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1:人質は、アイス

感想評価などお待ちしております。

三人称に変更。三人称をあまりやったことがないのでおかしなところがあったらどんどん指摘してください。

 あの日、



 世界が終わりへの道を歩みだした時、



 誰もが、絶望し諦めた瞬間、


                         

 地に燃ゆる天上の花が、すべてのものの犠牲になるように散った。





 ★☆★







 ノートを片手に持ちながら赤い髪の少女はこれからしばらくの間縛られることになる場所―――「0都市立騎士・魔術師育成第1学園」という在学生も正式名をほとんど覚えていないことが巷で有名な学園、通称「対鬼学園」への長い道を早足で歩いていた。


 少女の身を包む服には、「対鬼学園」のエンブレムが胸に飾られている。対鬼学園の生徒は、パートナーやチームとともに衣食住を共にすることが義務付けられている。そのため、対鬼学園の生徒が単独行動している姿は非常に珍しかった。生徒たちは「魂の共鳴」がしやすくなるようにパートナーやチームの人間と行動することが多いのだ。


 少女の薄紅色の唇が小さく開閉を繰り返していたことに、少女とすれ違ったものは気が付いた。彼らは、筆記試験が近い生徒が必死に対鬼学を暗記していると思いほほえましげに少女を見送る。


「鬼は人を食らう生き物であり、人間にとって鬼は天敵である。しかし、その天敵である鬼と戦える人間は希少であった。鬼と戦える術を持つ者を、人は騎士と呼んだ。彼らは、”物語の適合者”。この世界の各地にある間が語り継がれてきた物語は、時にその物語の一部を具現化する。さまざまな思いを抱き語り継がれたその物語には、力が宿るのだ。その力だけが、理由は不明だがランクの高い鬼を倒すことが可能だった」


 少女は、ノートに書かれた文字を無意識のうちに読み上げていることにも、生暖かい周囲の視線にも気が付かなかった。


「そんな常識を覆した存在が現れた。「魂の共鳴」――、”魂の掌握者”っていう二つ名を持つ天才研究者グレイ・K・マクシフェルが発明した魂術式を発動させるための手段であり、騎士のような特別な力を授かった人間でない者たちがニランク以上の鬼に対抗するための今のところ唯一の手段。仲間の魂の波長を感じ共鳴することによって個人のちからは増幅させ、弱い力しかないものも戦闘に参加できるようになった。また、「魂の共鳴」によって「結界」(シールド)を張り巡らし、町の守護をより強固なものにできるようになったのだ」


 最後のページを読み終えると少女はノートをパタンと閉じ、大仰なため息をつく。


「まったく、なんであたしが今更こんな基礎試験をうけなきゃならないのよ!試験くらい、あんたのその権力で免除させなさいよね!あのバカ王子!」


 少女は、近くにはいない相手をののしりながら坂道を上る。


「・・・・・それにしても、納得いかないわ!あたしは、他人の考えを押し付けられるのが大っ嫌いだっていうのに、どうしてそういう考えの連中ばかり集まるような学園にアイツは、突っ込んだのよ!しかも、そっちの都合で学園に突っ込まされるのにどうして、実践では何の意味もなさない対鬼歴史学なんて覚えなおさなきゃいけないのよ!」


 思い出すだけでも腹立たしいとばかりに地面に転がっていた何の罪もない石を蹴り飛ばす。


「戦闘前に、偉そうに威張っているやつほど鬼を前にしてみんな恐れて、ひるんで、最悪の場合こころや魂をパクって食われちゃうのは、きっとこういう点数だけで自分に力があると勘違いするからだわ。恐れや不安などの負の感情は、鬼の力を増幅させるっていうのに、バリバリ負の感情垂れ流しにして信じられないし!戦場でずっと一人戦ってきたあたしは、そういうやつが命を落とす瞬間を何度見てきたから鬼が現れる前にあたしはちゃんと忠告してあげたのに!」


