挿話 とある捕虜の尋問 オッヘンバッハ・ナチャーロ間紛争の概要
(尋問者アラム・ナフカ 筆記者ベラ・バクーニン)
……俺の名はコニー・アドラー。オッヘンバッハ王国陸軍グロース師団所属。階級は二等兵。見ての通り両足がダメになったんでね、降伏させて貰った次第。
……戦闘の経過ぁ?そんな物、あんたらの方がよく知ってるだろうに。……ああ、分かった分かった、答えるからそうカッカすんなよ。十七日だったか?進軍初日から洗いざらい話すさ……。
あの日、基地で大佐殿が訓示を垂れてね。何言ってるかイマイチ聞き取れなかったが、反乱軍鎮圧の為我々はナチャーロ領に進入するっていう内容だった。それを長ったらしく言うのが、司令官たる者の役目だな。
おったまげたね。それが侵攻作戦の口実だってのは丸わかりだし。遂に冒涜者どもに怒りの鉄槌を下せるのか、と皆大騒ぎだった。
先に「反乱軍」が暴れまわってるらしいし、トラックの中で闘志を震わせたな。空中騎兵がその辺を飛んでるのを見ると、俄然そんな気になったよ。まあ、俺はしがない二等兵。真っ先に死ぬのがオチだろうけど……心の片隅に、そんな気持ちもあった。
兎に角、お祭り騒ぎだったよ。基地を出る時、顔なじみだった監視塔の兵士なんざ、手を振ってやがったしな。
「ゴリアテ」が開拓した即席の道路は、大いに役立った。「クラーキン線」もぶっ潰したらしいし、あの艦は殊勲ものだな。酷い悪路を暫く走ってると、(勿論揺れたぜ?水切り石だって、あんな飛び跳ねないだろうな。)到着三時間位前に、もう銃声や砲声が聞こえだした。結局のところ俺らの出番は無かった。「ゴリアテ」の活躍で敵……失礼、ナチャーロ側は補給線を絶たれ、直ぐ撤退しちまったし。
拠点を潰された軍隊がここまで弱いのか、というのが感想だ。何せあんたらは、砲弾もロクに撃てない状況だったらしいしな。たまに鉢合わせると、即投降しやがる。で、奴らの銃器を調べてみると殆ど弾が残ってない。「反乱軍」相手に使い尽くしたんだろうよ。
で、その内。ナチャーロ兵が余りに弱いんで……「本当の敵はナチャーロ兵でなく、イワノフの玩具」っつう冗談が流行りだした。
……ああ、古代兵器の事さ。イワン・イワノフの名はこっちにも知れ渡ってるよ。「偉大な時代」(筆記者注:魔法文明の事)の名残を思うままに操るモンだから、イワノフを本気で聖人に祭り上げようってのまで居る始末だぜ。……狂気の沙汰?分かってらぁ、俺はそこまで狂信的じゃない。
そうだな……実際の戦闘は、もう少し後だった。詳しく話すか?
ああ。占領地に陣を築いてから、二週間位してたな。大きな湖が南にあって、スキーができるようになってた。
その頃は、中央海から引き揚げてくるはずの古代兵器が中々姿を見せねえから、段々と余裕が不安に変わっていったんだ。対空陣地は常に万全の態勢で、輜重隊には目を充血させた兵士がくっ付いてた。俺も気が気じゃ無くてね、同僚と古代兵器の性能に付いて議論したよ。
大佐殿、余程臆病になったと見える。前進して暴れまわってた「ゴリアテ」が戻ってきて、隊の前方に居座った。停車した「ゴリアテ」の周りにトラックだの何だのが集まってるのを見てると、アヒルの親子を眺めてる気分になったよ。
……「ゴリアテ」がどんな感じか?そりゃあ凄かった!鋼鉄の塊……いや、城と言った感じだったな。あれだけ勇猛に見えた戦車隊が、牛車か何かに思えてきた。戦車兵の奴ら、沈んだ顔してやがったよ。
見たまんま、陸上の戦艦さ。高角砲と機銃群、空中線と軍艦旗。それにパゴダ・マストにデカい主砲……え?そうそう、「ゴリアテ」は狭義の戦車なのに、海軍が管理・運航してるんだよな。だから軍艦旗って訳だ。
