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第九話 ユーラシエ・パナスブラン

「手紙……?」


雄一は怪訝に、しかし希望の入り混じった声で、それを受け取った。


「そうだよ。何故だか政府の役人がここに届けにきてな。」


あの後、「しらはね」の店員達が憲兵に連れて行かれた事を知った雄一は、すぐさま交番の駒角を訪ねていた。胸倉を掴む勢いの雄一を宥めつつ、駒角が差し出したのが、この手紙。


「あいつらが何をしたのか、私は知らん。……だが、ただ事ではないな。」


封筒を破り捨てると、三つに折りたたまれた便箋を二枚、雄一は発見した。「遠野さんへ」と裏に書いてある宛名は、紛れもなくユウの字。丸っこくて薄い書き方を、よく優香に正されていた。姉妹のようでもあり、母娘のようでもある二人の関係を、雄一は覚えている。


広げると、紙面がびっしりと文字で埋まっている。


それは、こんな書き出しで始まっていた。

「許してくれなくても、私は何時までも―――」







「……はい?」


ノイスの口から自分の「本名」を耳にした時、ユウはそれを本気になどしなかった。彼の大真面目な顔とユウの呆れた顔は、対照的でもある。


「無理もありませんな、赤ん坊の頃の記憶が無くても。ですがこれは、厳然とした事実なのですよ。」


「事実」の部分を強調するノイスだが、戸惑うユウが欲しいのはその根拠である。口を開きかけるユウを、ノイスが遮った。


「言いたい事は分かりますとも。では、その根拠を開示いたします。……本題には、中々入れませんな。」


そういうと、彼は軍服の胸ポケットを探る。やがて出てきたのは、黄色い石の首飾り。半透明なその石は、そのくせ光を通さず、鈍い色彩が表面を支配している。


「これは……?」


「魔法石ですよ。旧パナスブラン軍の将校なら誰でも持っていましてね。これで風の動きを読んだり、小さい火を灯したり……。ま、その程度の物で。廃れた魔法文明の遺物です。」


その話は、ユウも聞いた事がある。遥か昔、この星には「マナ」が溢れ、人々は自由自在に魔法を操れた。しかし、段々と「マナ」は枯渇し、やがて魔法を扱える人間も死に絶えてしまう。

パナスブラン王家は、そんな時代を生き延び、未だ高い魔法能力を持つ家であった。


「この石は、使う者によって能力に差が出ます。つまり貴方が扱えば、石は予想外の真価を発揮するかもしれない……。という訳ですな。貴方が「魔法使い」たる王家の者なら。……小型の飛行艦を、補給も無しに東大陸に導いた風の加護が、もし残っていたら。」


「……。」


魔法使いは、パナスブラン王家を含み世界中でも数人という、貴重な存在。それと同等の力を自分が持っていたとすれば……。


「……では。」


ガラスの下に開けられた小さな隙間。そこから手渡される魔法石にユウが触れると、石がポウッと光りを発する。光りは初め微かなものだったが、やがて直視できないような輝きに変化した。


「……?何の詠唱もせず、ここまで……!」


「うわっ!」


自身と同じ黄の光を発する魔法石。だが、突如表面に亀裂が走ったかと思うと、破裂。飛び散った破片は、数秒で光を失った。


「壊れた?」


「ええ。どうやら注がれる魔法力に、器が耐え切れなかったのでしょうな。……驚いた、何の修業もせず、先代王に匹敵する力をお持ちになっている。」


ノイスが、感嘆した様子で目を見開いた。


ユウは、目の前で起きた事が信じられない。では、ノイスの言う事は本当だったのか?


