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第二話 開戦

シウアン島。東大陸、西大陸に挟まれた中央海に浮かぶ、空飛ぶ島。両大陸の文明、崇ノ国とナチャーロ帝国が出会ったのも、この地であった。


その原因は、両国の領土的野心が大きい。崇ノ国は東から、ナチャーロは西から空飛ぶ島を攻略していく内に、思いがけず鉢合わせしたのだった。


パナスブラン侵攻作戦の際、同王国属領であったシウアン島も、それに伴って攻略されることになったのだが……。問題が起きた。藩王レーバ率いるシウアン島守備隊が、予想以上に抵抗。どこからか旧式の戦闘機まで投入し、ナチャーロ東征軍の猛攻を一か月も耐えたのである。


戦後、捕虜となったレーバの口から、驚くべき情報が帝国にもたらされる。同島が二重統治を受けており、未知の国家……崇から技術支援をうけていたというのである。

それから十五年。両国は、島の周辺に艦隊を遊弋させ、互いに同島の領有を主張している。





ナチャーロ占領下シウアン島。仮首府トレア。東征軍司令部。


「……。間違いないんだな?」


司令官は報告に来た副官に、そう問いかける。


「はい。それが本国の意志です。」


副官は、真っ直ぐに司令官を見据えた。執務机の前に立つ副官。司令官は、彼の目に闘争心の炎を認めた。それを若いころの自分の姿に重ねて、思わず苦笑が出る。


「やる気は結構だが、開戦前からそれでは身が持たんぞ。」


「はっ……。」


恐縮した様子で、副官は頭を下げた。


「しかし…。いくら「あれ」が手に入ったからといって、余りに軽率だ。本国の連中、何を考えている?」


そうは言っても、彼には肩を落とすことしかできない。東征軍は常に本国の命令に従い、淡々と帝国の権益を高める作業に没頭せねばならなかった。


「まあ、なんにせよ最終的な陛下のご意思。そうだな、口実は……。」


彼は、机上に散らばる報告書の内一枚に目をやり、こういった。


「領土内への侵略行為、といった所だろう。第一騎士団航空隊に連絡。付近を遊弋中の崇ノ国空母を攻撃せよ。」





中央海東部。崇海軍空母「ビンバオ」。


その日、「ビンバオ」は西海岸の軍港を抜錨し、四隻の駆逐艦と共に演習を行っていた。雄一は今年からこの空母の急降下爆撃機隊(略して降爆隊)に配属されている。


「こちら三番機、発艦する。」


「了解。発艦宜し。」


艦橋からの信号。雄一は、機体の最終確認を行った。異常なし。翼の下の作業員も「OK」サインを送っている。

雄一はこれから、同僚達と三機の編隊を組み、挑発の意味も兼ねてシウアン島周辺を飛行する予定である。

スロットルを開き、滑走を開始。エンジン音と一緒に、雄一の心も高まった。これから、大好きな空へと飛び立つことができる。それが挑発というくだらない理由だとは、少し残念だった。

滑走を終え、機体はフワリと上昇に転じる。独特の浮遊感を味わいつつ、雄一は車輪をロックした。空中でタイヤが回転すると、空気抵抗が大きくなるのである。


上空で編隊を組み終え、そのまま二十分ほど飛行していた。メンバーは雄一と、同じ新兵の雨宮陽、宗谷真。


三人が駆るのは、崇軍主力攻撃機の十九式降爆。降爆としては異色で、後席の電信兵や機銃手を乗せていない。やや旧式の複葉機だが、十分な性能を持っており、爆弾を二百キログラム積め、両翼には十五ミリ機銃が一門ずつあった。


シウアン島はまだ先。特にやることも無いので、彼らは雑談に花を咲かせていた。三人は飛行学校の同期生で、親友と呼べる仲である。それは実戦配備されても変わらず、こうした偵察飛行でもよく組む。その話題が、自分達に滅ぼされつつある空の種族に及んだ。


