第1話 別れと出会い
眠い。録画しているにも関わらず、今期の超絶一押しアニメ『魔法少女はにわちゃん』を深夜にリアルタイムで鑑賞してしまったのが原因だ。4月のおだやかな陽気がさらなる眠気を誘う。しかしながら、寝不足とは関係なしに古典の授業は常に睡魔との激闘である。佐々木先生はいつもモゴモゴと滑舌悪すぎる上、勝手に一人でしゃべり続けて授業が終わる。
生徒が話していても眠っていても、無関心っていうのは教師としていかがなものか!?心の中で意見してみるも、強力な睡魔に壊滅的ダメージを食らった俺は机上に突っ伏し、佐々木先生は生徒に愛と理解ある教師の鏡です!と心の中で賞賛した。
キーンコーンカーンコーン。
4時間目終了のチャイムが鳴った。
やっと終わった。眠すぎて飯を食う気力も無い。寝よう……。
「さくらー、飯行こうぜー!」
肩を掴まれ、グイグイと揺すられる。
「俺、昼飯いらないから一人で行ってくれ」
「だめだめ! 俺さ、さくらにスゲー話あんの。それからスゲーもん見せてやるからさ!」
中学からの親友であるタクミがいつになく興奮気味に話をする。
「お前がしてくれるスゲー話と、見せてくれるスゲーもんは中二病の産物であるというのが常識だ。俺はアニヲタではあるが、中2病では無いということをいい加減に理解してくれたまえ親友よ」
「だからあ、違うって。マジなんだって! とにかく昼飯おごるからさ、来てよ」
「お、おいっ。引っ張るな!」
タクミに強引に拉致される俺。そのまま購買まで引っ張られて行き、菓子パンとジュースをおごってもらい、さらに体育館倉庫まで引っ張られて行く。
「んで? タクの言うスンゲー話、聞かせてもらいましょうか。ちなみに倉庫の中でランチと洒落込む理由もな」
焼きそばパンにかぶりつきながら、タクミを睨み付けた。
「ここなら人来ないし、安心じゃん。実はさ、俺、能力者になったんだ!」
「はい、終了。お疲れ様でしたー」
タクミのいつもの悪い癖が始まった。こいつは昔から軽い中2病を患っている。ラノベや漫画、アニメに影響を受けてはそれらにインスパイアされた空想世界の主人公になってしまうのだ。早速、教室に戻ろうとする俺の腕をタクミが強く握って引き止めた。そして、さらに必死になって話を続ける。
「き、昨日さ、精霊が俺に光臨したんだ! それで、その精霊の力を――」
「はいはい。わかった、わかった。じゃあ、さっさとその精霊パワーを俺に見せて、この狭い倉庫から解放してくれ」
「お、おう。ちょっと待って」
タクミはバスケットボールを手に取ると目を閉じた。そして呪文のような言葉をブツブツとつぶやき始める。静寂の体育館倉庫で、アニヲタ一人と中2病一人。当たり前ではあるが、特に何かが起こる様子は無い。
「おーい。もう3分くらい経過したんだが? カップ麺も出来上がる時間だぞー。タクの精霊パワーは……」
パーーーン!!
タクミに一言捨て台詞を吐いてから撤収しようとしたその時だった。破裂音と共にタクミが両手に抱えていたバスケットボールが粉々に弾け飛んだ!バスケットボールは跡形も無く木っ端微塵となり、少量の欠片が床に落ちているだけだった。
「……は? お前、今何やった!?」
「どう? スゲーだろ! エミルが言うには、経験を積めばもっとスゲー力を得られるって。な、な? 今の見たろう」
「あ、ああ。す、すげーな。驚いたよ」
興奮して俺に話しかけるタクミの目つきが怖いくらいに鋭く、いつもの子供っぽい感じとは違い別人のようで恐ろしく感じた。
5時間目の数学、宮本先生の話が全然耳に入らない。昼休みにタクミに見せられた精霊パワーとやらのことをずっと考えていた。完全に驚かされたが、絶対トリックに決まっている。精霊から力を授かって経験値積めばパワーアップなんて、ラノベとネトゲ足して2で割ったようなキャラ設定作ってんじゃねーよ!本当に馬鹿らしい。やめだ、やめ。中学の頃から話が出来るのはあいつくらいしかいなかったから、中2病にもある程度付き合ってやったけど、ここまで手の込んだことやるとは救いがたいぞ。精霊パワーはもう無視だ、無視。しかしあの時のタクの目、なんか少し怖かったな……。
結局、午後の授業は身が入らずじまいとなった。タクの昼休みの様子が気になって集中できず、ボーっと精霊パワーのことばかり考えしまった。6時間目終了のチャイムが鳴った。
さて、帰って冬アニメの円盤売り上げチェックでもするかな。どのアニメに2期の可能性があるか予想せねば!