 いつの間にか怒りの矛先が変わっていることにも、手に持っていたノートを握りつぶしかけていることにも赤い髪の少女は気が付かない。


「あの陰険王子!今度会ったときは、ただじゃおかないんだから!」


 怒りのエネルギーを運動エネルギーに変えてしまえとばかりに、編入生である少女は目の前の階段をずかずかと昇って行った。



 ☆☆★






 事の始まりは二日前の夜に遡る。



 日課となっている夜のパトロールをしようと、窓枠に手をかけた。その時、リコリスの部屋に近づく気配があった。その気配には、覚えがありこれから自分に用があるのだろうと思い外に出るのをあきらめることにした。


 トントン

 ノックされるドア。一枚はさんだドアの向こう側から、声を投げかけられる。


「リコリス様、入室してよろしいでしょうか?」


 部屋へ入る許可を求めたのは、リコリスの付きのメイドである碧だ。扉越しで姿は見えずとも居住まいを正してこちらをうかがう姿が目に浮かぶ。とても律義で優秀なメイドだが、融通が利かない。


「いいわよ、みどり


 リコリスは、許可を出しながら窓の外の気配を簡単に探る。帝都付近に、鬼が出ることは少ないが、確認するに越したことはない。中心部に行くほど、結界が強くなっているから今リコリスがいるところは安全だろう。しかし、結界の一番外側に行くほど結界が弱いため、民が鬼に襲われる心配がある。ソナーのように鬼の反応を探り、今夜は珍しく見当たらないことに安堵の息をこぼす。


「リコリス様、夜のパトロールはほどほどになさいませ」


 みどりが、そういうのはもっともだろう。いくら養子だとはいえ貴族の令嬢が夜な夜な放浪するのはやはり外聞のいいものではない。どこぞの男の元に毎晩通っているなどと噂を立てられたらたまったものじゃない。貴族はこういうスキャンダルを好むから、あっという間に広まることだろう。


「善処するわ。でもね、これはあたしが生きるのに必要なことよ」


 鬼が、夜あらわれるのが悪いよ。そう文句を碧に口にしたところで、鬼が深夜に出現しなくなるわけではない。鬼はこっちの都合をお構いなしに襲撃してくる。日夜問わずだ。人間に安息できる時間など、この一世紀近くない。死と隣り合わせの日々だ―――いや、生きているならば常に死と隣り合わせなのだから鬼は関係ないのかもしれない。


「わかっております。ですが、窓から飛び降りるのはおやめください」


「別にいいじゃない」


 碧は、階段下りて外出する旨を門番に逐一報告するのが面倒だからという理由で、窓から出入りするリコリスの姿を思い出して、大仰な溜息をつく。


「碧、そんなに大きなため息をつくと、幸せ逃げるわよ。遠回りしている間に、誰かの命が失われてしまったらどうするの?屋根から屋根へ飛び移ってパトロールしているから、姿を見られていないはずよ。別に、減るものではないのだからいいでしょう?」


「減ります。もう少し貴族の令嬢のようにふるまってください。それに、リコリス様が、ため息をつかせているんですよ。私の幸せを逃がしたくないのならおとなしくしていてほしいものですわ」

「はいはい」


 リコリスは、お説教なら聞きたくないとばかりに、手で耳を覆う。おしとやかさなどという言葉が裸足で逃げ出すような主人を前に、再び重たいため息をつきたくなってしまった。


「はぁ、私がもっとうまくリコリス様に淑女としてのたしなみや常識をお教えできていれば、このように窓から出入りするような子に育たなかったのでしょうね」


「別に、碧に育てられた覚えはないわ。あたしの親は、碧ではないでしょう。あたしの親はとっくに鬼に食われて、いないもの」


 肩をすくめてさらりと言う言葉に、いったいどれだけの感情を押し殺しているのか、碧には推し量れなかった。主の肉親はすでに鬼に食われ物言わぬ死者になっている。両親だけでなく、友も、故郷もすべてを鬼の手によって奪われたのだ。いろいろとあって、今はこの王宮の一室を与えられる高貴な存在になっている。いったい、『いろいろ』とは何があったのだろうか。


「そうでしたね。まぁ、リコリス様が、クォルツ家に迎えられた当時はどうなるものかと思いましたが……社交場では、猫の皮をかぶっておとなしくしていられるようになっただけましになりましたね」


