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落とし者

 無事に鮮魚を買い終え、購入したすべての食材を店の魔法使いに転移魔法で送ってもらったルキ。

 行きより少し軽くなった皮袋をしまい、来た道を戻ろうとした時それは起こっていた。


「…………濃い、血の匂い」


 ある一軒のお屋敷前に群がる野次馬。そこから香る濃厚な血の匂いに、ルキは過敏に反応した。

 匂いの質と濃さから今回の犠牲者は悪魔だろう。

 それにしては尋常でない濃さだと、怪訝な顔をしながら通りすぎようとするがあまりの野次馬の多さに完全に道が塞がれており、通ることができなかった。


「またあの殺人鬼かよ」

「悪魔もこれじゃあ何のために雇ってるんだか……」

「しかも、ここの悪魔って死神と同等とかいってなかったか?」

「ここのところ、悪魔の被害者ばかりだなぁ」

「あらやだ、私のところの使い魔もみんな人間に変えようかしら……」


 野次馬達の呟く言葉は何れも冷たいものばかり。一人として殺られた悪魔を弔う言葉を口にしない。

 人々の隙間から微々たるほど肉片が見えるが、ルキはそちらより目の前に立ち塞がる野次馬の壁と言葉に吐き気を覚えた。


ーこのままではディナーの準備に間に合わなくなってしまう……


 あるじのツェルに恥をかかせるような事はたとえ自分の命に懸けても避けなくてはならない。軽く溜め息を吐き現場を離れると、あまり見とおしの良くない路地裏へとやって来た。


 路地裏を通る事はツェルから何があるか解らないからと止められていたが、事は一刻を争うと判断したルキは迷うことなく進んでいった。



  進む先に何があるかも恐れずに。



「………………っ!」


 歩き続けること数分、足元に違和感を感じた。

 グニュリと、何か肉のようなものを踏みつけた感触にゆっくりと足を上げるとそこには青年がいた。

 よく見ると、青年を中心に花でも咲いたかの様に赤い液体が広がっている。

 踏まれてもピクリとも動かないそれを不思議そうに眺めると、ゆったりと流れるような動作で彼の腕を自分の肩に回し若干急ぎ足でツェルの待つ屋敷へと帰った。


×××


あるじ様、落とし者を拾いました。責任は私が持ちますので飼ってもいいですか?」

「ルキは賢くて可愛い子だと思っていたけど……人型をしたものをペットにしたがるなんて……」


 そんな、猫を拾ったから飼ってもいい?みたいなノリで連れてくるな。手当てだけして、もとあった場所に返してらっしゃい。と、何重にもオブラートに包み、ツェルはルキに言い聞かせた。なかなか首を縦に振らないルキをようやく頷かせる頃には、すべてのディナーが完成しており、後は議会のメンバーを待つのみになっていた。


 会議が始まる前から酷く疲れた様子のツェルを見送り、青年を自室に連れ込む。

 彼の怪我を按じて、優しくベッドへと寝かせる…………


事なく、そのまま手を離し床へ青年を落とした。


「ッ?!!」

「貴方の存在はおかしいと思っていました」


 突然の事に驚き、狸寝入りを止めてしまった彼を今度は意図的に踏みつけ、自分はベッドの端へと腰かける。枕元に作られた簡易な棚から新品の包帯を取り出すと、彼の腕を何重にも巻き上げる。


「なっ?!!なんなんですかっ?!倒れていた人をいきなり踏みつけたかと思えば、床に落とすしっ!!ウッ…………」

「あぁ、怪我をしているフリなんてもうしなくてもいいですよ」

「ふっ!フリだなんて!!これは本当に」

「貴方から貴方の血の匂いが一切しないのですよ。それだけの大怪我をしておきながら、少しも貴方の匂いがしないなんて、可笑しいと思いませんか?」

「何を…………言ってるんですかっ!」


 「何を言ってるんですかっ!」という青年の言葉は正しい。ルキの部屋には噎せ返るほどの鉄臭さが充満している。勿論、彼を連れてくるまでそんな臭いは無かった。

 だが、ルキの言うことはもっと正しかった。


「誰が血の匂いがしないだなんて言いましたか?私が言っているのは、貴方・・の血の匂いです。今、貴方からしているのはつい先程殺されたあの屋敷の使い魔のものです。悪魔の血液は人間に比べて質が良く、濃い。貴方が悪魔の可能性もなきにしもあらずですが…………」


ー流石に、全く同じ匂いのする生き物など……いないでしょう?