「彼らの言い分だと、昔は天地を統べる偉大な種族だったとか。それで、今の兵器と比べても遜色のない軍隊を持っていたらしい。」


「それ知ってる。空飛ぶ島が次々と沈んで、力を失ったんだと。……まあ、連中の言うことなんざ信用ならないけどな。」


「そうか?現に、例の財宝の話が……。」


陽は、彼独特の気の無さそうな声で、真と議論していた。だらしない見た目だが腕はたつ。一方の真は、真面目そのものといった性格だった。


「で、お前はどう思う、雄一。」


「……空の種族についてはよく知らないけど。でも、遥か昔の遺産、みたいな話は好きかな。」


しばらく、レシーバーからは笑い声しか聞こえなかった。


「君、そう見えて結構ロマンチストだよな。」


「そうそう。手帳に挟んである写真、ありゃお前の恋人か何かか?」


「何で知ってるんだよ!?」


 そんな会話をしていると、目的地が前方に見えてきた。三人は空飛ぶ島を見るのが初めてだったので、その雄大な姿に驚きを覚えていた。緑に覆われた地表。灰色の線は飛行場か。下部は薄茶色の柱になっており、地表から雲へ、滝のようなものが流れていた。


「二時上方、機影。」


突然、真から通信が入った。雄一がその方向を凝視すると、確かに、ゴマ粒の様な機影。それは段々と大きくなり、やがて二機のナチャーロ軍戦闘機へと転じた。


グドコフGu5。グドコフGu3と同じく、鬼才アンドレイ・グドコフが製図線を引いたナチャーロ主力戦闘機だ。全金属製の単葉機で、最新型の液冷エンジンを搭載している。長い翼には、十二点六ミリ機銃が全部で四門備えられていた。仮想敵国の戦闘機。三人の間に、緊張が走った。


「どうする?」


「どうって、いきなり撃ちはしないだろ。ただの警戒さ。いいから、……。」


それが、陽の最期の言葉だった。

Gu5が正面から接近した。その両翼が光り、陽の機体を弾が貫く。片翼を破壊された十九式降爆は墜落し、海中へと消える。


「えっ?」


状況が、二人には飲み込めなかった。ついさっきまで隣を飛行していた仲間が、突然消滅したのである。


(何故?まだ戦争は始まって……)


「……っ!」


考える時間はない。雄一は咄嗟に機体を滑らせ、Gu5二番機の銃撃をかわす。

十九式降爆は、一応空戦もできるように設計されている。二人は、迷わず操縦桿を倒した。

下方に飛び越した敵を、急降下で追撃する。彼らは今、友人を殺された怒りに震えていた。


二対二。


何度も訓練で繰り返してきた、辛い急降下運動。


内臓がひっくり返りそうになり、頭に血が上る。この状態が長く続くと、レッドアウトという現象を引き起こし、最終的には失明する。そして、更に体にかかる強大なG。


それらを歯を食いしばって耐え、海面近くの敵を射線に捉えた。機銃を撃つと、凄い振動と光。一機のGu5が胴体から火を吹き、海に激突。すぐに沈んでいった。


機体を急いで立て直す。

もう一機は?雄一は、辺りを見回した。

見ると、真が攻撃を加えている。だが急降下で双方の高度が低く、真は急降下を使えない。そうなると、戦闘機でない分真が不利。


真に加勢しようと、翼を翻す。


ガタン!


突然、機体が大きく揺れた。


「故障?こんな時に!」


エンジンは、昨日から様子がおかしかった。整備士に修理を頼んでおいたはずだが……雄一は、「直ったぜ!」といって送り出した、整備士の笑顔を恨む。


「雄一!後ろ!」


真が叫んだ。レシーバーが震える。

反射的に操縦桿を倒すと、機銃弾の濁流が胴体を掠めた。

真を引き離し、向かってきたようだ。

敵はそのまま、十九式との性能差を利用し急上昇。そのまま遠ざかっていった。


「だめだ、エンジンが持たない!」


雄一は、必死に機体を水平に保つ。さっきの旋回で、余計ひどくなっている。黒煙で前が見えず、危ない状態だ。


「脱出しろ!」


真は、必死の形象で怒鳴った。仲間を、これ以上失いたくない。


(くそっ!)


断腸の思いで、雄一は機を捨てる決心をした。操縦桿を踏み場にし、飛び降りる。パラシュートはすぐ開き、雄一は体に軽い衝撃を受けた。

残された真は、去ってゆく敵を歯噛みして見つめるしかない。母艦から、雄一の救助を呼ばなければならないのである。その代り、敵の「スズメバチ」のノーズアートを脳裏に焼き付けた。


同時刻。空母「ビンバオ」は、ナチャーロ軍の奇襲を受け沈みつつあった……。


後に言う「悪魔のサイレン」の初陣は、このようにして終わる。






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