第二十九話 ズナーク島戦3
崇海軍第八護衛水雷戦隊旗艦 護衛巡洋艦「ジアオスウ」
それは、見張り員の唐突な報告から始まった。
「左舷方向、雷跡発見。一、四、五……七!七本の魚雷が「搭城」へ進行中、距離およそ二千!」
「何っ!対潜警戒は何をしていた!?」
「はあ、出港前故障していた電波機材がそのまま……」
「この馬鹿者、すぐ「塔城」へ情報を送れ!それと、敵潜の位置が分かり次第爆雷戦開始!」
「了解!」
艦長を始め、艦橋要員たちは動揺していた。航空機主兵論者と大艦巨砲主義者が舌戦を繰り広げる昨今、潜水艦という地味な艦種は忘れられがちである。
極めて遅い航行速度、貧弱な装甲、(水上艦の感覚で言えば)貧弱な武装、何より新兵器に対する不安。その運用方法すらあやふやであり、理論上通商破壊や偵察に使える事が海軍関係者の頭の片隅にあるだけだった。事実、五カ国同盟連合艦隊に潜水艦は一隻も含まれず、その殆どが本土で遊んでいる状態である。理由は至極簡単、役に立つ(かつ脅威になる)など誰も考えなかったからだ。
なので各国の海軍首脳にとって、潜水艦の襲撃などという事態は全く想像の埒外であり、当然ソナーを備える艦はせいぜい艦隊に四、五隻、爆雷も一部の駆逐艦と巡洋艦にしか積まれていない。
「塔城」が慌てふためいて回避行動を開始する。戦艦にしては運動能力が高い艦だし(衝角戦を主眼に置いているので当然だが)、魚雷との距離もあるので大丈夫だろう。被雷しても厚い装甲がある程度は守ってくれる。
予想通り、魚雷は全弾が回避された。他の艦艇も対潜水艦戦に移行すべく、散開を開始する。
艦橋に安堵の声が漏れたのも束の間、艦長以下全乗員が殺気立ち、見えぬ敵潜水艦を憎悪した。
「くそう、してやられた!このまま逃げられたとあっては護衛戦隊の恥、生きて帰すな!」
「応っ!」
ようやく駆逐部隊が動き出し、そこらに爆雷を投下し出した。ただし、対潜水艦の訓練を積んでいなかったせいか、酷く散発的である。艦長はイライラしつつそれを眺め、自分の艦でさえ爆雷の投下に手間取っているのに歯軋りした。
「大体奴らは、敵潜が何処にいるのか見当をつけているのか?」
「どうだか……慌てているのでしょう」
艦長の言葉に、副長も腹立たしげに返した。
「いいか、潜望鏡を探せ!何が何でも見つけろ!」
「了解!」
言うなり、自分も双眼鏡片手に窓辺へ走る。しかし……
「雷跡です!前方から本艦を横切り、艦隊中央へ侵入!」
「数は!?」
「六、九、十三……十五!」
その時、轟音と共に巨大な水柱が、艦隊の前方に立ち上った。振動は海面を震わせ、数秒間耳がおかしくなる。
「被雷か?」
「第二補助砲戦戦隊所属「聖鹿」が被雷!しっ、沈みます!」
「聖鹿」は旧式の大型巡洋艦。今回の戦争で無理矢理退役を引き延ばされた老女だが、それでも巡洋艦が魚雷一本で沈むのは衝撃的だった。艦隊は浮足立ち、各所で混乱が生じる。結果……
「我が隊の護衛駆逐艦「シュエヤェン」、第一護衛水雷戦隊の「陽來」と衝突!」
「各艦、次々と被雷!第一砲戦戦隊の戦艦「長華」「閃陵」がそれぞれ二発被雷!無所属工作艦「A612」が三発被雷、沈没!」
「第六護衛水雷戦隊所属、駆逐艦「トッケヴィ」が一発被雷、大破!」
「第二砲戦戦隊所属、戦艦「チーグウェ」が六発被雷、大傾斜!」
「第一護衛水雷戦隊所属、駆逐艦「孟夏」が漂流中の同「陽來」と衝突!「陽來」、沈みます!」
艦長は唖然とした。これで本国を出港した戦艦六隻の内、半数がなんらかの被害を受けた計算だ。しかもその内一隻は虎の子の「塔城」級戦艦である。しかし、このような混乱は当然な話でもあった。
五カ国同盟連合艦隊とはいっても、運用思想などの違いから艦隊は五つに分かれている。各々がバラバラに対処する中、崇艦隊は更に細分されていた。それは見張り員の「○○戦隊所属の~~」という報告にも表れていた。
即ち、各民族によって所属する戦隊を分け、指揮系統も違うという「住み分け」が行われていたのである。なのでヒョングは五カ国同盟艦隊全体の総帥権は持っていても崇軍の全ては掌握していないという、微妙な立場だった。
これは、例えば東部民族の戦隊が戦果を上げれば、それは崇海軍の戦果でなく東部民族の戦果、といった具合である。このような悪癖は海軍だけの話だったが、戦果を上げれば自民族の議会での立場が上がったりする為、(崇ノ国にはそんな慣習がある)失地回復を目指す西部民族には魅力的な話だった。
「潜望鏡発見!」
「やっとか、急行しろ!……帝王陛下の艦を傷付けた罪は重いぞ。」
艦長は詳細も聞かず反射的に下命し、爆雷の準備を急がせた。艦が増速し、潜望鏡へ突進する。潜水艦側は、恐らく戦果確認でもしようとしたのだろう。その迂闊な行動が命取りとなった。
