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第八話 休戦、その裏

またしても、前半はナチャーロのターンです。

時系列は、ナチャーロの停戦申し入れから一週間遡る。


西大陸北東部。ナチャーロ帝国と、帝国の北東、マズルナズ宗旨国の北に位置する王国、オッヘンバッハの国境。

若き警備兵ベレーエフは、詰所中の暖炉で温まっていた。彼の相方であるゼレニンは、外で見廻りに当っているはずだが、それも後十分程で交代する。


(……ったく!この寒い中、やってられるかよ。王国の連中なんざ、ここに来るまでに凍死しちまうさ。)


彼は暖炉の前で手を擦り合わせつつ、心中で悪態をついた。

ゼレニンも同意見だったろう。ここタルロス地方は大陸の北にあり、夏でも気温は十度を超えない。増してや冬、手入れを少しでもサボれば機関銃が凍りつく。

それに。ナチャーロとオッヘンバッハは仲が良いとは言えないものの、ナチャーロには「ここからは少なくとも攻め込まれまい」という油断があった。


南はナチャーロ帝国最強の要塞「クラーキン線」、北は「スニーツクの森」が、自然の要害として立ちはだかっているのである。


森を進撃するのは不可能と言われており、詳しい理由は後述するが、足場の悪さ、寒さ、深さなどがその主な理由である。

ベレーエフらは、そんな場所の警備をしていた。同じような詰所が五つ、この国境の森に並んでおり、彼らが電話一つ掛ければ、陸軍部隊が飛んでくるようになっていた。


クラーキン線は、森が途切れた場所から国境を守る。平原に備えられた機関銃陣地、戦艦の主砲を流用した砲台、要塞に配備されたGu6が、侵攻するオッヘンバッハ軍を一網打尽にできるのできるのだった。提唱者たるクラーキン少将も、「この要塞が在る限り、北東の国境は無事である。これは絶対だ。」と発言している。

そんな後ろ盾があるからこそ、ベレーエフは国境よりも目の前の寒さを問題にできた。


「おい、交代だ。」


部屋に外気が入り、僅かな暖かさが一瞬で消え去る。ゼレニンが帰ってきた。布で顔が見えない程の防寒服を身にまとい、戸口に立っている。


「寒ぃっ!早く閉めろ!」


「悪い悪い。それと、これは二番詰所から。」


扉を閉じ、ゼレニンは長机の上に麻袋を置いた。ベレーエフが名残惜しげに暖炉の傍を離れ、それを確認する。ゼレニンが、代わって暖炉に当り始めた。


「酒…な訳もないか。食糧だったら有り難いが。」


「乾パンだよ。こう寒いと配給だけじゃ間に合わん。」


「また乾パンかよ。いや、別にいいが。どれ、俺らは油でも持っていってやるかね。」


ベレーエフは防寒着を着込むと、木製の扉を開けた。その瞬間、彼の目に白銀の世界が広がる。


「積もりやがったな…。屋根の雪かき、今日サボると危ないかもしれん。」

愛熊のベルヌイが出迎え、彼の手袋をなめた。ベルヌイは騎乗熊の中でも優秀な品種で、長い距離を歩くにはもってこい、しかも賢かった。

熊はべレーエフが乗りやすいようにと、その場に腰を降ろす。


「ようし、いい子だ。」


ベレーエフはベルヌイに跨り、手綱を持つ。

のっそりと、熊が歩き始めた。針葉樹林の間、細い道を行く。ベルヌイの轡とベレーエフの機関銃が、ガチャガチャと音を立てた。一人と一匹の息が、空中で白く凍る。


「あれは、雪ロック鳥か?」


歩き始めて、三十分はした頃。ふと、彼は頭上の脅威を確認した。ベルヌイも低く唸り、警戒を促す。低空を、ナチャーロ領に向け飛行する怪鳥である。


雪ロック鳥とは、北方にのみ生息する巨鳥の事。翼を広げると成人男性が四人、すっぽりと収まってしまう。汚い声で鳴くが、猛々しいその姿は国章として人気がある。オッヘンバッハの国章もその一つであった。


「兵が乗っているな。……すると、オッヘンバッハの空中騎兵?」


きょうび、古臭い時代遅れの兵科と見られがちだが、精密機械が凍結するような場所…例えばここなどでは、未だに重宝されている。騎乗熊も、同様の理由で保存された物だった。

もしベレーエフの推測が当たっていたとすると、その雪ロック鳥を用いた立派な領空侵犯。この程度、日常茶飯事だが。


「懲りねえ奴らだ。行くぞ、ベルヌイ。」

「クウン。」


ベルヌイはベレーエフの合図に応え、全身に力を入れた。ベレーエフも、鐙に力を込め、手綱を握る手も強める。これから見せる大技が、王国兵をして騎乗熊を「帝国の怪物」と言わしめる由縁である。普通の熊からは隔絶された能力…それは。


