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8:宙をただようゴースト

 リコリスは、ラディ・アスタンにそっくりな幽霊と目があった。リコリスは、思わず瞬きを繰り返す。今、見た光景が信じられなかったのだ。幽霊の方も、驚いたような表情を隠そうともせず、こっちをまじまじと見た。


 今見たものが現実のものだと認識した。向こうは、目があったのは、まぐれだと思い込んだみたいだけど。


 幽霊をじっと観察する。リコリスの視界に映ったのは、空中に浮遊する幽霊みたいな何か。ラディ・アスタンによく似た姿をしている幽霊。ラディの目が、海のように青い瞳なのに対して、幽霊の瞳は夕焼けの空のように赤い瞳だった。


 一瞬、思い出したくない記憶が、よぎる。

 どろりと濁った瞳、復讐相手のそばに控える銀色の髪の共犯者の姿。


 目に映る幽霊が、復讐相手の共犯者でない。そうリコリスの中の本能が言うのだから、他人の空似というやつなのだろう。鏡像のようにそっくりだけど……ちがう。もし、鬼ならばリコリスが気が付かないはずがない。そう言い聞かせて、心のざわめきを抑える。


「面白くなってきたわ」


 幽霊の姿が、リコリスに過去の記憶を甦させるのなら彼をそばに置いておくのは、悪くない。リコリス自信を戒める鎖となるその容姿と強さ……いい物件だろう。


 (ねぇ、器だけではなくあなた自身はどういうものなの? あたしに見せて見せなさい)

 リコリスのそんな思いが聞こえたのか、とても奇妙な行動を幽霊がとった。


「な、なんで!! 魂が二つ肉体に入れられるの! アレは、憑依?」


 ラディ・アスタンの体に幽霊が取り憑き、その体をまるでその体の本来の持ち主であるかのように操っていた。ぎこちなさは何もなく、むしろ幽霊の方が本来の体の持ち主だという割れても違和感がないようになめらかな動作。幽霊を見たのはこれが初めてではない。少々特殊な視力を持っているせいでそういう摩訶不思議な生き物を視てしまうことが多々ある。背後霊や守護霊、怨霊ならあの魔窟でそう少なくない数を目にしてきたけれど、こうも見事に死者が生者の肉体を操る姿を見るのは初めてだった。

 そして、ラディ・アスタンのほうがさっきの幽霊のように実体を持たぬ幽霊へと成り代わっていた。


 まるで憑依ではなく、《体の主導権の交代》のようだ。


「アイツは、どうなっているの?」


 距離があっても確かに感じる自己紹介の時と同じ闘気。あれは、ラディ・アスタンのものではなくあの幽霊のものだったのね。違和感の正体が判明したおかげで、ずいぶんとすっきりとした。

 刀を一度鞘にしまってから勢いよく一閃。カマキリ型の鬼の身体にある核を破壊する。そして、続けざまに、炎系統の魔術を放つ。その手並みは鮮やかなものだった。学生の中では、トップクラスの実力だろう。


 刀を鞘に収めた途端、さっきまでの闘気が嘘のように消え失せる。当たり前だ、闘気の主が体から抜け落ちたからだ。

 肉体の主導権をつかさどる存在によってここまで戦闘能力に差があるなんて初めて知ったわ。


 戦闘が終わり、フィールド外であるこっちに向かう幽霊とラディ・アスタン。その容貌はあまりにも似通っていた。そう、双子のように……そういえば、ラディ・アスタンには双子の兄が存在していた様なこと腹黒皇子が言っていたっけ。あぁ、どうしようもなく心が浮き立つのを感じる。強い奴と出会えた昂揚感。アレは、訓練次第でまだまだ実力が伸びるはずだ。


「おっ、ラディお疲れ! 相変わらず戦闘時と普段のキャラが違うよな、オマエ」


 小麦色の肌に茶色の髪の少年が、ラディ・アスタンに話しかける。

 隣を歩く少女とおそろいのイヤリングが、フィールド内で誰かが放った風の魔術の影響で揺れる。

 あの少年は、たしか……廊下で、「実技の授業を見てから決めればいいじゃん」って言ったやつ。


「あはは。そうだね……ボク的には戦闘じゃない方が素なんだけどね」


 困ったように笑いながら、頭をかくアイツ。戦闘中とはやはり同一人物には思えなかった。


「何―――オマエもクォルツ嬢のパートナー枠狙いか?そういえば、オマエ彼女と隣の席になったんだって?」


「まぁね。でも、全然話したことないよ。朝少しあいさつしたあとはあの騒ぎが始まっちゃったし、日向もみただろう?あの時だって、クォルツさんと会話らしきものしていないし・・・」


