを食い止めること、文芸復興だった。


切っ掛けは三十年前。ナチャーロ皇帝ユリシス三世が、「滅びつつある聖なる種族と聖なる土地を救うべく、艦隊を派遣する。」と発言した事だ。

周りの国々からは、当然非難が殺到する。しかし、彼はそれを実行に移した。確かにその頃の空の種族は大規模な飢饉により苦しんでおり、実際に食糧を提供したのだから、救ったことには違いない。だが、ナチャーロ軍はそのまま居座り続けた。それどころか、空の種族の軍事力のなさをいいことに、資源開発まで始める。

西大陸の国々は、次第に焦り始めた。善悪はさておき、このままではナチャーロの力が強くなり過ぎ、パワーバランスが崩れてしまう。


結果が、ナチャーロの行動を正当とし、自らも空飛ぶ島々へ「救いの手」を差し伸べることだった。そして、そのまま競争は激化し……。

これが、パナズブラン王国侵攻の真相である。



崇ノ国。帝都。喫茶店「しらはね」。


「これは一体……何のマネだ?」


唸る店長の手は、後ろ手に縛られている。他の二人も同様。


「気を悪くしないで欲しいな、命令なのでね。まあ何かの間違いだろう、すぐに釈放されるさ。」


駒角は三人の視線を受け流し、そう言った。彼の後ろには完全武装の憲兵が五人。この手狭な店に押し入るには、過剰とも言える戦力である。


「とはいっても、用があるのはユウ君だけだが。土岐さんと店長はまあ……。事が片付くまでの、口封じだな。私も詳しいことは知らん。」


「そこをハッキリしろ!何のいわれがあって、俺らは憲兵の世話にならねばならん!?俺は兎も角、ユウは未だ子供だぞ?」


「……それは向こうで聞いてくれ。私は答えられん。」


「おい!」


駒角が、片手を挙げる。それを合図に、憲兵が彼らを無理矢理立たせ、店の前に止まっている馬車へ連行した。


一部始終を見守っていた近隣住民達が、気の毒そうに目を伏せる。こういう光景は、帝都ではよく見かけられた。崇ノ国での憲兵は絶大な権力を持ち、時に横柄な振る舞いをする。軍に警察権を持たせ、国民の監視を強めよう、という政府の魂胆だったが……。「不敬罪」や「スパイ疑惑」により、無実の罪に問われる人々が後を絶たない結果となった。


泣きそうな顔をするユウを、優香がなだめている。だが、ユウの背中をさする彼女にしても、その小さな少女がどのような運命を辿るか、気付けた訳ではなかった。







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