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第3話 共同戦線

 村雨一香は正座したまま俺と向き合っていた。佐々木の襲撃事件のあと午後の授業は無くなり、全校生徒は一斉に帰宅させられたのだ。そのまま村雨は俺の家まで付いて来た。

 さて、何から話せばいいのやら……。

 母さんがジュースとお菓子を持ってきてくれた。「ごゆっくり」なんて言いながら意味ありげに笑っていたけど、別の意味で気まずい雰囲気なんですよお母さん。

「いや~、女の子が俺の部屋に来るなんて初めてで緊張するなあ」

「さくらよ、私のときは非常にリラックスしていたし、ツッコミにもキレがあったぞ!」

 俺と村雨に挟まれるテーブルの上でクロエが言った。

「クロエは精霊で女の子じゃないし。ボケ担当だし」

「ムっ。私に向かってボケ担当とはなんだ! ツッコミだってキレまくりだぞ!」

「そっちかよっ!」

 村雨が、俺とテーブルの上のクロエをじっと見比べている。

「あのさ、2人はお笑いとか目指しちゃってる感じなのかな?」

 村雨がどうでもいいような質問をする。

「いいや、さくらの技量では先は見えておる。趣味でやっていくのが無難であろうな」

「おいっ! まじめに答えるなっ!」

「ハハハっ。ウける」

 村雨は少し大げさに笑った。

「で、2人の関係教えてくれる? 今度はマジで」

 村雨の顔がマジメモードに切り変わった。

「うむ、自己紹介が遅れて申し訳ない。私は神霊界上級精霊、クロエ・モンフォール。こっちは私の相棒、地上界上級アニヲタ、篠崎さくらだ!」

「俺に変な肩書きを付けるなっ!」

 相変わらずクロエはマジメな顔で冗談を言うからたちが悪い。

「あなた、精霊? クロエっていうんだ。私は村雨一香、よろしくね」

 クロエと一香が自己紹介とあいさつをする。村雨、順応性高すぎだろ。

「一香、今後仲良くたのむ。私の好きなものは、かわいいものとスイーツだ。ちなみに苦手なものは、辛いものとキモヲタだ」

「自己PRに、俺をさりげなく嫌ってる感出すなっ!」

「私も甘いの好きだよ。苦手はオタクかな」

 村雨も笑いながら答える。

「オタクでどうもすみませんね。二人の相性もバッチリみたいなんで、こっから先の説明をよろしくお願いしますクロエ様っ」

 俺は精一杯イヤミを込めて皮肉っぽくクロエにふった。

「では、話すとしよう。聞いてくれ一香。私の世界のこと、地上で起こっていること、さくらのこと」

 食べかけのクッキーをお皿に置いたクロエは、一香に向かって静かに語り始めた。


 クロエは40分くらい話していた。村雨はクロエの話を真剣な面持ちで聞き入っていた。

「一香は現在、精霊の器になっておる。つまり精霊と一体化できる状態ということだ。だが話の通り、地上界の精霊で私の味方は1人もおらぬのだ。だから精霊に霊人一体化の契約を求められても耳を貸さないでもらいたい」

「うん、分かった。声かけられてもシカトしとくよ」

 村雨はクロエの頼みを素直に聞き入れた。

「しかしながら一香は適応力、理解力に長けておるな。さくらも見習いたまえよ」

 一通り話し終えたクロエは、器用にグラスを傾けてジュースを飲み、先ほど皿に置いたクッキーに再びかぶりついた。

「なあ、クロエ。佐々木の精霊が『エキスパートから何人光臨した?』って言ってたよな? あれ、どういう意味だ?」

 気になっていたことをクロエに尋ねる。

「エキスパートとは上級精霊部隊の内の1つで、最強と名高い精鋭部隊のことだ。おそらく反乱軍側はこちらの戦力を全く把握できていないのだろう。私達には好都合だ」

 クロエは新しいクッキーを手に取りながら、自信ありげにうなずいた。

「それから一香よ。今後、精霊や合一者に遭遇した時は気づいていないフリをしてくれ。そして、すぐに知らせてほしい」

「うん。オッケー! クロちゃんとさくらに協力するよ。あのさ、土曜日に東京行くんだよね? 私も仕事で行くから一緒に行こーよ」

 村雨がなぜか嬉しそうに便乗を提案した。

「あのなあ、一香。話ちゃんと聞いてた? 俺達、遊びに行くんじゃないんだぞ。佐々木を見ただろ。あんなのを相手に戦闘になる可能性も高い。危険なんだよ」

 俺も本格的に合一者との戦闘を経験したのは今日が初めてだ。タクの時にはクロエに助けられたようなものだ。しかし今、どれだけ危険な状況かは良く理解している。村雨を巻き込む分けにはいかない。

「でも、さくら。東京行ったこと無いっしょ?」

 村雨に痛いところを突かれる。

「うぅっ。そ、そんなの地図みりゃわかるさ」

「ガイドがいた方が目的地までスムーズだよ。それに、もし危ない目に合っても、さくらがまた守ってくれるし」

 村雨は簡単そうに勝手なことを言う。

「何だよ、それ」

「よしっ、決まりね。クロちゃんもよろしくね」

「うむ。一香、案内役を頼んだぞ」

 結局村雨も同行することになってしまった。村雨はクロエとすっかり意気投合し、東京のチョコレート専門店の話で盛り上がっている。

観光に行くんじゃないんだぞ、まったく。

 午後3時を過ぎてから村雨は帰っていった。玄関先で俺が「駅まで送る」と言ったら、たいした距離じゃないから心配無いと笑顔で答え、元気良く走っていった。そういや村雨は中学の頃、陸上部だったっけ。中距離で県ベスト4までいった実力者だった。長い黒髪をなびかせながら走る村雨の後ろ姿を見送り、俺は家に入った。


 担任の佐藤先生から、明日が休校になると電話をもらったのは夕飯を食べている最中だった。電話は母さんが受け、佐藤先生から今日の事件にについて聞かされている様子だった。受話器を置いた母さんがテーブルに戻る。

「やっぱり、さくらの言った通りだったわ。佐々木先生、まだ見つからないって……」

 母さんは不安げな様子で俺の顔を見る。あの事件のあと、先生から校内に刃物を持った不審者が侵入したという話を聞かされ、警察や救急隊が学校に到着した後に全校生徒は帰宅させられた。

 村雨が帰ったあと、母さんに学校で起こった出来事と佐々木先生のこと、動けなくなっていた村雨を連れてグラウンドに非難したことを話した。もちろん精霊の話は抜きで。母さんは黙って話を最後まで聞くと、目に涙を浮かべながら俺の両手をギュっと握り締め、「本当に無事で良かった」と何度も何度も口にした。

 夕方のテレビのニュースで、今日の事件で死亡者はいなかったということを知り、俺は胸をなでおろした。佐々木先生の霊術で命を落とした生徒がいるのでは?という心配や不安から一気に開放され、ドッと疲労感が押し寄せてきた。ニュースでは、校内で爆発物を使用して生徒を無差別に傷つけた容疑者である佐々木先生が今も逃走中であると報じていた。母さんも一緒にニュースを見ていたが、「自分の息子が通う学校でこんな恐ろしいことが起こるなんて」と、まだ信じられないでいる様子だった。そして今かかってきた担任からの電話で、母さんもやっと今日の事件を実感したみたいだ。


 夕食後、風呂から上がった俺は、宇崎清二とその精霊についてクロエに尋ねた。

「佐々木先生を殺した宇崎清二ってやつの精霊、クロエは知ってるのか?」

「リナ・モロー。ギルド、『ブランデファンス』のマスターにして反乱軍の作戦参謀を務めておった奴だ」

 クロエはデザートのプリンをほお張るのを止め、その体に不釣合いなスプーンを置いて話をした。

「反乱軍、奴らは新霊界解放軍などと名乗っているがな。その中核をに担っている3つのギルドのうちの1つ、それがリナのギルドだ。リナは中級精霊ながら非常に博識、聡明であり戦略指揮に長けておってな。元は中級精霊で構成される精霊界治安維持軍、北方司令部の司令官だった」

「なんかすげー精霊ってことは、なんとなく分かった。で、あの宇崎ってやつ、自分がギルマスだって言ってたけど、どーなってんだ?」

「うむ。宇崎とリナは霊人一体化しておる。よって、ギルドの共同マスターという解釈が正しいであろう。宇崎がマスターを名乗ったということは、佐々木以外にもギルドの構成員に霊人合一者がいると考えて間違いないな」

 クロエは考えをまとめるかのようにゆっくりと話した。

「タクも、ギルドのメンバーだったりするのかな?」

「タクミと一体化したエミルという者、詳しい素性は分からぬがいずれかのギルドに所属していたはず。ギルドメンバーあるいはギルドマスターに接触すればそのギルドに合流しているであろう」

 クロエは話し終えると、難しい顔をしたまま残りのプリンをたいらげた。

「敵に俺達のこと、バレちゃったんだよな。宇崎とリナ、攻めて来るかな?」

 それが一番の不安要素だ。

「まず、あからさまに攻撃してくることは無かろう。リナは反乱軍の中でも最も知略に優れた精霊だ。現時点で目立つ動きは避けるであろう。それに今、地上界における反乱軍の戦力では人間に太刀打ちできないこと、本人が百も承知のはず。『ブランデファンス』が私達や人間に武力行使を実行するとは考えにくいな。他のギルドがどう動くかまでは予想できぬが……」

 クロエは自信ありげに答えた。

「俺達の霊地封印作戦は見抜かれてんのか?」

「おそらく、光臨当初から視野に入れていたであろう。それなりの防御策はとっているに違いない。私もそれは想定内だ。厳しい作戦になることに違いないが、霊地に1歩入ってしまえばこちらのものだ!」

 口元にプリンのカラメルソースを付けたクロエは、ギュッと拳を握り締めて力強く語った。

「よし、わかった。宇崎のことや他のギルドの動き、それからタクのこともスゲー気になるけど、まずは土曜日の霊地封印作戦、集中していこー!」

 俺は改めて気合を入れる。

「うむ。あ、あとそれからな」

「ん?」

「さくらよ、プリンのおかわりを頼む!」

「ご飯みたく言うな!」

 うるさくしつこくプリンのおかわりをねだるクロエに根負けした俺は冷蔵庫にプリンを取りに行き、それを満面の笑みでほお張る嬉しげなクロエを見つめつつ、明後日の東京に思いを馳せていた。


 金曜日の朝、2人の刑事が家を訪ねてきたのは普段より遅めの朝食を済ませた9時過ぎだった。年配の刑事は宮田、若い方は杉田と名乗った。俺と母さんが2人の刑事と向かい合って座る。宮田さんは俺より背も低く細身、対照的に杉田さんは背も高くてガッチリしている。いかにも柔道とか逮捕術とか強そうな感じ。2人とも背広の内ポケットから手帳とペンを取り出す。宮田さんは母の出した紅茶を1口飲んでから質問を始めた。

「さて、いくつかお聞きしたいことがあるんですが、まず昨日起きた星流館高校での事件について。篠崎君は犯行現場に居合わせて、佐々木先生の犯行を目撃しているよね。これは、君の同級生の村雨一香さんからの事情聴取から分かったことなんだけれど、間違いないかな?」

「はい、間違いありません」

「そして篠崎君は動けなくなっていた村雨さんを連れてグラウンドに避難した。いいかな?」

「はい、そうです」

 何だかやけにのどが渇く。緊張のせいかな。母さんも緊張してるのか少し不安げに見える。

(さくら、心配は無用だ。刑事の言う話に合わせてうなずいておけば良い。困った時は、分からないと答えれば問題ない。人間が、佐々木やさくらの力に気が付くこともなかろう)

 クロエが俺の中から念話で語りかけた。

 だよな。クロエの言うとおり、バレるはず無いよな。

「篠崎君は、佐々木先生がどうやって生徒に傷を負わせたり、校舎を損壊させたか見たかな?」

「いえ、よく分かりませんでした。僕が自分のクラスがある3階に来たとき、突然1組のガラスが割れて……。何か爆発したみたいな感じでした。そしたら教室から佐々木先生が出てきて、僕はなんか変だって思ったんです。それで、しゃがみ込んでる村雨さんを見つけて一緒に避難しました」

 宮田さんと杉田さんは話を聞きながら手帳にメモをとる。俺はアニメオンリーでドラマは見ないけれど、母さんが好きで見ている刑事ドラマのワンシーンを思い出すな。事件と無関係に思われていた少年が実は深く関わっていた的な……。

 俺はある意味関係あるけど、敵キャラとは無関係っすよ刑事さん。むしろ俺が主人公なわけで……。

(さくらは脇役のツッコミキャラであろう? 主人公はヒロインの私だ!)