「一先ず、納得はしました。ですが貴方は一体……。この事を伝えて、私にどうしろと言うんですか?」


「それは……。」


ノイスの言葉を、別の声が遮る。


「矢張り、間違いは無かったようだな。」


面会室の扉が開き、憲兵服の男が姿を現した。背後から現れた男にユウは驚いたが、ノイスは男の出現を予期していたようで、そうした様子は無い。


「失礼。私は帝都憲兵隊総司令官、伊地古いじこ純二という。此度は乱雑な扱いをし、立腹であろう。だが、分かって欲しい。貴女は崇にとって、そこの軍人にとって、どうしても必要な存在になっているのだ。しかもその目的は、休戦期間中に行わなくてはならんからな。それについての説明は、もうしたか?」


「いいえ、未だです。」


ノイスが答える。


駒角の着ている憲兵服と違うのは、肩章の色。駒角の白は、下級憲兵を示す。下級憲兵は三段階の階級に分かれるが、最上級の者でも、黒……上級憲兵への命令権は持たない。伊地古はその黒、しかも司令官たる事を表す金モールがついていた。



想像力豊かなユウは、大方の事情を察そうとしていた。要するに、(未だ信じられないが)自分は空飛ぶ島の王族で、そうだとすると恐らく、国の復興の為神輿に担ぎ込まれようとしているのだろう。ノイスが先程口にした「我々空の種族を導く者」という言葉を思い出す。


確かに、その公算が大だった。彼の口振りからするに、学校で習ったパナスブラン王国滅亡の際、自分は身寄りの無い捨て子として、崇ノ国に渡ったと想像できる。現に、店長達に引き取られる前、ユウは孤児院で過ごしていたのだ。


(多分、パナスブランって国がもう一度興る機会と、資本が得られたんじゃないかな。……あっ、うちの国が支援する事になったのかな?上級憲兵が説明に来たわけだし……支援する理由は知らないけど。それより。)


「詳しい話は……。」

伊地古が、何か言おうとした。

しかし。



「待ってください。」


面会所に、冷えた声が響く。


「その前に、店長や優香さんを解放してください。でなければ、私は何も聞きません。」


ユウは、目の前の憲兵を睨みつけた。話の筋は飲み込んだ。しかし、それに二人は何も関係が無いではないか。恩人でもある家族を無下に扱われるのは、彼女は許せなかった。


「貴様……!!」


いきり立つ伊地古が、抜刀する。ノイスが青ざめるが、ユウは動じない。


細身の剣が、彼女へ迫る。その冷たい剣先が、首筋に触れた。


「誇りある上級憲兵への、その口利き。覚悟はできているだろうな……?」


その位置で、伊地古が問う。


だが、ユウは震えながらも、何も答えなかった。


「命乞いをすれば、お前も、仲間も解放する。」


誰が、そんな事を。

ユウは、憲兵と対峙し続ける。


永遠に思える、長い一分が経った頃。


伊地古が微笑し、剣を収めた。全て、ユウを試す演技。


「悪くないな、その人を思う心。そして、目的の為自分を安売りしない心。為政者にそれがなくては、やっていけん。……あのお二方なら問題ない、今日にも解放される。」


その言葉に、ユウはホッと溜息を吐いた。





その後。伊地古が非礼を詫び、改めて話し合いが進む。内容は予想通り、パナスブラン王国の再興。その表看板として、ユウが祭り上げられる事になっていた。


しかし、ユウには全て夢物語に聞こえた。現実感が無さすぎる。何せユウは、ついこの間まで一介の平民として暮らし、王侯貴族など、雑誌小説で読む雲の上の存在であった。自分が、その雲の上の存在だと言う。しかも縁もゆかりも無い空飛ぶ島々の。

だが、二人の説明……。何故今のタイミングでの独立か、独立にどういったメリットがあるか……そういった真剣な話を聞いている内に、段々と実感が湧いてきた。


それにどうしても自分が必要という事も、分かった。だが、どうしても乗り気になれない。ユウにだって今の生活がある。孤児院時代であれば即座に飛びついただろうが、今は店長と優香、それに雄一がいる。彼女には権力者になろうという欲望は元より無い。幾ら憲兵の権力を持ってしても、今回の件は強制権が無いはず。断ろうか……。

ユウが悶々としている。ノイスが、説明を続けた。


「この独立は、惑星に永遠の平和をもたらす為にあります。休戦ではなく、本当の意味での。」


「平和……。」


「崇ノ国は、我がパナスブランを緩衝地帯にしようとしております。意見の合わないナチャーロと国境を接さず、出来るだけ接点を絶つのですな。そしてこれは、両国の植民地主義を打ち消す意味合いもある。」


