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突撃者

 一通りの約束事を決めたルキが、そのすべてをレヲが記憶・承諾したのを確認し終えると、窓から差し込む光は太陽のものではなく月明かりへと変わっていた。

 ツェルから彼を元いた場所に返すように言われていたが、流石にこの寒空の下に放り出す様なことはせず、複数ある客間の一室を与えた。


 暖炉にはいつくか丸太がくべられ、そこに先程拾った包帯の欠片に火をつけ投げ込むルキ。火種は魔法によって消えることの無い炎に変わり、綺麗に重ねられた木に燃え移っていく。

 温風はすぐに部屋中に広がり、快適性をます。

 レヲの着替えを調達するべく、ルキは部屋を出てツェルの元へと行ってしまった。


「彼女との契約のおかげで、出来なくなったことは少ない」


 ルキの要求を大人しく飲んで生きていれば、少なくとも彼女の主人が彼女に命を下すまでの間は今まで通りに生きていける。多くの芸術対象がいるなかで、一人だけを殺さないことは大した苦にはならない。

 部屋を出る前に彼女が用意した簡単な夕食を取ると、何もすることが無くなったのか暖炉の前で次のターゲットについて考え始めた。


   ×××


あるじ様、ルキです」

「……どうぞ、お入りなさい」


 扉を開ける音をたてることなく、主人の元へやって来たルキ。

 手にはレヲに着せるために持ってきた服を持ち、ツェルだと思われる影のすぐそばに足を運ぶ。彼女にはただの影にしか見えないため、ツェルが今どちらを向いているのかは解らない。

 目を閉じ、少し俯き、主人の言葉を待つ。


「彼は一体何者でしたか?」

「はい、彼の名は”レヲ=ロノゥエ”。最近頻繁に起こっている使い魔殺しの犯人です」

「そう」


 今現在、その殺人鬼が自分の屋敷に居るというのに、全く慌てることなく静かにルキの言葉を受け入れる。

 レヲの部屋と同じように作られた暖炉の中には彼の部屋と違って、薪は無くて、変わりに何枚もの紙が燃やされていた。よく見ると、その中の数枚には顔写真が張られている。全体的に黒がよく目立つその紙を、ツェルだけでなくルキもよく知っていた。


あるじ様。今回の会議はどうでしたか?私に出来ることは何かございませんか?」


 首を傾げるような仕草をする。

 そこには何の感情もない。あるのは『こうゆう場合は首を傾げる』というよりはマニュアルだけ。ツェルに教育された通りに動く事が、ルキの存在理由。

 何か出来ること……と、聞いたツェルは「フム……」と小さく言い、すぐに言葉を紡いだ。


魔法国家議会リヴァイアサンの方では、近々忌々しい死神達が私達わたくしたち魔引まびくそうです。総人口の3分の2ほど……。

それから鵺鳥ぬえどりが、そのレヲ=ロノゥエの事を異常に気にしておりました。あの人の態度や行動は、毎回の事ですが何らかの形でわたくし達を事件に巻き込みます。レヲ=ロノゥエの監視をすると共に、鵺鳥への尋問および監視をお願いします。レヲ=ロノゥエよりも、鵺鳥の方を優先してください」


ーあの人から、何か臭うのです……


 影は揺らめき、グラスに入ったワインを飲み干す。

 飲み終えて机に置く頃にはルキは部屋におらず、一人になっていた。


「まぁ、一番の理由はわたくしがあの人の事、あまり好きじゃないって事です……」


 もっともらしくいった言葉の半分は私情によるものだと、ルキには知る余地もなかった。


   ×××


「…………すいません、式神の皆さん。私、この先の部屋に行きたいのですが」

「式神であらぬ、我は”上弦”」

「式神ではある、我は”下弦”」


   ×××


 レヲは今の現状に非常に困っていた。


「あ……あのぉ……」

「ヒック!……うううん?えっと、お前さんはなんぞや?」


 大きな酒瓶を片手に部屋に入ってきたのは、酒に酔った女性。黒い着物に赤い帯、黄色い帯紐という衣装を身にまとったスレンダーな人だ。長い髪は蝶の様に結い上げられている。

