3:怒涛のアピール
いらっしゃいませ~(^.^)/~~~
リコリスは、いつまでもへたり込んでいる担任の教師にあきれて、手を貸して立たせていた。その時に教師が何か物言いたげな表情をしていたことには鈍くないので気が付いたが、厄介なことになりそうなので気が付かないふりをした。
「先生、お加減でも悪いのですか?み、皆様もどうかされたのですか?」
リコリスは、自分にその一因もキッカケもあることをおくびにも出さずに言い切る。窓際の少年が、ジト目でこちらを見るが無視する。
「あ、あいがと、う」
教師の表情は、引き攣っていた。対照的にリコリスは、にっこりと大輪の花が咲くような作り笑いを浮かべる。リコリスは、クラスの中でプレッシャーに気が付かない人間がいることに驚いていた。リコリスは、自分の発したプレッシャーにクラスの半分くらいは気が付いただけでなく反撃してくるかと思ったのだ。だが、予想は外れて、気が付いたが何も手出しできずにへたり込むものばかりで、がっかりしていた。
リコリスが望んだ反応をしたのは、窓際の一番後ろの席の銀髪の少年だけだったのだ。
こんな学園の中から皇子の私兵にふさわしいくらいの実力者を探すのは骨が折れそうだと思い、内心ため息をついた。
「えっと、医務室の先生を呼んできましょうか?」
「平気ですよ。あ、えっと、クォルツさんの席は、ラディ・アスタンくんの席の隣になりますね」
早く自分のそばではないところに行ってほしい。その声音に、感情がダダ漏れの様子にリコリスは、この教師は戦場に行くほどの覚悟がないから安全地帯の学園内にいるのだろうなと予測をつけた。奇しくもその予想は当たっているのだが、そのことを知るのはもう少し先になる。
リコリスは、教師の質も生徒の質の自分の想像以上に最悪だったため機嫌が悪かった。
まったく、本当にここの学校は、大丈夫なのかしら。こういう学校が後いくつあるのかしら。まったく、憂鬱の種ね。こんな学校を支援するために国庫から金を出すくらいならアイス屋さんをもっと増やしなさいよ――――リコリスは、ここにはいない腹黒皇子に愚痴を言いながら、表面上は穏やかな表情を保つ。
「先生、わたくしアスタン様がどなたであるのか……」
「あ、すみません。えっと、窓際の一番後ろの席にいるのがラディ・アスタン君です。このクラスの委員長も務めていますので、困ったことがあったら、彼に聞いてください」
言外に自分に聞かないでほしいと言っている気がするのはリコリスの木のせいであろうか?
「わかりましたわ。ありがとうございます」
青い目をした少年と向き合う。
リコリスは、反応のよりこの少年のことは気に入っていた。この少年のことを愚痴と一緒に教えてあげてもいいと思った。
「よろしくお願いいたしますわ。ラディ・アスタンさん」
「こちらこそよろしく」
リコリスは、ラディににっこりと笑顔で言われたことに驚きながら、この少年が笑顔の下で何を考えているのか気になった。
そして、リコリスはあることに気が付いて眉をひそめた。魂が不安定だったのだ。なぜなのだろうそうそう、ここまで揺れ動くようには見えることはない。それに、二重にあるように見えるのは気のせいだろうか。リコリスは、眉をしかめたのをあわてて取り繕いながら、会釈して隣の席に座った。
朝のホームルームの時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると教師はあわてたように立ち去った。
次の授業の教師は、黒縁メガネをかけた男の先生だった。
物語で定番的ともいえる教科書がそろってなかったり、制服が違っていたりする編入生にはリコリスは当てはまらない。彼女がこの学園へ編入することを知らされたのは昨晩だが、それよりも前に荷造りも準備も何もかもリコリスの兄――ヒューイ・クォルツが行っていたのだ。そう、このいきなり頼まれた皇子のお願いは家族ぐるみで―――王宮ぐるみで仕組まれたことだったのだ。
「鬼には、七ランクあります。それでは、クシナダさんその七ランクすべての鬼の名称を応えてください」
「はい。一番下から、《と》ランクの虫鬼、《へ》ランクの植鬼、《ほ》ランクの獣鬼、《に》ランクの鳥鬼と魚鬼、《は》ランクの人鬼、《ろ》ランク伝鬼、《い》ランク魔鬼です」
リコリスは、彼らの不器用な優しさに感謝しながらどうしようもないやりきれなさを感じ、谷底のように深いため息をこぼす。授業内容は、すでに知っているものばかりで退屈だった。クシナダという黒髪の女子生徒は、すらすらと帝国風の呼び名で答える。
「はい、正解です。それでは、アスタンさん。人と同じように魔力を自由に扱えるのは、どのランクからですか? それと、もう一つ。一般的に《魔女》と呼ばれる鬼は、どのランクですか」
どうやら、この学園では帝国風の呼び名で定着しているようだ。リコリスは、「いろはにほへと」というランクづけで覚えていたが、ランクごとにある鬼の名称は、耳になじみがなかった。テストが、あるようだし、こういう戦場でなんの役にも立たなそうな知識も覚えなくてはいけないのが心底めんどくさい。それに、あのクシナダという女子生徒に一瞬だけ睨まれたように感じたのは気のせいだろうか?
