5:ダレカの視線
上級幻影を倒す授業とかあの男の子は言っていたっけ。とりあえず鬼の偽物をぶちのめせば問題ないのね。リコリス的には、パートナーにはぜひ隣の席の人にお願いしたいのだけど、こんなに騒ぎが大きくなっては頼めそうになかった。このばか騒ぎはとりあえず収集が付いたことだし、静かなところでアイスでも食べることにした。
赤い髪が風になびく。黄色いアイスキャンディーを咥えながら、時計型の通信用魔道具の電源を入れる。この魔道具は試作品だからあのバカ皇子にしか届かないのがあれだけど便利な道具であることには違いがなかった。
口の中に甘くすっきりとしたレモンの味が広がる。
「リコか。そっちはどうだ?」
アイスを味わっていると、向こうに通信が通じたようで向こうの映像が表示された。
執務室のいすに座り、仕事中だったのか山のような書類に半場埋もれかけている皇子は、仕事用のスマイルを浮かべたが通信相手に気が付きにこやかな作り笑顔を崩し、いたずら小僧のような子供っぽい表情を浮かべる。
「最悪。何この学校ろくな奴いないじゃないの。まぁ、一人ましな奴はいたわよ。あたしの軽めだとは言えプレッシャーを受け向こうも威圧してきたからね」
「閉口一番に最悪とはなんだい。ん、なかなか見どころのあるやつじゃないか。そいつの名前わかるか?」
右手に持っていたアイスを口に含みながら名前を思い出す。
アスタン。えっと、名前の方はなんだったかしら。リコリスは、席案内の時教師が口にしていた彼のフルネームを思い出す。
「ラディ・アスタンだったかしら?銀髪に青い目をした男の子よ。」
聴くってことは、調べる気なのだろう。あの違和感について気になっていたリコリスは、調査結果をこっちにも回してもらおうとひそかに決めていた。
「アスタン……ラディ・アスタン。どこかで聞いたことのある名前だな。ちょっと待って、いま思い出す」
頭に手を当てて記憶をたどり始める紅蓮を眺めていても面白くもなんともないので新しいアイスの封を開け、口にくわえる。
今度は濃厚なミルクの味が広がる。冷たさと甘さが舌を楽しませる。リコリスの極上のひと時だ。グレンが思い出すのを待ちながら、彼の違和感について考えてみる。
初めにリコリスがプレッシャーをかけたときの彼と隣の席になることが決まってあいさつした時の彼が違うような気がした。
あんな短時間で入れ替わりなんてできないから同一人物だろうけどさ。なんというか釈然としなかった。
二重人格っていうわけでもあるまい。戦う雰囲気になると性格が変わる系?リコリスが、違和感についてぐるぐると考えていると紅蓮がようやく思い出した。
「リコ、思い出したよ。そいつ今は廃れたけどじいさんの時代の裏貴族だよ。双頭の龍の家紋を持つ帝国にあだなすものを排除する裏貴族だよ。暗殺とかそういう汚いことを担っていたんだ」
暗殺の名門一族。廃れた原因に、リコリスは心当たりがあった。鬼という人類の共通の敵が現れたせいで国同士の汚い策略をしている暇がなくなった。それに、そういう社会の闇に属する有名どころの組織は鬼女たちになぜか皆殺しにされている。
「ふぅん、やっぱあんたの国でもそういうことを、やっていたのね」
「そりゃあそうだよ。宮廷なんて人外魔境の地さ。腹黒い奴らがうようよいやがる」
リコリスは、その腹黒い人外魔境の住人にあんたも含まれていると思うと告げてやると、「あはは、そんなこと知っているよ」と笑って返された。
「アスタン家は、やっぱ鬼女に皆殺しにされてる?」
「あぁ、七人の鬼女の内の一人色欲のアスモデウスによって一族皆殺しにされている。その時の報告書に目を通したことがあったから覚えている。先代頭首オスカー・アスタン、その妻香織・アスタンそしてその一人息子でありアスタン家の当主クラウディア・アスタン、その妻ジュリア・F・アスタン、彼らの子供のレヴィ・アスタンは、跡形もなく……骨も残さず鬼女に喰われたらしい。家中なども全員喰われてしまっていた。ラディ・アスタンは唯一の生き残りでレビィ・アルタンとは双子の兄弟らしい。騎士が数人駆けつけたときにはもうすでに意識不明の重体で生きているのが不思議なくらい重症だった」
彼にそんな過去とは、思いもよらなかった。まぁ、初対面の人の過去に想いあたりがあるとしたらそれもそれで謎だろう。特に親しくなったわけでもないけど、なんか悪い気がした。リコリスには、勝手に人の過去を探るのってどうも好きになれそうになかった。それに、親しいものが喰われる様を見ていたのだとしたらそれはリコリスの過去と似るところがある。。
「よくそんなに細かく覚えているわね。まったくあなたの頭はどういう構造をしているのかしら。その脳解剖してもいい?」
「やめてくれよ。君が言うとシャレにならない。君なら本当にやりかねないからな。それより、次の授業は実技だろう?どうするつもりだ?俺的には、練習場を壊さないように力のセーブをしてもらいたいんだけどさ。あれ高いんだよ」
練習場ってそんなにもろいのかしら?と急に不安になる。リコリスは一度クォルツケの練習場を爆破させたという前科があるのだ。
