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ご主人様が風邪ひいた。

作者: 湯井 草々

たぶん、SF。







トロリと小金色に泡立つ鍋。

味の染みたベーコンに、飴色の玉ねぎ。

漂う、コンソメのいいにおい。

白くて丸い小皿で味見。

芳しい塩味、ダシが効いてる。





よし、スープ皿を出そう。








私は転生という物をした様で、それまで生きていた世界とは全く異なる新しい世界に新しい命として産まれた。




生前、否、前世も日本生まれの人間の女であったが現世の世界も五体満足至極健康的な人間の女である。

何故か容姿も以前と変わらずくねくねととした真直ぐでいることを知らない黒髪とぐりぐりした黒いどんぐり眼。

美人とは言えないが不細工ではない、はずの凡庸な顔。

自身の体で変わったところといえば日本人的な黄色味を帯びた肌の色素が薄くなりナマッチロクなったことだろうか。

相も変わらず手足は短かかったし、背丈は小さく150と少し程。

まあ、前世と容姿がほとんど変わっていないなんてことは大したことではない。




さぞかし知識チートで楽しちゃってんだろとか思わないでほしい。

現世は現世で思うところがそこそこにあるのだ。

そんなに覚えてないし、前世のこと。

まず前世でいうところの生物的ヒエラルキーの頂点が人間でない事だとか。

人間て実は最近流行の愛玩動物、いわゆるペットという位置づけだとか。




で、ペットとくれば飼い主が存在する。

この世界のヒエラルキーの頂点に位置するのは私たち人間の容姿に動物の特徴をプラスした感じの種族だ。

獣耳だとか尻尾だとか、はたまた鱗だったり立派な牙だったり。

前世でいうところの獣人である。

彼らには様々な種類があるが、基本的にぐちゃぐちゃに皆纏まって暮らしている。

種族同士多少の諍いはあっても戦争をおっぱじめる事は無く、言葉を話すという最低限の知能さえ持ってれば認めて種族を認められるようだ。




そもそも私がいう人間は形が前世の人間に姿かたちが似ているだけで中身は全く別の生き物だ。

種類も呼び名も生き方も人間なんて物ではない。

人間は人と人が支えあうから人間なのだと言われるがこの世界のヒトは支えあうなんてまずしない。

何も考えずにただ生きてる。

あの頭には一体何が入っているのだろうと心配になるぐらい何も考えてない。

顔がいいヒトだけ交配を重ねた結果一般に出回るヒトは見かけだけはとても綺麗で賢そうだ。

だが実際のところ言葉を話すこともできない程度の知能しかないのだ。

前世のペット、犬や猫なんかと同じ。

飼い主との意思疎通は言葉で行われないのである。




まあ、とりあえず、話を私の事に戻そう。

私は産まれてから暫くは普通に育てられた、ペットとして普通に。

ヒトは1年ほどの短期間で体をぎしぎしいわせながら成熟して、それからすぐペットショップに出荷される。

ガラスケース越しに複数の獣人に品定めされるのは本当に居心地が悪い。

それでも愛想を振りまかねば売り残ってしまうかもしれない。

不細工ではないが可愛くもない。

大半のペットは顔が綺麗なのだ、ボケっとしていても売れる奴らなぞよりも努力が必要となる。

ペットショップで売れ残ってしまったペットの末路など考えたくもない。





まあ世の中は世知辛い、あっという間に綺麗で可愛いヒト達から売れていき平凡な私は売れ残った。

とうとうショップには次世代が出荷されてきてしまったし、今回の生は随分と短かったなと、思った。



しかし、私は生き延びた。



ある獣人の男に飼われることになったのだ。

ショップの店主が売れ残った私に困った結果、血縁の男に押し付けたのだ。

その男に買われたのではないことはこの際気にしない。

生きててよかったと本気で安堵した。





男、以下ご主人様と呼ぶ。

ご主人様は蛇、のような生き物だ。

なんとなくのっぺりした爬虫類的な顔つきに首や腕にびっしりと生えた鱗から判断した。

背丈は2メートル80センチほど。

見るからに具合が悪そうなひょろひょろもやしだ。

見上げるには少々首が痛い。

そこそこ名の売れた小説家らしく

私なりに愛玩動物として愛嬌たっぷりに構ってアピールをしてみたが反応は薄い。

彼に望まれて飼われているわけじゃないから気に入られてないとまずいんじゃないの。

とは思ったけど、毎日餌は欠かさず出してくれるし。

メニューは意外に豪華だし、寝床は快適。

愛想を振りまく相手は自室に籠りっぱなし。

これはなかなかいい生活してるんじゃないだろうか。





そう、今の私はとても快適に暮らしている。

支配されてるとか全く感じないし。

