第十四話 葛藤
帝都。ユーラシエ・パナスブラン即位が話題になる少し前。
手紙を半分も読まない内に、雄一の顔は困惑に染まっていった。文字の意味が、全く頭に入って来ない。その内、便箋の上で、単語がグニャグニャと踊りだすように見えて来た。
憲兵が渡した手紙なんて、どうせ偽造に決まってる……。彼は、駒角を睨み付けて交番を出た。
雄一は一先ず「しらはね」に向かう事にする。あの荒れた店内を何とかしないと……。怒りの矛先が分からない彼は、そう考えて自分を誤魔化そうとした。
果たして、その必要は無かった。一足先に、店長と優香が解放されていたのである。
喫茶店「しらはね」
「だから……どうして落ち着いて居られるんです!」
珍しく声を荒げる雄一。それを向けられる店長は、眉一つ動かさない。憲兵に荒らされた店内は相変わらずだが、彼の手で片付けが進められていた。奥の方では、優香も掃除を手伝っている。……一人の店員が欠け、見る者によっては非常に寂しい光景であった。
「慌てても仕方無い。まさか、憲兵相手に食って掛かる訳には行かないだろう?」
「……!貴方は……いつか、ユウさんが家族のような……娘のような存在だと、そう言いましたよね!?なら、何故心配する素振りも見せないんですか?」
「お前と同じで、あいつは言ったって聞きゃしないよ。」
「ですが。」
お前と同じ?そのフレーズに面喰い、ひるむ雄一。
「ユウは言ってたぞ……お前や、俺らを守る為だと。同じような事、数か月前に誰かが言っていたな。」
「……。」
「誰にだって、大事な人、掛け替えの無い人は居るだろう。本当に大事に思える人間なんて、中々居ないモンだが……。そして、そういった人を守る力や、その機会が与えられたら……勿論、その人の為に全力を尽くせるだろうな。
だが、それを実行するとなれば、周りが見えなくなるものだ。お前が意気揚々と「ビンバオ」に乗り込んだ時、ユウがどれだけ心配していたか、俺が幾ら聞かせても分からなかったろう?」
「……。」
「何、それが人ってだけの話だよ。心配?しない訳が無い。それでも、あいつ自身の決めた事だ。あれこれ言っても仕方がない。」
雄一は返す言葉が見つからなかった。「ビンバオ」へ着任が決まり、挨拶に「しらはね」を訪れた時……ユウの少し悲しそうな顔は、そういう事だったのか?
「ようするにユウは、俺らを失わない為に必死なんだよ。こんな時世だ。何時、人が死ぬか分かったものではない……。」
店長は、そこで少し悲しそうな顔をした。彼はこの戦争で、一人息子を失っていた。
「お前は、ユウのそれ以上に、あいつの事を想っているのか?」
「……はい。」
「なら、あいつの為に何ができるか……もう一度、よく考えてみる事だ。」
雄一は、ふらふらと店を出た。近くの塀にもたれ掛り、そこで彼は、読みかけの手紙に気付いた。
もう一度、折り畳んだ便箋を開く。