「手加減はそりゃあするわよ。でも、どれくらい手を抜けばいいのかわからないのよ。鬼を倒すときのような全力モードでいいわけないのはわかっているけどさ。目立ちすぎるのもやばいっていることもわかるあたしの固有能力といっていいこの力はトップシークレットに十分値すると思うわ。この能力は政治的にもいろいろ問題が生じるだろうし、あたしはモルモットになるつもりもない。鬼に対して容赦するつもりはないけどね。あれらは、あたしの家族の仇!皆殺しにして滅ぼす相手」
「そうだなぁ、まずオニクイは使うなよ。それと、魔術は氷を主体にすればいいだろう。氷の魔術の使い手なら、養女として迎えられるにもおかしくない。あと身体機能もある程度抑えろ。お前の馬鹿みたいな怪力を相手にする奴がかわいそうだ。そうだな、上弦ぐらいまでに抑えろ」
上弦ぐらいまでってそれでも十分な強さではないだろうかというリコリスの心配に気が付いたのか、紅蓮は肩をすくめていう。
「もっと下まで抑えられるんなら、特待生くらいに抑えてほしいんだが、特待生がどれくらいの力だか口で言ったってリコにはわからないよな……ヒューイの魔法無しの状態くらいにまで身体機能落とせるか」
兄様?兄様から魔術とったら何も残らない気がするわ?―――当の本人が耳にしたら激怒しそうなことを平気で考えながら、この学園が心配になった。仮にもこの学園は、名門校。リコリスの義理の兄は魔術に関してはならぶものが少ないというほどの能力の持ち主だけど、魔術なしの戦闘なら下級兵士には勝てるだろうけど中級兵士にはもしかしたら6対4くらいの確率で負けてしまうのではないと危ぶまれるほどの実力なのだ。
「やれないことはないわよ。あたしを誰だと思っているのかしら?っ、だれ!!」
何かの視線を感じ、通信を反射的に切る。リコリスは、あのバカ皇子とつながっていると知られて利用されるなんて御免だった。それよりこの視線は誰のものだろうかと周囲を探る。
振り向いたリコリスの視界に映るのは、無人の屋上。でも、いま確かに何かの視線を感じたのだ。
「鬼ではないわね。もしそうなら、あたしが、気が付かないはずがないだとすると人間?」
鬼なら、たとえ爆睡していたって気が付く。なぜなら、リコリスがそういう存在だから。リコリスが視線に気が付いた瞬間姿を消すなんて人間業には見えない。瞬間移動のような超高等魔術を扱える人間は限られているし、もし瞬間移動で立ち消えたとしてもあらわれたとき、リコリスが、気が付かないはずがなかった。それに、そんな超高等魔術が扱える人間が、リコリスは、自分に用があるようには思えなかった。
キンコンカンコン
昼休み終了の合図が鳴り響く。
一体なんだったのかしら……少し気を付けてみたほうがいいわね。食べ終わったアイスの棒を消し炭に変えながら、次の移動教室へと向かった。
この学園の制服は、いつでも戦闘が可能なように設計されている。そのため、昔の学校のように体操着に着替えるという手間をかける必要はない。リコリスたち人類はこの時代常に鬼という存在と隣り合わせに生きている。いくら安全とうたわれる結界内とはいえ絶対に安全な場所ではない。いつ鬼の侵略をうけるかわからないのだ。そのため武器の携帯は許されている。腰に剣を佩いている学生や魔術杖をもっている学生はいたるところにいる。かくいうリコリスもスカートの下には、魔術銃があったりする。
「今日のメニューは、はじめに《とランク》の鬼の幻影と戦う。これを一人いったい倒すこと。パートナーを組んでいる者は、二人で2対倒せば戦い方は何でもいい。まだ、パートナーを組んでいないものは、組んでいない者同士組んでもいい。なるべく力が釣り合うものと組むように。また、ソロで戦うことも《とランク》のため許す。各自自分に合った戦い方で、鬼を倒すこと。終わったものは、フィールドから速出ること。戦っている者の邪魔になる。わからないことがあるものは挙手しろ」
アナウンスが流れる。あたりに緊張がわずかにただよう。
さて、リコリスはどうやって鬼を倒そうか考えていた。オニクイは使うなって言われたばかりで、身体機能も落とせって言い含められたばかりであった。
魔術銃を取り出す。
いつでも使えるように準備をしながら使う魔法を考えていた。
紅蓮は氷系がいいって言っていたわね。何型が来るかしら?トランクだから虫型だろうけど羽虫なら飛ぶことも想定しないとダメ。地中に潜るタイプだとそれもそれで面倒。空間把握するくらいの術式を放つわけにはいかないだろうし、やっぱ中級魔術くらいまで抑えたほうがいいのかな。どうやって憎い相手の偽物を壊そうかとニコニコしながら考えていたら、先生になぜか呼ばれた。いったい何の用か、気になると同時に妄想をじゃまされたことで気分が悪くなりながらしぶしぶ呼び出しに従った。
未熟なため誤字脱字があると思います。指摘していただけると幸いです。
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☆★☆次回予告★☆★
実技科目の授業。リコリスのパートナー枠を巡るものたち。
リコリスは、手加減するようにときつく言い含められている中、幻影の鬼を前にして愛銃を構える。
次回 必殺のショット
次回は戦闘シーンを入れたいと思います!