作戦指示は陸軍。上でゴタゴタがあって、こんな馬鹿な運用法になったらしい。ノウハウが足りなかったのもあるな。陸軍首脳が所有する構造物でこれ程大きいのは、自宅の庭位だろうし。
さて、本題に戻るか?俺も歩哨に駆り出されて、熊(騎乗熊じゃなくて、普通の軍用熊だ。)と一緒に「ゴリアテ」周辺を歩かされたんだ。ブルダーの野郎、こういう面倒な仕事だけ、俺に押し付けやがる……任務だし、勿論真面目にやったが。
ウシャンカはチクチクするんで嫌なんだが、規則だし、しっかりつけて詰所を出た。その日は比較的温暖でな、長時間の歩哨も満足にできそうだったよ……。ダイメルの鼻が凍傷で折れたばっかだからか、皆顔を布で覆ってたんだが、その日に限って外してるのが多かった。
モッペル……熊の名前なんだが……そいつは名前の通り太った奴でね、こういう日は喜ぶというより、暑がってたな。
で、「ゴリアテ」を眺めつつ歩哨して三時間程経った。艦の側面を、水兵(そう言った方がいいのか?)がロープで吊るされながら清掃してるのが遠目に見えた。艦橋でも別の水兵が何か信号を掲げたり、(陸軍の信号旗だったから、俺にも読めた。「我、水ガ不足ス」って言ってたな。向こうも大変そうだ。)甲板へ何やら指示を飛ばしてたり……。何せ大きさが大きさ、走行するだけで色々ガタが来るらしく、整備士が取付いて火花を作ってたよ。
ま、見てて飽きなかったね。
そんな中だよ。急に「パアンッ!」と対空砲の警告射撃が鳴り響いた。シーンて、一瞬陣地が静まり返った。次の瞬間、猛烈な対空砲火が大気を震わせたんだ。……いいや、誇張なんかじゃねえよ、本当にそんな感じだった。銃声が重なり合って、滝の中に居るような轟音だったな。西の空に味方の緑の曳光弾が飛び交っていた。何だか分からないが、俺は歩哨中だし、場を離れられない。右往左往してるとブルダーがやって来て、いきなり怒鳴りつけた。貴様も対空戦闘に参加せんか、と来たよ。
「何です?ナチャーロの降爆隊でも?」
「馬鹿者!」
銃声に負けない大きさの声だった。
「イワノフだ!」
熊をその辺に置いて対空陣地に入ると、指揮官が血相変えて何か喚き散らしている。数十台の対空機関銃に、それぞれ二人の兵士が付いていた。敵に対し、高角砲の後に弾丸を見舞うつもりだ。陸兵操典通りの対応ってとこだな。
だが、操典は当てにできそうも無かった。
そこからは、何が陣地に接近しつつあるか……よく見えたよ。
産毛が逆立ったね。コウモリに似た飛び方、ガーゴイルだった。それも、正に雲霞の如しって数。
ものの本によると、かつて軍の主力兵器として運用されていた時代、一体の操縦に三人の術者を必要としたとか。それをたった一人で数十体同時に操る……イワン・イワノフの奇跡の賜物だった。
「ダイチェル、手伝え!」
遅れてやって来た同僚へそう言い、空いていたDQ548(筆記者注:オッヘンバッハ陸海軍主力重機関銃)に飛びついた。
殺伐とした空気が、対空陣地に漂ってたよ。射程の問題で、味方の大砲が射撃してんのを指をくわえて見てるしかない。そうこうする内に、敵は尚も接近する訳だから……緊張の余り、ガーゴイルが二倍も三倍も大きく見えたね。
弾倉をセットし、固定して……肩当て越しに伝わる機銃本体の重みが、緊張を高めたよ。照準を覗き込むと、敵が陣地のすぐ上空に迫ってる。
「何やってんだ!」
誰かが叫んだ。それに呼応して周りがザワつき始めてな、収拾が付かなくなってくる。指揮官の焦った顔を見てると、俺まで不安になってきたね。
「ってえ!」
ようやく号令が出た。物凄い銃声の中俺も引き金を引いて、ガーゴイル一体を地面へ叩きつけたよ。
何だ、弱い!数だけだ!
