9 荒れるフィールド
「ラディ。アスタン君。わたくしのパートナーになってくださいませんか?」
―――へぇ、そう来たか。まぁ、予想はしていたけどな。朝のあのタイミングから俺たちはかなり目をつけられていたみたいだぜ。ラディ。
えぇ、幽霊君の言う通りよ。あの王子に、「強い人間を勧誘してこい!」的なことを言われてこの学園に来たからね。リコリスのプレッシャーにきちんと気づけたということは、それだけ自分の周囲の状態に気を配っていることの証拠。そして、リコリス・クォルツがそのプレッシャーを発した人間だということに気が付いたということはその発生源を探れるだけの技量があるということ。サーチ能力もあるということ。プレッシャーに気がついてもだれから発生されたものか気が付かない人間も多数あのクラスにいた。何処からか重圧を感じてもそれの正体まで突き詰められなかったということ。でもまぁ、こういうのは、場数の問題でもあるでしょうしね。
「ラディ君ほどの力を持った方であれば、お兄様も文句は言いませんわ。いいえ、わたくしが言わせませんもの。だから、お願いいたしますわ」
そして、あのクラスでただ一人プレッシャーを感じて反射的に警戒態勢になって攻撃される前に攻撃態勢になったのはこいつひとり。十分な技量を持つわ。兄様であっても認めるでしょう。
さぁ、どう出てくる。
「えっ、僕と?なぜ?君なら、もっと家柄の高い人間と組めるはずなのに……」
これは、遠回しに拒否っているのかしら。ふふふ、リコリスは狙った獲物をみすみすと逃がすような女ではない。こんなに面白くて強いお買い得な物件は、なかなかないのだ。顔をわずかにそむけて、悲しそうな声音で言葉を紡ぐ。
「それは、わたくしと組むのが嫌だということでしょうか?わたくしは、もともとは身分の高い家の人間ではありませんでしたわ。わたくしは、もともと名もなき村の住人ですわ。あなたは、生まれた時から貴族。私などと組んでくださるわけございませ……」
フィールドの中で巨大な水柱出現する。霧状の水、がリコリスたちのいるところまで来る。ああいうのをオーバーキルというのだ。《とランク》という一番ザコにあんなに魔力を使っては、大群に囲まれた時どうするのだろう。
陽香は、妙ににこにこしながら成り行きを見守っている。たぶん、陽香はリコリスの演技に間違いなく気が付いている。女という生き物はそうういうのに目ざというものだ。陽香は、きっと日向がリコリスの獲物ではないから純粋に見世物として楽しんでいるのだろう。なかなかいい性格をしていると思う。
「ラディ、こんなきれいな子から、アピールされるなんてお前も隅に置けないな」
陽香は日向がラディにちょっかいをかけているのを見て頭を押さえてため息をつく。
日向の首根っこを持って下がらせるときに、陽香が目だけでごめんねと言っていた。
「日向、こういうのに口出ししない。こういうのは一対一で決めることなの。外野があれこれ言うんじゃない!」
陽香に怒られた日向は不機嫌そうな顔を崩そうともせずに顎でフィールドをさす。
陽香とあたしは、日向の指示した方向をつられるように見る。そこには、午前中の猛烈アピール組が、歯がゆそうにこちらを見ている。あるものは悔し泣きを、あるものは断れと無言の圧力かけ始め、またあるものは、クォルツ嬢のアピールを断るなんて言語道断とばかりにラディをにらみ始める。
リコリスは、この事態を見越してほんの少しだけ大きな声で言ったのだ。
周りを味方につけ心理的に断りにくくしてみたけど効果はあるかしら?
―――ヒュ~ウ!この御嬢さん、なかなかの策士だな。いかにも緊張して思わず声が大きくなったように見せかけてはいるが、俺らに断りにくくするための心理的作戦か……。もしこれがわざとじゃなかったらよっぽどの天然か?ククッ、俺は気に入ってるが、お前はどうだい?
幽霊さんには気に入られているみたいね。幽霊さんの反応は、ラディにも伝わっているはずだ。
さて、ラディの方はどうくる?
