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第十三話 演習

ナチャーロ帝国は、休戦期間の延長を重ねに重ねている。今月でもう六か月になるが、時間の欲しい崇ノ国側として、これ程嬉しい事も無い。同盟、軍事提携、技術交換、外交ルート確保……全ての事柄が、急ピッチで進行し始めていた。


中央海東部。

この日、二つの戦艦部隊が同じ海域を航行していた。


「赤軍、反航戦の構えです。」


参謀の一人が大声で報告する。風が強いせいか、少しくぐもった声であった。

露天艦橋には、彼の他五人の参謀と、司令長官ソ・ヒョングが詰めている。崇海軍の黒い士官服の中では、ヒョングの白い高官服が非常に目立っていた。そんな面々の中、通信手と操舵手、一般水兵三人が居心地悪そうにしている。


ヒョングの覗く双眼鏡のレンズには、赤い旗を掲げ、正面から接近する艦隊が映っている。非常に綺麗な単縦陣なので、見えるのは赤軍旗艦「ルートヴィヒ・フォン・ヴェストハーレン」のみ。

一方の崇艦隊は青軍として、赤軍……オッヘンバッハ艦隊と対峙している。どちらも戦艦を主体とした艦隊で、崇側はヒョングの中将旗が翻る旗艦「塔城とうじょう」を筆頭に戦艦六隻、巡洋艦八隻、駆逐艦十隻、その他三隻。

オッヘンバッハ側はトルマン少将隷下の「ルートヴィヒ・フォン・ヴェストハーレン」他戦艦七隻、巡洋艦十一隻、その他二隻。駆逐艦の概念は無いらしい。


陣形は、双方事前に決められた単縦陣。


五カ国同盟締結後、第一回目の合同演習だった。構成国の内、有力な海軍を持つのは崇ノ国、オッヘンバッハ王国のみ。

ナチャーロとの休戦が終われば、同盟国側にとって重要な海上戦力となろう。戦場での協調性を高めるべく、今回は四日間に渡って演習を行う予定だ。


「それにしても……奴さん、変な艦形ですなあ。」


参謀総長が、隣に立つヒョングに話しかける。ヒョングばかりで無く、その場の全員がそれに同調した。彼らの常識からすると、オッヘンバッハ艦隊はそれ程奇妙な出で立ちだったのである。


崇戦艦「塔城とうじょう級」は、就役から十年が経過した今でも、東大陸最強の火力を誇っている。主砲は四十センチ砲二基六門。副砲として十五センチ単装砲十門。他に魚雷発射管四基、各種対空兵装。そして、艦首にある巨大な衝角。

自慢の主砲は、艦の前部、右斜め前と左斜め後ろに配置されている。これで六門の主砲は、全門前へ向けて撃つ事ができた。


これは、崇海軍での軍艦の主砲が「衝角突撃の前、敵の火砲を沈黙させる為の物」と定義されているからである。独立戦争時、帆船時代の戦訓を取り入れたものだった。理想の戦闘は、主砲を目標に撃ちまくりながら突進し、衝角で目標を撃沈、というもの。


それに対し、オッヘンバッハは主砲で敵を撃沈する事を念頭に置いている。衝角は時代遅れな物として、とっくに廃止されていた。そうなると火力を前方に集中させる意味が無い。寧ろ横側に多く配置し、同航戦や反航戦で、すれ違いざまに目標を仕留めた方が良い。


なので、四基八門の三十五センチ砲は前部甲板、後部甲板にそれぞれ二基ずつ、縦に配置されていた。


「敵との距離、およそ一万!」


水兵から報告。ヒョングは頷き、


「全艦単横陣」


の号令を出した。ちなみにこれは演習なので、衝角攻撃は目標に向け直進し、距離五十メートルを切れば成功判定となる。単横陣は衝角戦に有利で、敵を前方から包囲しつつ攻撃ができた。


白波を掻き分け、崇艦隊が陣形を変え始めた。やや不揃いながらも単横陣に移行開始。各艦の信号兵が慌ただしく動き、僚艦との歩調を合わせていた。「塔城」の両脇に同型艦の「チーグウェ」、「ジョンソル」が並ぶ。その外側にやや旧式の戦艦群が並び、更に外側が巡洋艦。駆逐艦は前方に広がり、魚雷攻撃を加えるべく、旗艦の命令を待つ。


「最大戦速、我に続け!衝角戦用意!」


「塔城」から、続けざまに信号が送られる。


主砲には破壊能力の無いペイント弾が装填され、赤軍旗艦に砲身を指向した。崇側の全乗務員が気分を高揚させ、キビキビと動き回る。


「敵、更に近づく!距離およそ六千!」


「主砲、発射準備宜し!」


「全砲塔、照準完了!」


水兵の力強い報告が、露天艦橋をより緊迫した空気にする。


「敵、右へ一斉回頭開始!」


「何?どういう積もりだ。」


奇妙な事に、オッヘンバッハ艦隊は崇艦隊の目前で横腹を晒し始めていた。


「何だか知らんが、絶好の機会だ。主砲、てぇっ!」


ヒョングの鶴の一声で、各戦艦の主砲が火を吹く。不気味な飛来音を響かせ、砲弾が回頭を終えつつある「ルートヴィヒ・フォン・ヴェストハーレン」の周囲に、凄まじい数の水柱を立ち上らせた。


「観測機より入電。遠弾四、近弾六。」


まずまずの戦果。その水兵の言葉に、ヒョングは微笑んでみせる。休戦前は出番の少なかった崇海軍だが、何も遊んでいた訳では無い。錬度、士気共に高い水準を保っている。


しかし、ヒョングを始めとする司令部員の中で、自分達こそ袋のネズミだと気付いた者は皆無だった。


「敵艦隊、回頭完了。」


水兵の報告と、ほぼ同時。赤軍の三十六センチ砲二十八基五十六門の雨が、「塔城」に降り注いだ。

演習だから良かったものの、実戦であれば即座に轟沈している。


オッヘンバッハ側は、別に考えも無く弱点を見せた訳では無い。全戦艦の火力を敵に行使できる状況を作り上げ、崇側が気付かなかっただけの話である。それに単横陣は砲の死角が多く、西大陸諸国ではガレオン船時代の戦法と認識されていた。


崇海軍の海戦戦術の骨董品ぶりが、白日の元に晒された。






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