「まぁね、人間やればできるのよ。あたしが、たまたまこの国の王子とこの国の貴族の坊ちゃんを救って、そいつらが感謝のしるしなのか何だか知らないけど、クォルツ家に引き取られたあの時のことね。よく覚えているわね」


そう碧は、この程度の情報しか知らない。彼女が皇子と雇い主であるヒューイ・クォルツの命の恩人であるらしいという情報とすでに帰る場所が奪われているということだけだ。主の個人情報を探るのは、良くできたメイドのすることではない。それでも、気になってしまう。彼女は、そうやって他者を惹きつける才がある。


「はい、こう見えても私は、記憶力がいいのです」


「クォルツ家は、単純に鬼に対抗できる人材が欲しかったし、あたしは、復讐相手の情報を少しでも多く、少しでも早く手に入れたかった。だから、国や貴族の情報を知ることができる立場は、好都合だったのよ」


「リコリス様は、本当に使えるものは何でも使いますね……」



「それよりいいの、客待たせて」


 そう、この部屋へ向かってくる気配は一つだけではなかったのだ。碧のものともう一つあったことにリコリスは気が付いていた。碧が部屋の扉を開き、その客人を丁重にもてなし始める。


 そして、その客人は閉口一番にこう言ってきた。







「リコリス。君にお願いがあるんだ」


 

  甘い声で、火明命帝国(ホアカリ)第7皇子紅蓮―――金髪碧眼の美少年はいきなりリコリスの部屋にやってきたと思ったらとんでもなく面倒なことを頼んできた。それも、唐突で何の脈略もなく、いきなり。

 暗い室内を照らす、雷水晶の光が、室内にいる数人を照らす。

 碧が、リコリスにも皇子を同じ紅茶を出してきたので、とりあえず何もおかしなものが入っていないのを確認して口にする。



「君に、退鬼学園に入学してほしいんだ。」


 女の人が100人彼(皇子)のお願いを聞いたとしたら。ほぼ99.9パーセントの人が内容も聞かずに思考停止したまま、頼まれてしまうんではないかと心配したくなるような声色と笑顔での賜った。


 残念なことに? いいや、喜ばしいことにリコリスはその0・01%例外。なぜならば、彼は、リコリスのタイプからかなり外れるのだ。リコリスは、自分より強いやつが好きだった。世間一般の基準で見れば紅蓮は、弱くなく、むしろ強いランクに入るのだが、リコリスの強さの基準だと紅蓮の強さは中の上くらいに該当するのだ。


 まぁなんていうのかとにかく、リコリスは皇子に何かを頼まれる筋合いはないと思っていたので即座に却下した。


「いや」


 間髪入れずに返した返事だったにもかかわらず……

 紅蓮の次の一言でリコリスは意見を覆せざる得なくなった。


「いいのかな?新作アイス食べれなくなっても?」

「・・・・・!!」


 アイスが食べれなくなったって、死なない。だけど、リコリスにとってアイスとは格別の至高の品。


「待って!今新作って言った!」


「あぁ、言ったよ。最近、開発した新作のアイスだよ。」

「!」


 皇子は、リコリスの反応に脈ありだと確信し、さらに押す。

 めっちゃ、ニコニコしてるし……この腹黒皇子―――など心の内でリコリスはののしる。リコリスの心の中の葛藤をすべてお見通しとばかりにその美しきかんばせに笑みを濃くする。


「お願い聞いてくれなかったら永遠にこれは食べれないよ。ほんとにいいの?」


「うっ」


 大好物を人質(アイス質)に取るなんてひどいわ。この陰険皇子め!