「敵、急速潜航!」
「爆雷準備宜し!」
「今更逃げるつもりか?遅い、爆雷投下ぁ!」
爆雷が次々と海に投げ込まれ、ブクブクと沈む。浅い深度で設定されていた信管は正常に作動した。
にわかに、艦後方の海面が盛り上がる。
立ち上った水柱は即座に崩れた。凄まじい量の水飛沫が艦橋の屋根を叩き、滝の中のような音を立てる。
「どうだ、やったか!?」
一瞬の間の後、艦長が声を上げた。
「……大量の木片と漂流物を確認!撃沈確実!」
歓声が、艦のあちこちから上がる。「ジアオスウ」が実戦で挙げた初の戦果だった。
マズルナズ海軍聖堂空母「セイント・マキシム」
五カ国同盟連合艦隊の一部隊、マズルナズ艦隊。その旗艦は周囲の艦の狼狽など気にも留めず、悠々と戦場を航行していた。
艦長ヴィクトーは軽い揺れを二回感じる。それが魚雷を受けた結果と気付くのに、暫く時間が掛かった。
「右弦、二発被雷。」
「区画長、被害報告!」
「第五ブロックに少量の浸水、対処中。被害軽微。」
巨大な空母は駆逐艦数隻を従え、緩々と回避運動を続けている。もし魚雷が命中しても、巨体故に甚大な被害を受ける事は無い。
「他国部隊の様子は?」
ヴィクトーは傍らの副長に尋ねた。
「襲撃を受けたのは崇、オッヘンバッハ、そして我々です。その他の部隊に今のところ被害は無く、他国損害艦の救助を行っています。」
「こちらからも随伴艦を派遣しろ。本艦に護衛など不要。」
「了解!」
マズルナズ海軍の場合、旗艦の艦長が司令官を兼任する。だからこその会話だ。ヴィクトーの言葉は傲慢に聞こえるが、魚雷を片舷に数発受けても平気な自艦を見ている以上、尤もな判断と言える。
「観測員、被雷した東洋人の戦艦は?」
「旧式艦二隻は依然健在、塔城級の一隻は喫水が大分沈んでいます……あっ、補助巡洋艦一隻を伴って後退するようです。」
「どうしますか、艦長?オッヘンバッハからも巡洋艦三隻の被害が出ており、このままでは敵艦隊に対して不利となりますが……」
観測員の報告を聞き、副長が不安を唱える。
「ヒョング司令次第だが、まあ作戦の変更は無いだろう。それより、敵の潜水艦への対応は?」
艦隊の総司令官がこの場に居ない以上、それは今議論しても仕方の無い事。それよりも、ヴィクトーは先程からなんの動きも見せない敵潜水艦が気になっていた。
「補助巡洋艦「アーケア」が一隻を撃沈、同「プノックス」が少なくとも二隻に被害を与えた模様。各国の報告を統計すると、敵は数隻ずつに分かれて行動していたようです。我が艦隊を襲撃した敵潜水艦隊は逃走中、現在補助巡洋艦が追撃しています。それと、ここ数十分新たな魚雷発射の報告は有りません。」
「一難去ったか。よし、後は被害を受けた艦の応急処置と救助だな。」
崇海軍戦艦「塔城」
「……嫌な予感がする。」
「どうしたね、久我君?何か懸念があるのか。」
ヒョングは信頼する参謀総長の呟きを聞き、振り返った。被害の集計にてんてんこまいの艦橋要員も思わず手を止め、久我の次の言葉を待つ。「崇海軍の頭脳」と周りから称される久我の言葉には、それほどの重みがあったのである。
ちなみに、各民族ごとで厳格に区分けされる崇海軍だが、司令部だけは三つの民族で構成されている。陸軍、空軍からその保守的な思想を非難されての事だった。
「敵は艦隊の後方から襲撃してきました。我々A艦隊には少数参加しているだけのモーネ、イヨマンテ隊は目標から除いていますが、有力な艦は全て襲撃を受けたと言っても良い。」
「ああ。」
「この時点で不自然なんです。隊列的に、最も襲い易いのは最後尾のマズルナズ艦隊。そこに全兵力を集中させれば、より大きな被害を当方に与えられた筈です。それを敢えて、艦隊中央部への侵入という危険の大きい方法を取った……商船への攻撃なら通用するかもしれませんが、軍艦へ行うには無謀と言える戦術です。」
「それで、何が言いたい?」
「これは、もしかすると群狼戦術なのかもしれません。」
「何だねそれは。」
「オッヘンバッハの技術官が考案したモノで、まず少数の艦で艦隊を襲撃、目標を混乱させた後、追撃の駆逐艦を引き連れて離脱、手薄になった艦隊を本隊が襲います。今回がもしそれだとしたら、ある目標を確実に狙うためでしょう。」
「では、先程のは囮だというのか?」
「はい……あくまで推測ですが。」
聖堂空母「セイント・マキシム」
「雷跡多数!……ご、五十以上!全方位から、全て本艦に向かって来ます!」
回避は不可能だった。「セイント・マキシム」は鈍足だし、この巨体では雷撃手が何処を狙えば良いか迷うレベルだ。こういう時に頼りになる補助巡洋艦は全て出払っていた。
ああ、俺の判断は間違っていたんだな。噴火する海面、八つ裂きになる巨艦の中で、ヴィクトーが最期に思った事だった。