 出た!クロエの自意識過剰発言。

(見た目はイケテルけど、それ以外はがっかり残念なボケキャラが主人公なわけないだろっ!)

(むっ。で、では、一香が主人公なのか!?)

(なわけあるかい! キャラ設定から頭を離せ!)

 クロエとの他愛ない会話で緊張がほぐれた。宮田さんはペンの動きを止め手帳をテーブルに置くと、ポリポリとロマンスグレーの頭を掻いた。

「2年1組を中心に怪我をした生徒全員に聞いたんですがね、皆なにが起こったか分からないと答えたんです。篠崎君と同様にね。何かが爆発した様だったとか、突風が吹いたといった証言はあったんですがね。佐々木先生が実行犯であることはほぼ間違い無いんですが、どうもその方法がわからんのですよ」

 宮田さんは一口紅茶を飲むと再び手帳を手にした。すると、ここまでずっとペンしか動かしていなかった杉田さんが口を開いた。

「2年1組の教室から佐々木先生が出てきたとき、篠崎君はなぜ変だと感じたの?」

「すごい爆発音がして窓ガラスも全部割れたのに、佐々木先生は平然とした姿で出てきたんです。怪我もしてなかったみたいで、スーツもきれいなままだったので、何だか違和感を感じて……」

「なるほど」

 2人がまたペンを動かし始める。杉田さんはネクタイの首元を少し緩めると俺の目をじっと見た。

「篠崎君、三浦タクミ君とは中学からの友人だよね?」

「はい」

 ドキリとした。一瞬心臓の音が聞こえたように思えた。

「知っているだろうけど、三浦君は今行方不明なんだ。今週火曜日に行方が分からなくなり、その翌日水曜日に三浦君のお母さんから失踪届けが出されている。友達の君から話を聞こうと思っていた矢先に、今回の事件が起こってしまってね。三浦君が失踪した日、アニメショップとその近辺で三浦君と友人らしき高校生が目撃されているんだけど、それは君かい?」

「はい、僕です。タクと学校の帰りにアニメイツに寄りました」

「その後は?」

「駅で別れました。タクとは電車が違うんで」

 宮田さんは変わらず手帳にメモしていたが、杉田さんはペンと手帳を置きテーブルの上で両手を組み俺から目を離さない。

「アニメショップから駅までの道のりで何かなかった?」

「いえ、何もありませんでした。何か、とは?」

 とっさに嘘をつく。杉田さんの目つきが鋭くなった。俺の心の中まで見透かされているような感じで息が詰まる。

「アニメショップすぐそばの路地裏でね、4人組の男に高校生2人がからまれていたという目撃証言があったんだ。その2人の高校生は三浦君と篠崎君じゃないのかな?」

 杉田さんは左手であごをさする仕草をしながら疑るような視線をこちらに向け、置いていたボールペンを右手に持った。バクバクと自分の心臓の鼓動が聞こえる。

(さくら、大丈夫。落ち着くのだ。このまま何も無かったと押し通すのだ)

(お、おうっ)

 クロエに言われて気を持ち直し、俺はしっかりと杉田さんの目を見て話す。

「それは僕とタクじゃありません。僕らは何事もなく駅で別れました」

「……そうか、わかったよ。ありがとう。その後、三浦君から連絡は?」

「ありません」

 杉田さんと宮田さんは手帳とペンをポケットにしまい、母さんにあいさつした。

「篠崎君もご協力ありがとう。佐々木先生のことで思い出したことがあったらいつでも良いから連絡くださいね。私か杉田、どちらでもかまわないから」

 宮田さんは頭を掻きながらそう言うと、母さんに名刺を差し出した。

「三浦君のことも思い出したことや本人からの連絡があったら頼むよ」

 先ほどの鋭い目つきとは打って変わり、杉田さんはおだやかな口調で話しながら名刺を出した。俺と母さんは玄関で2人を見送り、頭を下げた。

(さくら、4人の男に恐喝されたことは正直に話した方が良かったかも知れぬな。刑事に後で知られた場合、対応が少し面倒になる)

(確かにそうだな。ゴメン。とっさに嘘言っちゃった)

(ま、目撃証言だけではさくらがあの場にいたことを立証できまい。気にするでない。心配無用だ)

(うん。そうだよな。ありがとう)

 クロエの言葉が少しだけ気休めになった。母さんは俺の昼食の用意をしてくれて会社に出勤した。「もう休んじゃえば」と言うと、「遅刻しますって連絡してあるからそうはいかないわよ」と、スーツに着替えた母さんはバタバタと出て行った。母さんが出かけてから、クロエと明日の作戦会議をした。 スマホの地図アプリで東京の霊地を確認する。

「ほれ、東京の地図。霊地がどこか教えてくれ」

「うむ、霊地があるのはここだ!」

クロエが指差したのは新宿区だった。

「新宿かあ。繁華街に霊地があるなんてなんか以外だな。で、新宿のどこ?」

「歓楽街やオフィス街ではない。新宿に広い空き地か公園は無いか?」

「空き地は無いっぽいな。公園ならいくつかあるぞ。ほれ」

 新宿区内の公園を検索してクロエに見せる。

「これでは分からぬな。実際に近くまで行かねば」

「正確な場所、分かるんじゃなかったのか? 新宿区内の公園なんてアバウト過ぎだぞ。仕方ないなあ、広い所から順番に当たってみるか」

「うむ」

 俺は村雨に電話をかけて新宿に霊地があることを伝え、可能性が高い公園を順番に当たってみることを告げた。村雨の所属しているモデル事務所は渋谷にもオフィスを構えており、撮影は近くのスタジオで行うそうだ。「1時間くらいで終わるからその辺で時間つぶして待ってて」と、村雨は強引に意見を通した。俺の右肩に乗ったクロエがスマホを通して村雨に話しかける。まだ俺が話してる最中だってのに。まったく。村雨は、「あ、クロちゃん。なんか電話で話すとい~感じ。ふつーの女子高生っぽくない? でもクロちゃんって3年生なんだよね。クロ先輩じゃん」なんて意味のわからんこと言って喜んでるし。クロエは昨日話してたチョコレート専門店の話で再びテンション上がりまくってるし。霊地封印の作戦会議はいつから東京スイーツめぐり作戦会議に変わったんだ、おい!おそらくまだまだ続くであろう女子トークを尻目に、俺は1階リビングに移動し録画しておいた今期の超絶一押しアニメ『魔法少女はにわちゃん』を再生した。


 自分の体とほぼ同じサイズのスマホを抱きかかえ、ゆらゆら浮遊してクロエが1階に降りてきたのは、俺が『魔法少女ハニワちゃん』のエンディングテーマに合わせて熱唱しているその時だった。

「ん~。スマホは重いぞ。あとさくら、キモい」

「ハニワちゃん、さいこー! ふ~、完全燃焼だぜ。で、村雨、明日のこと何か言ってた?」

 村雨がどんな気持ちで俺たちに同行することを決めたのか気になり、クロエに尋ねる。

「うむ。渋谷にショコラカフェという店があってだな。あと百貨店の中にもチョコレートの専門店があるらしいのだ!」

「そっちかい!」

「一香は、私とさくらの迷惑になるようなら一緒の行動は控えると言っておった。ただ、私の身の上を案じ、そして私と共に戦っておるさくらのことを思い、自分に出来ることで力になりたいと言っておったぞ」

 村雨の気持ちを知り、俺はありがたく思った。

「そうか。村雨、そんな風に俺達のこと考えて……」

「なに、危険を察知したら一香をその場からすぐに離脱させれば良い。それに霊地には、私とさくらだけで入るから心配はいらぬ」

 クロエは俺の心を察した様子で答えた。

「うん。そうだな。ありがたく村雨の好意を受け取ろう。さ、母さんが作ってくれたパスタ食おうぜ」

 俺はレンジで温め直したパスタをテーブルに置いた。小皿にクロエの分をよそってあげる。

「お~! 母君は本当に料理上手だなあ。しかしさくらよ、これ辛くはないか?」

「これはクリームチーズだから辛くないよ」

「ん~! おいしいぞ。もっちりした食感、そして濃厚かつクリーミーな味わい。絶妙な茹で加減のパスタにソースがからまり、相性バツグンではないか!」

「クロエのセリフ、母さん聞いたら泣いて喜ぶぞ」

 確かにうまいよな。いつも食べているから俺は当たり前みたいになっていたけど。クロエほどじゃないにしろ、母さんにちゃんと「おいしかった」て伝えないとな。

「ところで、さくらの父君にまだ会っていないが単身赴任か?」

「よく単身赴任なんて言葉知ってるなあ。知の泉の情報力、ハンパねーな」

 思わず精霊界のデータベースに感心してしまう。

「光臨した地上界国内の言語や文化に限られるがな。よって今は他国に関してはまったくの無知ではあるが、その国に入国さえすれば自動的に知の泉から情報を受け取ることが可能だ。合一者であるさくらも条件は同様、他国に入ればその国の言語や文化を理解可能だ」

「マジで!? その機能が今使えればなー、英語の試験パーフェクトなのに……」

「以前にも言ったが知の泉は図書館ではないぞ。それで、話を戻すがさくらの父君は?」

「……父さんはさ、俺が4歳のときに死んだんだ。交通事故」

「すまぬ。私としたことが、余計なことを」

 クロエが悲しげな目ですまなそうに俺に頭を下げた。

「いや、いいんだ。クロエのお父さんの話聞いた時さ、俺の父さんのことも話そうって思ってたから。クロエと俺、境遇がちょっと似てるなって思って共感するところとかあったしさ」

 ショボンとしたクロエを見て逆に俺がすまない気持ちになった。

「さくらも母君も苦労されたのだな。私の母も中央府に勤めながら、必死で私を育ててくれた」

 クロエは神霊界に1人残してきた母親のことを思い出しているのか遠い目をしていた。

「俺は苦労とか、そんな風に感じたことなかったけど。確かに母さんは大変だったと思うよ。今だって俺の学費払うために働いてくれてるし。クロエはさ、お父さんのことって覚えてる?」

「私も父上がいなくなったのが5歳、幼い頃だったゆえはっきりとした記憶はほとんど無いのだ。母上から聞く父上の話や写真のみが私の父のすべてだ」

「だよなあ。俺もおんなじだよ。でもさ、クロエのお父さんは必ず生きてる。地上界の、日本のどっかに絶対いる。見つけような!」

 クロエのお父さんは絶対見つかる。そんな根拠無き自信が溢れていた。

「ありがとう。さくら」

 俺とクロエはお互いの顔を見合わせ、ニッコリ微笑んだ。


 翌日、土曜日。村雨との待ち合わせ場所、駅の新幹線改札前に約束の時間10分前に到着した。いつも通学で利用している駅ではあるが新幹線に乗車したことはほとんど無い。いつもは横切る新幹線の改札前に、こうして待ち合わせのためにたたずむというのは何だか新鮮味を覚える。村雨は約束の時刻に10分遅刻してやってきた。手を振りながら走ってくる。学校にいる時と髪型が違い、今日は長い黒髪を束ねてポニーテールにしている。ブラウスの上にカーディガンを羽織、丈の短いズボンだかスカートだか分からんやつをはいている。村雨は制服を着てないと大人っぽく見える。

「ごめ~ん、クロちゃん。待ったあ?」

「うむ、おはよう一香。気にすることは無い。今日は学校と違って何だか大人っぽいな」

「ホントにー? ありがと。じゃ、行こうクロちゃん。あと、さくらも」

「ついでみたく言うな!」

 新幹線のチケットを購入して改札を通り、東京行きののぞみに乗車した。車内はすいており、自由席にも人はまばらにしかいなかった。窓際に村雨、通路側の席に俺、俺の左肩にクロエが座る。バッグからゴソゴソと菓子を取り出し食べ始める村雨とクロエ。

「クロちゃんどう? これヤバくない? コンビニ限定なんだよ」

「おいしいぞ一香。一香はファッションだけでなく、お菓子のセンスも抜群だな!」

「イエ~。クロちゃんに褒められたー!」

 クロエの存在を認識してないお客達の目には、今の村雨って可愛いのに残念な痛々しい子に写ってるんだろうな。

「おい、ちょっと声でかいぞ。周りからは独り言にしか思われないんだからな。変な目で見られるぞ」

「あ、そっかあ。クロちゃんって他の人に見えないんだ」

「そうだよ。それに遊びに行くわけじゃないんだから、もうちょっと緊張感持とうぜ」

「いいじゃん。それに私の本来の目的は仕事だし」

「なおさら緊張感持てよ!」

 村雨にツッコミを入れたり、俺の肩にお菓子のクズをこぼすクロエを注意したりしてるうち、あっという間に東京駅に到着した。改札を出て村雨の先導で人ごみの流れを進んでいく。この混雑具合は週末のせいか?それともいつもこんな感じなのか?山手線に乗り換え、渋谷駅に着いたのは午前10時半を過ぎた頃だった。ハチ公口を出るとまたしても、人、ひと、ヒト。

 こいつらホントに目的を持って歩いてんのか?東京を都会に見せるために雇われたエキストラじゃないのか?都庁の陰謀だー!

