第十二話 ツァ環礁の多忙
ツァ環礁。
占領下の空飛ぶ島々が独立したため、崇ノ国にとって数少ない中央海での拠点となったこの場所は、海上に浮かぶ要塞と化しつつある。
飛行場では、急ピッチで復旧作業が進められていた。資材や食料の備蓄を増強し、施設の強化・拡大まで行われている。昼夜クレーンやトラクタの稼働する音は尽きず、輸送機が、着陸しては積み荷を降ろし、また飛び立ちを繰り返していた。
「忙しそうだな。返って落ち着かん、休日なんか与えられると。」
「隊長らしいですね。では、作業員に混じって穴掘りでもしますか?お供しますよ。」
「勘弁だな。」
飛行場近くの高台に、一組の男女がいた。上月とマリが、工作艦「ガルテ」と浜辺の工兵の作業を眺めている。航空隊の半数は休暇で帰郷しているが、彼らのように、帰らず島に残る者も居た。
「それにしても……急遽決まったにしてはテキパキ進むな、今回の工事。」
「急がないと結構マズいんじゃないですか?ここって飛び地になってるので、休戦が終わったら真っ先に攻撃されるでしょうし。」
暫くの沈黙。
「……それと、マリ。今日は休日だぞ?」
上月が、言い難そうに呟いた。
「何の事ですか?」
「……。」
マリがクスクスと笑う。
「何だい、君は?戦場では敬語で話せって、自分で言ったんじゃないか。」
「そうだが、今は違う。」
「呑気だねぇ。」
彼女はさも可笑しそうに、上月の肩を叩く。
「……そういえば、司令官から面白い通達が来ていたな。何でも、例の新興国……新生パナスブランが、空の傭兵を募集しているとか。」
照れ隠しのつもりか、上月が露骨に話題を逸らす。
「ああ、そういえばあったね。今夜にも隊員へ告知する手筈だけど。」
「何でも、希望者がカズール島上空で飛行技術を見せ、その内から百人選抜されるらしい。」
「賞金三百文。正直、ボクも出たい位だよ。……風の噂だと、パナスブランが軍部へ何やら根回ししたらしいね。」
「彼らも必死なんだろう。出来立ての新興国に、空軍を造る余裕は無いしな。パナスブランンの独立から、未だ一か月半だ。」
「先ずは軍事力を確保して、権力を彩るつもりなのかな。内容が大会じみてるのは、余興?」
「……多分な。」
自分の見解を先読みされ、やや不機嫌な上月。マリは、彼が嫌がるのを知っていて、よくこういう事をした。
「あれは、誰だ?」
ふいに、上月は表情を戻す。マリが彼の視線を追うと、そこには「ガルテ」上空を飛ぶ一機の「光星」の姿があった。
「君の弟分じゃないかい?ボクにはそう見えるな。確か、彼の機体番号は五だったと思うが。」
「目、いいな。それと弟分では無い。」
「そうなのかい?似た物同士じゃないか。同じ堅物。」
「サムライたるもの、あれ位が丁度いいんだ。」
「古いねえ。」
「光星」は、「ガルテ」を目標にして急降下訓練を行っている。「ガルテ」乗員が迷惑そうに空を見上げるのが、マリには見えた。
「降下角確認良し!機速良し!各操縦機関、動作良し!」
真が、実戦と同じ手順で降下前のチェックを行っている。後席の有希子も、真剣そのものといった表情だった。真の後席手は休暇で不在の為、有希子が臨時で後席に収まる。
「爆撃手、移動!」
「了解!」
有希子が席を立ち、その前に屈んだ。床にあるスライド式の小さな扉を開くと、それに準じた大きさの小窓が現れた。それに、「緩降下用」の照準シートを被せる。そして座席横の赤いレバーを握り、「訓練中」の設定を入力する。
「爆撃手、準備宜しい!」
凛とした声が、操縦席に伝わった。
「降下開始!!」
エンジンが唸り声を上げる。普通の急降下とは比べるべくも無いが、気持ちの悪いマイナスGが伝わってきた。
真の目には、「ガルテ」から伸びる仮想の高射砲弾や機銃弾が見えている。それに対し、「光星」は小刻みに降下方向を変え、敵の照準を惑わす。
緊張。いやに長い数十秒。やがて、「光星」は回避運動を止めた。爆撃コースに乗るのである。
「ちょい右……ちょい左……。」
照準シートを基準に演算し、機体の進行方向と目標とのズレを修正させる。
照準器に、「ガルテ」の巨体が飛び込んだ。
「よーそろ!!」
「投下!」
合図と同時に、有希子はレバーを引く。
仮想の爆弾は、「ガルテ」に見事命中した。真は満足げに頷き、味方編隊に追いつく可く、上昇を開始する。とは言っても、周囲を飛ぶのは一機の「光星」のみだが。
機体を引き上げ、巡航高度に達した。
今の訓練の結果を、二人で吟味し合う。空に上がれば、彼らに暇など無い。
(待っていろ、スズメバチ。)
真は、憎悪する相手の名を口の中で唱える。親友の陽を撃墜されて以来、その姿を戦場で追い求めていた。しかし、遂に見つける事はできず……。休戦後、真は次こそ「スズメバチ」を仕留めるべく、猛訓練をおこなっていた。
真ばかりでは無い。休暇で無い者は鍛錬に努め、休戦の終わりに備えている。
戦後は、パナスブランが再び中央海の覇者となるだろう。しかし、それには旧王国に居座るナチャーロ東征軍を全て、地上に追い落とさなければならない。それは王府の意思でも、島民の意思でもある。
空の種族の意地。
ナチャーロの拡大主義。
マズルナズの欲望。
崇ノ国の保身。
それらが全て、この海に溶け込もうとしていた。
後世の歴史家は、今回の戦争を休戦前と後に分けて考えた。
即ち、「シウアン島紛争」と、世界史上未曾有の惨禍……「東西世界大戦」である。