そう怒鳴って、ダイチェルの肩を叩いた。
DQ548は連射速度が遅く、音も独特。普段使ってる小銃とは腹に来る響きが違ったよ。意外にも敵は次々と数を減らしていく。ただ、この銃は弾切れが早い。
ダイチェルから手渡される弾倉を何度も装填し直し、撃ちまくった。
が、残りは攻撃体勢に移っちまった。奴らのヒツジみたいな角が青く光ったと思うと、数十メートル先の戦車が爆砕したよ。奇声を発して、巨大な腕や尾を振るう。たちまち陣地内は恐慌状態になって、手が付けられなくなった。
俺も目前でダイチェルを食われて、茫然としてた。すぐ頭上をガーゴイルが飛び去って行ったの、一生忘れられないね。……その時の被害?知らないが、俺の目前で戦車が十輌程四散してたな。
「撤退!」
司令部から命令が下された。
続々とトラックに飛び乗り、戦車隊と共に後退する味方。俺は寸での所で最後尾に追いつき、すし詰め状態の車内に押し込まれた。飛行速度が五十キロ程度の大型ガーゴイルは、間もなく引き離されて……あの時の安心感といったら、ないね。
この辺はよく訓練されてて、味方の動きは洗礼されてたな。ここだけは誇って良いと思う。
味方が陣地から完全に離れ、手前にある雪原まで後退したタイミングで「ゴリアテ」の主砲が轟いた。今思うと、司令部の命令は味方と敵を分離させる為だったんだろうな。
陸に上がった戦艦の主砲が、火炎でガーゴイルを焼き払った!あの音で、鼓膜が破れかけたよ。壮絶の一言だったね。
激しい砲撃の中、尚も接近するガーゴイルも幾つかあった。それも少しすれば居なくなったよ。
土煙と噴煙が晴れたら、空には何の異物も残ってなかった。……ついでに苦労して組み立てたテントも、消し炭になってたな。
しばらくして、味方から大歓声が上がった。
狂喜したのは俺も同じでね、その辺に居たやつと肩を組んで、「エリーゼの雪原」を歌った。大佐殿の臆病が、見事役に立った訳だ。戦車だけじゃ全滅してたろうな……崇人は、あんなのとどう渡り合ったんだ?
そうそう。勝利に湧く味方の中へ、変な噂が流れてたな。子供が陣の外をほっつき歩いていたとか。詳しくは聞けなかった。何故なら……。
(以降、許可ある者の他閲覧を禁ず ナチャーロ陸軍下諜報部第二一号室)
炎上する「ゴリアテ」を背に、イワン・イワノフと一匹の猫が談笑している。彼らの傍にはひっくり返ったトラックや破壊された戦車が転がっており、さながら地獄絵図であった。
「ガーゴイル達には悪いけど、これも勝利の為だしねぇ。」
「何を言うんだ、親友。好奇心探究の為だろう。」
「違いない。」
そもそもオッヘンバッハ軍は、古代兵器だけで攻撃を仕掛けて来るナチャーロ軍を不自然に思うべきであった。陣を壊滅させた後、その状態を維持する通常の部隊が不在なのだから。初めから、オッヘンバッハ軍上層部の士気をどん底に突き落すのが目的だったのである。
「……あれ。この人、術が効いていないみたいだね。」
「そうかなローシ。あのおじさんで試した新作の呪術、傑作だと思うケド。」
猫の発言を、イワノフが聞き咎める。自分の「作品」を貶されたように感じたらしい。ローシはそれと気付き、言い換えた。
「耐性のある個体が存在するみたい。これって、貴重なデータじゃない?」」
「ああ……よく気付いたね、ローシ。そうだ、何事にも実験は欠かせない。でないと、そういう風に見落としが発生するからね。忘れる訳には行かない!」
イワノフは嬉々として語り、片手に持つ杖を指で弾いた。戦場だった場所には、人間のうめき声に満ち溢れている。それを、トラックの下のオッヘンバッハ兵が怯えた目で見ていた。彼の他、正気を保っている者は居ないようである。皆何かに怯え、何かと戦っているつもりで味方を攻撃していた。
「さて、次の目的地は?」
「ラゼムスキー港だよ。確か、艦隊に同行させて貰うんだったね。」
「そっか。じゃあ行こう。」
オッヘンバッハ陸軍は一個師団を丸々失う結果となり、国王の失望も大きかった。結果、以後のオッヘンバッハ陸軍の行動は極端に消極的になる。
ナチャーロはオッヘンバッハに賠償金を要求したのみで、この一件はうやむやになった。オッヘンバッハは勿論、ナチャ-ロも今回の紛争に危機感を覚えていたのである。特に要塞が初期段階で撃破された事は、軍中枢に衝撃を与えていた。防御の要がその用を成さないとなれば、丸で意味が無い。この教訓は、「拠点の強化」と「要塞無用論」の二つの意見を生んだ。