いつの間にかフィールドの中が静まっている。
閉じた唇をわずかに開き、疑問を口にするラディ。
「なぜ……、ですか?」
「強そうだからですわ。それに、あなたはいろいろと面白そうですもの」
“面白そう“ そう口にするときに、宙に浮かぶ幽霊を見上げる。
幽霊と目が合わす。偶然ではなく、見えているのだと分からすために。一度目は、気のせいだとか偶然だとか思えるだろうけど、この至近距離で目を合わせたら気が付くでしょうしね。
―――ッ
幽霊―――ラディにそっくりさんは、目を見開き眉を上げ、まじまじとあたしの方を見えてきた。
―――俺が見えてやがるのか?
返事を口にする代わりに、にっこりと笑ってやると、ラディの顔にも驚愕が広がる。
「わたくしとパートナーになってくださいますか?」
―――こいつ、マジで見えてやがる!! ラディ以外で、俺の姿を目にした奴を初めて見たぜ。ラディ、こいつと組もうぜ! こいつなら、俺と会話していてもきっと不自然におもわなぇだろうし、話相手が増えて楽しいぜ。 実力も問題ないくらいに強そうだし、向こうからアピールしてきてるんだ。断る理由はねェよ。
幽霊のはしゃいだ言葉から、しばらく間が開いた。どうやら、幽霊さんの姿はラディ以外に今まで見えなかったらしい。
しばらく呆然とした表情でこっちを見てきたけど意を決したのか笑顔を浮かべて手を差し出してきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。リコリスさん」
「えぇ、よろしくお願いしますわ。それと、さん付けはいりませんわ。パートナーですもの」
「わかった。リコリスと呼ぶね。僕のことも、呼び捨てで構わないよ」
「はい。ラディ、あなたとパートナーになれてうれしいですわ」
にっこりと笑みを作った瞬間、フィールドからものすごい旋風がラディに向かってやってきた。
コントロールを失敗したと見せかけた、不意打ちの攻撃。
だけど、残念。こんなのろいものに当たるわけないじゃない。
リコリスは、何気ないしぐさで効果範囲外へ逃れる。
「ラディ、オマエ、後ろ!!」
「危ないっ」
日向と陽香が遅れて警告を発する。
ラディの方はどうなっているのかと思ってみれば、幽霊くんがラディと体を交換する。ポンって入れ替わると片方が幽霊状態になるのかと思っていたら違うようで、同じ体に二つの魂が入れっぱなしにできるようだった。幽霊クンが体に入るときにはすでに避けるのが難しいところまで来ていた。
帯刀していた太刀で旋風を居合切りで一閃し、打ち消していた。
まるでその攻撃が合図だったかのように、ラディに向かって攻撃が殺到してくる。
「ふん。面白くなってきたな!」
不敵に笑うと太刀を構えて、飛んでくる火 の玉をかき消す。
その時彼の刀がうっすらと朱色に発光していたのをリコリスの目は、見逃さなかった。
「あ、ラディが豹変した!」
「あはは、あいつ楽しんでるねぇ~。リコ、あいつとパートナー組むからには覚えておいた方がいいぜ。あいつ、戦闘するときには、キャラ変わるんだぜ。言葉遣いとかも乱暴になるからしな」
それでも本当にいいのか? そう日向は言外にリコリスに尋ねる。キャラが変わるというよりも体の所有権が変わっているのよね、コレ。笑いごとで済ますこの二人は、もしかしたらいろいろと大物なのかもしれない。
「かまいませんわ。だって、わたくしが組みたいと思ったのは戦闘中のあの方ですもの」
「そうかい。それならいいんだけどな」
「優しいのですね」
リコリスにそういわれた日向は照れ臭いのか顔をそっぽ向ける。こういう素直な反応はいいわね。あの嘘くさい笑みを浮かべる皇子に、日向の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい……そんなことを想いながらリコリスたちがのんびり話しているその間にも、ラディの体を使っている幽霊は、次から次へと殺到する攻撃を笑いながら防いでいる。うん、裏を知っているけど何も知らなかったら変なスイッチ入っちゃったように見えるんだろうな。