「さくらよ、そんな訳はあるまい。少し落ち着きたまえよ」

「うわっ。人の心を覗き見するなよ。プライバシーの侵害だ」

 俺の心を読んだかのようなクロエの発言に驚いた。

「声に出さずとも、強く念じられた言霊ことだまは互いに伝達が可能なのだ。念話の一種だな」

「さくら、行くよ。ほら、こっち」

 村雨が先頭で歩き始める。

「なあ、一香の仕事終わるまで自由にしてていいんだろ?やっぱ時間もったいないから、先に霊地の可能性がある所行ってみとくよ」

「えー。クロちゃんはしっかりしてるからいいんだけど、さくらイマイチ頼りないからな。」

 村雨が失礼なことを言う。

「なんじゃそりゃあ」

「それに事務所の近く、さくらの好きなアニメショップあるよ」

「アニメイツ渋谷! キター! ナイスポジショニング」

「さくら、キモいぞ」

 アニメイツに心躍らされ、霊地探索は後でもいいよねと自分に言い聞かせていたその時だった。

 ドゴーーーンっ!

 大きな衝突音と共に、大通りの交差点左方向から黒い煙がモクモクと立ち上った。俺は黒煙の立ち上った場所に向かって駆け出した。

「ちょっとー、待ってよさくらー」

 後から村雨も駆けてくる。

 交差点を曲がった直後の電柱に白い軽自動車が衝突していた。潰れたボンネットからは炎が上がっている。車の中に人の気配は無い。

「わっ! 事故ってるし。火出てるよ。やばくない?」

 追いついた村雨が俺の背中ごしに驚きの声を上げる。

「邪魔だ! どけっ!」

 事故現場から離れた前方で怒鳴り声が聞こえた。1組のカップルが野次馬をよけながら走り去っていく。カップルと言うより男に腕を引かれて連れられていく少女といった感じ。   

 何だこの違和感。佐々木先生が教室を襲撃した時に似た感じ――。

「クロエっ、今走っ行った奴もしかして」

「さくら、急げ! 間違いない」

 やっぱりそうだ。今の男、合一者だ。女の子は普通の子。よく分かんないけど、何らかの理由で巻き込まれたんだ。

 逃げ去った男を追ってクロエと共に走り出す。

「ちょっと、さくらー。どこ行くのお?」

「わりィ、一香。あとで必ず連絡すっから、一香は仕事行ってくれ。また合流しよう」

 後ろで村雨が何か叫んでるがもうよく聞こえない。褒め言葉でないのは確かだな。全力疾走で駆け抜ける。男と女の子の背中がグングン近くなる。交差点を右に曲がり追いついたと思った瞬間、2人の姿が消えていた。

「えっ? 今、目の前にいたはずなのに……」

「危ない! しゃがめっ、さくら」

 クロエの大声に驚きつつもその指示に従い腰を下ろす。

 ガガガガガガッー!

 頭上で何かが削られるような音がした。見上げると傍のビルの壁に、深い切り傷みたいな跡がついていた。

「走れさくらっ。後方から次がくる!」

「へっ?」

 振り向くと円形の物体が回転しながら俺めがけて飛んできていた。

 あれって、壁エグッたつだよな。ヤバ過ぎだろ。通りをダッシュで直進する。

「なんだよ、あの空飛ぶお皿はっ! クソっ」

「あの武器はチャクラ、和名は円月輪。直径は20センチほどで円盤外側が刃になっておる。投げて使用する投擲武器の一種。ちなみに、お皿としては使用できない!」

「武器の解説と冷静なツッコミをどうも。うわっ!」

 後ろから飛んできたチャクラが俺の頭をかすめて前方へ。頭切れて無いよな。血出てないよな。

「心配するでない。ハゲてはおらぬ」

「そっちじゃないわ!」

「さくら、気を抜くでない。もう1つ増えたぞ!」

「はあああ?」

 前方上空から高速回転しながら2つのチャクラが俺に向かってくる!もと来た道を全速疾走で駆けもどる。

「さくら、私があの店のガラスを破る。それと同時に店内に入るのだ。よいな?」

「りょーかい!」

「アンパクト!」

 パアアアン!

 クロエの霊術でレストランの大きなウィンドウが割れた。そこに勢い良く走り込み一気に店の奥へ。厨房の前で腰を下ろす。一時しのぎだけど何とかなった。店内に客は1人もいなかった。それどころか従業員の姿も見えない。違和感をおぼえる。そう言えば外も同じだ。人が誰もいなかった。

「クロエ、なんかおかしくないか? 1人も人がいない」

「交差点を曲がった瞬間だな。敵の張った結界内に閉じ込められたな。風景、建物はこの土地そのもので再現されておるが、ここはまったくの別次元だ。敵を征圧せねば結界は解除されぬ」

 ピンチに変わりはないがクロエの声は落ち着いていた。

「で、空飛ぶお皿の攻略法は?」

「うむ、まずは相手の位置を特定せねば。チャクラは霊術でコントロールされておるが、その攻撃範囲は敵の視界内に限られる。私の予想通り、店内に入った途端に攻撃が止んだ。おそらく敵は建物の屋上のような高い位置から私達を目視で確認して攻撃しているはずだ。私達も向かいのビル屋上に上り相手を発見次第、接近戦に持ち込む」

「オッケー! んじゃ、行きますか」

 俺は立ち上がり術式詠唱する。

「吾、光の力を求めて来たらん。聖なる光流れいる。大地を駆け、邪気を打ち砕かん光の力顕現す。オウガメント!」

 店の外に走り出し向かいのビルまで助走をつけてから一気にジャンプする。グンっと一直線に上昇し、屋上のフェンスに手が届く。そのままフェンスを越えて屋上に着地。

「いたぞ、さくら。あそこだ!」

 クロエの指差す方向を見ると、すぐそばのビル屋上に俺達が追っていた男が立っていた。相手もこちらに気づいたみたいだ。チャクラが飛んでくる前に奴の所に行かないと。

 再び助走をつけ、敵がいるビル屋上めがけて勢い良く跳躍した。チャクラは飛んできていない。屋上に着地すると勢いをそのままに、相手に突進していく。

 よし、このまま1発鋭い突きをお見舞いしてやろう。

 低めに接近して相手の死角からあご先に向けて突きを入れようとした瞬間、振り下ろされるようにチャクラが俺の顔面に向かってきた!

「わっ!」

 チャクラを避け体勢を低く保ったまま男の横を走りぬけ、1回転して受身を取って立ち上がる。

「お前、けっこう反応いいなあ」

 両手にチャクラを握った男が、構えもせずにダラリと立っている。

「僕が操るチャクラをかわす身体能力に今の突きをいれる動作、君は体術派の近距離戦闘タイプのようだね」

 奴の肩の上で男というより男の子の精霊がつぶやいた。クロエや俺と同じくらいの年齢に見えるが冷静でずいぶん落ち着いた雰囲気。チャクラを握る男の方は20代っぽい。身長や体格は俺と同じくらい。ネックレスや指輪を身に付け髪は茶髪、服装も派手でチャラチャラした感じ。一見、隙があるように見えるが、それは相手を油断させて誘い込む戦略なのだろう。

「チャクラは握って使用することも可能。接近戦において相手を斬ることを目的とする」

「その情報、もっと早く欲しかったなあクロエさん!」

「しかし作戦に変更は無し。体術で抑えるのだ!」

 クロエの言葉を聞きながら俺は駆け出していた。

「了解っ。クロエ、防御まかせた。」

「承知!」

 再び間合いを詰めて男の数メートル手前で跳躍し、顔面に向けて蹴りを繰り出す。男は両腕を十字に組んで蹴りを受け止めガードした。着地する刹那、俺の首と胸部を左右から男の握ったチャクラが襲う。

「ブークリエ!」

 クロエが俺の胸元で両手をかざし光の盾でチャクラの斬撃を受け止めた。

「ナイスディフェンス、クロエさん!」

「ナイスオフェンスを頼むぞ、さくら」

「はい、はい」

 相手から離れず間髪入れず下段に蹴りをいれる。

 バシっ!

 太ももに重い一発が命中し、相手が崩れ落ちるようにバランスを崩した。

 よしっ、いける!

 さっと背後に回って首めがけて手刀を切り下ろす!

「痛っ!」

 振り下ろした手刀から血しぶきがあがった。男がチャクラで首元を防御し、その刃によって腕は深く切られていた。

「くっそっ。イテっ!」

「キュラティフ!」

 しゃがみ込み腕をおさえて止血する俺にクロエが治癒霊術を施してくれた。痛みは残るものの、すぐに流血は止まり大きく斬られた傷口も塞がっている。

「サンキュ!」

「あくまで応急処置だ。ちゃんとした治癒霊術は、あとでさくら自身で施術してくれたまえよ」

 俺が立ち上がると同時に、チャクラ男も太ももを痛そうにさすりながら起き上がった。

「なあ、こいつ思ってたよりツエーわ。全力出さねーとヤバくね?」

 男は変わらずダラリと身構えたまま彼の精霊に話しかけた。

「霊力消費が激しいからね……。使いたくなかったんだけど仕方ないね。」

「っしゃあ! いくぞ、オラぁ!」

「ビュッドエスイーヴル!」

 男は怒声とともに両手のチャクラを上空に放ち、彼の精霊が霊術を発動させる。2つのチャクラは俺に向かって急降下を始めた。チャクラをギリギリまで引き付けてからバックステップで素早く後方に身をかわす。

 ガガッ!

 男の放ったチャクラが足元のコンクリに突き刺さった。男は十分に距離をとると、ジャケットの内側からいくつものチャクラを上空に放った。1,2,3,4,5……って何個あんだよ!もう数えている余裕は無い。すべてのチャクラが再び俺に向かって急降下を開始する。

「コンサントレ!」

 クロエの声と同時に上空のチャクラの動きが遅くなった。スローモーションと化した降り注ぐチャクラを次々に避けながら男に向かって突き進む。1つとしてかすりもしないチャクラは空しく屋上の床に突き刺さって行く。一気に間合いを詰め、男を目前に捉えた。男と彼の精霊の表情までもがゆっくりと見える。2人は目を大きく見開き、何かを叫んだのは分かったが聞き取ることは出来なかった。男は再びチャクラを取り出し振り上げると俺に向かって切り下ろした!軌道は見切った!振り下ろされたチャクラをかわし相手の側面に踏み込む。男のわき腹に渾身の突きをぶち込んだ。吹っ飛ばされた男は屋上フェンスに体を強く打ちつけ倒れ込む。俺は警戒を怠らずにゆっくりと近づいた。

「うっ、グフっ」

 男が咳き込み口から血を吐いた。

「おい、その体じゃもう戦えないだろ。降参しろよ。お前が連れてた女の子はどこだ?」

「彼の言うとおりだな。もう戦闘に必要な霊力は残っていないよ。ここらが潮時みたいだね」

 彼の精霊がそう語りかけると、チャクラ使いの男は軽く鼻で笑った。

「フン。これからもっと楽しめると思ってたのになあ。最期は案外あっけないもんだな」

 そう言い残すと男は持っていたチャクラを首に当て頚動脈を一気に切り裂いた。男の首から吹き出す流血が止まらない。流れ落ちた血液で染まっていく床が赤色ではなく黒く見えたのは、俺が動揺していたせいだろうか?