働かなくてもご飯も寝床も服もあるし。

ニートだ、今の私は完ぺきにニートなのだ。

滅多にご主人様もかまってはくれないし外出もしないから暇なことが最近の悩みなくらいだ。

この快適な二ート生活はそうそう手放せるものではない。

であるからして、目前にある問題に早急に対処しなければならない。







フンフンとどこで聞いたかも忘れたメロディを歌いながら背伸びをして無機質なステンレスの棚から引き釣り落とすかのように皿を出す。

煮えたぎる芳しいものを平たい皿に移し柔らかな白パンに並べる。

それらを乗せた盆をつやつやと塗装の施されたマホガニーの椅子に乗せ私はタイルの上に飛び降りた。

普段運動なんてものはしないから貧弱な足がじんじんとした痛みに襲われたが背筋に力を込めて耐えた。

よろよろと壁に手をつき壁から生える取っ手を引っ張る。

他に何が必要だったかと思案しながら水差しに湯飲みにと盆に乗せていく。

ご主人様の住む木造の一軒家はどこもかしこも大きい。

家主に合わせてあるのだから当然と言えば当然なのだけど。

この家からすると小人の私には高すぎる階段を重い盆を持ったままひいひい言いながら登りたどり着いたのは寝室。

一旦床に盆を置き背伸びをして金属のノブを回す。

18畳くらいのこの部屋には5個ほど巨大な本棚が並んでいる。

他にもまだ書斎に同じような本棚があるから小さい図書館が開けるくらいには冊数が多い。

すべてご主人様の趣味によるものだ。







して、ご主人様よ、お加減はいかがか。

飾り気も何もあったものじゃない白い布団に埋まる爬虫類顔の顔は熟した林檎を思わせるほどに赤い。

荒く乱れた呼吸からも分かる通り、ご主人様は今風邪をひいて寝込んでいるのだ。

盆をベッド脇の小さな箪笥上に乗せてから部屋に一つだけある椅子を引きずってベッドに寄せた。

私は椅子の上にのぼって腰をおろしてから一息吐いた。

ご主人様は未だ高熱に苦しめられているようで時折悩ましげににうめき声をあげる。

爬虫類顔なのに鼻筋はきれいだし、睫毛も無駄にあるし、随分と整った顔だ。

生温かくなった水濡れタオルをもう一度水に浸して額に乗せる。







「…ナ…ツメさ…んか…?」







いいえ、違いますよ。

ナツメさんは学校ですよ。

このロリコンめ。




薄らと汗の滲む瞼が持ち上がり焦点の合わぬ黒々とした瞳が覗いた。

私が何も答えずにじっとしているとぼんやりと宙を見上げていたご主人様は熱い息を吐いて目を閉じた。

暫くするとまた苦しそうではあるが寝息を立て始めたので活動を再開する。

汗をかいた体を少しでも拭かなければならないのだ。

流石にこの体の全体を拭くことはできないので顔と手足のみだ。

フン、と鼻息も荒く私は白いタオルを手にベッドに上陸を始めた。





ナツメさんとは御年16になられるお隣の女子高校生のことだ。

彼女の家はなにやら面倒見がよくこの堅物ご主人のことも気にかけてくれるのだ。

私自身よく訪問してくるナツメさんとその弟妹等には可愛がられている。

ナツメさん一家は羊の角を持つ羊人らしい。

実に人柄にあっている、いや種族にあった性格というか。

まぁ、一言で言えばいい人達、なのだ。

ナツメさんは羊毛の如く柔らかな髪を腰まで伸ばし、ふわふわと笑う乙女である。

あまり服を買ってくれないご主人様に変わり私の服を自身の裁縫技術によって仕立ててくれる。

よその家のペットの服にまで気を掛けてくれるのだ、なんというお人よし。

まあ、なんだ、ご主人様はとうに20の後半に差しかかろうというのにこの優しき乙女に恋をしているのだ。

このロリコン。




使用済みタオルを水桶に放り、ベッドをおりて、先ほど棚に放置した盆にスープとパンを残してラップを掛ける。

棚に置いてある黒ペンとメモ帳から一枚紙を千切って文字を書いた。




「勝手ながら御台所をお借りしました。よかったら食べてください。どうぞお大事に。っと」




最後にナツメと書いておけばよかったかとも思うが、書かなくてもご主人様は勝手に深読みする筈だ。

まさか低知能しか持たないペットが寝込んだ自分を世話したとも思うまい。

出来ればもっと好感を持ってもらいナツメさんにアピールをしてもらいたい。

早くくっ付けば私ももっと楽しい生活ができるのだ。

このむっつりとしたお堅い男にはやはりナツメさんがお似合いだ。

彼らがもっと親しくなれば私ももっと服が手に入っておしゃれできるかもしれない。




白い紙をラップの上に乗せて私は寝室を立ち去った。



ご主人様の恋が成就せんことを祈るばかりだ。






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