使い魔 人形《マリオネット》
「……え?」
刃先がルキの身体、丁度首の胴体の境に刺さった。確かに刺さっていた。青年が柄から手を離すとナイフは刺さった状態のままを保ちそう、そこから生えている。
ナイフを首筋に生やしたまま、ルキは上半身を起こし上に乗ったままの青年を軽く押す。
一滴の血を垂らすことなく、変わらない表情のまま話始める。
「はぁ、残念ですが私は既にツェル様の手によって完成されています。完成された人形なので、死ぬことはありませんよ」
刺さったナイフは首と胴体を繋げ、動かすために必要な隙間に刺さったのだ。
完成されたような人間ではない。
ルキは、完成された人形なのだ。
「き……君は一体……」
「さぁ、今さっき出会って、自分を殺そうとした相手に答える義務があるのですか?」
未だに自分の上に居座り続ける青年を再び床に転がして、面倒くさそうに起き上がる。
演技ではなく本当に呆けている青年を前に、ルキはボソボソと呟くようにして何かを唱えた。それは人の言語のようではあるが、何とも表現しがたい音。本来それは、人では認識できないはずの音。
ツェルから管理を任された禁書の一節、『征服』
普通の魔法と違い、魔力を持つものに限らず、生きているモノなら使うことの出来る禁書だが、使用者にはそれ相応のリスクが伴うためツェルはあえて生き物の枠に入っていないルキに、その全ての管理・使用を許可していた。
元々ルキ自信もツェルの魔力を使い、禁書により作られた使い魔で在るため、彼女と同等の魔力を保持している。
「禁書の一節、『征服』を使うには、術を受ける対象が何らかの形で自らの”いと”を切らなくてはならない……」
ルキの声に気が付き、立ち上がろうとした時には既に、青年の身体は固まっていた。否、ルキに征服されルキの命令通りにしか動けなくなっていた。
「貴方は自分人身の行動で自らの首を絞めたのですよ」
ルキの言う”いと”が意図なのか糸なのかは彼女も知らない。書物にも明確に記されていなかった為、恐らくどちらでも良いのだろう。
苦虫でも噛み潰した様な表情を浮かべる青年に「そちらの方がよっぽど野性的で芸術的ですよ」と、皮肉を並べる。
彼が千切った包帯の欠片を一つ一つ拾い上げる。
再び呪文を唱えると、部屋中に広がっていた血の臭いは残り香すら無いほど消える。
青年の存在以外の全てがもとに戻ると、いつの間にか紅茶の用意がされている。まだホコホコと湯気の立つティーカップの側には可愛らしく盛り付けられた色とりどりのマカロンにクッキー。洒落た形のティーポットの中身は紅茶ではなく砂糖がぎっしりと詰まっている。
「では、どうぞ『おかけなさい』」
ルキの命令に忠実に動く青年。
言われなくても彼女の席を引き、ルキが座ったことを確認してから自らも席につく。その動きは熟練された執事のよう。一つ一つの動作は優雅で品があった。
青年の表情を覗けば上品なアフタヌーンティーのようだが、二人の間には張り詰めた空気が流れる。
何とか自分を優勢に立てようと思考を巡らせる青年だが、指先はピクリとも動かない。
美しい人形少女は自分で用意した飲食物に手をつけること無くじっと青年を見つめている。
「……では、何か話す前に貴方と私の間で約束ごとを決めましょう」
細く長い指先で拾い集めた欠片を弄くりながら話始める。
「まず、貴方の名前から教えて下さる?契約をするに関して、相手の名前を知らないのは不便ですから」
「ッー……れ……………………を…。名前は、レヲ=ロノゥエ」
「そう……じゃあ、レヲ。まず一つ、ツェル様に危害を加えないことを契約して」
ルキとの契約内容を聞くと、レヲはオウムのように彼女の言葉を繰り返す。
「僕、レヲはツェル様に危害を加えない」
「そう。そして、その契約に反しないなら今まで通りにしてくれて構わないわ。約束して下さい」
「その契約に反しないなら今まで通りにする……。え?」
「当たり前でしょう?私ツェル様の使い魔であって、ツェル様の命令に『殺人鬼を捕まえろ』というものはありませんもの。『手当てをしてもとの場所に戻しなさい』とは言われましたけどね」
本当はペットにしたかったと、本人の前で隠すとこなくこぼすルキにレヲは聞き返す。「本当にこのまま殺人行動を続けても良いのか」と。
見たこともないほどの間抜け面を目の前にして、ルキは勿論と言い返す。
「只し、ツェル様が私に『殺人鬼を捕まえろ』または『始末しろ』と命令をしたら、迷うことなく従います。貴方はこれからもずっとその首と心に私との契約を縛り付けて生きていくのです。……永久に私から逃れられません」
逃れることができない。
確かにルキはそう言った、
その言葉に、レヲは今までに一度しか感じたことの無い快感を感じた。一度目はどこでだったか……。まるで覚えていないが確かに今の感覚と同じだった。