「――クロエっ、治癒頼む。急いで!」

 術式詠唱している時間は無い。俺の傷を一瞬でふさいでくれたクロエならまだ間に合うはず。

「……さくら」

「何してんだよ。早くっ!」

 呆然とするクロエに向かって俺は叫んだ!

「もう私達の力ではどうにもできぬ」

 クロエは力の無い声で答えた。チャクラ使いの男と彼の精霊は弱々しい光を発しながらその姿は薄くなり、やがて消えて無くなった。

「クソっ。軽く人の命を奪おうとしたり、簡単に自分の命を捨てたり、何なんだよ!」

 佐々木先生の事件の時と同様、やり場の無い怒りと悲しみがこみ上げてきて怒鳴り声を上げる。この感情をどう処理すればよいか分からずその場に立ち尽くす。

「さくら……」

 心情を察しながらもかける言葉が見つからず、顔を見上げながらその小さな両手で優しく俺の手に触れるクロエの気遣いに癒された。

「女の子、捜さないとな……」

 笑顔にはなっていなかったかもしれないが、なるべく元気な声でクロエに話しかけた。

「うむ、そうだな。もうすぐ結界も解けるぞ」

 クロエはまだ心配そうではあったが、いつものスマイルで答えた。

 急に目まいがして耳鳴りに襲われる。気持ちが悪い。立っているのも辛くなりその場に座り込んだ。目まいと耳鳴りが無くなり目を開けると、そこは男に追いついた時右折した交差点だった。俺の目の前で女の子がしゃがんでいる。男に連れられていた女の子だ。

「あの、大丈夫ですか? どうしたんですか?」

 すぐに声をかけた。

「すみません。ちょっと立ちくらみがして。でも大丈夫です」

 女の子は立ち上がったものの、フラフラと倒れそうになる。俺はサッと彼女の肩を抱えた。

「ゴメンなさい」

「いえ。少し座って休んだ方がいいと思うよ。ここに座って」

すぐそばのレストランの前に設置されていたベンチに彼女を座らせた。

「ちょっと待っててね」

 近くのコンビニに走って行き、買ってきたミネラルウォーターを彼女に差し出した。

「ありがとうございます。いただきます」

「俺、篠崎さくら、高2。家は愛知なんだけど、今日は用事で東京に来たんだ。」

「私は赤羽あかり、中2です。駅前に買い物に来ていて……あれ、何で私……」

 赤羽さんは混乱しているようだ。

「赤羽さん、体調悪いみたいだから家の近くまで送るよ。もう少し休んでから行こう」

 さり気なく話しを変えた。

「すみません。ありがとうございます」

 赤羽さんはふかぶかと頭を下げると、少し安心したように微笑んだ。


 俺は赤羽さんの家の近くまで彼女を送ることにした。道すがら赤羽さんは自分の中学校の話をしたり俺の高校の話を聞いたりして、ずいぶん元気が戻ったように見えた。笑顔も出てきてこれなら体調も大丈夫みたいだ。

(赤羽さん、あの男のことは覚えてないみたいだな)

 俺の中に戻ったクロエに念話で話しかける。

(おそらく、暗示や催眠、幻術系の霊術をかけられたのであろう。記憶障害はあるが身体的に影響は無いはずだ)

(そっか。一安心だな)

 俺はほっとしてため息をついた。赤羽さんが自分の母校だと教えてくれた小学校の前を通り住宅街に入った。そろそろ家の近くだろう。

「赤羽さん、俺はそろそろこの辺で」

「篠崎先輩、よろしければ家までいらしてください。兄もいますし、ちゃんとお礼もしたいので」

 なんて礼儀正しい子なんだ。村雨に爪のアカを煎じて飲ませてやりたい。

「いや、気持ちだけもらっとくよ。俺、友達と約束もあるから。じゃっ」

「本当にお世話になりました。ありがとうございました」

 再びふかぶかと頭を下げる彼女に手を振り、来た道をユーターンした。


「また狙われたりしないかな?」

 実体化して俺の左肩に腰を下ろしたクロエに尋ねる。

「その可能性は否定できぬな。しかし赤羽あかりの霊質は記憶したゆえいつでも所在は確認できる。微弱ではあるが持続可能な防御霊術も施しておいた。何かあればすぐに分かる」

「いい仕事しますね~、クロエさん」

 エッヘンとわざとらしく咳払いしたクロエは得意げに胸を張った。

「ところで、さくら。今どこへ向かっておるのだ?」

「駅の方だけど。霊地の探索をする予定だったけど、一香の仕事もそろそろ終わる頃だからもう合流しないとな」

「さくらの方向音痴め。駅はさっきの角を右ではないかっ。さくらには任せておけぬ。私が地図を見る」

 そう言うとクロエは俺のポケットからスマホを引っ張り出した。

「おい、やめろって。落とすだろ。地図なら俺が見るよ。それにこの道で合ってるって!」

 スマホを綱代わりに第1回神霊界上級精霊vs地上界上級アニヲタ綱引き大会の戦いの火蓋が切られた。

「うぐ~、クロエの馬鹿力っ。あと大食いっ」

「さくらの頑固者っ。あとキモヲタっ」

 幼稚な戦いがさらなるヒートアップを見せた時だった。

「なあ、あんた大丈夫か?」

 いきなり後ろから声をかけられ、驚いた俺は握っていたスマホを離してしまった。

「フギャっ!」

 地面に落下したスマホはクロエをクッションにして損傷をまぬがれた。ビシっと親指を立て『グー』のポーズでクロエに右手を突き出した。

「グッジョブ! クロエさん」

 スマホの下敷きになったクロエは親指を下に向け『最悪』のポーズで俺に小さな両手を突き出した。クロエのおかげで命拾いしたスマホを回収し、声の主の方に振り向いた。

「わりィ。驚かせちまったな。あんたが必死になってスマホ見てたんで、道にでも迷ったのかと思ってよ」

 男は少しぶっきらぼうな感じではあったが気さくな雰囲気で話しかけてきた。背も高く体格もガッチリしている。180センチ以上ありそうだ。金色に染めた髪はハリネズミが威嚇するかのごとくツンツンにワックスで固められている。眉は細く整えられ目つきが鋭い強面だ。Yシャツとスラックスは黒で統一され、その風貌からして俺が絶対に自分からは関わらないであろう人種のお兄さんだ。

「あ、はい。駅の方に行きたいんですけど迷ってしまって……」

「じゃあ調度いいや。俺、これから店開けに行くとこなんだけど方向同じだから一緒に行こうや」

 強面のお兄さんはニカっと笑い先に歩き始めた。見かけによらずいい人かも知れない。

「俺、炎二ってんだ。炎に数字の二って書いて『えんじ』。兄ちゃんは?」

「篠崎さくら、高2です。今日は用事があって愛知から来ました」

「さくらは酒、何が好き?」

「いや、だからまだ未成年なんで」

 この人俺の話聞いてないのか!?

「すまん、すまん。俺が高校の頃は日本酒にはまってたな。で、何が好き?」

「お酒は二十歳になってから!」

 いつものくせでビシッと思わずツッコミを入れてしまった。

「ハハハっ。さくら、おもしれー」

 炎二さんが俺の背中をバシっと叩く。力強くて少し痛かったものの何だか気分が良かった。

「店、寄って行ってくれよ。ご馳走すっから」

「でも俺、これから友達と合流しなくちゃいけないんで」

「友達も呼んでくれよ。一緒にご馳走するよ」

 炎二さんはえらくご機嫌な様子で、良いのか悪いのか何だか気に入られてしまったみたいだ。炎二さんから店名と住所を教えてもらい、ことの成り行きを添えて一香に送信しておいた。歩きながら炎二さんは経営しているお店の話をしてくれた。もともとはお父さんのお店でジャズ喫茶だった。それを炎二さんが引き継いで経営している。今はジャズに限らず色々なジャンルの演奏家の人が金、土、日曜日にライブを行っている。営業時間は昼から夜11時迄で、夜はアルコールも出している。定休日は月曜日だそうだ。話を聞いてるうちにお店に到着した。駅近くの路地に入った雑居ビルの並びに炎二さんの小さなお店がたたずんでいた。シャッターを上げて炎二さんが店の扉を開けると、カランカランとドアベルが鳴った。この音好きだ。

「良い音色だな」

 肩の上でクロエがつぶやいた。店内は思った以上に広くカウンター席とテーブル席が4つ、一番奥にはグランドピアノが置かれていてちょっとしたスペースが設けられていた。きっとあそこで演奏するのだろう。カウンターに座り炎二さんに渡してもらったメニューに目を通す。アイスティを注文した時に再びカランカランとドアベルの音色が響き、息を切らせながら村雨が入ってきた。カウンターのテーブルに下りていたクロエが手を上げる。村雨もクロエに小さく手を振ると俺の隣に腰を下ろした。

「いらっしゃい。おっ、随分と美人さんのお友達だな」

「どうも、初めまして。村雨一香です。さくらがお世話になったみたいで、すみません」

 村雨があいさつして炎二さんからメニューを受け取る。村雨はアイスコーヒーを頼んだ。

「ランチ、今日は店のおごり。好きなの注文して。さくらから聞いたよ、モデルさんなんだって。カッコいいじゃん」

「いえ、私なんかまだ全然です。あの、奥のグランドピアノ、小さめですね。ベビー・グランドですか?」

「お、一香ちゃんピアノ弾けるの? そうだね、一番小さい型だよ」

炎二さんが答えながら俺達の注文した飲み物をカウンターに置いた。

「はい、ピアノは中学まで習っていました。今はたま~に家で、勉強の気分転換にキーボード弾くくらいですけど」

「俺の妹もさ、ピアノやってんだ。今、中学生。店でも定期的に演奏していて、お客さんからも結構評判いいんだ」

 炎二さんはまるで自分のことのように嬉しそうに語った。俺達の注文したミックスサンドとピラフを手早く調理すると、「買出しに行ってくるから留守番しててくれ」と言って炎二さんは入り口の看板を『準備中』に変えて出かけた。

「さて、事故現場から走り去ってあの後何があったのか、じっくり聞かせてもらいましょーか」

 村雨はスプーンでピラフをすくってクロエに食べさせながら俺を問い詰めた。

「わ、分かったよ。そんな怖い顔すんなって。しわになるぞ」

 俺は事故現場から逃走した男と拉致された女の子を追跡したこと。その男との戦闘と助けた女の子のことを全て話した。村雨は真剣な表情で聞き入っていた。

「で、怪我とかしなかった?」

 村雨が心配そうに見つめるものだから、「かすり傷1つ無いよ」と、つい嘘をついてしまった。実際傷はクロエに塞いでもらったし、自分で治癒霊術も施して完治している。わざわざ村雨をこれ以上心配させることは無いだろう。クロエも俺の心を察したのかその事には一切触れず、リスみたいにホッペを膨らませてただひたすらピラフを味わっていた。村雨に一通り話し終えて数分後に炎二さんがコンビニの袋を下げて店に戻ってきた。

「ただいまっ。お、何だか、い~感じだなあお2人さん。もう少し遅く帰ってきた方が良かったか?」

「何、言ってんですかっ。全然そんなんじゃないですよ~。」

 村雨が満面の笑顔で否定しながら俺の背中をバシバシ叩く。

「ブホっ!」

 飲んでいたアイスティを吹き出してしまった。濡れた頭を俺の袖口でゴシゴシ拭きながらクロエが睨みつける。

 今の俺のせいじゃないでしょ。悪いの、村雨でしょ?