――跳躍。


「こんにちはってな!」


次の瞬間、彼らはロック鳥の目前に出現していた。驚愕と恐怖の表情を浮かべる、カイゼル髭の騎兵。ベルヌイが、僅かな隙を逃さず、巨鳥の翼に爪を引っ掛けた。


「ギャアアァ……!!」


片翼から血を流し、空中で身悶えする雪ロック鳥。カイゼル髭が、必死になって操縦する。


「後、その髭ダサいぜ、おっさん。」


この間、十数秒。

ドウッと音を立て、ベルヌイは荒々しく着地した。


逃げてゆく巨鳥を見送りつつ、彼は満足げに鼻を鳴らす。

ベルヌイを褒めてやろうとしたが、その前に無線機が雑音を発する。

ベレーエフは、舌打ちしつつ応答した。


「こちら哨戒十二。感度最悪。何だ、ゼレニン?」


「………ザザザ…げろ、ガガッ…ヘンの戦車た…!!ザザ……話…撃を受け…!」


「ああ?」


相変わらず酷い性能だが、聞き取れた「戦車」という単語に、表情を険しくする。


(まさか、オッヘンバッハの侵攻?すると、さっきのは偵察…いや、考え過ぎか。)


この方面に侵攻するとなると、帝国の北方師団を丸々相手にする戦力が必要。


しかし、歩兵は兎も角、近代戦闘に不可欠な重戦車の通行などは、絶望的だった。

本来長距離侵攻用でない兵器を長距離、しかも悪路、更に大規模に移動させるとなると、王国の軍事資金が機関銃の残弾メーターのように減ってゆく。なら軽戦車を、という程簡単な話では無い。

王国が重戦車を用意できないからといって、帝国が重戦車を使わない道理は無いのである。

そして重戦車と軽戦車は、重量級ボクサーと軽量級ボクサーの関係。戦えば話にならなかった。


それに、何より移動の方法。森には針葉樹林が絶え間なく広がり、ジープの走行すら不可能である。戦車なら強行突破もできるだろうが、前述の理由で無理。兵員は徒歩で進撃する事になるが……。騎乗熊が子犬に見える、凶暴な獣の間を掻い潜って。戦死者より、それらに食われる兵士の方が多くなるだろう。


空の道も閉ざされる。この近辺にはクラーキン要塞航空隊、他三つの航空隊が展開し、常時暖機を行いつつ待機しているのだ。金は掛かるが、これも国防の為。


以上の理由で、オッヘンバッハ軍の侵攻など不可能。


……だったが。


「そりゃあ……うん、重戦車も目的地まで輸送すれば、燃費かからねえよな。兵員も、そん中に積めとけば良い訳だし。爆撃?あの高射砲の群れじゃ……。痛い所突かれたな。クラーキンは素通りして、後方から攻略するつもりか。」


ベレーエフは、「化け物」の見たまんまの印象を口にした。ベルヌイが後ずさりする。


雷の鳴るような轟音。木々を踏み倒し、粉々にし、悠然と国境を突破する者。


「マジかよ……馬鹿なのか?オッヘンバッハ人……。」


重量約千九百トン、全長五十二メートル、全幅二十メートル、高さ十三メートル。主砲は二十六センチメートル二連装を一基。側面には「邪教を罰せよ!!」のオッヘンバッハ語と、マズルナズ正教会の紋章。どういう訳か、オッヘンバッハ陸軍の車籍マークは小さい。


オッヘンバッハ陸軍陸上戦艦「ゴリアテ」だった。





更に、「ゴリアテ」の開いた道からオッヘンバッハ機甲師団が侵攻。二局面戦争を強いられたナチャーロ帝国は、中央海に展開していた古代兵器、一部の兵員を本土に送らざるを得なかった。


それが、ナチャーロ帝国の突然の休戦申し入れ、古代兵器の減少の理由だが……。そうと知らない崇ノ国では大混乱が起きていた。メディアは有る事無い事書き立て、各戦場からは問い合わせが殺到。しかし三日も経てば、人々は束の間の平和を実感できるようになっていた。


帝都。デラン通り。

人々の流れに逆らって、足早に駆ける人物がいた。軍が何故か執着したツァ環礁から帰還し、一か月の休暇を与えられた雄一である。


「すみません!!……ごめんなさい!」


誰かと衝突する度に謝罪を繰り返し、それでも決して止まらず、雄一は「しらはね」を目指した。一刻も早く、彼が必ず帰ると誓った場所へ戻りたかった。


しかし、そこで見たものは。可愛らしいドアは蹴破られたまま、店内も荒らされ、放置されている喫茶店だった。







「では、崇ノ国は我々の計画を全面的に援助する……そういうことで宜しいですな、ミスター・サイオンジ?」


「ええ。正し、マズルナズ宗旨国の参戦と資源採掘の件、くれぐれもお忘れなく。」


王宮。東院議長の西園寺は、目の前の空の種族の男に、抜け目なく釘を刺した。旧パナスブラン王国元軍人……いや、新生パナスブラン王国臨時政府の宰相であるノイス・ハッタである。

西園寺の執務室。ノイスと西園寺は向かい合って座り、これまでの交渉の充実を感じていた。

ノイスの隣に座るのは、女王……香菜野ユウ改めユーラシエ・パナスブランである。


(遠野さん……暫く会えないかな。……寂しいよ。)


ユーラシエは、頭を振った。


(そんな弱気じゃ、いけない。これも……戦争を終わらせる為だもの。)


「おや、どうしましたかな?」


その様子を見た西園寺が、長い顎鬚を撫でつつ、そう問いかける。

自分の行動が、初めて出会った雄一のそれと似ている事に気付き、ユーラシエは更に悲しくなる。


「大丈夫……置手紙を残したから、きっとそれで……。」


誰にも聞こえない声で、そう呟く。それを、ノイスは心配そうに見ていた。









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