「オペレーショントモダチ」(その16)
海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)
海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)
高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)
奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)
高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)
海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)
JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)
弓削田・地元テレビ局ディレクター
橘・同カメラクルー
河村校長。
岩本警部
(プロローグ)
(なれそめ)
(東北行)
(アフガニスタン2010)
(沖縄)
(岩国)
(岩国警察署)
(浦添泰子)
(アン・フジムラ)
(震災三日目)
(奴・吉村君子)
(ジョン・シューバッハ)
(イングリッシュ)
(岩国基地)
(県立岩国高校)
(基地内の高校)
(首相)
(岩国2)
(地元放送局の動き)
(新展開)
(霞が関・中央の思惑)
(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)
(政治)
(ステディー)
(なし崩し)
(政治2)
(気づき)
(霞が関2)
(気づき2・続き)
(岩国3)
(気づき3・続き)
(地元放送局3)
(思惑)…その16
(枷)…その16
(展開)
(親しく。「テッパンヤキ」)
(イコール)
(三沢へ)
(両親)
(プラクティス)
(プロム)
(反響)
(Differences)
(プラグマティスト達)
(エフェクト)
(良い結果)
(逡巡)
(フィクサー)
(政権)
(エピローグ)
(思惑)
大佐の配慮のおかげで、此の夏までは、此のレジデンスに居る事は確定である。
となると、もう少し生活のために何かを用意する必要はある。服は明日KIMIOと買いに行くとして、家具や寝具、タオル類。そしてテーブルウエアーはもう少しマシなものを揃えたい。自ずと足は、駐車場へ、車はメインストアーに向かっている。
携帯電話の電源はOFFのままになっていた。
橋本は、なかなか捕まらないアンの携帯にメッセージを残し、エリックの携帯に電話をするかしまいか、悩んでいた。
英語で一から電話をするのは、面と向かって話すことより“勇気”が要る。
しかもプライベートな内容をー彼は知っているとはいえー伝言を依頼することは同じ日本人の友人にさえ躊躇いがある。
気付くと、既に午後六時を回っていた。こうなれば彼女の家に向かう方が早い。
何と言って明日の約束を伸ばすか?だけを考えながらセルモーターのスイッチを入れた。
ゲートの監視とは、既に顔馴染みであり、なんの申請も無しに橋本はレジデンスに入ることが出来ていた。しかも合鍵も既に渡されていた。
アンは後部座席まではみ出た、家財道具の詰まった車を、ゆっくりと慎重に運転していた。家の前には見慣れたバイクがすでに止まっていた。車をゆっくり慎重に後部座席の荷物が散乱しない様に止め、扉もゆっくり閉めた。玄関を開け
「KIMIO!」
と大声で彼を呼んだ。
「Hi Ann」
公生の顔は心なしか、暗かった。
しかしアンは、それに気づかず
「手伝って!」
と振り向かずに応えた。車にはシーツ、カバーなどの大きな布類に混ざり、ダンボール箱には食器類や部屋の中を飾り付ける家具が詰まっていた。
「どうしたの?買ったの?」
橋本は、その量に驚いた、自分のアパートのそれよりも多い!と一瞥してわかった。
「うん」
当分ここにいるから。アンの応えはそっけないが希望に充ちていた 。
「明日は服を買いに行くでしょう、だからハンガーとかも必要かなぁ。って思ってたら……こんなになっちゃった」
もう同棲したての女子学生の様なトーンで、声が帰ってきた。
橋本は、内心ホッとした。少なくともこの様なものを買いに付き合わされる手間が省けた。正直な、一般的な日本の成人男性の感覚である。