 カランカラン。

 ドアベルが鳴り1組のカップルが入ってきた。

「あれ? 村雨さん? 何、隣の彼氏?」

 女の子が村雨に気づいて大きな声を出した。村雨の知り合いか?身長は村雨よりも高く170センチ以上ありそうだ。引き締まったウェストと細くすらりと長い足。この子どっかで見たことあるけど思い出せない。

「川原さん、いきなり失礼だよ。とりあえず座ろうよ」

 男が女の子をたしなめ、2人は村雨の隣の椅子に腰を下ろした。男の方もかなり背が高く190センチはありそうだ。この見た目のハイスペック感、間違いなく村雨の同業者だ。

「初めまして、僕は瀬川ゆうき、大学2年です。こちらは川原奈美さん、高校2年。村雨さんと同じ事務所の東京オフィスでモデルやってます」

「篠崎さくら高2です。一香のクラスメイトです」

 互いに自己紹介する。やっぱりモデルだった。そうだこの女の子、スマホのCMで見たんだ。川原さんがスマホをいじっているのを見て思い出した。瀬川さんは見た目のイケてる感と違って、落ち着いていて謙虚な感じだ。村雨は瀬川さんにだけ会釈すると川原さんの方を見ようともせず、何だか不機嫌そうに黙々とピラフを口に運んでいる。仲悪いのかな?瀬川さんと川原さんは2人ともアイスコーヒーを注文した。

「篠崎君この後予定は? 観光とかどこか遊びに行ったりするの?」

「はい、新宿へ公園めぐりに繰り出そうかと。ハハハ」

 わざわざ東京まで来て公園めぐりは変だよなと思いつつ愛想笑いを浮かべる。

「何それ、公園めぐりって。ウケるんだけど。村雨さんも男友達と遊びついでに仕事に来るって意識低すぎじゃない?」

 急に川原さんが村雨につっかかった。

「ちょっとやめなよ、川原さん。村雨さんはそんなつもりじゃないって」

 瀬川さんが制止する。村雨は相変わらず見向きもせず食事を続けている。完全無視だ。

「わざわざ東京まで出てくる必要無いんじゃない? ずっと地方で仕事してなよ。村雨さんはスーパーの衣料品モデルで十分じゃん。スタジオで私達と同類みたいに振舞われると超迷惑だし」

 ずいぶんな言い様だ。これだけ言われても村雨は眉ひとつピクリとも動かさなかった。メンタルツエーな。俺なら泣いちゃうぞ。クロエが川原さんをすごい形相で睨み付けながら俺の袖口をグイグイ引っ張った。

 はいはい、分かってるって。そろそろ援護射撃いきますか。

「村雨はマジメに仕事頑張ってるよ。今日は俺が東京来るの初めてだから、一香の仕事が終わったら案内してもらう約束で来ただけで。地方とか東京とか、一生懸命やってたら関係無いんじゃない?」

 村雨と同じ事務所らしいし、有名人だし、一応ていねいな口調で応戦してみた。

「プっ。何それ? プロとして仕事こなすんだからマジメとか一生懸命とか最低限でしょ。私も瀬川君も専属モデルだし、CM、ドラマにも出てる。芸能人としての知名度が違うの!  私達と村雨さんとは格が違うの!」

 川原さんは嘲笑した後、怒ったみたいに少し声を荒げた。

「俺、アニメしか見ないから君のドラマは知らないよ。モデルの格とかよく分かんないけど、村雨だって地元では焼き鳥店のCMとかファッションショーとか出てるし、けっこう有名だよ。学校でも男女問わず人気あるしさ」

「は? あんたドラマ見たことないの? その年でアニメしか見ないとかよく恥ずかしくなく言えるね。キモいんだけど」

 なんか矛先が俺の方に向いてしまった。クロエが、「グッジョブ! さくら」とか言いながら親指を立ててゲンコツ突き出してるし、まあ結果オーライってことで……。

 それまで沈黙を通していた村雨がいきなり立ち上がり、川原さんの所に詰め寄った。

「今の、訂正して! さくらに謝って。私のことを悪く言うのはかまわない。だけどさくらをバカにするのは許さない!」

 村雨が川原さんの襟元に掴みかかった。瀬川さんが慌てて止めに入る。

「はいはい、そこまでー。うち、ファイトクラブじゃないから。飲んだり食べたり、音楽聴いたりするところだから。そこんとこ、よろしく」

 厨房から炎二さんにいさめられ、村雨は両手を離して席に戻った。川原さんは泣きそうな表情で立ち上がると、飲みかけのアイスコーヒーを残したまま足早に店から出て行った。

「マスター、お騒がせしてすみませんでした。篠崎君、村雨さんゴメンね。お詫びに後で何かおごるよ。時間あったらあとで連絡して」

 何も悪くない瀬川さんがなぜか謝り、レジを済ませて川原さんを追いかけていった。何だか嵐のようだったな。俺達は昼食を済ませ、炎二さんにお礼を言って店を出た。炎二さんは店の外に出て見送りしてくれた。

「一香ちゃん、仕事がんばれよ。俺もファンとして応援するぜ」

 別れ際に炎二さんは一香に声をかけ微笑んだ。一香も嬉しそうに笑うと深く一礼した。俺は差し出された手をギュッと握って握手を交わし、炎二さんの姿が見えなくなるまで歩きながら手を振り続けた。


「炎二の作るパンケーキも食べてみたかったな」

 浮遊して村雨の肩に腰を下ろしたクロエが店を出てから第一声を発した。メニューに書いてあったのが気になっているらしい。

「クロエはホントに食い意地張ってんな。でもたしかに、炎二さんとパンケーキってイメージかけ離れてるから興味あるな」

「料理、すごいおいしかったからデザート系もイケるんじゃない?」

 村雨はいつも通り快活に答えた。さっきのいざこざが気になってたけど大丈夫そうだな。

「さっきは、ありがとな。俺が一香をかばうはずが、何か逆にかばわれちゃったな。ハハハ」

「さくらも、言い返してくれてありがと」

「しかし、一香があんなに怒ったの、俺はじめて見たよ」

 村雨ははっきりとものを言うし、どちらかと言えば毒舌だ。でも、あそこまで怒りの感情をあらわにしたのは見たことが無い。

「当たり前じゃない。友達バカにされたら怒るの当然っていうか……」

「そう言う一香もこの前までバカにしてたけどな」

「バカにしてない! 嫌ってただけ」

「もっとひどいよ」

 ちなみに村雨は嘘がつけない。話が下手というか、ストレートなんだ。

「でも、さくらは全然違ってた。強くって、優しくって。だから今は好き……。と、友達として」

 声が小さくなって途中からはっきりと聞き取れなかったが、友達になれて良かったってことなのだろう。

「おう。俺も一香と仲良くなれて良かったよ。中学から同じクラスの腐れ縁だしなっ」

「むっ。バカ」

 村雨はムスッとして急ぎ足で俺の前を歩き出した。村雨の肩の上でニヤニヤしながらクロエが俺を見ている。

「何だよ? 気持ち悪いぞ」

「若さとは良いものだな。青春だな」

「クロエは1つ年上なだけだろ。年寄り臭いぞ」

駆け寄ってクロエにそう言うと、再び村雨の隣に並んで駅までの道のりを歩いた。

 山手線に乗って新宿駅に着いたのは午後1時半。まずは近くの新宿御苑から当たってみることにする。10分ほど歩いて新宿御苑入り口の『新宿門』に到着した。

「どう? 霊地っぽい?」

「すまぬ。この位置からでは確認できぬ。中に入ってくれぬか」

 クロエが難しい顔で答えた。

「りょーかい」

 俺達は入園料を払い公園の中に入り歩き始める。

「さくら、ここではない。霊地の霊波は感じられぬ」

 すぐにクロエが霊地ではないことを判別した。

「よし、次行きますかっ」

「えーっ、今来たばっかりなのにー。ハーブティーのケーキセットがおいしいカフェあるんだよ。食べてから行こうよ」

 村雨が猛反対する。

「あのなあ、遊びに来てるわけじゃないんだぞ。霊地を封印したあとでいいだろ?」

「一香、気持ちは痛いほど分かる。ケーキセットかそれとも霊地封印か。どちらを最優先にすべきなのか、この私でも選択に迷う非常に難解な問題に我々は直面しておる」

 苦渋の決断を迫られているかのような感じを全面的に発しながら、クロエがチラチラと俺の顔を見る。

「クロエ、まずはよだれを拭け。そしてケーキセットと霊地封印を天秤にかけること自体が間違いであることに気がつけ」

 名残惜しそうなクロエと村雨を諭して引き返そうとしたその時だった。

「さくらっ、敵だ! 一香もカバーできる防御霊術をっ!」

 クロエが叫んだ。

「吾は神の子、精霊なり。神の光よ、盾となり壁となり、悪しき力から守り給う。デファンスアブリ!」

 クロエの指示に従い急いで術式詠唱し、半径2メートルの半球型シェルターで 自分達を囲む。霊術を発動させた直後のことだった。

 ドゴーーーン!

 パッと稲妻が走り、頭上に落雷を受けた。雷に驚いた村上が俺の腕にしがみつく。強い振動はあったものの防御シェルターはビクともしない。

「まだ来るぞっ」

 クロエが叫んだあと、ドン!という衝撃音と共に上方向から衝撃波に襲われた。その力は重くのしかかるように持続する。

「うぐ~っ」

 シェルターへさらに霊力を注ぎ込み重圧を押し返した。

「ふ~。やっと開放された」

「さくらっ、また上だ!」

 クロエの警告を聞き、ほっと一息つく間も無くさらなる襲撃に備え霊力を放出する。上空から何か降ってくる。何だ?

「オラアアア!」

 大声を張り上げながら落下してきた男がその勢いのままシェルターに拳を打ち込んだ。

ピシっ!

 大きな亀裂が生じたもののシェルターはすぐ自動修復し、何事も無かったかのように元のきれいな半球体に戻った。男は身をひるがえしてきれいな着地を決める。

「く~っ、硬すぎ~。全然ダメじゃ~ん」

 男はシェルターを殴った手を痛そうにブラブラと振りながら嘆いた。

「霊術攻撃も物理攻撃もはね返される。まさに鉄壁だ」

 男の顔の横で浮いたまま静止している彼の精霊がつぶやいた。そして彼らのそばから2人の男が姿を現した。

「我々の攻撃力をはるかに凌ぐ防御霊術とは。やっかい極まりない」

「でもさ、僕達は3人、敵は1人。あのシェルター、どこまで僕らの攻撃に耐えられるのかなあ?」

 2人は言葉を交わすと術式を詠唱し始める。最後に話した男はずいぶん若い。俺とほとんど変わらないんじゃないか?

「雷と重力の霊術使いがそれぞれ1人、あとは今の体術使いで敵は3人おる。 さくらっ、デファンスアブリの霊力を高めるのだっ! 2ターン目来るぞ!」

「おう!」

 さらにシェルターの防御力を増加させ第2波に備える。

「フードル!」

 落雷が俺達に襲い掛かる。

 ドゴーーーン!

 さっきよりも雷のパワーが確実に増している。シェルターが激しく振動するもその攻撃を完全に防ぎきる。

「グラヴィタシオン!」

 若い男が最後のフレーズを唱えた瞬間、上から押しつぶされそうな重圧がかかった。最初と比べ物にならないくらい重い。始めの攻撃は精霊の圧縮術式だったってことか。

「ふんぬっー」

 さらに霊力を放出しながら上からの波動を押し返す。

「頑張れさくらっ。オウガメント!」

 クロエの強化霊術により肉体にかかっていた負荷は軽減された。そして時間と共に重圧は徐々に弱まり消え去った。敵の攻撃を防いではいるが霊力、体力ともに消費が激しい。 これまでに無い疲労を感じる。

「はあ、はあ。完封勝利!」

 クロエにピースサインを送る。

「馬鹿者! まだ勝っておらぬわっ。このまま守り一辺倒では私達の負け確定だ」 

「コンサントレ使って奇襲ってのはどうよ?」

「コンサントレは超集中状態を作り出し、相手の動きを見極める霊術。対多人数の戦闘では分が悪い」

 クロエの表情に焦りが見える。確かにこのままだと霊力が尽きてジリ貧だ。

「ごめん。さくら、クロちゃん、ごめん。私が足手まといのせいで……」

 村雨が俺の腕にしがみ付いたまま泣きそうになって謝った。

「一香は何も悪く無いっしょ。心配すんな。あんな奴ら俺とクロエの敵じゃ無いから。な、クロエ」

「うむ。そうだぞ一香。アニヲタさくらのキモさに比べれば取るに足りぬ。」

「キモさと強さは比較の対象にならんだろっ。ていうか、相棒をキモい言うな!」

「ハハハっ」

 村雨が笑った。震えながらしがみついていた腕を放し俺とクロエを見つめる。

「さくら、クロちゃん、ありがと。私は大丈夫だから。あいつらやっつけて来て!」

 村雨に激励され、俺とクロエはニッコリ笑い大きくうなずいた。シェルターの中から敵に向き合う。

「弱腰になってすまなかった。あの3人の精霊、精霊界の霊力の泉を制圧した部隊の主力でな。敵の勢いに呑まれ、戦う前から気持ちで負けておった」

 俺の左肩に立ったクロエが静かに話した。

「んじゃっ、リベンジといきますかクロエさん!」

「うむ。デファンスアブリは維持で一香を守る。さくらは強化術式の発動。そのあと私の合図で2人の霊術使いに向かって走れ!」

「りょーかい!」

 俺はオウガメントで体全体を強化してクロエの合図を待った。雷の霊術使いが詠唱を終え雷撃を放つ。

「今だ!」

ク ロエの合図を聞きシェルターから飛び出す。後ろで落雷の轟音が響いた。シェルターに亀裂が入ったが持ちこたえている。村雨も無事だ。走る俺の前に体術使いの男が立ちふさがった。