国民を戦費に伴う重税で苦しめた植民地主義が、無くなる。それは魅力的な話に聞こえた。でも。


「ですけど、それでは根本的な解決にはなりません。パナスブランの勢力外にある島、大陸の辺境はどうなるんです?」


「……。大陸に一つでも、民主主義的な思考を持つ国があれば、話は違ったでしょうな。ですが、どうです?両大陸には強大な軍事国家が君臨し、目の前には空飛ぶ島々という餌がある。

このままでは、両国は餌を巡り、百年も、二百年も争い続けるでしょうな。中央海は紛争地帯となる。しかし、我が国が独立し影響力を持つようになれば、彼らは餌を失くす。

やがて帝国主義という闘犬は飢え死にするでしょう。そこで彼らは、パナスブランの平和的な政治を見習う。要は、我々が平和主義の手本となるのです。」


十数年前のパナスブラン王国滅亡の際、同王国の対応が遅れた理由。それは議会が、軍備増強に抗議したからでもある。


「……まあ、これは理想論に過ぎませんが。」


ユウはと言うと、話の壮大さに唖然としていた。そんな事が、本当に可能なのか……?


「そして、それを実現できるのは、貴女しかいない。」


ノイスの真摯な目が、ユウを貫く。伊地古は、崇ノ国の方針を否定する言葉が出ても、何も言わない。唯、目を閉じていた。目をつぶる、を実行する形である。


「平和。」



その言葉を口にした時、ユウの胸に様々な思いが巻き起こった。


平和……?


ユウは自然と、雄一の事を思い浮かべた。「ビンバオ」が沈んでから安否の確認ができず、何日も軍に問い合わせ、ようやく無事が分かった少年。ユウの淹れたコーヒーを、いつも美味しそうに飲んでくれた。背が伸びず思い悩むユウと、一緒になって悩んでくれた。軍服が何となく似合わなかった。「しらはね」に来る度に面白い土産話を持って来て、楽しませてくれた。

不器用だが、優しくしてくれた。


一瞬。銃撃を受けた雄一が機上で肉片となり、彼もろとも墜落する降爆が見える。


そして休日は彼と一緒に歩いた、帝都の街並み。各民族の様々な建築様式が風景を彩り、通りは陽気な声で溢れる。中心を通る河には、真っ白な客船やゴツゴツした軍艦、帆走式の漁船が浮かんでいる。道にはゴミ一つ落ちておらず、あったとしても屑売りが持って行ってしまう。一度彼と見に行った王宮に感動して、伝承に残る帝王を思い浮かべたりもした。


一瞬。絨毯爆撃を受け、焼け野原になる帝都を見た。



平和とは。


「……。ノイスさん。」


「何ですかな。」


「平和になれば、重火器工場に徴発された優香さんの旦那さんも、帰ってこれますか?」


「ええ。何方か存じませんが、兵器増産の必要が無くなりますからな。」


「町中に貼られたポスターも、軍のラジオ放送独占も無くなるんですよね?」


「ええ。」


「……。もう、戦争で誰も死ななくて、済みますよね。」


「勿論。」



「なら……。やれます。いえ、やります!だって私、この町が大好きですから。」


ノイスは、呆気にとられる。その少女の姿は、あくまで純真そのものであった。本当に、自分が何を言われ、何をしようとしているのか……。分かっているのだろうか。

しかし、ノイスの懸念は杞憂であった。彼は、ユウ……いや、ユーラシエの瞳に宿る強い光に、気づいたのである。先代王と同じ……「何かを守りたい」という信念。

それは、町や家族と同じ位、彼女の中で大きい存在にも向けられている。



あの日々を、自分で守る事ができるなら。



決意を固め、ユウはノイスを見据える。



この日、新生パナスブラン王国は産声を上げた。





ユーラシエ・パナスブラン……悪魔のサイレンと共に、やがて世界にその名を轟かせる事になる。














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