「そんなものかよ!そんなものじゃあ、トランクの鬼を退治できても俺を退治なんかできないぜ! 」
魔術を飛ばすことなく、魔力をまとわせた刀のみでさばいて見せる。
水の球が、放たれた時は、刀にまとわせた魔力に炎属性を付加し、一気に蒸発させた。その時に目の前が、水蒸気で覆われ視界が悪くなる。そんなことは、初心者でもわかるはずだ。だから、わざと視界を悪くしたのだろう。次に雷撃が放たれたが、その攻撃はラディに当たることはない。水にぬれた状態で、雷など浴びたら感電しやすくなるのをねらったのだろうが、視界の悪いのは攻撃する側も同じで、雷撃は彼にかすりもしない。的外れの方向へ飛んで行った。
「赤城のやつ止めないのか?」
「さぁ?これ以上ひどくなったらやめるんじゃないかな? 一応、攻撃している側にも冷静さが残ってるみたいだしね」
陽香の指摘する通り、ラディに攻撃してくる奴らは初級魔法で殺傷能力がそれほど高くないものを放っている。
幽霊クンは、その攻撃をまるでダンスを踊っているように軽々とさけて、時に刀を振るい打ち消す。
「まぁ、有望そうな人間とか美男美女がやってくると毎回こんなばか騒ぎが起きるらしいから、教師の方も引き際はわかっているんじゃない?」
そういえば似たようなことを言っていたような気がするわね。馬鹿騒ぎの中、先生が幻影の鬼を消しているのを視界の端でとらえる。
「そんなに、毎回あるのですか?」
「まぁ、月に2回は少なくとも似たような騒ぎがあるらしいよ」
大丈夫なのかしら、この学園。もう少しどうにかした方がいいかもしれないってことアイツに行っておこうかしら? フィールドの右端あたりにいる少女がこっちに向けて上級魔法を放とうとするのを感じ、リコリスは眉をひそめる。鬼がいないのに気が付いていないわけではないだろう。だけど、狙いがフィールド外であるリコリスたちのところというのが気になる。ラディにむかってショボイ魔法を放っていたのは全員男子だった。彼らが、手を滑らしたかのようにに見せかけて攻撃してくる理由はわかっているけれど……どの原因を作ったのはたぶんあたしだろうしね。だから、上級魔法をあたしらに向かって放とうとしてくる少女が気になった。どこかで見たことのあるような顔だったから気になったのかもしれない。
「ふんっ、鬼の幻影が消えてるっていうのに、まだあいつらは気が付いてないのかよ。手が滑ったなんて言い訳きかねぇだろうよ」
飛んできた初級魔法の攻撃を裁きながら、愉快そうに彼がつぶやくと同時に先生がホイッスルを鳴らす。もう一人の先生が、上級魔法を放とうとしていた女子生徒を止めに入るのを視界の端に収めながら、ら、事の成り行きを見守る。
ビビビビビビ
「おまえら、そこまで。今フィールド内に残っているお前ら。そんなんで実践ができるわけねぇだろう。今残っているお前らは全員来週の課外授業は出席停止だ。わかったな! まったくこんなんじゃ、まともな授業ができるわけないだろう。今日の授業はもう終わりだ。そんなに頭に血がのぼっている状態でまともな判断できるわけないだろうしな」
その言葉を聞いて、学生たちは不満そうな声を出したが、赤城先生が意見を覆すことをはなかった。
フィールドの中からこそばゆい殺気を感じたリコリスは、発生源である女子生徒を見てやはり見たことのある顔だと思った。だけど、どこで見たか思い出せない。思い出せないのがもどかしいが、すぐに思い出せないということはそれほど重要人物ではないということだろう。
まぁ、初対面で、あそこまで殺気を放たれることはないだろうから、やはりどこかであったことがあるのだろう。近いうちに彼女とひと悶着が起きるだろうことはその殺気から容易に想像がつき、リコリスは重たいため息をはいた。
もしかしたら自分は、トラブルメーカーかもしれない。
★☆★次回予告★☆★
ひと悶着あった実技授業は終わった。リコリスは、陽香たちの入っているチームに入ることを進められる。強いチームに入ることに依存のないリコリスは一つ返事で受け入れるが、重大なことに気が付き……。
次回 第10話 引っ越し先は、シェアーハウス
お楽しみに……