第三話 死闘
内容を少し変えました。
「このような史上稀にみる蛮行を、許すことができるでしょうか……?我々は怒りの鉄槌をもって、これを償わさせる義務があります。政府の今回の決定は……。」
ラジオから、無機質な声が流れ続けている。内容は、数日前と殆ど変らない。
ナチャーロ軍の「正当防衛」による、崇ノ国の被害。それに対する抗議。無視。宣戦布告。開戦と同時に始まった、中央海での激戦。
「最近物騒ですよね。」
「ああ。相手は得体のしれない大国だろ?大丈夫かね。」
喫茶店「しらはね」では、優香と店長が不安そうな顔で話し込んでいる。帝都には激しい雨がふっており、人通りは少ない。今日は暇になりそうだった。
「遠野さん、今頃どうしてるのかな……。」
ユウがポツリとそう言った。二人は顔を見合わせる。数日前、政府の開戦発表からこの調子だ。いつもの元気は見る影もなく、沈んでしまっている。店のムードメーカーがこれでは、どっちみち真面に商売できない。
「だが、「ビンマオ」は沈んじまったんだろ?正直……。」
「店長。」
「……悪い。まあ、あいつのことだ。死んでる訳が無いと思うが。」
店長には、自分がどちらを信じているか分からなかった。
中央海。ツァ環礁。崇軍飛行場。
元は辺境警備用の飛行場で、大した設備もない。だが、シウアン島攻略部隊の補佐と補給の為に、急速に強化されつつある。
崇ノ国の反撃は迅速だった。ナチャーロの予想より一週間も早く艦隊を進出させ、ナチャーロ支配下の島々に航空攻撃を加えている。
空飛ぶ島での戦闘で、最も大切なもの。それは制空権の確保である。
例えばある場所で、敵の航空機が活動できず、味方の飛行は邪魔されない、そんな状態を「制空権を確保した」という。それを達成するには、敵の飛行場、対空陣地を破壊する、敵空母を沈める、といったことが必要だ。そうしたら、味方は空から敵を攻撃し放題。
制空権を確保し、航空支援を受けた上で落下傘降下。これがベストな空飛ぶ島への「上陸」だ。
そして、制空権の確保の為に、敵味方入り混じる空戦が起きる。
ツァ環礁航空隊も、そうした任務の為に働いていた。狙うは敵の飛行場。
直掩戦闘機隊隊長のハオ大尉は、十二機の部下と共に、今日も降爆隊の護衛についていた。今日は母艦航空隊も一緒だ。
戦闘機五十。降爆四十六。大型爆撃機十八。
ハオ達戦闘機隊は、降爆と爆撃機の上空で、空に睨みを利かせる。
今回の目標はナチャーロ軍支配下のトロウラ島。シウアン島攻略の足掛かりとして、崇軍が攻略を進めている。
「お出ましだ。」
見慣れてしまったトロウラ島が、雲の影からうっすらと見え出した時。
戦闘機隊とほぼ同高度に、数十機のGu5が姿を現した。
「ツァ戦闘機隊、全機突撃!母艦の連中に遅れをとるなよ!」
ハオはそう叫び、増槽を投下した。同時にスロットルを押し上げ、速度を上げる。
敵の反応は鈍い。
(ナチャーロ人は、素人しかいないのか。)
Gu5は悪い機体ではない。ただ、よい機体でもない。凡作だった。防御を重視し過ぎた結果、上昇力はそれなりだが、他は崇軍主力戦闘機……二十一式艦上戦闘機に劣る。強者揃いのツァ航空隊の前では、鎧袖一触で蹴散らされる他ない。
案の定、今日も撃墜されるのはGu5ばかり。
しかし、味方の隙をついて爆撃機隊に忍び寄るGu5が三機いた。
「させるかよ。」
気づかず直進するGu5の先頭へ、銃撃を加える。
火球へ変じたGu5は、ハオの目論み通り編隊長だったらしい。後ろの二機は動揺し、有効な動きをとれていない。
その内一機に狙いをつけ、後方へ回り込む。
Gu5は慌て、僚機と連携もせず翼を振って逃げる。ハオは執拗に食らいつく。
ハオを振り切ろうと、Gu5が大旋回をかけた。
これからが勝負。
(くっ……!)
操縦桿を横に倒し、Gに耐えながら、追い続けた。目の前が、黒く染まり始める。それでも、狭い視界の中でGu5から目を離さない。
やがて、パイロットの体力が底をついたのか、Gu5は大きくふらつき、旋回を止めた。
銃撃。
空中分解したGu5は、雲の下へ消えていく。
数十分の戦闘の後、敵は去って行った。
「頼むぞ、爆撃隊。」
トロウラ島に迫る母艦降爆隊、ツァ環礁爆撃機隊。
勇敢な十九式降爆が、激しい対空砲火の中、高度三千メートルから敵飛行場へダイブする。他の仲間も続いた。
二枚の翼が、速度が高まるにつれ大きく震える。
クワアアアアアアアアアアアァ………!!
翼に備えた笛が、「サイレン」を地上に響かせた。
逃げ惑う敵兵が、ここからでも見える。
そして―。
「今っ!」
操縦士が、爆弾の投下レバーを引いた。二百キロ爆弾が胴体から切り離され、機体としばらく並走。それから、急激に地面へ落下を開始した。
機体を引き上げ、振り返る。彼の爆弾は滑走路の真ん中に命中し、黒煙を噴きあげていた。
戦闘後。地上施設をあらかた破壊され、後は落下傘降下を待つだけのトロウラ島を尻目に、ツァ環礁航空隊、母艦航空隊はそれぞれ帰投しようとしていた。
その時。
「何だあれは?全機警戒せよ!」
ハオ大尉の声が、全機の無線機から流れる。
間もなく、編隊のあちこちから、戸惑いの声が上がった。
「航空機?」
「いや、羽ばたいてるぞ。鳥じゃないか?」
「それにしてはでかい。……翼の生えた、人間?」
接近するにつれ、その姿が明らかになってくる。
鋼の体。ヒツジのような角。四メートル近い身長。コウモリのような翼。
「ガーゴイル?」
誰かがそう呟いた。
それは、空の種族の古代兵器をナチャーロが復活させたもの。切り札であった。
オペレーション「ウルトラ」が、始動した。