服を買いに行く。家のものを買いに行く。そう言った、買い物の付き合いは、やはり、付き合い始めの最初だけであり、特別なことなのだ。
だから、こそ、明日の、最初のデートが『ボツになる』ことを伝えることは気が重かった、しかも理由もちゃんと話さなければならない、彼女の気分を害さぬ様に、でも包み隠さず。
「どうした?KIMIO?」
しまった反応が鈍かった。と考える間もなく。
「なにかあったか?」
畳み掛けられてきた。
「うん、(もうこうなると考え無しに反応するしかなかった)」
「実はね、明日ボツになった」
「エッ」
と言う顔を見せたが、アンの反応や声は冷静だった。
「何かあったの?」
「実は…」
橋本は今までの経緯をできるだけ客観的に説明した。
「ヘェー」
アンの反応は再び冷静だった。
「それでか」
後ろめたい気持ちが、無いのなら構わないと彼女は考えていたが、ここは少しツッコミを入れてやろうと、悪戯心が出た。
「うん、校長も急な依頼だったが、相手の名前を聞いた時は、しばらく思い出せなかったんだ。でもアンも知っている人だから。気まずかったんだ。でも浦添先生や、副校長も明日のインタビューでは同席するから。ね。」
「でも良かったじゃない、彼女がちゃんとした就職ができて。しかも、それがあなたと同じ高校の体育教師なんて」
「そうなんだ、それはそれで良かったと思っている。最初、彼女に(現代ダンスの基礎を)教えてもらう時、(最初にだぜ)彼女に言われた言葉が引っかかっていたからね」
「え?なんて言われたの?」
「うん、同じ大学を卒業し、片や公務員=安定した職業。片や、アルバイトに毛が生えた派遣インストラクター。生まれた時間が少し違うだけでこの差は。って事かな」
「フーン、それは、jealousyだね」
「ジェラシー(驚)そんないやらしい感覚ではないよ」
「違う英語でjealousyってのは、男女間の嫉妬って意味だけではないのよ」
「あ!そうなんだ。発音がいいから(笑)」
この時点でお互いの蟠りが解けて行く気がしていた。ただ、アンにも、橋本が感じていた、なぜ東北が出身地の彼女が、しかも、出身地とは縁もゆかりもない遠い四国。その上、隣県の、私立、そして、進学校として有名な高校の教師に!いきなり成れたのか?その彼女が、地元テレビ局を通して取材依頼をしてくる事態には、蟠りが残った。
「やけぼっくりに…なんて言ったっけ?」
「火がつくことは全くないよ。たとえそう仕向けられても」
言い終わるや否や、彼は彼女の唇を抑えた。
今や、橋下はアンを心から愛していると自覚が出来ていた。
『ただ結婚は、出来ないな』その様な、漠然とした想いが、彼には有った。
(枷)
公立国高の土曜日は基本休日だが、進学校。
午前中は受験科目を中心に授業があり午後は、建前上、任意となっているが、都会の予備校並を標榜した補修授業があるし、一〜二年生の半数は、クラブ活動をしているため、学校は普段と何も変わらぬ喧騒の中にあった。
午前中に学校に入り、まずは校長、副校長、担当者間での打ち合わせが始まった。
こう言った時に体育教師は余裕が有る。
が浦添は、副校長だけに任せるのが、当の橋本も、アンやエリックが気になっていた。
彼女は、今まで見た事もないキチッとしたスーツ姿で、もちろん髪も黒く、後ろに清楚にまとめられ、耳が見えていても、ピアスの痕跡は跡形も無く消し、薄化粧で一瞥すれば、以前の吉野君子とは、別人に見えた。
しかし橋本は、橋本であった。
今日は、服装がいつものジャージ姿からスラックスに、白いポロシャツにジャケット姿で有る以外、何も雰囲気は、全くあの時と変わらなかった。
むしろ少しソワソワしている姿が、彼女には一昨年の冬の姿を思い出させた。
「橋本先生。お久しぶりで御座います」
言葉遣いまで変わっていた。
「あ!いや久しぶりです」
それが最初の挨拶であった。弓削田は、既に見知っているので
「どうも」
程度、ただし、校長と副教頭には名刺を恭しく提示し、弓削田も同様に〇〇放送で、この度、吉野先生のドキュメンタリー特番を担当するディレクターの。と言う自己紹介があり、引き連れて来ているスタッフの紹介を一通り済ませた。
校長も社会人の礼儀に則り、彼女と弓削には名詞を提供した。
校長室ではなく、会議室のチョイスは正解だった。想像以上の大所帯で、カメラクルー2名プラス、彼らにつくADと思われる若者が各一名ずつ、ハンディーカメラと固定カメラが各一台、それに付随した照明と音響スタッフが二名ずづ。吉野君子をいれて、総勢十名以上の人員と機材が収納出来る、教室から、隔絶された部屋は、ここしかなかった。
