「オペレーショントモダチ」(その18)
海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)
海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)
高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)
奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)
高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)
海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)
JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)
弓削田・地元テレビ局ディレクター
橘・同カメラクルー
河村校長。
岩本警部
(プロローグ)
(なれそめ)
(東北行)
(アフガニスタン2010)
(沖縄)
(岩国)
(岩国警察署)
(浦添泰子)
(アン・フジムラ)
(震災三日目)
(奴・吉村君子)
(ジョン・シューバッハ)
(イングリッシュ)
(岩国基地)
(県立岩国高校)
(基地内の高校)
(首相)
(岩国2)
(地元放送局の動き)
(新展開)
(霞が関・中央の思惑)
(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)
(政治)
(ステディー)
(なし崩し)
(政治2)
(気づき)
(霞が関2)
(気づき2・続き)
(岩国3)
(気づき3・続き)
(地元放送局3)
(思惑)
(枷)
(展開)
(親しく。「テッパンヤキ」)
(イコール)
(三沢へ)…その18
(両親)…その18
(プラクティス)
(プロム)
(反響)
(Differences)
(プラグマティスト達)
(エフェクト)
(良い結果)
(逡巡)
(フィクサー)
(政権)
(エピローグ)
(三沢へ)
月曜日の体育授業は、なぜか休講で、今アンと共に、自衛隊のC1に乗っている。
月曜は、嘉手納から来るパトリオットエクスプレスの三沢行きの便が無いので、毎日運行されている航空自衛隊の貨物輸送機に便乗協力を大佐が依頼してくれたお陰だとアンは思っていた。
ただ、弓削田は、知っていたと言うか、例のボン(上役)に相談した処、官邸に、話が瞬く間に繋がり、そこからの指示があったからであり、当日海兵隊と海自基地でもある岩国空港に空自のC1が離着陸することは、非常に珍しく、US−2とC1それにF18の三ショットは、マニアには絶好のシャッターチャンスを与えていた。
橋本も、金曜日の昼、副校長にいきなり呼ばれての指示であったが、そこは、彼には経緯に察しが付いていた。
間も無く震災で大きな被害が出た航空自衛隊松島基地。
そこからは地元放送局のマイクロバスが手配されている。
移動は、椅子の乗り心地は別にして“楽“であるが、少し疑問もある。
今日の宿、これからの移動手段は、弓削田と同じ系列の東北にあるテレビ局が、万端手配してくれている。
宿も、一応アンとは別の部屋を取ってくれている。
ただ、弓削田の他二名のテレビクルーが、関わらない形ではあるが、密着同行している。
アンは制服を着ているが、少し不安そうな表情が窺える。
本当は、彼女と、最初に行った。大島地区も訪ねる。と言うスケジュールを弓削田たちは強く勧めたが、アンが同級生と会う時間を多く取りたい、そして吉野の新しい赴任地である学校のスケジュール。
決定的なのは、橋本自身が二日も学校を開けることへの自責の念が、その提案を強く拒絶させる理由になった。
冗談ではない。まだ浦添先生とはカリキュラムの方向性しか決めていない。
授業はとっくに始まっていると言うのに。
このカリキュラムの主体となる橋本には、今、全くゆとりがなく。楽しむと言う気持ちにはなれなかった。
ただ、アンの気持ちを落ち着かせるだけが役目であり、それ以外は、帰った後のカリキュラムや他の教師、関係各所に対する根回し、協力依頼書の制作に時間を費やしたい。と言うのが本音であった。
土曜日の昼をだいぶ回った時間に、アンの旧友の数人と待ち合わせをしている、彼等の通っていた小学校に到着した。
彼等のアンを最初に見た表情は、少し驚いて見えた。