「待ってましたー!」

 男が上段の蹴りを放つ。

「エクレール!」

 クロエが唱えた瞬間、強烈な光が放たれた。続けざまにクロエが攻撃霊術を放つ。

「アンパクト!」

 体術使いは衝撃波により吹き飛ばされ意識を失った。そのまま走り霊術使いの2人に向かって行く。クロエの放った閃光により視力を奪われた2人と彼らの精霊は身動きが取れない。精霊がやみくもに攻撃霊術を乱発させる。

「コンサントレ!」

 クロエの唱えた霊術により集中力が極限までに高められ、すべての動きがスローモーションに見える。落雷を見切り、重力波を察知しながら攻撃をかわして間合いを詰める。その時2人の視力が回復した。2人はそれぞれ左右別方向に駆け出し距離をとる。コンサントレの効力が時間切れとなる。

「フードル!」

 雷の霊術使いの精霊が雷撃を放った。同時にクロエが霊術で俺を加速させる。

「アクセレラシオン!」

 雷撃は誰もいない地面に落ち、加速した俺は一瞬で正面に相手を捉えた。踏み込んで相手の腹部に強烈な突きを入れる。男は崩れ落ちるようにその場に倒れて意識を失った。

「よっし! 残りあと1人。加速追加で頼むぜクロエさん」

「心得た。これがラストオーダーで頼むぞ、お客さん」

 クロエがノリ良く返事した。クロエにいつもの冷静な判断力と余裕が戻っている。これならイケる。敵を倒せる。

「アクセレラシオン!」

 クロエの霊術で再び加速し、相手に攻撃を許す間も与えず一気に間合いを詰めた。重力の霊術使いを正面に捉え、さらに一歩踏み込んで拳を打ち込もうとしたその時。体が押し潰されるように地面に叩きつけられた。その重圧は続き、見えない力でうつ伏せに抑え付けられたまま身動きが取れない。息苦しい。肺が締め付けられるようだ。

「ビンゴ~。やるねえ、ウィリー」

 頭上で男の声がした。

「ああ、修二。罠を張って正解だったな。俺達に勝ったと思ったろ? 地面に這いつくばる今の気分はどうだ? 教えてくれよ。フハハハ」

彼 の精霊、ウィリーが耳元で嘲笑した。クロエも俺の顔のそばで重力の霊術により身動きがとれず、苦しそうに顔を歪めている。

「いい気味だ。上級精霊が調子に乗りやがって。そら、どんな気分だ? 教えてくれよ」

 ウィリーがクロエの頭を踏みつけながら薄ら笑いを浮かべる。

「やめろー! クロエを傷つけたら俺が許さないっ」

「どう許さないのお? ねえ、人より自分の心配したら?」

 今度は修二が俺の頭を踏みつけた。くそっ。あと一歩ってところで、こんなのありかよ。

「さくらっ、クロちゃーん!」

 後ろで村雨の叫び声とこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。

「来るなっ。戻れ一香あああ!」

 ありったけの声を振り絞って叫んだが村雨には届かない。

「カワイイけどバカな子だなあ。あの中にいればもう少し長生きできたのにね。ウィリー、あの子潰しちゃって」

「やめろおお!」

 叫び声が空しく響いた。

「グラヴィタシッ!?」

 ウィリーが詠唱を終えようとした瞬間、修二の体から炎が上がった。みるみるうちに体全体を覆いつくし業火に焼き尽くされる。ものの数秒の出来事だった。修二は苦悶の表情を浮かべながら炎の中で消えていった。

「な、なぜだ。敵は1人だけのはずなのに……」

 ウィリーは驚愕の表情のまま、薄くぼんやりと光を発しながら消えていく。重力の霊術から開放された俺とクロエはゆっくりと上体を起こす。村雨が駆け寄ってきて体を支えてくれた。

「大丈夫? 立てる?」

 村雨の肩に掴まり、寄りかかりながら立ち上がる。村雨が走ってきた方から1人の男が歩いてくる。背が高くてガッチリした体格。金色の短髪。黒に統一された服装。あれは……。

「大丈夫か? ワリィな、遅くなっちまって」

 炎二さんが胸の前で両手を合わせ、頭を下げながら近づいてきた。

「炎二さん!? なんで?」

「俺もさくらと同じさ。もっと早くに話したかったんだが、こいつが用心深くてな」

 炎二さんが親指を立てて頭上を指し示す。その先には燃えるような真紅の長い髪をした女性の精霊が立っていた。

「初めまして。私はエキスパート隊員、アリーヌ・フランセ。やはりあなたは、モンフォール家のご令嬢でしたか」

 彼女は炎二さんの頭から降り、浮遊しながらクロエの前に来て一礼した。

「聖心学院高等科3年、クロエ・モンフォールです」

 クロエも彼女に一礼した。

「さあ、詳しい話はあとにしようぜ。まずはこの結界から脱出するのが先だ」

 炎二さんはそう言うと術式の詠唱を始めた。俺達を押しつぶさんと収縮を始めた結界は歪みを生じ、今まで見えていた新宿御苑の景観は崩壊していく。

「我は古の血を受け継ぎし者。火の力を宿す者なり。精霊王の末裔の力、ここに顕現せん。フラムトゥルビオン!」

 炎が竜巻となって現れた。激しく燃え上がる火柱はあっという間に結界を焼き尽し、気が付くと俺達は元の公園内に立っていた。

「ふ~、脱出成功だな。じゃ、霊地封印しに行くか」

 炎二さんは俺達にニコリと微笑むと先頭に立って歩き始めた。さっきまでのし烈な戦闘が嘘だったかのように、街は平和そのものだ。歩きながら炎二さんとアリーヌの話を聞く。アリーヌは元精霊界治安維持軍、北方方面第1師団長だった。彼女はそれまでの功績が認められ上級精霊に昇格後、精鋭部隊であるエキスパートに配属された。反乱軍に精霊界が制圧された後、エキスパート指揮官の指令を受けてアリーヌは反乱軍と同時期に地上界に光臨した。炎二さんと霊人一体化した後、反乱軍の動向を調べて神霊界に報告し、霊地封印のタイミングを伺っていたところに俺達が現れたといういきさつだ。霊地を2つ封印した後に1個大隊のエキスパートが光臨して反乱軍を討伐、同時進行で残りの霊地封印を行うというのが上級精霊軍司令部の作戦だそうだ。


「良かったなクロエ。味方もちゃんと動いてくれてたんだな」

「心強い限りだ。私達上級精霊が聖地に避難してから、軍は防衛に徹するという方針で動いておったからな。まさか地上界における討伐作戦が進行していたとはな」

 クロエは嬉しそうに少し興奮気味に答えた。

「今回のミッションは最重要機密の扱いとされていましたので、もちろん中央府も情報公開は控えています。私以外の上級精霊が光臨しているとは思いもよりませんでした。司令部に指示を仰いだところ、確信に至るまでは待機するよう命じられました。救援が遅れ申し訳ありません」

「いえ、助けていただき感謝申し上げます。アリーヌ殿は火の霊術使い上位の実力者としてアカデミーでも有名な方ですので、お会いできて光栄です」

 アリーヌは俺の左肩に座るクロエの前に浮遊してきて話している。

「さあ、到着したぜ。ちゃっちゃと封印して店に戻って一服しようや」

 新宿中央公園の中を少し歩き、高木が茂る林まで来て炎二さんがアリーヌに声をかけた。アリーヌは頷くと、すっかり花の散ってしまったソメイヨシノの前に移動し右手をかざした。

「神霊界上級精霊、アリーヌ・フランセ。その権限をもってこの地の霊力を封印する。フェルメッ!」

 アリーヌがかざした手を中心に水滴が落ちた水面のように光の波紋が広がった。林全体がザワザワと葉を揺らし金色に包まれる。光の波は数秒の間ユラユラと揺れ、徐々にその明るさ弱まりやがて林も元の姿を取り戻した。

「ミッションクリア。霊地封印、完了しました」

 振り返ったアリーヌに俺達は自然と拍手を送った。クロエも俺の肩の上で、小さな両手を叩き合わせながら笑顔を浮かべていた。


 無事に霊地封印に成功した俺達は炎二さんの店に戻ってきた。さっき店を出てからまだ数時間しか過ぎていないのに、何だかやけに懐かしい気持ちになってグッときた。

「何か懐かしい気分になるね。変だけど」

「一香もそうか? 私も感慨深く感じるのだ」

 村雨とクロエも俺と同じみたいだ。炎二さんの店は、それだけ落ち着くっていうか愛着を持てるというか、自分ちみたいで居心地の良い場所ってことなのかもな。炎二さんが扉を開ける。

「いらっしゃいませ~」

 厨房から女の子の声がした。炎二さん、バイト雇ってたんだ。

「あ、お兄ちゃんか。お帰りなさい」

 妹さんか。そういえば今夜ピアノを演奏しに来るって言っていたな。俺は店に入り、挨拶しようと厨房に視線を向けた。

「篠崎先輩! お兄ちゃんの友達って先輩だったんですか!」

 厨房に立っていたのは俺が助けた赤羽あかりさんだった。

「えっ、赤羽さん! ってことは……」

「おうよ。俺のかわいい妹だ」

 炎二さんが自慢げにニッと笑った。

「本当に血は繋がっておるのか!?」

「似てないよね。全然」

 クロエと村雨が俺の後ろでヒソヒソと失礼な発言をする。

「あかり、店たのむな」

「うん。では先輩、またあとで」

 赤羽さんは元気に返事すると、テーブル席のお客さんに注文を聞きに行った。俺達は店の休憩室に案内され、腰を下ろす。ロッカーが置いてあるところを見ると、更衣室も兼ねているのかもしれない。少しすると赤羽さんが来てくれて、飲み物の注文をとってくれた。

「あかりに防御層はってくれたの、やっぱりさくら達だったんだな。ありがとう」

 炎二さんが深く頭を下げる。

「いえ、実は渋谷駅で交通事故があったんですけど、その現場から赤羽さんが拉致されるのを見つけて……」

 俺は赤羽さん救出のいきさつを話した。話を聞きながら、炎二さんとアリーヌは難しい表情で何か思案しているようだった。

「妹を本当にありがとう。実はあいつも精霊の器なんだよ。本人は精霊も見えないし、合一者も判別できない。あいつ自身、器として微弱な存在だから、あかりが器だと気づく奴もいないと思ってたんだが。拉致事件はその辺に関係してるかもな」

「そうだったんですか。クロエも気づかなかったのか?」

「うむ。あかりが器とは気が付かなんだ」

 クロエも驚いている様子だった。

「一香ちゃんも器なんだろう?」

「はい。私は精霊も見えます。一昨日の木曜日に気づいたんです。さくらの肩にクロちゃんが座ってるのが見えて」

「そうか。でも一香ちゃんにはさくらが付いてるから安心だな」

「は、はい。さくらが、いつも守ってくれます」

 なぜかうつむき加減にコクリコクリと頷く村雨の声が小さくって良く聞こえなかったが、炎二さんには分かったようだ。俺は続けて親友タクミの件、クロエとの出会い、佐々木先生との戦闘を話した。