さすがに、編入一日目の一限目からにらまれるようなことはしていないぞ。いや、プレッシャーは飛ばしたが、それくらいだ。親の仇みたいな目で見られるいわれはないのだが……。アスタン、隣の生徒は指名された後すらすらと教科書通りの答えを口にする。模範生というか優等生って感じがする。だけど、あんなふうにすごい殺気を飛ばしてくるんだから人は見た目によらないものだ。だから、飽きなくて面白いともいう。
「魔力を扱えるのは、《ほ》ランクからです。《魔女》と《右鬼》《左鬼》は、《い》ランクの鬼扱いとなっています」
「正解です。それでは、その隣の編入生のクォルツさん。これら、鬼を束ねる存在のことを何と呼びますか」
ぎりっと歯を食いしばり、手に力が一瞬はいる。その質問の答えが、リコリスの復讐相手の名称だ。殺したい相手、憎い相手、そしてリコリスが生きる理由そのものの相手だ。見の内にくすぐる炎を抑え込み、繕った笑顔を浮かべ、リコリス・クォルツとしての姿を慌てて作り上げる。
「鬼神、または鬼の王、鬼を統べるものなどの呼び名がありますが、あれらが人間側の前に初めに姿を現したとき、《リオン》と自らの名と思われるものを名乗っています」
復讐したいのに、その相手が雲隠れして見つからない。やみくもに探していたけれど見つからない。影も形もないのに被害だけは広がることを歯がゆく思いながらかりそめの平和の中に身を落としていくのであった。
休み時間、リコリスはあっけにとられていた。
休み時間になったと思ったらあっという間に、周囲を囲まれたのだ。まさか、プレッシャーの件で文句とか言われるのかと思っていたリコリスはクルクルと髪を巻いた少女の一言であっけにとられていたのだ。
「クォルツさん、すごくきれいな髪ですわ!何をお使いになっているのです?」
初め何を聞かれているのかわからなかった。
こちらの木も知らずに女子生徒は身を乗り出して聞いてくる。オレンジ色の髪を三つ編みに結んだ女子生徒は、勝手に人の髪を触って匂いまで嗅いでくる。
取り囲む生徒を肉片に変えてしまいたくなる衝動を必死になだめつけながら、どうすればいいのだろうかと考えていた。
「本当に、いい匂いがしますわ。私もクォルツさんが何を使っているのか気になるかも」
気にならなくていいです!だからやめてください!そう叫びそうになる。取り乱してはいけない。一応今のリコリスは、クォルツという家名を不本意ながら背負ってきているのだ。
こんな平和ボケしている子たちが、卒業後対鬼師になると思うと頭痛がしてきた。
「特に気にしたことがありませんわ。そういうものを選ぶのはすべて次女に任せておりましたの」
あぁ、アイスにつられて受けるんじゃなかった!と後悔してもあとの祭り。こういう頭の中が、お花畑のやつらが戦場に立ってどんどん死んでいく。リコリスは、そういうやつをもう両手の指では数えきれないほどたくさん見てきた。
「まぁ、クォルツの……」
きゃあきゃあわぁわぁとうるさい人間を適当な笑顔と言葉で裁きながら、意識をとなりの席に向ける。
隣の席の少年は、おとなしく席に座り本を読んでいる。何の本を読んでいるのか気になってちらりと見てみると「今日の献立」と書かれたレシピ本だった。本を読んでいるおとなしく人畜無害のような姿、授業中の彼の姿をちらちらと観察させてもらったけど、あの時あたしのプレッシャーに対応した時とはまるで別人のようだった。
「ところで、クォルツさんは、誰とパートナーを組むんですの?」
そう尋ねられて、リコリスは何も考えていなかったことに気が付いた。ソロでは、活動できる幅も限られているし基本学園は認めていない。2人以上で行動することが義務付けられている。クォルツ家の権力を使ってもこれは融通きかなそうようだったから正直にまだ決まっていないことを告げる。
「わたくしは、まだ決まっておりませんの」
この言葉が、騒ぎの発生になるとは思いも知らなかった。
そう、この時代ほとんどの両家の子女は付き人を伴って同時に入学をする。付き人とパートナーを組むことが多く、一般的である。それは、両家の子女が一つ屋根の下で異性と暮らすなどあってはならないという親の考えから来たものである。だから大概、メイドや執事を連れて入学する。
