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猫の気まぐれ


「ただいま~。」

期末テストが終わった今、冬休みまでの一週間学校は午前中で終わりだ。

あたしはこの開放感を味わいつつ、がっつりバイトで稼いでいる。



「おかえりさくら。お母さん今から出かけるけど、今日もバイトだっけ?」


「うん、夕方からバイト。夜ご飯も賄い食べてくるから平気。」


「はいはーい、じゃあ戸締まりだけはよろしくね。」



軽く手を振って出かけていくお母さんを見送って、

階段を昇りながらこの後バイトに行くまでの予定を考える。

そう言えばこの前買った本をまだ読んでなかったなぁ・・・・

あーでも前髪がちょっと伸びてきたから切ろうか・・・

色々考えつつ自分の部屋のドアを開けたあたしは目に飛び込んできた光景に声無き悲鳴を上げた。



「・・・・ちょっ、ちょっ、ちょっとなにして・・・!?」



素早く後ろ手でドアを閉めるやベッドに大股で歩み寄る。

そして勢いよく布団を引っぺがした。

引っぺがした布団の下からは、髪の毛がやや乱れたハーフな顔立ちの、

しかもかなりイケメンな男が現れた。



「・・・なんだよ・・・。」


「なんだよじゃない!!

 なんであたしの布団の中で寝てるの!? しかも猫の姿ならまだしも人間の姿で寝てるなんてありえないし!! もしお母さんに見つかったらどうするの!!??」


「えー・・・まぁとりあえず、口説く?」



パシンッといい音を響かせてあたしはこの目の前のイケメンを引っ叩く。

ちょっと顔立ちが良いからって手加減する理由はこの目の前の男には通用しない。

一体どこのおとぎ話やら・・・

信じられないと思うかもしれないけれども、思わず目を奪われてしまうほどの美形なこの男。

実は猫なのだ。

いや、猫なのか人間なのか・・・

どっちなのかは分からないけど、とにかく人間での姿にもなれるし、猫にもなれる。

おまけに名前が「キャット」ときたからなんとも捻りがない。


雨の降る夜に勝手に部屋に入り込んできた猫。

それがキャット。

ちょっと雨宿りさせてあげたつもりがその日以来主にあたしの部屋を住処にフラフラとのらりくらりと暮している。

ただのイケメンであるなら大歓迎だしこんな美味しい素敵おとぎ話があるのかと言いたくなるけれども、

現実は甘くない。

この男の俺様、猫様ぶりにはイライラさせられてばかりだ。



「も~ほんとに・・・・。部屋で寝るのはいいけど人間の姿では勘弁してよね。」


「硬いなぁ~さくらも、見つかったら見つかったでなんとかするよ。」


「見つかったら大変なことになるから止めてって言ってるの。

 見知らぬ男を部屋に連れ込んでるのがばれるのとか想像もしたくないわ・・・・」


眉間に手を当てて少しでもその場面を想像する。

あー・・・ムリムリ、想像するだけで頭が痛くなる。



「そう難しい顔するなって。

 人生ちょっとのスパイスがあった方が毎日新鮮で楽しいだろ??」


「はいはい。そーですね。」


聞く耳持たず。

ここ最近学んだのがキャットの言ってることにいちいち反論してたらきりがないってこと。

人生スパイスより適当に受け流すことの方が絶対必要だと思う。

あたしは鞄を机に置くと、コートを脱いだ。

そして制服のリボンを取ったところでくるりと振り返る。



「はい。着替えるから。退出を願います。」


「べーっつにさくらの貧乳なお着替えシーンを見たってなんもそそられないから・・・・」



不満たらたらの顔であたしのことをベットに寝転がったまま見上げてくる。

負けじとあたしも睨み下ろして言い放つ。



「もーー貧乳で悪かったですね! それでも嫌なもんは嫌なの!!」


「はいはい、分かった分かった・・・。」



面倒くさそうにベットから起き上がるキャット。

ふわりと風が吹いたかと思うと目の前には狐色の綺麗な猫が現れた。

そしてそのまま軽い身のこなしで窓辺に飛び移ると、

そっと外へ出て行った。







「じゃあお疲れ、さくら! しっかり勉学にも励みなよ。」


「先輩こそ大学の単位落とさないように気をつけてくださいよ。」


「うるさいバカ!」とあたしの頭を軽く小突く先輩。

気をつけてーとお互い手を振り合って別れる。

キンと冷えた夜の空気が、バイトで一生懸命働いた体にはなんとも清々しい。

夜空を見上げれば満点の星空が広がっている。

今日はちょっとだけ近道しちゃおうかな。

そんな軽い気持ちであたしはいつもなら暗くて通らない広い公園内を横切り始めた。



最初は冬の夜空に広がる一面の星空を見上げて一人凄いなぁと感動していた。

でも、

公園の中ほどまで来た時にあたしは明らかに自分と同じ方向に足音が近づいてきているのに気づいた。

これは・・・・正直言ってかなり不味い状況?

