第二十三話 シウアン島戦4
「見えました!水平線上に敵機動部隊です!」
旗艦である軽巡「セントラル」を筆頭に、マズルナズ海軍第二水雷戦隊は敵「残存兵力」に接近していた。指揮官が覗く双眼鏡のレンズには、極端に護衛の少ない大型空母が映っている。見張りの水兵が叫ばなくとも、煙突から黒煙を噴きあげ、全速で逃げるその姿は非常に目立っていた。しかし、それにしてはやけに低速である。
「まさか、本当に護衛が壊滅しているとは……。」
指揮官の訝しげな声に、艦長が明るい声で答えた。
「護衛を切り捨てるなど、奴らは何を考えているのでしょうね。幾ら旧式でも、数が有れば少しはマシなのに……まあ、こちらとしてはやりやすくなりましたが。」
「全くだ。……全艦、水雷戦闘用意!!」
その言葉に、艦長を始め艦橋要員は顔を綻ばせた。水雷戦隊の者であれば、自分らが敵艦に魚雷をブチ当てる情景を一度は夢見る。
「両舷全速!」
急激な加速。慣れていなければ前へつんのめるだろうが、熟練の船乗りである彼らはそんな事で恥を晒さない。これから魚雷の最大射程距離である四千メートルまで、敵の砲弾を掻い潜ってゆかねばならないのである。
軽巡「セントラル」補助巡洋艦「エクスカリバー」「ヴァンガード」「インヴィンシブル」「ドレッドノート」「レンジャー」「ホットスパー」から成る戦隊は、煙をモウモウと吐き出し、あっという間に敵との距離を詰めた。その速力、三十四ノット。
第二水雷戦隊は、マズルナズ宗旨国の技術の粋を集めた新鋭艦で揃えられている。この速力を出せる軽巡洋艦クラスは、世界でも「セントラル」だけ。他の補助巡洋艦も、卓越した速力と最新の装備を備えていた。
「敵艦、発砲!」
と、こちらが魚雷を放つより早く、敵の迎撃が始まった。二隻の補助巡洋艦は艦首をこちらに向け、砲を撃ちながら急接近して来る。
「敵は、新型のヴェルヌイ級補助巡洋艦が二隻か。」
「どうします?煙幕でも撒かれると厄介ですよ。」
指揮官は迷った。魚雷発射管の準備はすでに完了し、いつでも撃てる状態である。あの目障りな補助巡洋艦に使ってもいいが、そうすると再装填に時間が掛かった。再装填システムは一応備わっているが、数十分や数時間では不可能。そんな事をしていては逃げられる。
魚雷装備時は危なくて主砲も使えない。
一部の艦だけで魚雷攻撃……これは論外である。魚雷はそうそう当たる物ではなく、だからこそ複数の艦で水雷戦隊を組む。それなのに「数の力」を捨ててしまっては、補助巡洋艦の排除どころか空母への攻撃にさえ支障をきたす。基本的に「兵力の分散」は戦場でのタブーである。
指揮官は数秒の思考の後、決断した。
「……仕方が無い。「レンジャー」と「ホットスパー」に魚雷を投棄させろ。魚雷ではなく砲撃ならば、二隻だけでも対処できるだろう。」
「はっ!」
魚雷はとんでもなく高価。だからこそ捨てるにしても、断腸の思いである。だが、後顧の憂いを絶つ意味でも、補助巡洋艦は早く沈めねばならない。
「ドオオン……!!!」
「セントラル」の右舷に、水柱が立ち上った。次々と付近に着弾し、艦を動揺させる。崩れた水柱が甲板に降り注ぎ、艦橋は一時滝の中にいるような状態になった。
「怯むなっ!進めぇ!」
声高に激励の声を上げるも、内心は焦燥感で溢れている。敵の砲弾が一発でも命中すれば、戦艦ですら一撃で吹き飛ばす魚雷に引火し、直後には灰になるだろう。
不気味な飛来音を響かせ、敵弾が次々と着弾する。その中を第二水雷戦隊は突き進んだ。張り詰めた空気の中、長い数分間が過ぎる。
(早く撃て!)
指揮官の思いが伝わったのか。
「ドオン!!」
隊の後列から砲撃音。「レンジャー」と「ホットスパー」が砲撃を開始したのだ。接近する敵味方。彼我の命中精度は徐々に上がってゆき……。
パッ。
そんな音がしたかと思うと、巨大な火柱が海面に出現した。
「イ、「インヴィンシブル」が……。」
燃え盛り、停止した「インヴィンシブル」を避け、続く三艦が「ヴァンガード」の後方に進出。「インヴィンシブル」はズブズブと艦首から沈み出し、十分後には海に消えた。爆沈である。
指揮官は歯軋りをしつつ、姿が鮮明になってきた空母を睨み付ける。
「敵空母、甲板から何かを投棄しています!」
「あれは……粉?」
「新兵器か?」
水兵の報告に、一同が首を傾げた。空母の甲板から、キラキラと粉状の物が海へ落とされている。
「敵との距離、三千を切りました!魚雷発射可能です!」
兵装長が叫ぶ。その言葉で、気を取り直した。
(何をするつもりなのか知らんが……遅かったな。)
「一番、二番、三番、ってぇ!」
指揮官の命令はすぐさま魚雷発射管室に伝えられ、手ぐすねひいて待っいていた砲手達により、「セントラル」から三本の魚雷が発射された。それに倣い、隷下の艦からも魚雷の白い航跡が伸びる。
「続いて四番、五番、六番!」
「インヴィンシブル」の恨みを晴らすべく、三隻の駆逐艦と一隻の巡洋艦が、腹に抱えた魚雷を全て投擲した。
「敵補助巡洋艦に命中弾!「レンジャー」の殊勲です!もう一隻の敵は……反転していきます!」
(どうやら、向こうも上手く片付いたようだ。)
ほくそ笑んだ指揮官は、魚雷の命中時間を今か今かと待ち受ける。
「……ん?」
海の男の目が、魚雷の向かう正面に異常を認めた。徐々に、波が大きく分かれ……丁度潜水艦が浮かび上がる時のように、海面が膨れ上がる。ただし、その範囲が桁違いに大きい。
「あれは……。」
何だ、と口にしかけたが、それは爆音に遮られた。魚雷が全て、空母の手前……海面が膨れ上がった場所で自爆したのである。
「潜水艦!?」
「馬鹿な、魚雷を十八本も食らって何故沈まん!」
「だが、明らかに敵方の新兵器だ!」
艦橋要員たちは半狂乱になり、口ぐちに叫び合う。しかし、対抗策など到底見つからない。
「全艦、砲撃戦用意!」
そう叫んだが、兵装長が復唱がする暇は無かった。代わりに海中からの巨大な腕が、それに答えたのである。
「第二水雷戦隊から報告は?」
「いいえ、未だにありません。……もしや、今まさに戦闘中なのでは?」
「そうだな。」
ブラウナーは、懸念を一先ず棚上げした。とにかく今は艦隊を守り、陸上部隊への支援に集中しなくては。敵の航空戦力は陸上基地、空母、どちらも沈黙させた。水上戦力も、先の戦闘で大方片付いたろう。ただ、彼には一つだけ釈然としない事があった。
「……古代兵器が一切出て来ないのは、どういう訳なんだ?」
「多くが、オッヘンバッハ=ナチャーロ紛争の影響で本土にいるのではないでしょうか。」
生来疑い深い彼は、それでも納得しなかった。