 これは、話の流れ的にリコリスが入っても可笑しくないと判断して、いろいろと知りたいことがあったので、話に混ざりに行く。


「なら、アスタン君、一緒にお話でもいかがですか?」

「わあぁ」


 後ろからそっと肩を、たたき声をかける。いきなり肩をたたかれて、驚いて飛びあがるラディ・アスタン。そんなに驚かなくてもいいじゃない。人を幽霊みたいに扱わないでよね。驚くような存在はあなたの頭上に浮かぶような存在のことを言うのよ。


「びっくりした!!」

「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのですが」


 そう謝罪の言葉を口にしている間に、黒髪の少女が、元気よく手を差し出してきた。


「今日編入してきた、リコリス・クォルツさんだよね?あ、私は、陽香。村雨 陽香よ。よろしくね」


 あ!この子、凄く自然に話しかけてきたわ。敬語をほとんどつかわなかった。それに、変に突き放されている感もないから付き合いやすそうだ。そうこういう付き合いがしたかったのだ。


「はい。本日編入してきましたリコリス・クォルツと申します。同い年ですよね?呼び捨てでもかまいませんわ。わたくしも陽香とお呼びしても?」


「いいよ!リコリス!あ、敬語とか私に使わなくてもいいよ」


 凄くニコニコとした笑み。ひまわりが咲き誇ったかのような笑みが、すこしだけあたしにはまぶしかった。リコリスが、リコリスになる前はこうして笑えていたのかな?

 敬語とか使わなくてもいいっていう申し出はリコリスとしては非常にありがたかった。一応イメージを壊すわけにはいかないし、気を付けるけどいざボロッと出しても笑って受け入れてくれそうだ。それに、陽香たちとはこれから仲良くなっていく気がした。


「あ、この方がしゃべりやす……」


 ―――しゃべりにくいだろ、凄く無理やりな気がするぜ。っていうか、オマエの敬語も笑顔も嘘くさいな!


 リコリスの言葉にかぶさるように、ラディ・アスタンより少し低い声で

 幽霊が口出してきた。 

 幽霊に、生身の人間の会話が聞こえているのね。それにしても、嘘くさいって何よ!そりゃあ、確かに作り笑いだけどさ。

 不満を顔に出さないように気を付けながら、ほかの人の反応を探る。この声、ラディ・アスタン以外に聞こえている人はいるのかしら?


 注意深く見てみたけど、ラディ・アスタンが、わずかに眉をひそめた他、何の変化もない。陽香や、彼女のパートナーの顔色に変化はない。もしかして、聴こえていない? 普通に考えて、聞こえている方が異常か。


「ん、どうしたの?リコリス」

「いえ、なんでもありません。それよりも、そちらの方は、陽香のパートナーですか?」

「そうなの。私のパートナーの日向」


 陽香に自己紹介された少年に、手をさしだすと、少し恥ずかしそうに手を差し出してきた。差し出された手を握り返す。日向の手は、小指と薬指付け根のタコができていた。きっと、あの曲刀を何度も振ってできたものなのだろう。天才という強さよりも、こういう努力で強くなった人をリコリスは素直に好ましく思える。



「空宮 日向だ。よろしくな、編入生」

「はい。よろしくお願いしますね。それと、リコリスで構いませんわ」

「おう、リ、りりすだっけ「リコリスだよ、日向」えっ、わりぃな。リコリスよろしくな」


 リコリスの名前を間違えた日向に、陽香があわてて訂正する。

 仲のよさそうなペアーだなぁ。そういえば、この二人の戦いは息が合っていたし、互いが互いを気遣ういい戦い方をしていたっけ。ちょっとうらやましいかもしれないわね。リコリスには、そんな人はまだいないのだ。


「言いにくいですか?それなら、呼びやすいようによんでくれてかまいませんわ。兄様のご友人は、リリィや、リコなど省略して呼びますから、慣れておりますもの」


 上弦は、リリィと呼ぶし、どこかの真黒なお腹を持つ皇子様は、リコと気安くよぶ。陽香や日向のほのぼのと自己紹介をしているけど、リコリスの興味は、ラディ・アスタンそっくりさんの幽霊にほとんど持って行かれていた。

