第1章 海外ライブなんて聞いてないんですけど!?
「シンガー! シンガー! サクラ☆スパークル!」
「ブラーヴォ! ブラーヴォ!」
「イェーイ! イェーイ!」
耳に響く観客の声。
頭の中で繰り返されるリズム。
私はステージ袖で立ち尽くす。
どうしてここまで来ちゃったんだろう…?
***
「いち! に! さん! ターン! 笑顔! 笑顔だよアカネ!」
「は、はい!」
私は反射的にアイドルスマイル三番を発動した。
……いや待って。
笑顔に番号って何?
鏡張りのレッスンスタジオには、同じ練習用スカートを着た十五人の姿が映っている。
スピーカーからは大音量の曲。
振付師の斎藤先生が手を叩く。
「シンクロを意識して! あなたたちは桜の花びらよ! 風に舞う桜!」
三分後には足がつりそうな桜の花びらだけどね……
そして曲はサビへ。
「♪ サクラよ舞え! 私たちの明日の上に!
夢はもっと輝くから! ♪」
私たちの代表曲。
『サクラよ、明日の空へ!』
友情。
夢。
キラキラした未来。
たぶん三千回くらい聞いた曲。
「はいストーップ!」
音楽が止まった。
私は決めポーズのまま固まり――
そして気づく。
スタジオの入口に、プロデューサー陣が全員立っている。
……
あ、これ嫌な予感するやつだ。
レッスン中にプロデューサーが来る時って、大体二パターン。
何か大事な話
すごく大事な話
神崎さんが眼鏡を直す。
「みんな」
パン、と手を叩く。
「ちょっと集まってくれるかな」
私たちは慌てて円になる。
後ろで小声が飛び交う。
「何かあった?」
「またサビずれた?」
「アカネ、またマイク落とした?」
「落としてないから!」
神崎さんが咳払い。
「今日は――」
間。かなり長い間。
まるで音楽賞の受賞発表みたいな間。
「大事なお知らせがあります。」
スタジオが静かになる。
「もしかすると……」
さらに溜める。
「グループ結成以来、一番大きな話かもしれません」
え?
「東ヨーロッパのある国で、独立記念の大規模な文化フェスティバルが開かれます」
「それで……?」
神崎さん微笑む。
「まあ、我々もそれなりに動きましてね。色々と話を通して……」
パタン、とファイルを閉じる。
「出演枠を取ってきました。」
……
……
……
「ええええええ!?」
「ちょっと待って!?」
「フェスって!?」
「海外!?」
「パスポートいる!?」
「持ってない!!」
「私飛行機乗ったことない!!」
「静かに!」
「そうです。これは――」
ため息。
「みんなにとって初めての海外遠征です。」
海外……!?
「私だって少し怖いですよ」
プロデューサーが苦笑する。
「でもね。初めてのことは、誰にでもある」
指を一本立てた。
「やることはシンプルです」
スピーカーを指す。
「いつも通り、堂々と歌うこと」
「『サクラよ、明日の空へ!』」
何人かが反射的にうなずいた。
「いいステージになれば、日本での知名度も上がるでしょう」
「もちろん、成功すればボーナスも出ます」
小さなどよめき。
神崎さんは――わざと長い間を置く。
「それから……」
少し声を落とす。
「そろそろ、あのゴシップ誌どもも黙ってくれるといいんですがね」
PS.
私はスマホを見つめていた。
ピロリン。
画面が光る。
グループの社内チャットに、新しいメッセージ。
「Shining Clover
ラヴェリア独立祭フェス出演決定。
詳細は後日」
……決定、らしい。
私は隣の二人を見る。
ユナはスマホを覗き込みながら、少し眉を寄せた。
「……本当にうまくいくのかな」
その声は、いつものユナより少し小さい。
私は肩をすくめる。
「大丈夫だよ」
自分でも、ちょっと勢い任せだとは思ったけど。
「私たち、きっと――」
私はスマホをポケットにしまった。
「向こうの人たちの心、燃やせるよ。」
ヒカリがすぐに笑顔になる。
「うん!絶対!」
ユナはまだ少し不安そうだったけど、それでも小さくうなずいた。
……
私はふと天井を見上げる。
まあ……
どんな“燃え方”になるのかは、正直わからないけど。
***
朝のテレビスタジオ。
ラヴェリアの朝番組。
若い男性司会者と女性司会者が、現地語で楽しそうに会話している。
男性司会者はテンション高めに言った。
「今年の独立祭フェスには、特別なゲストが来ます!」
女性司会者が目を輝かせる。
「そうなんです。なんと、日本からアイドルグループ――
Shining Clover が出演するんです!」
男性司会者が笑う。
「我が国では、J-POPグループのライブは初めてですね」
女性司会者は楽しそうに言った。
「きっと観客の皆さんにも、テレビの前の皆さんにも――
とても楽しいステージになると思います!」
***
首都の静かな住宅街。
朝食のテーブル。
新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる父。
スーツ姿の母。
そこへ制服姿の娘が走ってくる。
「ママ!」
「なに?」
娘はスマホを見せる。
「この日本のグループ!独立祭でライブするんだって!」
母はパンを一口食べながら言った。
「へえ」
娘は身を乗り出す。
「ねえ、コンサート行っていい?」
母は少し考えた。
そして淡々と言う。
「次の作文テスト、ちゃんと良い点取ったらね」
娘の顔がパッと明るくなる。
「ほんと!?」
***
田舎の休憩所。
トラクターの横で、男が新聞を読んでいる。
記事の見出し。
「独立祭フェス、日本のアイドル出演」
男は顔をしかめる。
「ふん」
新聞を畳み、地面に唾を吐く。
「……また税金の無駄遣いかよ」
***
首都の団地地区。
古いコンクリートの広場。
作業員が大きな広告ポスターを貼っている。
人が少しずつ集まる。
「なんだろう、これ?」
「フェスの宣伝かな」
ポスターが貼り終わる。
そこには――
Shining Clover のメンバーが、あの“決めポーズ”で並んでいた。
人々はしばらく見つめる。
そして誰かが言った。
「……これ、誰?」




