プロローグ 空の海流
初投稿です。よろしくお願いします。
王都に終わりが近づいている。
遥か昔から空飛ぶ島々を治めていた、王の権力の具現が。空の種族の威光が。
「地上の奴ら、遂にここまで攻めてきやがったか。」
飛行艦「ツオルア」の艦長が、憎々しげにそう呟いた。周囲には、二十隻の僚艦。眼下には守るべき主君の住まう王宮と、平和だった街並みが広がっている。陸軍は既に展開し終えたようで、重砲隊の隊列がここからでも見えた。
「旗艦より入電……。残念ですが、トロウラ島守備隊は玉砕したそうです。残るは、王都のみ。」
通信兵の声もどこか遠くに聞こえた。艦長の目には悲壮な覚悟が宿っている。
(ここは余りに平和だった。ゆえに、軍備を整えるのが遅すぎたのだ。このボロ船も、せめて後十隻あれば……。)
飛行艦とは、普通の飛行船に手を加えて、軍用としたもの。武装は機銃を幾らか積んでいるだけ。百年前から基本はかわらず、ここの空軍の主力である。地上の制空戦闘機だの爆撃機だのの概念は、空飛ぶ島々には存在しなかった。
到底、敵うはずもない。
それは分かっている。しかし……。
「来ました!敵主力です!」
見張り員の絶望の声が、艦橋に響いた。
空を埋め尽くす、戦闘機と爆撃機の群れ。空が黒く染まって見える程。そしてこの後には、落下傘降下兵が詰まった輸送機の大群が続く。
まるで希望のない状況だった。
「全ては、王家の為に……。」
艦長は、そこで息を吸い込む。
「総員、戦闘配備!!」
艦体上部の十七ミリ機銃六門が、上を向き、空を睨んだ。
敵は、遥か高高度から徐々に迫る。
「高度差の優位を、是が非でも崩さないつもりか。」
とにかく、王の脱出の為にも、時間を稼がなければ。
「旗艦から、戦闘行動開始命令!」
「敵直上!」
二人の報告はほぼ同時だった。
数十機の敵戦闘機が、獲物を狙う鷲の如く降ってくる。グドコフGu3。ずんぐりとした複葉機だが、優れた運動性能と強力な火力を誇っていた。
銃撃で二機が墜落するも、味方は四隻が、一隻十人の乗員と共に爆沈する。
「攻撃して来るものだけ撃て!僚艦との連携を忘れるな!」
艦長がそう叫んだ、次の瞬間。彼は、体が焼けるように熱くなるのを感じた。Gu3の銃撃が「ツオルア」の気嚢を貫通し、同艦を散華させたのである。
艦隊の全滅まで、三時間と掛からなかった。
その真下。
一隻の小型飛行艦が王都を飛び立ち、広大な海へ逃れつつあった。王家の、最後の希望を乗せて。民に責任をとるため、王宮に残った一族の末裔として。
この日、パナスブラン王国は滅亡した。