 ルキの言う匂いは、遺伝子の塩基配列に近い。匂いが同じと言うことは、彼女の中では遺伝子が同じと言うこと。そんなもの、一卵性の双子かクローンくらいしか到底あり得ない。

 そんな無茶苦茶な……と唖然とした表情を浮かべる青年に、ルキはとどめを刺した。


「貴方、使い魔殺しの方でしょう?」


 突拍子もないルキの話を聞いているときとはうって変わり、使い魔殺しの名を聞いた途端、彼の顔は変わっていった。

 怪我をして辛そうに話す気弱な青年を演じていた彼は、服の袖口に仕込んであるナイフで包帯を切り、身体をバネのようにして起き上がると怒濤の勢いでルキの上へとのしあがった。

 垂れ下がった目は妖艶な色を放ち、不気味に弧を描く口元は少し前の表情より様になっている。


「……君は、芸術とは何だと思うかい?」

「はぃ?」


 ルキは押し倒されたまま、青年の問にただただ反応する。

 ニヤニヤと楽しそうに笑い続ける青年の手には、いつの間にか鋭利なナイフが握られている。


「芸術とは音楽かい?それとも絵画かい?いや、彫刻……あぁ、東洋にはイケバナと言う物も在るらしいねぇ」

「はぁ……すいませんが、生憎私には貴方の仰りたいことがまったくもって伝わらないのですが」

「ふむ?そうかい。いやいや、僕が言いたいのはだね、僕が思っていて伝えたいことはねぇ、芸術とはだと思うと言うことさ」


 話の合間にナイフを左右に持ち変えたり、刃先を自らの舌で撫でてみたりとせわしなく動く彼。

 顔は紅潮して仄かに赤く染まり、若干だが息も荒い。


「だってそうだろう?絵画だって、製作者の死後に価値を認められ芸術となるものが多い。芸術だけでない。学問も、最初に発見した人間ではなくその人物の死後に同じことを唱えた人により世界に広まり、その時になって初めて最初の人物が讃えられることなんてざらにある」


 正直なところ、だからなんだと言うような顔つきをしてきたルキ。

 ツェルの立場上、使い魔のルキもある程度の教養を求められるため学問だけでなく芸術にも精通している。

 だからこそ、彼の考えも解らないことはなかった。


「はい、確かに古来の作品・学問の多くは製作者や発見者の死後に評価される事が多々あります。ですが、それが貴方の殺しに何か関係があるのでしょうか?貴方が作品を完成させたいのなら貴方自信の死が必要なのでは?」

「僕は僕自信には興味が無くてね」


 ナイフを弄ぶ手を止め、邪気のない年相応の笑顔を浮かべる。


「僕自身の作品に魅せられているのではない。僕は何かの死にとても魅せられているんだよ」


ーそれは……

 ルキが言葉を続ける前に、畳み掛けるように話を続ける。


「僕は芸術家じゃない。だからこそ、完成されたものを求めているんだ。君……ルキちゃんだっけ?君の容姿はとても完成されているように見えるよね。容姿だけじゃない。身体も、その衣装も、何もかもが完璧な人間だ。神様が存在するのなら、彼らも粋なものを創ったものだと思うよ。…………でも、そんな君が死を迎えることでもっと素晴らしくなれると思うんだ」


 ルキの表情は変わらない。恐怖で動けない訳でなく、ただぼんやりと言葉を聞くだけのような姿勢だ。

 殆ど死刑宣告をされたにも変わらないのに、なんの変化もない少女に厭きを感じたのか、青年はナイフを構える。


「喜んでよ、君はきっと僕の中で一番素晴らしい芸術になるよ」


 こうして、少女を加工するために彼はナイフを降り下ろした。

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