第十八話 女王の訪問3
「大切な人の為、か。」
「……何だか、はぐらかされたような気もします。」
日はもう沈み掛かっている。あの後、二人は護衛飛行から戻った雄一を再度詰問したが、どうにも要領を得なかった。嘘は言っていないらしいが、奥歯に物が挟まったような物言い。言ってもどうせ、信じて貰えまい……そんな風にも感じられた。
「まあいい。明日も問い質す時間は有る。」
「そうですね。……あ、少し時間をくれませんか。マリさんが、何かお土産が欲しいと言っていたので。」
「すっかり打ち解けてるな。」
「はい。あの人とは波長が合います。」
「波長……?」
「いえ、何でも。」
その調子で周りと交流すれば良いものを。真はそう思ったが、声には出さない。彼女の態度に反感を覚えている隊員も、ツァ環礁飛行場には少なからず居る。だからといってズケズケと指摘する程、真は無粋では無かった。
女王の演説は、島民を熱狂させた。幼く、即位して間もない女王の健気な言葉は、圧倒的な支持を受けたのである。他の島から派遣されて来た新聞記者は勿論、崇ノ国や五カ国同盟の国々の有力紙までもが、女王の言葉をトップで報じた。
「……どこかで見たような。」
翌日。真は町中で見かけた号外に、少しの違和感を覚えた。大写しの女王の写真からの、言いようもない既視感。
一方、彼にそんな視線を向けられるキオスクの店主も、怪訝な表情をした。
「何か用か?気になるなら買っていけ。」
「……あ、すみません。ではその新聞を一部。」
「毎度。三十文だ。」
空飛ぶ島々では、未だ崇ノ国の通貨が流通している。経済は崇ノ国に頼らざるを得ない状況であった。現に二人は今、崇ノ国の言葉で会話している。
真が、ふと街並みに目を向けた。
「凄い賑わいですね。いつもこうですか?」
「いいや。女王陛下が滞在されてるからこそ、この人出だよ。お蔭で大助かりだ。」
暫く店主と会話し、キオスクを離れた。真は改めて新聞に目を通す。
「どうかしたんですか?」
首を傾げる真の後ろから、有希子が声を掛ける。
「お待たせしました。見つけるのに手間取って……。」
「何だ、それは。」
「昨日言っていたお土産ですよ。ダウロの実です。」
有希子は、少し膨らんだ紙袋を片手に持っている。真が興味深げな目を向けると、彼女はそこからサクランボに似た果実を取り出した。
「この島で多く採れるそうです。一つ食べてみたのですが、私は余り好きでは無いですね。マリさんは頻りに勧めてましたが。健康に良いそうですよ。」
「あの人は変わっているからな。……お前、ミカンもそうだが、フルーツ好きか?」
「はい。ところで、先輩は未だ……。」
「時間だが、来ない。」
待ち合わせに指定した通りに、雄一は未だ姿を見せていなかった。
「……ん?」
十数メートル先。真の目に、それらしき人影が映った。新生パナスブラン空軍の飛行服を着るその人物は、紛れも無く雄一である。有希子も気付き、同じ方向に目を向けた。
「誰でしょう、隣の人は。」
「……。」
「宗谷さん?」
「…………いや、まさか。」
口ではそう言ったが、真は内心で衝撃を受けていた。「ビンバオ」に着任したての頃、雄一の手帳に挟まれていた写真について、陽と一緒にからかった事がある。目の前の人物、写真、手に持っている新聞……。
「そういう事か。」
真は小さく呟いた。
「空港に向かうぞ。飛行機が出てしまう。」
「え?いや……。」
「いい。目的は果たせた。」
彼は、どういった理由で雄一が崇ノ国を離れ、自分らと袂を分かつのか、それを知れれば十分であった。できれば、雄一自身の口から説明して欲しかったが。
(例え立場は違くとも……「何かを守る」という決意の元戦うのであれば、俺とお前は同志だ。それを忘れてくれるな、雄一。)




