第十六話 女王の訪問
カズール島は今、火の付いたような大騒ぎである。
ユーラシエ・パナスブラン女王が飛行場へ慰問に訪れるらしく、島全体に厳戒態勢が敷かれていた。女王は中心市街の視察や温泉旅館への訪問も行う予定。殆どの島民は都市部に集まり、彼女を一目見ようと張り切っていた。
さて、そんな島民の浮かれぶりとは関係無く、雄一は危機的状況に置かれている。
「どういう事だか……説明して貰おうか。」
歓迎式典に向け、飛行準備を進める雄一。その目前に現れたのは、真と有希子の二人であった。
その少し前。
東大陸、崇ノ国。
雄一が除隊したと聞き、真は休暇を利用して帝都に急いでいた。彼の目には、強い怒りが宿っている。何故自分に相談もせず?戦争も、未だ決着が付いていないのに?
ただでさえ人手の足りない崇ノ国だが、休戦が終われば強力な味方が参戦するという事もあり、新生王国には積極的な支援を続けている。流石に機材まで貸し出す余裕は無いが、その辺は向こうが瑯郷と上手く兼ね合い、晴れて空軍の設立が決まったとか。
しかし、真はそんな事情には関心が無い。問題は、そこへ雄一が転身し、崇ノ国への忠誠を捨てようとしている事である。兎に角、雄一がどういう積もりでそんな行動をとるのか、問い詰めなければ彼は気が済まなかった。
「急いては事を仕損じますよ。」
彼のそんな様子を見かね、有希子が声を掛けた。
場所は蒸気機関車「つばき」車内。窓際の対面席に、二人は腰掛けている。その周りも彼らと同じく休暇の軍人が多く陣取り、客車を物々しくしていた。……その多くが、久しぶりの家族との再会で、ウキウキ気分ではあったが。
軍港スイシュンと帝都を結ぶ「つばき」は、後三時間程で帝都へ到着の予定である。多くの軍人は、「迅鯨丸」で戦地から引き上げ、スイシュンでこの汽車に乗る。そのまま央州荒野を抜けて帝都に着けば、ようやく地方線に乗り換えられた。真達の場合、帝都の空港に集中している国際線から、カズール島に向かおうとしていた。
「落ち着いて居られるか。あいつがペテン師じみたやり口で逃げて行く前に、どうしても捕まえて置かなくては。」
「……言い過ぎですよ。それに、先輩には先輩の考えがあるでしょうし。」
「だから、それを今から聞きに行くのだろう。……そういえば、お前は何故付いてくる?」
「別に。行先が被っただけです。」
「そうか。」
車内販売で買ったミカンを、二人はやたらと口にしている。ツァ環礁では甘い物が滅多に手に入らなかったのも有るし、この辺のミカンが天下一品というのも有る。
二人は暫くの間沈黙した。彼らは元々、訓練時以外殆ど言葉を交わさない。
「……先輩に倣ってパナスブラン空軍として戦うのも、案外いいかも知れませんね。」
「どういう事だ?」
有希子がポツリとそう漏らし、真がそれに片眉を吊り上げた。
「瑯郷の機体も試してみたいな、と。」
「お前……その言い草は何だ!軍人としての……」
腰を浮かしかけた真だが、有希子の目を見、ギョッとした。
「変な事言って、すみません。ですが自分の故郷を奪ったのも、自分が乗り組んで戦うのも……あのマグ機だと想像すると、少しおかしくて。」
真は一瞬で、「しまった」と表情を変える。
崇ノ国と対立する民族が立ち上げた国家だけに、同国とは因縁の深い瑯郷連邦。ナチャーロとの戦争が始まる直前までは、交戦状態にあった。
(そういえば、こいつの出身は国境の町……あの紛争で激戦になった場所か。)
元々小競り合いの絶えなかったその地域で、ついに両軍が激突。結局は小規模な戦闘に終わったものの、幾つかの町村が戦いに巻き込まれ、多数の死者が出ていた。
その時、瑯郷軍の投入した降爆がマグ18。マグ87はその改良版である。グドコフGu3を参考にした設計で、実際よく似た形状をしていた。
「私、飛行機は嫌いです。特に降爆は大っ嫌い。」
「……なら、どうして後席手なんかに志願した?」
「サイレンの中身がどうなっているのか……それを確かめたかったんです。爆弾を落とす時、パイロットはどんな表情を浮かべるのか。地上を機銃掃射する後席手は、どんな気持ちなのか……。それに、飛行機を撃ち落とせますからね。」
有希子は、ミカンを口に放り込んだ。
「答えは出たのか。」
少し躊躇し、真が尋ねる。
「いいえ。ですが……先輩なら、答えを見出してくれそうなんです。」
「あいつがか?」
真の呆れた声に、しかし有希子は答えなかった。ただ、少し微笑んだ。
場面は、再びカズール島へ戻る。
「二人とも。」
「……先輩。崇空軍を離れた理由を、聞かせて頂けませんか。私の力量が不足だったのであれば……。」
有希子がそう切り出すが、雄一は首を振る。
「!いや、そういう訳じゃ……。」
彼が言葉を繋げようとした時、作戦開始を告げる放送が流れた。空軍の飛行要員は、格納庫に集結しなければならない。雄一は顔を歪めた。
「……話は後だ。俺達は二日間、この島に残る。」
真がそう言った。雄一は後ろ髪を引かれる思いで、格納庫へ駆け出す。