 一見優美な美しさを放っている女性だが、酒を豪快にらっぱ飲みするので台無しである。

 ベロベロに酔って、恐らく部屋を間違えたのだろう。暖炉の明かりで照らされた頭を抱える青年に、女性は話しかけた。


「『なんぞや』………?あぁ、誰かって事ですか……。僕に聞く前に、まずは自分から名乗るのがルールなのでは?」

「あん?あんさん、男尊女卑主義者かえ?女のうちより、おのこの自分の方が偉いやなんて思っとるん?今の時代、”れでぃーふぁーすと”が主流やろ。…………まぁええわ。うちに怖じ気づかん勇敢なおのこに敬意を払って先に答えたるわ」


 片仮名の言葉になれていないのか、はたまた酒に酔っているだけか、その両方か……。女性は最後の一滴を飲み干すと、力強く瓶を置き堂々と名乗る。


「うちは魔法国家議会リヴァイアサンが一人、東洋の魔女 鵺鳥ぬえどりさんや」

「はぁ、鵺鳥さんですね。……僕はレヲ=ロノゥエですよ。道端に倒れていたところを、ルキさんに助けてもらって」

「ほぅ?ほうほうほう。ほんじゃ、レヲ殿。あんさんがあのおもろい者か……。ふーんへーんほーう……」


 酔っぱらいの顔から一変、鋭い目付きに変わるとレヲを観察するように顔を近づけ、見る。そのまま彼の回りを一周すると、満足したのか再び酒瓶を手に取る。空のはずの瓶にはいつの間にか並々と酒が入っていた。