彼等が知る、アンは、もっと小さく可愛らしい女の子であったが、彼等の目の前にいるアンは、ピシッと糊付けされていて、略章がいくつか胸元にある、米軍のサービスユニフォームを身に纏った、どう見ても米国海兵隊士官殿である。
一方の彼等も、アンにとっては、きちっと、化粧をし、お洒落にも気を使う同年代の日本女性であり、三十代になるかならないかの大人の装いをお洒落に身に纏っていた。
だから、最初は互い、目を凝らし、お互いの昔の面影を見つけようと努力している。
アンの背後から、弓削田の指示を待つまでも無くカメラは俯瞰して、その様子を覗いていた、集音マイクと共に。
「アンちゃん?」
そのうちの一人が、懼る、懼る呟いた。
「そう」
彼女の日本語は、正に日本語であった。
「えーっと?」
その言葉を待つまでも無く。
「君枝よ」
彼女の方が恥じらいを持った声で話しかけた。
「え!君っちゃん」
「そう」
「えー」
そこは、瞬く間に制服を着た黒人女性と、お洒落な日本女性が、手を取り合っている風景に変わっていた。
「公生、キミちゃん、私の親友君枝ちゃん」
アンの目には涙が溢れこちらを振り向いた。
と同時に日本女性陣の目が自分に注がれるのを感じた。
「誰?アン、旦那?」
キミちゃんの隣にいた少し太めの女性が声をかけてきた。
「フクちゃんよ。山下福子、じゃ無くて今は、浦田福子」
キミちゃんと呼ばれる女性が、紹介した。
「えーフクちゃーん」
「懐かしい、なに結婚してるの?」
もうアンはすっかり中学生時分に戻っていた。
福ちゃんと呼ばれる女性もアンに抱きついていた。
「じゃ私分かる?」
最後に残っていた。最も背の高い女性がアンに語りかけた。
「当たり前よ、ポンタ!」
「何まだ、私のことをポンタと呼ぶの!」
笑顔を満面に見せながら、ポンタと呼ばれる女性もその輪に近づいて加わった。
「ちゃんと名前で呼んでよ!もうあの頃と違うのだから」
「あら!そうね、あんた、ずいぶんとスマートになったわね!」
日頃のアンが、皆の前では、絶対に口にしない“気安い“言葉使いに変わっていた。
「そう言う、あんただって随分とデカくなったわね、あちらの食べ物は高カロリーだから」
ポンタと呼ばれる、宮川和子は、三人の中で最もズケズケ話すタイプだった。
「処で先生、じゃ無くて、お母様はご健在?」
君枝がアンに話しかけた。
「うん元気、ただ教師の仕事は、とっくにリタイヤしているけど」
「Retire、あんた発音良いわね」
和子の物言いはあけすけであった。
「しかも、なんか沢山勲章胸につけている?戦争行ったの?」
和子のぶっきらぼうな言い方には、少しトゲがあった。
「アフガンとかイラクとか?」
アンは、すぐ彼女を察して、
「うんん、残念だけど、まだ実際の現場(前線)に入ったことは、ないわ。これは、どんな飛行機を飛ばせるかって印なの」
当たり障りのない言葉で説明した。
「何アン、飛行機運転できるの?」
福子が驚いた様に話した。
「うん、でも飛行機では無くてヘリ。この前、仙台で、震災の時もヘリを運転して来たわ」
「へえー」
と、皆が感心した声を発した時、アンのお腹が鳴った。
「何!あんたまだ食事してないの?」
君枝が驚きの表情を見せた。
「うん、早朝向こうを立っ前にリンゴをかじっただけ。」
実際、アンも、橋本も、少し空腹感を覚えていた。
「OKじゃちょっと遅いけどあそこ行かない?」
ぽんた、こと、和子が発案した。
「あそこって、あそこ?」
アンが追い討ちをかけた。
「あそこ以外、どこが、あるのこんな時間?」
「えー懐かしい!」
アンはもう完全に。女子中学生時分のアンであった。
そこは、彼女たちの小学校と中学校の中間地点、公園横にある食堂であった。
ちょっと着飾った、レディや制服士官が行くには似つかわしくない、いわゆる食堂だが、食べ盛りの部活帰りの女子中学生の胃袋を十分に満たす、ボリュームとバリエーションがあった。
しかも、学校側ということもあり、この時間帯は、食べない人のためのアルコール以外の軽食や飲み物もメニューにあった。
だからか?最初、暖簾をくぐった時の店員の表情は驚きに満ちたものであった。が、直ぐ、弓削田が前に出て、事情を説明し、撮影の許可を取った。
その説明のせいか?奥の厨房の店の亭主、と妻は、アンを見て、昔の記憶を蘇らせ
「あの中学校で、英語を教えていた先生の、お嬢さんかい?」
「はい」
アンは、亭主の妻が話す青森独特のイントネーションも、分けなく聴き分けて返事をした。