「さくらー! なあ、さくらっ」
「タク、聞こえているから大声で名前を呼ぶな! 中学の頃から言ってんだろ」
「あ、そうだった、ごめん。でも俺、さくらって名前、超カッけーと思うぞ」
タクミは、本心からそう思っていると言わんばかりに目を輝かせる。
「中2病的ネーミングセンスによる貴重なご意見ありがとう。アニメランキング上位を見抜く、見た目は男、名前は女、その名はアニヲタ篠崎さくら! っておい、何言わせとるんじゃい!」
「ハハハっ。さくらのその台詞、久々に聞いた。ウける」
昼休みと違い、タクの目にいつも通りの子供っぽさが戻っていて少し安心した。
「駅前のアニメイツ寄って帰らね?」
「しゃーない。付き合ってやろう」
帰り道、タクミに付き合いアニメイツへ寄っていくことにした。学校から駅まで歩いて10分。いつも思うが駅前にアニメイツとは、ほんとナイスポジショニング!アニメイツの立地を大絶賛してみたものの、今のところ特に所望のグッズも無く、店内を冷やかして歩く。タクミはタオルやらストラップを購入していた。
「お待たせ」
「おう。じゃあ、帰るか」
店を出て駅に向かう。
タクミは両親が離婚して高1の夏休みに引越し、今は母親と2人で暮らしている。それまでほとんど一緒の電車で通学していたが、路線が違うため去年の2学期からは別々だ。タクミはJRの快速で一駅、高校の所在地と同じ市内に住んでいる。俺は私鉄の快速で20分、さらに自転車で家まで5分。まあ、通学時間をラノベの読書時間に費やせるから文句は無いのだが。そうだ、今日も新作読んで、早速ブログにレビューをアップせねば!
店を出てから2つ目の曲がり角で、いきなり4人の男に囲まれた。
「なあ、なあ! 君らさ、ちょっと付き合ってよ~」
「え、あ、あの?」
「はいはい、話すぐ終わるからこっち来いって!」
俺とタクは強引に人気の無い路地裏に拉致された。不景気の影響か店舗が1つも入っていない空きビルの奥、エレベーター前に連れて行かれる。
「分かってるよな? 元気でおうちに帰りたかったら、どうすりゃいいか?」
クソっ!ついてないな。この状況じゃ逃げられないし。抵抗してボコられて金取られるよりは、さっさと渡した方が得策だよな。ハア、今月どやって生きていこう……。
「エミル、エミルっ。やばいんだって。はやく助けて!」
タクミが突然大声を上げてエミル?とやらに助けを求める。
おいっ。タク、何言ってんだ!?この人種にそんなネタは通用しないだろ!早く金出して撤退するのがベストだろっ。
「キモっ。だから俺、こいつら嫌いなんだわ。黙れっ!」
リーダー格っぽいピアスの男がタクの腹に前蹴りを入れた!吹っ飛ばされたタクがエレベーターの扉に強く背中を打ち付けて倒れこむ。
「お前っ!」
無意識に俺はタクを蹴り倒した男に殴りかかっていた。俺の拳はむなしく空を切り、顔面に重たいカウンターパンチを頂戴した。殴り飛ばされてうずくまった俺に、容赦なく蹴りの嵐が襲来する。
「オラっ、オラー! どしたー? キモオター、立てコラっ」
「キモオタ、ヨエー。笑える!」
「さっさと金出せよ! オタクがー!」
いっ、痛えー。口の中めっちゃ切れてる。血って鉄の味がするって聞いたけど、鉄なんか食ったことねーから実際どうなのか分かんねえ。ていうか、この状況やば過ぎだろ。『アニメショップ帰りの高校生、恐喝による集団リンチで死亡』明日の新聞一面の見出し、決まりだな。クソっ。
「おい、これで分かったか? オタクが勝てるとでも思ってんのかあ? あぁ? クソよえーくせに歯向かってじゃねーぞ、コラァ!」
ピアスの男が俺のズボンのポケットに手を入れて財布を抜き取った。
「ん? なんだテめー! まだ蹴られてーのかよ? あー?」
パーーーン!