 悔しいことに、皇子のつくるアイスは、天下一品ともいえる味で一度食べたら、くせになってしまうと万人に評判。そして、リコリスも皇子のアイスに毒された女のひとりだった。

 リコリスは自身の中のプライドが音を立てて粉々に破壊される気分を味わっていた。


 最後のとどめとばかりに、皇子は笑顔で切り札を切る。


「それと、このへんのアイス屋さんぜ~んぶ つぶしてしまおうかなぁ~」


 にんまりとした笑みを浮かべる皇子。愕然として真っ青になるリコリス。


「ひどい!ひどすぎるわ!だ、だめよ!アイス屋をつぶすなんて!」



 人が三食睡眠よりも大好きなアイスを取り上げようとするなんてなんという鬼畜な所業であろうか。鬼よりもたちが悪い。鬼なら、リコリスは、遠慮なくぶった切れるというのに、鬼畜皇子だとはいえ、皇子は皇子だし、王族殺しになるからぶった切れなかった。


 それに、なんという職権乱用だろうか!口だけではなく、現実にそれができてしまうほどの権力を持っているからたちが悪い。


「君の好きなベリー系のアイスだよ。それに練乳のミニアイスが付いて…ミントの葉が上に載ってて…」


 (ううう。よだれが出てきちゃいそうだわ。乙女の誇りにかけてよだれを垂らしたりしないわよ?ベリー系?苺?ブルーベリー?クランベリー?ラズベリー?それとも…)


 リコリスの考えていることはすでに皇子の掌の上。踊らされていると普段の冷静なリコリスならば気が付いていただろうに、大好物が人質になっているせいで、気がつかない。


「ミックスだよ。もちろんバランスを考えたのは、僕だ。味は保証するよ。あの口うるさい、料理長を黙らせたくらいのおいしさだよ。」



 あの料理長が…料理のことに関すると性格が変わって鬼になるっていうので有名な王室の料理長。あの人を納得させるほどのアイス!

 それはぜひ食べなくては・・・リコリスは、目がきらきらと輝き身を乗り出していることに気が付かない。


 リコリスは、学園入学して学生の振りするのは嫌だった。その代表的な理由の一つが、全寮制学園生活の中、好きな時にアイスたべれないというものだった。

 リコリスの食生活の中心にあるのは間違いなくアイスであり、いつもの10時と3時のアイスのおやつが食べれなくなるのは、リコリスにとって相当な痛手だ。

 そしてもう一つの理由は、集団行動というめんどくさい代物が付いて回るところにあった。

 四六時中パートナやらチームやらの仲間と行動しなくてはいけない生活は、自由奔放なリコリスにとって不自由極まりなかったのだ。

 そもそも、リコリスは、学園に行かなくてはならない理由に心当たりがなかった。


「どうして急に」


「お、乗り気にやっとなってくれたね。僕の私兵がほしいんだよ。信頼できる仲間がね。それに君も少しは人間らしい暮らしをしたほうがいい。君の力を見る目は確かだよ。僕は、君に、探してきてほしいんだ。君自身のパートナーと僕に会いそうな仲間たちをね。」


 皇子の言葉で、リコリスわかってしまった。アイスや、仲間さがしは建前で、これは、グレンなりの気の使い方なのだと。

 それでもやはり、気後れしてしまう。まだ、穢れを知らない無垢な子供の園である場所に、穢れきって淀みきった人とも呼べぬリコリスが足を踏み入れていいわけがないのだと。囲われた世界にある束の間の平和の園に入る……そんな資格なんてないのだと気おくれしていた。



 そんなことを口にすると、目の前の皇子が悔しさと怒りが混ざり合った複雑な感情を秘めたつらそうな表情をするのを、知っているからリコリスは口にしなかったが……。


「行ってくれるよね。リコ」


 はぁ―――と大仰な溜息をつく。


 ほかの人間だったら、たとえどんなにうまくアイスをつくったとしてもリコリスは、頼みなんて聞かないだろう。

 結局のところリコリスも皇子に甘かったのだ。。


「しょうがないから行ってあげるわ。」


 ただし、と条件を付ける。


「アイスちゃんと頂戴ね。それに、毎日あなたの作ったアイスを食べに行けなくしたんだからちゃんと送り届けてよね」


  ああ、約束する

 そういった皇子は、優しく微笑んだ。









感想評価を頂けると勉強になります。


★☆★次回予告★☆★


皇子にアイスを人質にされたリコリスは、通称対鬼学園に入学することとなる。

クォルツという名門貴族の養女として入学したリコリス。彼女が、ホームルームのあいさつのとき一歩足を踏み出したとき空気が震える。

        次回 殺気無きプレッシャー

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