早足で歩きながらもあたしは怖くて後ろが振り向けない。

助けを呼ぼうにも公園のこんなど真ん中じゃ誰も居ない。

とにかく早く公園を出よう。

ギュッと鞄を握り締めてあたしはさっきよりも早足になる。

すると後ろから近づく足音も早足になる。


何で今日に限って公園を通っちゃったんだろう・・・・

何度も何度もその思いが胸をよぎる。

公園の出口がそろそろ見えてきた時、不意に後ろから近づく足音が駆け足に変わった。

あたしは思わず後ろを振り返る。

すると後ろからは黒のパーカーを着た見知らぬ男が走ってくる。

それを認めるやあたしも駆け出した。

「誰か助けて!」

そう一言叫べばいいはずなのに、

何故か声が何処かへ言ってしまって何も出てこない。


公園前の通りには運悪く誰も居ない。

ここの通りを抜けて民家に出るには通りの反対にある小学校を超えなければいけない。

何で本当にこの道を通ろうと思ったんだろう・・・

あたしは恐怖でパニックになりそうな心を必死に押さえてとにかく走る。

それでもどんどん後ろから足音が近づいて来る。

頭の中は恐怖と疲れとがない交ぜになってぐちゃぐちゃだ。

後悔してもしきらない思いから、涙がこぼれそうになったとき、



「さくらっ!!!」



夜の闇に聞き慣れた声が響いた。

パッと声がした方を見た瞬間、腕が捕まれ抱きつかれる。

明らかに不快だと感じる場所に手が回されて、耳元で知らない男の息がかかる。

全身に鳥肌が立って抵抗しようとした瞬間、

あたしに抱きついていた男が呻いて道に倒れた。

パッと目の前に見慣れた背中が割って入る。

呆然とするあたしの前でまさに猫のように現れたキャットは男に掴みかかるともう一発男の顔を殴った。

道に倒れた男を見下して、今まで見たこともないほど冷たい目をしたキャットは、

一言「失せろ。」と言い放つ。

言われるや否や、男は顔を庇いながら走って夜の闇に消えて行った。




急にしんと静まり返った通り。

肩で息をするキャットがバッと振り向いた。



「さくらお前っ!!」



ビクッとあたしは驚く。

見ればキャットは鬼の様な形相であたしを睨んでいる。



「何であんな暗い公園なんか通ったんだよ! あと少しで大変な目にあってたんだぞ!!」


「ごめん・・なさい。ただちょっと、近道・・・しようとして・・。」


「あのなぁ・・・。」


キャットは深くため息をつきながら乱暴にあたしの腕を掴んで引き寄せようとする。

その瞬間さっきの男に腕を捕まれたことが蘇って、

あたしは乱暴にキャットの手を振りほどいた。


「やっっ!!!」


大きく見開かれるキャットの目。

せっかく助けてくれたのに・・・・

そう思っても体が勝手に激しくガタガタと震えだす。


「ごっ・・めん・・・。その・・・」


本当に危ないところだったのだ。

その実感が急に今になって全身を押し包む。

目の前が霞んだかと思うと、涙がぼろぼろと溢れ出す。

止めようとしても止まらず、体の震えも止まらない。

嗚咽が漏れようとするのだけはなんとか押さえていると、

ぼりぼりと頭を掻きながら、少し困った顔をしてため息をするキャット。


「はぁ~・・・っとにさくらは。いい、謝んな、俺が悪かった。」


ガタガタと震えが止まらないあたしの右手にゆっくりと、

キャットの綺麗な手が重なってしっかりと包みこむ。

じんわりと広がる熱。

その時初めて自分の体が完全に冷え切っていることに気づいた。


「大丈夫、だから。もう大丈夫だから、な?」


小さな子をあやす様に、ゆっくりとあたしの目からこぼれる涙をぬぐうと、

ポンポンとあたしの頭に手を置くキャット。

そうされた瞬間一気に安堵感が広がってあたしはしゃっくりをあげて泣きだした。

そんなあたしをぐっと引き寄せると、ゆっくりと背に手を回して抱きしめるキャット。

さっきの男とは違う、暖かくて優しいぬくもりが体全体に広がる。


「ほんとにさくらは・・・・お前、いくら貧相な体でもなぁ~自分が女だって自覚はあんのか?」


「・・っ、あるよぉ~っ・・・」


完全に飽きれた口調で言われても、

いつもあたしのことを餓鬼だとバカにしてるのに女の子だってことは認めてくれてたんだ。

そう思ったら何だか恥ずかしくてあたしはキャットの腕の中で俯いて答える。


「だったらあんな暗い道通るな!! 

 ったく、自分から襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ。」


「ごめんなさい・・・気をつけます・・・。」


「はぁ~・・・せっかくの夜の散歩が台無しだぜ。

 帰りにコンビニで何か甘いもんおごれよ。」


「はい。奢らせていただきます。」


しゅんとなって頭を下げるあたし。

この先しばらくはキャットには頭が上がらないだろうなぁ・・・。



「ま、ほんと。無事でよかったよ。」



ふっと笑いながら、そっと優しく頭を撫でられる。

なんだろう・・・・

いつもなら凄くうっとおしく思うはずなのに、何故か胸がぎゅっとなる。



「・・・にしても。ほ~んとさくらは貧乳なのなー。

 ぎゅっと抱きしめてもぜーんっぜん胸の厚みを感じないし。

 ほんとに、お前ほんとは男なんじゃねーの??」


「うるさい!! 何言ってんのこの変態猫!!!!!!」


思いっきり殴ろうと手を振り下ろしたところをヒョイと軽く避けて逃げるキャット。

急いで追いかけるあたし。

空には、満天の星。



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