「そうかい。よく思い出して来てくれたねぇ。あんたら確かバレー部だったよね?」
妻よりも酷い三沢独特の訛りが反映された–亭主はテレビ局の撮影ということを意識してか−共通語のイントネーションで、続けた。
「おじさん。よく覚えていましたね?」
君江と和子は、含み笑いをしたが、彼女らの言葉も徐々にイントネーションが地元民に近づいて行った。
「そりゃそうだよ、確か、あんた(君江の方を見て)キャプテンのセッターだったろ?」
このおじさんとの会話は、しっかりカメラとテープに収められた。
「で、あんたがスパイカーで(アンの方を見て)あんたは、素早しっこかったねぇ、身長がある割に、リベロを、そこの彼女と、取っ替え、引っ替えだったよなぁ。」
食堂の亭主は、当時の記憶が、まざまざと蘇ってきている様だった。
「そう言えば東京の強豪校からこんな僻地までスカウトが見にきていたものなぁ、あの頃の堀口中は、県下最強だったからなぁ。」
店の亭主の独演会場になっていたが、このご亭主は、かなりのスポーツ好きである事が、理解できた。
ただ、橋本には、このやり取りに、少し分かり辛い、部分があった。
が、アンが言っていた、日本時代、自分のアイデンティティーを意識することはなかった。と言う、あのアンの言葉が、まざまざと心に染み込んで行った。
驚いたことに、彼女達の女子会トークが進むうちに、きっちり共通語を話していた、アンのイントネーションが、皆に、同化されて、東北のイントネーションに変って行く様は、面白くもあり、愛おしかった。
橋本の横に座り、アイスコーヒとナポリタンを平らげた、弓削田は、橋本と同じ様に、口元が緩んだ表情で、このやりとりを眺めていた。
二人は、この世界に、決して割り込まず、しかし傍観者では無い、姿勢で俯瞰していた。
ただ時々アンとキャプテンの君江がこちらに視線を遣す時、橋本は、きっちりアイコンタクトを返した。
アンは少しはにかみ、君江は、アンの脇を軽く小突く姿が可愛らしかった。
中で唯一の子持ち既婚者、福子の携帯が鳴って、今日は、お開きとなった。
意外だったのは、ポンタこと、宮川和子は、両親と共にこの地区では珍しい、革新系の政党支持者で、家では赤旗と朝日新聞を購読している様な家系であること、にも関わらず、アンや、その母親に対しては好意的で友好な関係を当時は、持っていた事。その上、君江と共に、アンと和子の母親同士が、仲が良かった、友人の一人だったことである。
「そうなのポンタん家は基地反対だけど、母とは、とても仲が良かったの。」
実は、意外なんだけど、基地反対闘争に関わった(和子の)父と、空軍士官(戦闘機パイロット)であった(アンの)父親同士は、他の父兄と共にバーベキュや釣りに行くこともあったそうである。
アンが、後になって教えてくれた。
だから一層、帰国後の彼女は、母国の環境に違和感を持ち続けることになったのかも知れない。と橋本は感じた。
アンが中学校の同窓会に参加している時間、橋本は彼女に強く依頼されたが、事情を説明して、チェックアウト時間を過ぎても宿の部屋で、授業のレジュメを作成していた。
ただ同窓会のお開きは、予定では、三時には終わる事になっていて、五時には基地へ戻らなければ、月曜日中に岩国に戻ることはできない。
帰りの便は、東京着が夜になり、次の便は月曜午前、横田を出るのが予定であった。
しかし、アンは四時を廻っても弓削田たちクルーともども、戻ってきてはいなかった。仕方がないので自分だけチェックアウト。とは言っても、会計はテレビ局持ちなので鍵を返すだけだったが、そんな作業を済ませロビーで待っていると、彼の携帯が鳴った。弓削田からであった。
要は、アンは、2次会だけではなく3次会に付いて行ってしまい。話しが興に乗っているし、お酒も入っているので、弓削田では、どうしようもない。という内容であった。
ホテル前でタクシーを拾い、弓削田に教えられた、市内の居酒屋へ向かうしかない状態だった。
一泊の旅行なので、替えの下着以外は、ラップトップと携帯以外、持ってきてはいない事が幸いした。
アンも、大きな荷物は、持って来ては、いない?はずである。今朝、共に朝食をとった時も、昨日同様、米軍のサービスユニフォーム姿で、私服ではなかった。
只、簡単な私服は、彼女が軍から支給されている布製スーツケースには入っているはずだった。それは既に、ホテルロビーのクロークに預けてあった。それも受け取り、タクシーは、市内へと向かった。