ピアス男の後ろで、何かが弾ける音がした。
「ウアアア! イッテエエエ! 痛えよおっ!」
金髪男がうずくまり、血まみれの右手を押さえている。右手?が無い!右手首からの流血が止まらず、金髪男はうめき声をあげている。ピアス男とキャップをかぶっている男、そして腕にタトゥーのある男もその声に驚き一斉に振り返った。
「おいコラァ! テメエ、何しやがったあ? 殺すぞコラァ!」
見ると、タクは大きく広げた両手を男たちに向け、睨み付けている。目は充血し、昼休みに見せたあの鋭い目つきに戻っている。肉食動物が獲物を捕食する時の目そのものだ。タトゥー男が一気に間合いをつめた!大きく振りかぶって右ストレートをタクの顔に打ち込む!タクが自分の顔を覆い隠すように両手を上げる。タトゥー男の拳がその手の平に触れた瞬間だった。
パーーーン!
右拳が吹き飛び、あたりに大量の血しぶきが飛び散った。タトゥー男は気を失い、その場に倒れこんだ。
「お、おい。お、お前、なんなんだよっ! 何したんだよっ?」
「こ、こいつマジやベーって」
ピアス男とキャップ男は完全に戦意喪失し、顔面蒼白でブルブルと全身を震わせている。
「わ、分かった。分かったから。ほら、返しゃあいいんだろ? ほら」
ピアス男が、抜き取った財布を俺に返却した。俺は財布をポケットにしまうと痛い体を引きずるようにして立ち上がり、タクミに歩み寄った。
「タ、タク、もう行こう。俺も、大丈夫だからさ。財布も返ってきたし。さあ、行こう」
「エミル、俺、できたよ。次はどうすれば? うん、わかった。俺、やるよ」
タクミは俺の声には応じず、独り言をつぶやきゆっくりと二人に近づいていく。
「タクっ、もういいって! もうやめろよっ」
「我が敵を打ち砕かん知の光、流れいる。我が敵を討ち滅ぼさん力動の波、流れいる――」
タクミが昼休みと同じように呪文らしきものを唱えると、両手からまばゆい光が発せられた。
「エクスプロージョン!」
最後のフレーズを口にすると同時に光はさらに強く輝きを増し、そのまぶしさのあまり、俺は目をつむった。
――光が止んだ?
目を開けると、タクミの前方には二人の男が悲惨な姿で仰向けに倒れていた。
「タクっ、おいタクっ。お前何でこんなひどいこと!」
ピアス男とキャップ男は、二人とも胸部を深くエグられたかのような有様だった。床が大量の血液で水溜りになっている。気持ち悪い。吐きそうだ。
何が起こったんだよ、クソっ。分けワカンネー。タクがやったのか!?タクがやったんだよな!?
タクミは、しゃがみ込んだまま右手首を押さえている金髪男に向かって両手をかざした!