 アイツの話だと死んでいるようだったから、彼は正真正銘の幽霊なのかしら?でも、

 今まで変なものをたくさん見てきたけど、こんなにはっきりとした幽霊を見たのは初めてよ。普通の幽霊はぼんやりとして存在感が希薄なのに、目の前でただよっている幽霊は、異様存在感が強く人間味があった。死んだことに対しての未練とかが動作の中、表情の中にみじんも感じられないのだ。



「そうか、そんじゃあリコって呼ばせてもらうな」

「はい、わたくしも、日向と呼ばせてもらいますね。それにしても、先ほどのお二人の戦闘、素晴らしかったですわ」

「そうか?でも、リコの攻撃も凄かったぞ。陽香のやつがよそ見しちまうくらいにな」


 凄かった?あれが??? たしかに、鬼を倒すスピードは、トップクラスだったみたいだけど……。それは、武器の違いじゃないかな? リコリスの攻撃手段の中じゃあ、かなり下だから大丈夫だと思っていたけど、これでもダメなの? 使う魔力量は抑えたし、近接戦を避けたから大丈夫だと思ったのは甘かったのだろうか? 


「日向、根に持ってるの? 次は気を付けるし、本番であんなへましないように気を付けるから」

「そうしてくれよ。俺もそうそうカバーできないからな」


「僕も、よそ見しちゃったよ。そのせいで、若干ピンチに陥ったわけなんだけどね」


 よそ見……期待はずれかしら? でも、さっきの戦闘の時みたいにあの時も入れ替わっていたとしたら……。


「あぁ、それで時間がかかっていたんだね」


 ―――鬼を前にしてよそ見するなんて、我が、弟ながら命知らずなマネ、よくできたよな!


 宙に浮かぶ幽霊が、面白そうに笑う。ラディが、不愉快そうに顔を幽霊からそむける様子を見るからに、彼には見えているし聴こえているのだろう。


 ……気になるわね。でも、いったいどうやって聞き出せばいいというのだろう。まさか、「アナタのそばに幽霊がいるように見えるのですが、気のせいでしょうか?」なんてド直球に聞くわけにはいかないしね。


「最後の攻撃さぁ、オーバーキルに見えたけど?」


 最後の攻撃ってあれか? あの炎で鬼を焼き尽くす攻撃。刀身に宿す魔力量が少々多かった気がしなくもないが、許容範囲内だろう。

 彼の敵は、カマキリ型の鬼―――トランクの最上位で少し特殊な鬼。この鬼は、二つの鎌で攻撃してくる厄介な鬼。攻撃と防御を同時にする二刀流っていうところかしら? たしかあの鬼は……。


「? ラディ君の攻撃は、別にオーバーキルではありませんよ」


「えっ? どういうことなの、リコリス」


「? 陽香はご存じありませんの? カマキリ型の鬼を倒すときは、その体を完全に消滅させる必要があるのですわ。この鬼の最も厄介なところは、戦闘中に増殖するってところなのですわ。本体がもうダメだって思うと本体の腹の中から小型のカマキリがうじゃうじゃと悪夢のように湧いて出てくるのですわ」


うじやうじゃとのところで、想像しちゃったらしい日向は顔を青くする。うん、これは想像しないことをお勧めするよ。でも、実際は想像以上に気色の悪いんだよ。昔、ひどい目にあったよ。


「マジで!俺も知らなかった。ちゃんと午前の授業聴いとかないとこういう時困るのか……」


「日向、鬼の生態学の授業とか爆睡しているもんね」


「ッ―――でもさ、陽香だって知らなかったじゃねェか。ちゃんと授業聴いていたのか?目を開けたまま寝てたんだろう?」


 あれ? 喧嘩し始めちゃった。これって、もしかして……もしかしなくても原因は、……余計なことをいってごめんよ。だから、つまらん喧嘩はやめてくれ。


「僕も初めて知ったかも」


 ぼそりと、とても小さな声でラディは口にした。その声は、喧嘩に夢中な陽香と日向の耳には届かなかったが、鋭敏な聴覚を持つあたしの耳には届いていた。


 ―――ん?ラディが、知らないっていうのなら、教科書や授業に出てきてないってことか……。俺は、師匠に忠告されていたから覚えていたけど、マイナーな情報なのか?