 「まぁ、座れや」と、家主でもないのに勧める。

 弾力のある椅子に座ると、癖なのか足を組む。着物の裾から黒く、細い足が伸びる様を見てレヲは何時もの衝動に刈られるが何かが違う。


 目の前の鵺鳥はとても美しい。

 ルキとは違い妖しい美しさをかもちだしている。

 妖しいからこそ、この女性には何も出来ない。

 しない方が懸命だ。

 そう、直感した。


「ほんじゃ、レヲ殿。この鵺鳥おネエやんとちょいとお話しよか」

「貴方と何を話すと言うのですか」

「んー?レヲ殿は見た目的に年頃のおのこやしぃ……やっぱ破廉恥な話が好きかぁ?」


 早速酔っぱらいが絡んできた。

 ドン引きする年頃の青年を前に膝を激しく叩く様はもはや女性ではなく酒場のおっさんだ。しかも、かなり迷惑な質のおっさんだ。

 何が面白いのか、ゲラゲラと目に涙を浮かべるほど笑う鵺鳥を不信そうな顔つきで睨む。

 レヲは決して下品なことはしない。むしろ大嫌いな性格だ。

 用がないならさっさと自分の部屋に戻れと心中で毒をはく。

 ようやく一通り笑い終えると、何も話し出さないレヲにある提案をした。


「ほな、お互い聞きたいことは山のようにあると思うさかい。順番に質問してこか?」

「いや、僕は特に無いのですが……」

「遠慮せんでもえぇ!ほら、どっちが先に質問するか決めよ」


 無理矢理レヲの手を掴むと、自分の方へ引っ張る。

 ニヤリと彼女が笑うのを合図に、じゃんけんが始まった。


「ほないくで?せーの、『いんじゃんほい』!!」

「…………何ですかその掛け声」

「えぇ?何て、じゃんけんの掛け声やろ?」

「聞いたことないです。少なくとも、僕の周りでは」

「まぁ、地域によって色々あるんよ。良かったなぁレヲ殿、また一つ賢ぅなったで」

「そのお陰で負けてますけどね」


 突然の掛け声で固まったままのレヲの拳に、広げられた鵺鳥の掌。誰が見ても彼女の勝利だった。

 上機嫌に酒を煽り、組み上げた足の方だけ胡座をかくようにして、その上に腕をのせ頬杖をつく。相変わらずのニヤケ顔はご愛敬。蛇のように目を細める。


「ほな、レヲ殿はツェルの使い魔……ルキの事、どこまで知っとるん?」


 女の子達が恋バナでもするようなノリで聞いてきた。


「どこまでって……彼女が彼女の主人に作られた完成された人形と言うこと……。あと、多少魔法が使えることですかね」

「ふうん……あの子が魔法をねぇ」


 何か考え込むような仕草をする鵺鳥。いまだに酔っているじんぶつとは思えないような真剣な顔つきに変わっている。

 頻りに唇を撫でながら一人で呟く。


「……では、僕から質問しますよ。貴女の言っていたリヴァイアサンとは何ですか?まさか、神話の化け物ではあるまいし」

「ん?あぁ、あんさん知らんかったの。てことは、魔法界の出身ちゃうのか……。ええよ、答えたる」


ーリヴァイアサン言うのは、あんさんの思っとる通り化け物の名前ちゃう。正式には魔法国家議会まほうこっかぎかい言うんや。この議会に入っとるのは今のところうちとツェルを含めた五人。この五人が主となって魔法界の政治なんかを進めるんや。その絶対的な力と圧力からいつの間にかリヴァイアサン呼ばれるようになったんよ。

 なに?別に成り立ちは聞いとらんて?そんな焦りなさんな。

 まぁ、普段は裁判とか東洋・西洋の魔法界の交流なんかをやっとるが、この時期はもっぱら死神対策やなぁ……。今日此処に集まったのも、その為や。

 ……なんや、死神も知らんのか?本ま、どっから来たんや……。じゃあ、モノのついでに教えたる。

 死神はツェル達魔力を持つ者を定期的に魔引まびくんや。やっこさん達にとって、永久不滅で増えるだけ増え続ける魔法使い達の存在は迷惑この上無いみたいやで。勿論、ツェル達もおとなしく魔引かれるつもりがないさかい、こうやって集まって対策を考えるんや…………


 決してゆっくりな早さではないスピードで説明されたが、レヲの頭には不思議なことにすんなりと入ってきた。

 ナイフを指先で弄ぶ癖を忘れるほど、夢中に話を聞き、ルキの事を考える。


 …………?

 ルキの事を考える??なぜ僕が彼女の事を考えているんだ。あの人形に、僕は何を思っている?


 一人で思考の世界に足をつっこみかけた時、頭上から水が降ってきた。水……と言うか鵺鳥がついさっきまで飲んでいた酒だった。

 一気に自分が酒臭くなる感覚に、彼女とは違う意味で酔いそうになる。


「おい、流石のうちも無視されると怒るで」


 どうやら、何度もレヲを呼んでいたらしい。

 何度も何度も呼んで、ついに痺れを切らした結果が酒の雨。ドキツイ臭いを発するアルコールが、鼻に焼き付きそうだ。

 流石に考え続けることに無理を感じたレヲは再び鵺鳥に向き合う。

 その姿勢に満足したのか、彼女はもう一度言葉を発する。


 ………どれだけ話したか解らない。それほど長い間離し続けた。


「ですから、彼女は僕に禁書の魔法で……『征服』をかけた……」

「遅れて申し訳ありません、レヲ様お召し物を持ってきました」

「あ……ありがとうございます。ほら、鵺鳥さんももう自分の部屋に戻って下さい」

「…………あの、レヲ様?鵺鳥様はどちらに?」

「は?目の前に……あれ?」


 ルキが帰ってきてすぐ、彼女に帰るように促そうとしたが、すでにそこには何も存在していなかった。鵺鳥から目を離したのは数秒。その間に、レヲとルキに気がつかれる事なく部屋から出るのは不可能だ。

 いつの間にか自分から発していたアルコール臭も消えている。始めから何も居なかったように、跡形もなく……。


 持ってきた着替えを手渡すと、恭しく一礼しルキは出ていった。

 レヲも、これ以上考えても無駄だと判断し、いそいそと着替え始めた。


   ×××


「上弦、下弦。足止め御苦労さん」


 意図的な酔っぱらいを演じていた鵺鳥は、冷たく式神達に告げる。

 彼女に言われた通り、ルキを足止めしていた式神達は静かに頷く。顔に付けられた狐面の為で表情どころか目も見えない。

 そんな式神を左右に従え、鵺鳥は歩き出す。


「これから暫く楽しませてぇや……」

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