「我、五感を断って霊界に入る。我が霊体は霊界と交流す。さらなる知の光、力動の――」
「タクっ、やめろ!」
俺はタクミにタックルをぶちかました。二人して倒れこむ。
ゆっくりと、なんだかとてもダルそうな動作でタクミが起き上がった。
「あ、そうだ。さくらには紹介まだだったよね。俺の相棒、精霊エミルだよ」
タクが右手で左肩を指し示す。――が、何もいない。
「……?」
「あれ、見えないの? そうかあ、残念。さくらは選ばれし器じゃ無いんだね」
タクミはがっかりした様子で低い声を発した。
「おまえ、何言ってんだよ! 自分のしたこと分かってんのか?」
「さくらこそ、何で分かってくれないんだよ。俺はさ、選ばれたんだよ。新霊界に、精霊に。昔から分かってたんだ。俺は特別だって。さくらだって、俺のこと認めてくれてたから、分かってくれてたから友達でいてくれたんだろ?」
声を荒げながらタクミが必死に訴えかける。
「バカヤロー! 選ばれたら人傷つけていいのか? 特別なら人殺していいのか? 俺はな、お前の陽気なところが好きだったんだ。バカにされても、いじられても、中2病でも、いつも楽しそうにしてっから俺もお前みたいに明るくなりたくて、お前と仲良くなりたくって、それなのにお前は今、クソっ」
「大丈夫だって、心配しなくても。これからさくらのことは、俺が精霊の力で守ってやるからさあ! 俺達、親友だろ」
「俺はなあ、自分の心配してんるんじゃねーよ。お前に守ってもらいたくなんかねーよ。霊界とか精霊とか訳わかんねーけど、もうやめろよ! いつものタクに戻れよ!」
俺はタクミに向かって思い切り怒鳴り散らした。正直、半ばパニックに陥り何が起こっているのかさえ分からなくなっていた。
「えっ! エミル、駄目だよ、それは。う、うん。わかったよ」
タクミが誰かと会話をするかのような独り言を呟くと、今度は俺に向かって両手をかざした。さっきと同じ光が両手から発せられる。徐々に大きく、より一層光は強さを増していく。男達を吹き飛ばしたさっきの光と同じだ。
マジかよ!?俺まで平気で弾き飛ばしちゃうのか?親友まで。まさか友達に殺されてバッドエンドとは、なんちゅうクソアニメだよ。
「我、五感を断って霊界に入る。我が霊体は霊界と交流す。」
タクミが静かに呪文らしきものを唱え始めた。
《天の時至れり!》
ん?何、今の。頭の中で女の人の声がしたような……。
《汝、精霊の声を聞き、精霊と一体化せん》
確かに聞こえた!だ、誰?な、何言ってんの?
「――我が敵を打ち砕かん智の光、流れいる」
タクミが詠唱するたびに、俺に向けかざされた光の強さは増していく!
《叩けよ、然らば開かれん。求めよ、然らば与えられん》
は? 何を叩くの? 何をくれるの? イミフ!?
《汝の名をもって我、光臨し、霊人一体となり、精霊の光と力を顕現す。汝、名を名乗れ》
お、俺の名前?名前言ばいいの?ていうか何で名前!?
「――我が敵を討ち滅ぼさん力動の波、流れいる」
さっきと同じ、目が開けられないほどの激しい閃光。やばい、たしかこのあと爆発みたいのが起こって、二人が殺されて……。
《汝、名を名乗れ!》
「あーもう、こんな時に何だよ、この声。篠崎さくら! 俺の名前っ、し・の・ざ・き・さ・く・ら!」
《契約は結ばれた》
「――エクスプロージョン!」
タクミが最後のフレーズを言い放つと同時に、俺の胸を焼き付けるような激痛が襲った!熱い。痛い。エグられるような感覚。
(急ぐのだ! 詠唱せよ!)
頭の中で聞いたさっきと同じ女の人の声が、今度は耳元で聞こえた。
「我は神の子、精霊なり。精霊は光なり。光は盾となり邪霊の力を浄化せん。デュルシルー!」
俺は次々と頭の中に浮かぶフレーズを自然と口にしていた。
胸の痛みが和らいでいくのを感じる。もう大丈夫だ。強い光が止んで、目を開けた。
「ハア、ハア。……そう、そうか。さくらも選ばれたんだね。そして俺の前に立ちはだかるんだ。なんとなく、こうなる気がしてた。分かってもらえなくて、残念だよ。また会おう」
パーっと再び閃光が発する。思わず目を閉じた。目を開けたときには、そこにもうタクはいなかった。それだけではなく、タクにやられた四人の姿も無くなっていた。壁、地面に生々しく飛び散った血しぶきだけを残して――。
一体、どーなってんだよ!ホンとわけわかんねー。ピアスとキャップのやつ、確かに殺されたよな。あとの二人だって重症のはずだったし。逃げたのか?死体担いで?いや、違う。何なんだよこれ。
「ねえ」
「はい?」
突然に声を掛けられ、回りを見る。――誰もいない。
「ねえ。君」
「えっと、どこですか?」
「いやがらせか!」
ギュッと耳を引っ張られた。
「痛っ。」
「君、まずは助けてもらった礼を述べるのが先、それが礼儀というものであろう。日本人は礼を美徳とする人種であると知の泉が示しているが、それは間違いか? それとも君は日本人ではないのか?」
俺を見つめる綺麗な碧い瞳、背中まで伸ばした金髪ロングのストレートヘアー、透き通るような白い肌をした美しい女性が立っていた。俺の、左肩に――。