「大変だったな。つらい思いもしたな。これからは、それも俺達と半分ずつだ。情報ももちろんだが、苦労も思いも共有してエキスパートが光臨するまで協力していこうぜ!」

 炎二さんが力強く励ましてくれた。本当に頼れる兄貴だ。

「しかしクロエ様は学生のご身分でありながら、どうしてここまでリスクを冒して地上界に光臨されたのですか?」

 アリーヌがクロエに尋ねる。クロエは父親が13年前に調査していた事件のことを話した。

「そんなご事情があったとは。クロエ様は、お父上の調査されていた事件がクーデターに関係しているとお考えなのですね」

「はい。それに約束したのです。父と共に、地上界とそこで暮らす人間達の平和を守ると」

 俺に不安げに話してくれた時とは違い、クロエの表情に強い信念と使命感みたいなものが感じられた。何だかたくましく見える。

「クロエちゃんの話なんだけど、俺にも関係あるかも知れない。俺の兄貴に……」

 クロエの話を聞いた炎二さんが語り始める――

 

 炎二さんには大地という2つ年上のお兄さんがいた。大地さんは小学1年生の時に誘拐されたことがあった。その頃炎二さんは5歳だったため、詳しいことはもう覚えていないらしい。当時小学生を狙った連続誘拐事件が多発しており、大地さんもその被害者の1人と考えられていた。誘拐事件発生から1ヵ月後、大地さんは無事に帰ってきた。外傷も無く、検査の結果は心身ともに健康ではあったもののその後時々、妖精に出会ったという話をしていた。ここまではクロエの話と合致している。炎二さんが話を続ける。

「その兄貴なんだが、今月4日に失踪したんだ。俺にもあかりにも、何も言わずに消えちまった。今も連絡が取れない。クロエちゃんの話聞いて事件のこと思い出して、兄貴もこの戦争に巻き込まれてるんじゃないかって思ったんだ」

「クロエ様のお父上が調査されていた事件とリンクしますね。貴重な手がかりです。一歩前進ですよ、炎二」

 アリーヌが炎二さんに優しく声をかけた

「よしっ。んじゃ、帰る前に特製パスタ食っていってくれよ。デザートもつけるぜ!」

 精霊の戦いに大地さんが巻き込まれている可能性を知り、炎二さんが心なしか気落ちしているように見えたが、アリーヌの言葉のおかげで持ち前の快活さが戻っていた。

「炎二のデザート楽しみだな、一香」

 テーブルの上でピョンピョンと飛び跳ねながら全身でその喜びを表現するクロエ。

「フフフ。クロちゃん嬉しそうだね」

「クロエ様は甘いものがお好きなのですね。炎二の作るデザートはどれも絶品ですよ」

 村雨とアリーヌがはしゃいでいるクロエを見て微笑んだ。炎二さんが休憩室を出て厨房へ向かう。調度その時、村雨の電話の着信音が鳴った。電話にでた村雨は何度か返事をすると最後に「わかりました。今から行きます」と言って電話をバッグにしまった。

「瀬川さんからだった。川原さんが謝りたいって。あと話しがあるからって。ハチ公前にいるって言うから私ちょっと行ってくるね」

 村雨が立ち上がりバッグを肩にかける。

「俺も行くよ」

 合一者との戦いの後でもあり、精霊の器である村雨をこの街で1人にするのが心配で俺も腰を上げた。

「へいき、平気。すぐ近くだし。私、足速いしさ。すぐ戻るから、さくらとクロちゃんは留守番していて」

 村雨はまるで自分の家から外出するような言い方をしながら休憩室の扉を開けた。

「デザートちゃんと私の分、残しといてよね」

 最後にそう言い残して村雨は店をあとにした。まったく、俺はクロエほど食い意地はってねーつうの。

「一香さんは急ぎの用事ですか?」

 村雨を見送ったアリーヌが俺に尋ねる。

「ああ。モデル仲間と話があるって。でもすぐ戻りますよ。あの、アリーヌさんっておいくつですか?」

「女性に年齢を尋ねるとは失礼だぞ! さくら」

 俺の顔の横でクロエが頬をペシペシ叩いた。

「いや、その、アリーヌさん、軍の精鋭部隊の隊員なのに、高校生のこいつに敬語だったから不思議に思って」

 クロエのビンタを右手でガードしながら話す。

「アリーで結構ですよ。炎二もそう呼びますから。年は28です。なるほど、地上界の方には理解しにくいことですね。上級精霊はその中にも序列があります。上から順に、王、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。クロエ様は公爵家のご令嬢に当たりますので、爵位を持たない私よりもずっと高いご身分なのですよ」

「え~っ。でも、こいつ大食いだし食い意地張っているし、ナイスボケかますし、ビジュアル以外でお嬢様要素は皆無ですよ」

「ぬおおお!」

 クロエのビンタがいつの間にかグーパンチに変わり、俺のガードする手のひらに向かって百列拳を繰り出している。

「フフフ。お二人はほんとに仲が宜しいですね」

俺とクロエの攻防を見てアリーヌが笑っているところに、エプロン姿の炎二さんが戻ってきた。

「今、一香ちゃん1人で出かけたけど大丈夫か?」

「はい。一香のモデル仲間に呼ばれて駅前に。すぐ戻るそうなので平気だと思います」

「モデル仲間って昼、店に来た子か?」

 炎二さんは少し声を荒げながら早口で尋ねた。

「そうです。瀬川さんから電話があって川原さんから話があるとか、謝りたいとか」

「まずいぞ、さくら! 俺達も行くぞっ!」

 休憩室から飛び出し慌しく店を出て走り出した炎二さんの背中を追う。

「今、確信したよ。やはり瀬川って奴は合一者だ。巧みに霊質の気配を隠していて分からなかったが違和感はあったんだ!」

「瀬川さんが!?」

 俺は驚きの声を上げる。

「面目ない。私がいながら全く感知出来なかった」

「すみません。注意をしていながら人間の名前までは把握しておりませんでした」

 クロエとアリーヌが謝るのを「気にするな、一香はきっと大丈夫」と励ましながら走る。それは2人にというよりも、自分に言い聞かせたかったのかも知れない。

 渋谷駅が見えた。一香の姿は無い。もう待ち合わせ場所に着いたのか。

「炎二さん、ハチ公前が待ち合わせ場所です」

「分かった。もうおそらく敵の陣地内だ! 気抜くな」

「はいっ!」

 駅に入りハチ公口に出た瞬間に空気が一変した。どんよりと淀んだ重苦しい感じ。人が1人もいない。敵の結界内ってことか。ハチ公前には川原さんと並んで立つ瀬川の姿とそれに対峙する村雨の姿があった。良かった、間に合った。

「一香、こっちに戻れっ。あとは俺達がやる」

 村雨の背中に向かって声をかけた。しかし村雨は動こうとしない。

「困るなあ、篠崎君。霊地の封印をするは、器の回収を妨害するは。これじゃあ僕、マスターに怒られちゃうじゃないか」

 瀬川はヘラヘラした態度で最初会った時とはまるで別人のようだ。奴の精霊の姿は見えない。霊体化して瀬川の中にいるのだろう。炎二さんがジリジリと歩み寄って間合いを縮める。

「おっと、勝手に動くなよ、炎使い。そうじゃないと、川原さんが自殺しちゃうよ~」

 川原さんが右手に握ったナイフを自ら首元に突きつけた。一体どうなってんだ?

「霊術で暗示をかけられておる。おそらく私達が近付いたら首をナイフで刺すようにな。瀬川の張った結界でその効果が反映されておるのだろう。」

「くそっ」

 何も出来ない自分のふがいなさに苛立ちが募る。瀬川の陰湿さに怒りで顔が熱くなるのを感じる。

「さくら、今は人質の安全が最優先だ。絶対にチャンスはある。集中を切らさずに待つんだ」

 炎二さんの声で我に返り、冷静さを取り戻した。

「邪魔者はおとなしくなった。村雨さん、こっちに来なよ。村雨さんが来てくれないと、川原さん死んじゃうよ~」

 瀬川の呼びかけに応じて村雨がゆっくりと一歩を踏み出した。

「村雨さん、来ちゃだめ! 私はいいから、逃げてっ!」

 川原さんが叫んだ。

「うるさいっ、わめくな! この女ほんと頭悪くてさ。知り合いのプロデューサー紹介するって言ったら喜んで付いてきやがった。ワハハハ」

 瀬川は川原さんの頬を平手で叩きつけると彼女を嘲笑した。村雨の握り締めた両手の拳が震えている。背中しか見えないけれど、村雨が怒っているのが分かる。

「それ以上笑うな! 私はお前の言いなりにはならない。川原さんも殺させない。」

「はあ? 何意味不明なこと言ってんの? おかしくなっちゃった? いいから、さっさとこっちに来い!」

 瀬川が怒鳴った。川原さんが再び自らのど元にナイフを突きつけるが村雨は動じない。

「私の名前は、村雨一香! あなたと契約する。私に力を貸してっ!」

 村雨が叫んだ瞬間、彼女の頭上でまばゆい光が発せられた。光が村雨の全身を包み込む。徐々に弱まった光が静まると、村雨の顔の横に1人の精霊が姿を現した。

「下級精霊バスティアン・ブラスだ。相棒が綺麗なお嬢さんでハッピーだな」

「褒めても何も出ないよ、バスティ。今から川原さんを助ける。準備はいい?」

 村雨が霊人一体化した!!

 バスティアン・ブラスと名乗った精霊は少し軽い感じの口調で村雨に話しかけた。いつもより低めのトーンで話す村雨は落ち着いて見える。

「何やってんだよ! 一体化したら器として使えねーだろーがっ。もうお前ら生きて結界の外に出られると思うなよ。全員死刑だ!」

 瀬川が叫ぶと川原さんのナイフを持った手が動き出した。その意思に必死で抵抗しているのか、ナイフを持った手がブルブルと震えている。ナイフが突き立てられたのど元から血が滲み出している。

「うううっ。もうだめー!」

 川原さんが叫んだ一瞬の出来事だった。村雨の姿がフッと消えたかと思うと、川原さんの手を握って元の場所に再び現れた。瀬川の横には地面に落ちたナイフだけが残っている。何が起こったのか理解できずにとまどう俺。

「ジャンパーだな」

 クロエがつぶやいた。

「……?」

「空間操作、空間移動の能力を持つ、あるいは空間系霊術を得意とする精霊のことです」

 首をかしげる俺にアリーヌが解説してくれた。村雨と川原さんが再び消え、今度は俺の隣に現れた。

「さくら、クロちゃん、炎二さん、アリー、お願い、あいつを倒して!」

「一香ちゃん、良くやった。あとは任せとけ」

 炎二さんが村雨の頭をポンと軽く撫でて前に出る。

「一香、見事な初陣だったぞ。私も頑張るからな」

 クロエが小さな手で村雨の肩をポンと叩き俺の左肩に戻ってくる。歩き始めた俺は振り返らずに後ろの村雨に向かって開いた右手を軽く上げた。

「フラム!」

 アリーが先制攻撃を仕掛ける。放射された炎が瀬川に向かって一直線に伸びていく。炎はそのまま瀬川を包み込み火力を増して焼き尽くす。

「くっ、ダミーか」

 炎二さんが急にその場にしゃがみ込んだ。立ち上がろうとするも足に力が入らずよろけてしまう。炎二さんの前に再び瀬川が姿を現した。

「結界ミラージュの中で本物の僕を見極めるのは不可能だよ。ワハハハ」

 不敵な笑みを浮かべながら瀬川が炎二さんの頭上に右手をかざした。危ない!

