少年の場合
チャンスがあるのだとしたら、きっとそれは今なんだろう。
一緒にカラオケに来た僕の友人と君の友人が偶然同時に席を立った為、僕と君が二人きりになっていて、尚且つ君は今歌っていて、そして次に歌うのは順番的に僕で。
所謂、最高のシチュエーションなんだと思う。
欲を言えば、いつこの状況がやって来るか事前に知っておきたかったな。
そしたら、心の準備っていう結構大事な準備もすることが出来たのに。
君が楽しそうに恋の歌を歌っているすぐ横で、僕は覚悟を持って、ある行動をしようとしている。
行動なんて言う程でも無いかもしれないけど、覚悟なんて大それたことと思われるかもしれないけど。
でも僕にとってそれは確かに大きなことなんだ。
その証拠に、君の歌声ですらもう僕の耳には入って来ていない。
タッチペンを握っている指は震えている。
冷房がガンガンに聞いた部屋にいて、客観的に見たら今の僕は、ただ座って次に歌う曲を探す乃至入れようとしているだけの無動作に近い状態なのに体が熱くてしょうがない。それでいて、汗が噴き出しているのにも関わらずそれに対する嫌悪感や不快感も不思議と感じられない。
周りの全ての情報が遮断されて、自分自身の所在すらあやふやで、ただある一つの願望のみで僕という存在を何とか保っているようだった。
それ程までに、今の僕と言う奴は一つの事に固執している。
その一つの想いでしか今の僕は僕に存在意義を見出せていないというのに、だのに、元来僕が生まれ持つ傍迷惑な性質が、遠慮なしに干渉し邪魔をする。
後はもう、液晶パネルに映っている選曲という所をこのペンで触れれば良いだけなのにな。
それだけが出来ない。
第一、その行為に及んだと言って何かが変わってくれる可能性なんてゼロに等しい。
そんな取るに足らない、本当に些細なことなのに。
もはや期待と不甲斐なさで溢れ、諦念すら含んでいる、そんな実に哀れな行為であるというのに。
それが出来ない。
改めて自分の臆病さに辟易する。
タイムリミットは君が歌い終わるその瞬間まで。
誰かに背中を押して欲しい。
僕の気持ちを知ってほしい。
君の気持ちを僕に振り向かせたい。
君の気持ちを揺さぶりたい。
そんなシンプルでありふれた気持ち。
でも臆病な僕には直接この気持ちを伝える勇気が無いから。
こんな風な意思表示しか僕には出来ない。
ほんの数秒間表れる僕の君に対する気持ちに君が気付くかどうか分からないけど、君が僕の意図を汲んでくれるかも分からないけど。
出来れば気づいて欲しい。
臆病な僕のありったけの気持ちを。
君が悔しい程素直に恋を謳った歌詞に目が奪われないように、1番終了後の間奏の時を見計らって。
僕はついに曲を入れた。
君の視線を独占している薄型のテレビの画面の上部分に注目すると確かに予約確認と称して僕の気持ちがそこにはあった。
I LOVE YOU
その想いはすぐに画面に吸い込まれて消えて行ってしまった。
きっと何も変わらないだろう。
そして君が歌い終わった後に、次はこの歌詞が君に届けば良いなとか思いながら、やっぱり他力本願で臆病な僕が、真面目くさって本心に反してそっけなく、下手くそにこの曲を歌うんだろうな。
画面の中では僕の小さな勇気の表れなんか何も関係なく、僕のなんかより比べ物にならない程大きなスケールのドラマが歌に合わせて流れている。
そしてやっぱり君は変わらず2番に入った。
僕の大好きな声で、悲しい程楽しそうに。
同日12時に二話目を投稿します。
今作品はそれで完結になります。
暇でしたら是非ご覧ください。