指定された居酒屋の前で、タクシーは止まった。
そこには弓削田が待っていて、タクシー代の精算は弓削田持ちであった。
彼は、全く一滴も飲んでおらず、素面であることは、息だけではなく、態度からもよくわかった。しかしタバコは相当吸っている様だった。
「弓削田さん。やばいですよ!」
橋本は、声をかけた。しかし間髪を入れず
「それどころではないですよ。先生、きっと先生も動けなくなりますよ、まずは中に入って」
と、問いには答えず、弓削田は橋下を店へ誘った。
そこは東京や岩国では、此処の処、見た事がない、田舎の飲み会、しかも本当に親しい友人の飲み会であった。
ただ規模が違う。東京ならせいぜい多くても十人未満というところだろう、しかし、ここは、3次会というのに、まだ四十人位の人数が、ひしめいていた。
まさにヒトクラス丸々が“酔っ払って“いた。しかもまだ昼間というのに。
そこにアンは、しっかりと溶け込んでいる、肌の色が違う、服装が違うから“浮く“ということは、全く、なかった。
同じ大皿から、箸でつまみ、お互いに、枝垂れかかって、笑うアンの姿は、初めて見た。しかも言葉が完全に津軽弁になっている。だから、所々笑う。彼らの言っている言葉イントネーションが、わからず戸惑う音声マンがそこにいた。
彼は、こちらに振り向きざま、橋本にヘッドホンを渡し苦笑いをした。
アンも、アンの同級生?達も橋本の侵入には、全く気づかず、彼らの世界を楽しんでいた。
弓削田は、橋本のヘッドホンの片側をずらし耳元で囁いた。
「最初から、ずっとこうですよ。特に2次会に入って、お酒が出てからは、私達が近づけない、理解が出来ない“世界”が、目の前に、広がり、声をおかけするタイミングが測れないんです。」
「ただ我々は撮れ高があって面白い絵なんで、構わないんですが」
弓削田は、スケジュールに変更が出ても、いい絵が撮れているので、満更でもない様だ。ただ橋本は違う。
「わかりました。私が行きます」
橋本は、このローカルな世界へ、突進して行った。
「アン。大尉」
橋本は、少し大声でアンに話かかた。
しかし反応したのはアンでは無く、隣の男性だった。
「なんだ、アンおめぇ大尉様か?」
話す口元が笑っている。
「何?寿郎?なに言ってんだ」
アンは隣の彼をどつきながらやはり口元が笑っていた。
しかし橋本に気がついた様だ。
「あれぇ?公生、なにさ?」
「公生、なんだべこいつ?」
隣の男性が声を発した。
料理や、ジョッキが並んでいる机を挟んで、そこの筋向かいに座っていた、君江が声をかけた。
「あらぁ、橋本さんよくいらっしゃった。こちら橋本さん、アンの彼氏」
周囲が、騒めいた
「なんだなんだ」
と云う声が周りから聞こえた。
君枝は、尋ねられてもいないのに橋本に、寿郎とアンが昔付き合いそうだったが、実際は、男子バレー部のキャプテンと。
アンは、女子バレー部の重要なポジションで彼女が学校のバレー部躍進の鍵だった、などと云うことを説明し始めた。橋本は感じた
『やばいカオスだ』と。
ここは一切聞こえない(方言を)理解ができない体で、アンに、話すしかない。
「大尉、時間です、帰りの便に間に合いません」
アンはキョトンとした顔を見せ、君江が反応した。
「帰りの便の時間って?確か先ほど弓削田さんでしたっけ、あの方と話し合って、東京経由の新幹線で、東京で一泊すれば大丈夫。って話になっていたんですが?」
「え!」
橋本は驚いた、その様な話をしていたことを弓削田は、噯にも出していなかった。
「いえ、それでは、私が困るのです。私は明日中に学校に戻らねばならないので、明日、東京で一泊する時間的余裕などありません。」
「アンもそれは承知のはずなんですが?」
「そうなると、どうなるんだべ?」
君江の隣に居た女性が声を発した。
「そうですね?明日1日かけて強行軍で帰らなければなりません」
橋本は、もう時間的に自衛隊や米軍の便が使えない事は判っていた。
ここから仙台に出て新幹線で東京に行き、そこから山陽新幹線か飛行機に乗り換えて帰るのが順当。
全て電車だと最低でも八時間は!かかる。飛行機がいいタイミングで取れる事は想定できなかった。
ここで一泊するにしても、今日まで宿泊していたホテルは、もうチェックアウトしてしまっている、三沢にはホテルは、あそこ以外適当な物といえば、旅館か民宿になってしまう。
君江の隣の女性と男性をかき分けて、そんな、橋本の表情を観察していた福子が、アンに声をかけてきた。