「アンパクト!」

 クロエが霊術で衝撃波を放つ。見事に命中し吹き飛ばされた瀬川は起き上がれずにいる。

「やったな、クロエ」

「いや、またしてもダミーだ。ううっ」

 浮遊していたクロエはつらそうな声を上げると、地面に落下した。地面スレスレのところ両手でクロエを受け止めた。手のひらの上で横たわるクロエ。

「うっ、何だ?」

 急な立ちくらみに襲われる。足腰に力が入らず、さらに手がしびれ始めた。

「あいつのダミーに攻撃すると体の自由がきかなくなる。この結界内は幻術と暗示の作用があるみたいだ。本物の瀬川を探すんだ」

 炎二さんが踏ん張りながらかろうじて立ち上がった。クロエは俺の手のひらの上で上体を起こし呼吸を整え始める。俺は目を閉じて周囲に意識を張り巡らせた。姿は見えないが瀬川は近くにいる。近距離ならば霊術で探索せずとも相手の霊質や霊力で気配を察知できる。すぐそばに瀬川の気配を感じた。俺の正面だ!まぶたを開いた瞬間、姿を現した瀬川と目が合った。小さく素早い動作であご先を狙って突きを入れる。顔面に向かって繰り出したはずの左拳は俺とは別の意識を持ったかのように、その軌道を真下の地面に変更した。そのままアスファルトを叩き付けた左拳からグシャッと骨が砕ける嫌な音が聞こえた。

「うあああ! クソっ」

「キュラティフ!」

 クロエの治癒により血まみれの左拳は見る見るうちに傷が塞がり痛みが消えた。手を開きそして閉じる動作を何度か繰り返してみる。骨も大丈夫な様子だ。瀬川の姿は見えない。

「ありがとクロエ」

「さくら、気をつけるのだ。瀬川本人と目を合わせるのも禁物だ。暗示にかかるぞ」

 まだつらそうなクロエは、苦しそうに浅く呼吸をしながら俺に注意を促した。

「さくら、防御霊術を張れ。一香ちゃん達にもな。俺が結界ごと吹き飛ばす。そうすりゃダミーも本物も関係ないだろ。お前の防御力なら防げるはずだ」

「はい。炎二さん、頼みます!」

 俺は術式詠唱し村雨と川原さんそして、自身を防御シェルターで覆った。防御霊術の発動を確認すると炎二さんが詠唱を開始した。

「我は古の血を受け継ぎし者。火の力を宿す者なり。精霊王の末裔の力、ここに顕現せん。フラムトゥルビオン!」

 竜巻と化した炎が轟音を響かせ生き物のように周辺を移動していく。結界内に再現されている建物が竜巻に飲み込まれ焼き尽くされていく。炎はさらに勢いを増して辺り一体を火の海と化し、やがて爆発音と共に消えていった。黒い煙が立ち込めて周りが見えない。徐々に煙が晴れていき、すぐそばに炎二さんとアリーヌ、後方に村雨達を確認できた。

「そ、そんな! なんで!?」

 前方10メートル位先に無傷の瀬川が不適な笑みを浮かべて立っていた。やはり彼の精霊は姿を現さない。すべての煙が消えると、さっきと変わらず無人の街並みが再現されていた。

「ワハハハ。霊力の無駄使いだったね。苦労して手に入れた器を台無しにしてくれた報い、たっぷり受けてもらうよ~」

 笑いながら瀬川が姿を消すと同時に炎二さんが倒れた。

「炎二さんっ!」

 そばに駆け寄り上体を支えてゆっくりと起こす。

「すまねえ。しくじった。体が言うこと聞かねえ」

「キュラティフ!」

 クロエが治癒霊術を施したが、炎二さんの症状は回復しない。

「このダメージは攻撃による外傷じゃ無い。この症状は暗示によって自身で引き起こしているものだ。治癒霊術の効果は得られない」

 炎二さんの声がどんどん小さくなっていく。すごく苦しそうだ。

「さくらさん、私はまだ動けます。おそらく、瀬川に直接的な攻撃手段はありません。本物の瀬川を見極め願います。私が仕留めます!」

 アリーヌはそう力強く宣言すると、俺の右肩に降り立った。

「りょーかい! クロエさん、ディフェンスよろしく。アリーさんオフェンス頼んだ」

「うむ!」

「御意!」

 俺の両肩に立つ2人の精霊が返事をする。

「我は神の子、精霊なり。精霊は光なり。光は邪念を打ち払い精神を清らかに高めん。コンサントレ!」

 集中力を一気に高めて瀬川の気配を探る。結界内に瀬川の気配が感じられない。おかしい。そんなはずは無い。ありえないと思いつつも可能性を否定できず、さらに結界の外に向けて意識を集中させる。結界壁が俺の意識を阻む。ノイズがひどい。集中を切らさず瀬川の気配を探索する。

見つけた!間違いない。向こうもこちらの動向を注意深く探っているようだ。俺の察知した位置とは別方向から瀬川が姿を現す。こっちはダミーだ。

「アリーさん、瀬川の位置は俺の正面からおよそ20メートル先、結界の外です。今現れたのはダミーです」

 小声で知らせるとアリーヌは何も言わずに一度だけ頷いた。

「フラムフレッシュ!」

 アリーヌは叫びながら右手の人差し指を伸ばし、瀬川のいる方向に向かって指し示すように鋭く突き出した。その刹那、アリーヌの指先から燃え上がる一本の矢が放たれた。一瞬のうちに20メートル先まで到達し結界壁を貫く。ガラスにひびが入ったように結界壁が割れて剥がれ落ちる。

「うっ、なぜ僕が分かった!?」

 胸に突き刺さった矢を両手で握り、崩れた結界壁から瀬川が姿を現した。

「やっと分かったんだ。お前の気配はこの結界の中には無かった。初めから外側にいたんだろ。お前の結界は二重構造になっていた。炎二さんが破壊したときも、さらに外側に結界を張ってその構造と効果を維持した。お前の負けだ」

「グフっ。うっ」

 瀬川は大量の血を口から吐き出し、その場に崩れ落ちた。

「瀬川っ!」

 俺は瀬川のそばに走っていった。

「さくらさん、彼に近付いてはいけません!」

 アリーヌが後ろで叫び注意を呼びかけたが、俺はそのまま瀬川に駆け寄り彼の体を抱き起こした。

「あんた何でこんなことしたんだよ! せっかくいい人と知り合いになれたと思ったのに。あんたバカだ。大バカだ」

 体から弱い光を発する瀬川をグイグイ揺さぶる。姿が薄くなり消えかかろうとしている瀬川に対して、さっきまでの怒りや憎しみといった感情は無くなっていた。

「篠崎君、君はホントお人よしだね。僕がもっと強い心を持っていたら……。もっと早く君と出会っていたならこんな結果にはならなかったかもね。グフっ。もう、結界が収縮を始めた。早くここから出るんだ」

 話し終えた瀬川は全身から光を発しながら消えていった。俺の顔を見ながら最後に微笑んだかのように思えたのは勘違いだろうか。

 ゴゴゴーーー!

 けたたましい音と共に結界が崩壊を始める。炎二さんの近くで地割れが発生した。

「オウガメント! アクセレラシオン!」

 駆け出した俺をクロエが霊術でサポートする。地割れに飲み込まれる寸前で炎二さんの救出に成功した。

「すまねえな。助かった」

 体の自由が戻った炎二さんがゆっくりと立ち上がった。

「さくらさん、クロエ様、感謝申し上げます」

 アリーヌが律儀に頭を下げる。

「当たり前だよ。仲間なんだからさ。俺達だって炎二さんに助けてもらったし。それより早く脱出しよう!」

「さくら、すまんが俺にはもう結界を破壊できるだけの霊力は残ってない。何か策は無いか?」

「えっ!? 脱出方法ですか? う~ん……」

 想定外の展開に頭をひねる。唸っているところに川原さんを連れた村雨が瞬間移動で現れた。

「うわっ!」

「も~、大げさだなあ」

「いやいや。今のは驚くだろ。」

「さくら、早く私につかまって。炎二さんもしっかりつかまってください。」

 村雨の言うとおりに俺達は村雨の腕につかまった。

「じゃ、行きます」

 村雨がそう言うと、ジェットコースターに乗ったときのような負荷を一瞬全身に感じた。そして俺達は、ごく日常の風景であろう人の行きかうハチ公前に立っていた。

「脱出、成功!」

 村雨がニッコリ笑いピースサインをして見せた。

「一香ちゃん、ありがとう」

「一香さん、助かりました」

 炎二さんとアリーヌが村雨に礼を言う。

「ヘイYO、俺の能力、いつも全力。君が呼んでる、俺は飛んでる。迎えに行くぜ! 共に行こうぜ! ヘイYO!」

「チャラいな。しかも、あんましうまくねー」

「うむ。軽薄な男には違いない」

 ノリ良く口ずさむバスティに俺とクロエが辛口なコメントを送った。それを聞いた炎二さんが吹き出し豪快に笑い出す。つられて村雨とアリーヌが笑い出し、気が付けば結局全員で笑っていた。


 瀬川との戦闘の後、俺達は全員で炎二さんの店に戻った。村雨と一体化したバスティは反乱軍に加担したものの、中級精霊から受けた不当な扱いに不満を募らせギルドを抜け出したそうだ。アリーヌは俺達のことも含め瀬川の件を司令部に報告し、さらにバスティの霊力供給源を神霊界の霊力の泉に変更してもらった。川原さんには今起こっていることを全て説明した。本来ならば到底信じることの出来ない話の内容も、さっきまでの体験で信憑性を増して伝えることが出来た。一通り話しを終えたあと、炎二さんが最高にうまい特性パスタをふるまってくれた。デザートの白玉クリーム餡みつにクロエのテンションが最高潮に達したのは言うまでも無い。俺達はおいしい料理を囲み和やかな時間を過ごした。

 帰り際、川原さんは紙袋からお土産らしき箱を取り出して村雨に手渡した。

「これ、昼に村雨さん達と別れたあと買ったの。チョコレート、好きだよね? 村雨さんのプロフィールに好物がチョコレートって書いてあったから」

「ありがとー。チョコ大好きだよ」

 村雨は嬉しそうに包みを受け取った。村雨以上に嬉しそうなクロエが俺の肩の上を飛び跳ねた。

「村雨さん、昼間はごめんなさい。篠崎君にもひどいこと言って」

 川原さんが村雨と俺に頭を下げた。

「俺、気にしてないから、川原さんも気にしないでよ」

「私もカッとなって乱暴してゴメン。だから、おあいこってことにしよ」

 顔を上げた川原さんは俺と村雨の言葉にホッとした表情で頷いた。

「村雨さん、自分が人気あること認識してないでしょ。この前のCMもネットでけっこう話題になってたんだよ。あのかわいい子誰だ? って」

「あー、私自分のことは基本見ないんだよね。知らなかった。ハハハ」

 村雨が苦笑いする。

「そういうとこ、うらやましい。私は人の目とか声とか気にしてばっかり……」

「私は川原さんがうらやましいよ。私のお母さん、昔モデルやってたんだ。お母さんが載ってる雑誌見て憧れてモデルになったの。でもまだ全然やりたい仕事が出来ない。だからファッションモデルとして仕事してる川原さんがうらやましいよ」

 村雨は素直な気持ちを川原さんに告げた。

「じゃあ、いつか2人で撮影できたらいいね。それから一緒にショーも出たいな」

「うん。私がんばるよ」

 村雨は胸の前で両手の拳をギュッと握って見せた。

「応援するよ。仕事も、恋も」

 川原さんが俺の方をチラッと見てから小声で何か言った。

「ななな、何言ってんの!? ししし、仕事でいっぱい、いっぱいだよ!」

 慌てふためきながら顔を赤くする村雨に手を振り、俺達におじぎをして川原さんは帰っていった。

「炎二さん、そろそろ俺達も失礼します。本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします」

「ああ。頼もしい仲間ができて、俺も心強いぜ。なっ、アリー」

「はい。今後も情報共有しながら、共に戦いましょう」

 炎二さんの頭の上でアリーが力強く答えた。

「今度いらした時は私の演奏も聞いてくださいね。それから村雨先輩、一緒に買い物に行きたいです。洋服とか見てもらえると嬉しいです」

「うん、いいよ。あかりちゃんと買い物行って、ピアノ聴いて、楽しみだね。約束ね」

「はい!」

 赤羽さんは村雨との約束に喜んで頷いた。駅に向かって歩く俺達を炎二さん達は見えなくなるまで見送ってくれた。3人に手を振り別れを惜しみながら一歩一歩、駅までの道を踏みしめて歩いた。


 帰りの新幹線の車内、行きと同様にクロエは俺の肩の上で東京土産の菓子をポロポロこぼしながら頬張っていた。さっきまで楽しそうに話していた村雨は1日の疲れが出たのだろう、今はスヤスヤと眠っている。

「さくら、スマホを貸してくれぬか? ゲームをしたいのだ」

「あいよ」

 ポケットから取り出したスマホをクロエに渡す。

「バスティ、パズルゲームをするのだ!」

「精霊界のパズル王とは俺のことだぜ。イエス!」

 バスティが村雨の肩から座席の背面テーブルに瞬間移動した。

「一香が寝ているから、静かにな」

「うむ」

「オーライ」

 2人は返事をすると早速スマホのゲームで遊び始めた。

 窓から見える遠くの空が茜色に染まっている。もう4月も終わる。だいぶ日も伸びてきた。とても長く感じた1日を振り返りながら、俺は真っ赤な夕日が沈んでいくのをじっと眺めていた――。


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