しかし、リコリスは誰もつれてきてはいない。大概のことは一人でできるし、戦場暮らしの長かったあたしは、異性と同じ屋根の下で寝る経験はたくさんある。まぁ、さすがに同じ布団で寝
「マジで……!」
スラングが、混ざりながら驚かれたり
「まぁ!」
なんて、お嬢様ぽく女子には驚かれ
「これは、チャンスか!天の啓示か!」
「クォルツ家のお嬢様が、信じられん」
とか、言われる。
そして、さっきまで黙々と本を読んでいたあの少年もそれを聞いてぽかんって口を開けていた。
何だ、聞いていたじゃないの
「おい、ベネラ俺とパートナー解除してくれよ」
「いやよ、っていうかなに!あんたみたいなやつがクォルツの御嬢さんと組めるわけないじゃない。調子に乗るな、あほ」
男女のパートナーは、もう喧嘩ごしに、なりかけているみたい。
「なぁ、おれとくまねぇか!」
「僕と組んでいただけませんか、クォルツ嬢」
男子同士のパートナーは互いにパートナーをやめてしまい我先にと、パートナーになってほしいとアプローチしてくる。
チャイムが鳴り、次の授業が始まるまでずっとこんな感じにクラスの人たちが我先にとクォルツ家のご令嬢と組もうしてきた。正直授業開始のチャイムが鳴った時には、ほっとしたわ。
次の休み時間は教室にいるのは、やめた方がいいかもしれない
次の授業は、魔法が魔法薬の授業でただ先生の話を聞き流して終わった。
チャイムが、きっかり90分後鳴り渡ると同時に、リコリスは教室の外に出る。
その騒乱は収まることを知らぬとばかりに、ほどくなっていく。
「リコリスさん、このバジャウット家次期頭首のわたくしと是非パートナーを」
「クォルツ様、是非我々のチーム師子王に」
見も知らぬ上級生に囲まれる羽目になった。
さっきのあれでいつの間に情報が伝わってしまったのかしら。
あぁ、もう鬱っとうしい!
「いい加減に……」
クォルツ家の本物の血を引いているのならまだしも容姿に過ぎないリコリスがどうしてこんな目にあうの理解できずにいた。クォルツ家が、かなり上層貴族だというのはわかっていた。将来のことを考えてお近づきになりたいと考える気持ちもわかる。養子だからこそ逆に声をかけやすいのも知っていた。
少しは人の迷惑も考えてほしいとリコリスはため息をつく。いったい今日何度目のため息だろうか。だけどこう四六時中ついて回られてバカの一つ覚えのようにパートナーになれって言われても、リコリスにとってうっとおしい以外の何物でもなかった。
リコリスは、強い人を探しに来ただけだった。
「クォルツさんは、転校してきたばかりなんだ。女の子によってたかって無理やりアプローチをかけるのはどうかと思うよ。それに、パートナーは自分の実力に合ったものを選ぶように言われているよね。まだ、彼女の力量も知らないのに、それは……」
リコリスが切れそうになったというか、本性を出しそうになったところであの青い目の初年がやってきた。正直助かったわ、危うく転校初日からクォルツ家のイメージを悪くさせちゃうところだった。兄様に”怒られる”のはめんどくさいからいやよ、説教連続3日間となった日には、死ぬかと思ったと、過去の暗黒歴史を思い出しながら震える。
「はん、アスタン家の小僧が一体何の用だ!ナイト気取りか?」
「なに、クォルツ嬢に媚を売ってんだよ」
せっかくかばってくれたのに申し訳ないくらいに先輩方に文句言われてる気がするわ。
「はぁ、そうですね、それもいいかもしれませんね。この学園にはどうやら非常識な人ばかりなようですから、一人くらいナイトにでもならないと、彼女、この学園やめてしまうかもしれませんよ?」
笑顔のまま、言ってはいるけどさ。彼、目が笑ってないよ。
「誰もわたくしを見てくださらないのですね。わたくしは、わたくしの家柄を気にするような人と組みたくはありませんわ。わたしはただの養女ですもの。求められているものを差し出せないのですもの」
手を頬にあてて悩ましげなため息とともに比較的丁寧な言葉でいう。
ちょっとした悪乗りだ。
誤字脱字がありましたら教えていただけると幸いです。すぐに直させていただきます。
★☆★次回予告★☆★
リコリスの何気ない発言によっておこった騒ぎは、拡大する。そんな騒ぎを耳にする2組のペアー。
彼女も彼も知らない。この廊下での交差が運命の交差だとはこの時はまだだれも知らない。
次回、交錯するデスティニー