「アン。いいチャンスじゃない。橋本さんのご両親に会って来なよ!こんなチャンス滅多に来ないよ!」
橋本は、“オイオイ、何を言い出してるんじゃこの女”という表情をしたが、そんな事は構わず、皆が囃し立てた。そして橋本は、“アンは何を?どこまで?こいつらに話しているんだ?”という表情に変わって行った。
(両親)
夕方の新幹線に飛び乗り、今日は東京で一泊。朝イチで岩国に帰らざるを得ない事になった。
弓削田たちとは、東京からは、別行動で、彼らは、先に地元に戻ることになった。
最悪でも、月曜の午後イチには戻っていないと橋本は、火曜日の授業の準備ができないから。というのが大きな理由である。
母親に連絡し世田谷の実家に戻るより、羽田近くのビジネスホテルを取る方が何かと便利、と子供の様に承諾を得た。
九時前の飛行機に乗れば、月曜の昼前には帰れた。
しかし、その便のアレンジや代金は、全て弓削田持ちなので、新幹線内で話をしていると弓削田は、おもむろに、
「先生せっかく東京一泊なのに、先程(浦田)福子さんが言っていた様にご実家に立ち寄らなくて良いのですか?」
余計な一言をアンが、聞こえるように話した。付け加えるように、
「僕が親なら悲しいなぁ」
アンは、少し酔ってはいたが、その弓削田の言葉に、見事に反応して、みるみる体が、硬くなっていった。
そう、彼女は、新幹線でも一見してわかる米軍のサービスユニフォーム姿であった。
「私は、遠慮するからキミオは、お母さんに会って来なよ」
蚊の鳴くような声でアンは囁いた。
しかし橋本の両親は、アンのことを既にテレビを通して知っていた。
そして橋本も、その事は、知っていた。
「まだ早い」
橋本の判断だった。
しかし、夕方五時の、はやぶさは、夜九時前に東京駅に到着していた。
弓削田は、東京赤坂にある、系列機キー局の編集を借りて、今日までの素材の整理をして、そのまま、適当な宿に投宿し、本社へ帰るという事だったので、アンと橋本は、羽田まで、バスで向かうことにした。
駅改札の目の前に、地元山口発祥の有名なファストファッション店の電気が灯っていた。アンは、橋下に目で訴えた。
「分かった。行こう」
と答えざるを得なかった。
アンは、手早く人に会ってもおかしくはない、ブラウスとスカート、淡い色のカーディガン、そしてサイズの合うパンプスを嬉々としてコーディネイトしている。
橋本も仕方なく適当な新品の下着を購入した。
両親に今、東京駅にアンと居る事、そして明日の朝は、早朝便に乗って岩国に戻らねばならないので、チェックアウト時間も、朝七時前なので、羽田近辺のビジネスホテルに止まる事を手短に、連絡した。
「来るか来ないかは、彼方さん次第」
であった。その夜、橋本の部屋にアンはやって来た。
チェックイン後シャワーを浴び、買ったばかりの服をコーディネイトしていた直後のキミオからの電話が、嬉しかった。
そして、アンにとって、初めて会う橋本の両親の、素直な感情表現としての歓びぶりが、嬉しかった。
岩国三沢、そしてここ東京。日本では本国で意識しなければならない事は、意識する必要は全くない、少なくとも橋本と、彼の両親との関係に於いて。
このことが無意識に彼女をただの、三沢で会った友人達と同じ、同世代の日本の女の子に戻していた。
アンにとっては、わずかな時間であったが、下の喫茶室で、橋本の両親に“きちっと”挨拶できた興奮が覚めやらない。という風情が自然と醸し出されていた。
両親は車を飛ばして、(もしかして未来の)嫁の首実験というテイで、少々過保護な親としては、自然に宿まで、奇襲しに来た、に過ぎなかったのだが。
そこには米軍海兵隊大尉でもなく、黒人のアメリカ人女性でもなく、普通に話せ、その言葉から、息子に恋をしている、麗ら若き女性がいた。
自身の事、両親の事を必死に話すアンは、確実に彼らに安心感を与えた。
「そうか、お父さんは元空軍パイロットで今は農薬散布会社を経営なさっているんだ!」
橋本の父はアンの父親の話にすっかり、感心しながら相槌を打ち、母親が教師をしていること、しかも日本でも教鞭を執っていた事に関心を示し、アンに、昨日迄の事を問いかけてきた。
橋本の母は、アンとその家族の事を直接、聞けたただけで満足であった。
そんな三人の気持ち、両親の機微には、全く鈍感な橋本ではあったが、その様な事が、つい先程迄あったので、仕方なく、いや、満更でもない気持ちで、アンを自然に部屋に招き入れた。
明日の朝は早起きにも関わらず。