 二人はまだ言い合っているけど、止め方をラディか、この幽霊は知っているかしら?

 さすがにまだ授業中にこの状況は、怒られると思うけど……案外怒られないものね。先生の注意は、フィールド内にあるから、これくらい騒いでも怒られないのかな。


 ―――あぁ。今度オマエにも教えるよ。その他の鬼の厄介なところかな。


 あれ? まるで、会話してるみたい?みたいじゃなくて実際そうなのかもしれないわね。音に出さなくても意思の疎通が何らかの方法でラディと幽霊の間で可能なのね。いったいどういう仕組みになっているのかしら? ラディのことを調べつくしたらこの原理もわかるかもしれない。最近、ヒューイの思考に毒されている自分を見つけ、若干へこむ。


「ラディ君は、戦闘経験豊富なのでしょうか?わたくしは、兄様に教えられていたため知っておりましたが……」


 さっきまでじゃれあっていた二人は、いったんじゃれあいをやめて、こちらを振り向く。


「ラディは、成績もいいよ。実技もいつもトップだよね」

「そうだな。お前家にコイツ頭もいいから筆記試験も常に上位10位内に入っているよな」


 頭もよくて、戦闘技術もあるのね。自分の見立てが間違っていないことに心が浮き立つ。


「アレは、なんていうかその……図書館にある鬼の生体書に書かれていたのをたまたま覚えていただけだよ。うん」


 苦笑いしながら、妥当だと思える回答をするラディ。

 確かにこいつが学校で通しているキャラから見るとそういってこの二人が怪しむ確率はかなり低いわね。


 ふふふ、いいことを知ったわ。ラディは、どうやら嘘をつくのが下手みたいね。すぐに顔に出ているわ。これなら、幽霊の正体についても問い詰めれば、何かわかるかもしれないわね。面白くなってきたわ。


「うげっ、オマエ休み時間まで勉強しているのかよ。通りで頭がいいわけだよな。わぁ~俺には無理だな~」

「そんなことないって。この前の授業のレポートまとめるときに参考にした本に書いてあったからたまたま覚えていただけだって! 別に僕はガリ勉キャラじゃないからな」


 ―――俺から見れば十分ラディはがり勉だと思うぜ!頭でっかちだから、戦闘で全然動けないんだ。少しは自分で戦えるようになれっていうんだ


 うぅ~ん。空耳じゃないのね。ちゃんと聞こえているわ。でも、日向や陽香、ほかの人には聞こえてない。聴こえてるけど反応したらこっちがおかしな子になってしまうのがもどかしい。


「あの陽香と日向はパートナー同士ですよね。ラディ君にもパートナーがいるのでしょうか? いらっしゃるのでしたら是非お話してみたいですわ」


 ラディの方に向き直り、にっこりとお嬢様スマイルを浮かべながら探ってみることにした。もし、おパートナーを組んでいなかったら、パートナーになってもらうわ。強そうだしなんか変だし、面白いものにつかれてるってこれ以上ないほどお買い得な物件じゃないの! つまらなくて退屈な学園生活になるかもって嘆いていたけど、これほど面白い人間とつるめば少しは学園生活も面白くなるはず。


「いないよ。僕は今のところソロだよ。パートナー組んでやる場合は、ほかのソロの人にお願いして組んでもらっているよこの学園は、パートナーや、グループみたいに団体行動推奨でしょう?だから、僕は今陽香ちゃんと日向にグループ組んでもらっているんだ」


 なるほどね。パートナー枠は開いているようね。これなら、いけるかも。

 ラディは、違和感をじないまま質問な答えていく。まぁ、今はソロだから、ソロの人は普段どうやっているのか気になって聞いていると思っているのかな。一応編入生だしね。



 この会話を近くで聞いている、陽香はこちらのこれからの行動を予測したのだろうか、頑張れと無音で口を動かす。女の子ってこういう時、空気を読むのがうまいわよね。


 たぶん、陽香の想像していた通りの言葉を、リコリスは口にする。



「ラディ・アスタン君。わたくしのパートナーになってくださいませんか?」







誤字脱字・感想・評価お待ちしております。


★☆★次回予告★☆★


リコリスは、ラディ・アスタンに問いかける?

幽霊の夕焼け色の瞳とリコリスの赤い瞳が、再び交差するとき、彼らは一つの選択をする。

彼らは知らない。彼らの後ろに影が迫りくることを……


次回 第9話 荒れるフィールド

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