ただ、弓削田は、吉野と橋下の会談は別の部屋を考えている。
挨拶が終わったと同時に、普段なら喫茶の準備などがあるのだが、誰が号令をかけるでもなく、早速、実に実務的に、今日の段取りと予定時間に関する話し合いが始められた。
「先生方、本日はご多忙な平日にも関わらず、この様な時間を提供頂き誠に有難うございます」
型通り、
「早速ではありますが本日の段取りのご説明をさせて頂きます」
「質疑は、本日の段取のご説明終了後承りますが、本日一日ですので手短に質問はお願いします」
弓削田の説明は、説明ではなく命令に近い力があった。
要は、まず橋本先生の授業風景を撮影させて頂きたい。その後、吉野先生が橋下先生に授業の進め方や内容に関する質問をすると言う形で会談をする。
勿論、その中では東京で彼が、吉野先生から受けていたレッスンに関する進捗状況なども観れたらばありがたい。
その会談時間が、放送局の想定より短い場合は、生徒の意見やこの授業に対する期待などを取材し、できればアメリカ側での取材風景もいれて行きたいので、浦添先生と橋本先生にアメリカ側とのコンタクトなどを尋ねて欲しい。と言う物であった。
まず副校長が口火を切った。
「弓削さん?で宜しいでしょうか?まず本日、体育授業は、どの学年にもありません。従って最初のご依頼は無理です。」
「また」
「最後のご依頼も何の事前説明も無しにいきなり本日インタビューというのも、この受験期を控えた学生にされるのは正直迷惑です。」
弓削田は、この答えに関しては想定の範囲内だった。
「そうでしたか、事前に、お伺いすればよかったですね。申し訳ございません。副校長」
弓削田は、非常に慇懃、しかし、副校長のプライドを満足させるには十分な慇懃さを持って深々と詫びた。
「では副校長先生並びに諸先生方に………吉村先生は、縁あって橋本先生と同じ教科を本年度から担当する新人教員なのですが、進学校におけるダンス教科の在り方や進め方のお考えなどをご教授頂けないでしょうか?」
「他県の公立校とは言え、同じ進学校の先生方から、この辺のお考えを予め吉村先生が知っておくことは、彼女の今後の教師人生に於いて必ずや、糧となる。と思うのでよろしくご指導をお願いしたいと思います。」
それならばこの部屋で事は足りる。誰もが得心がいくリードであった。
弓削田は続けた
「浦添先生は確か英語科で三年生も、ご担当されているとお聞きしましたが?もし本日の授業などに差し障りがある様でしたら、まず、最初にご意見をお聞かせ頂き、授業に差し障りが出ない様に考えております。しかも、先生は、文系ながら、受験科目の筆頭に来る、英語科の先生ですから、この種の授業に関するお考え、そして、今回、米海兵隊基地のアメリカ人高校生との交流授業に関する御意見等もお聞かせ頂ければ、この基地のある地域の放送局として、非常に有り難いのですが」
浦添の回答を絞り込ませるには良いリードである。勢い彼女が口火を切らなければならない。畳み掛ける様に副校長が口添えした。
「浦添先生は、三年生の英語科の教務主任ですから、その辺も踏まえてお答えくださいね!」
弓削田は内心ホクソ笑んだ。
河村は、この段になって、この弓削田という報道マンは、一昨日の岩国署の件を知っていると言う確信が湧いて来ていた。
ならばそれに乗るのも一興。静観を決め込んで観察を始めた。
『さあ、浦添くんどう出るか?』
「はい、実は橋本先生や米軍の担当者達とも既に(この合同授業の)進め方、その導入に関しては、話し合いを始めたばかりですが、方向性は既に決めています」
一昨日の岩国署の話し合いから、物事はスムーズに進んでいた。
「ただ、未だその内容を、校長、副校長、そして教育委員会の方には、挙げておりませんので、それ以降でないと、こう言ったカメラの前でお話しさせて頂く事は憚られると思います」
巧い切り返しであった。
弓削田は少し戸惑った表情を作った。ただそこはベテランである。
「先生、その辺は了解しております。勿論、各位に根回しと了解を得た後の放送に致しますし、その前に先生方には事前に内容チェックのご足労も、御願いいただき、差し障りが出無い様に取り計らいますから、どうか、ご懸念なく現状のお考えをご教授下さい」
「ただご理解いただきたいのは、皆様お忙しい中での機会ですので、できれば取材回数は極力切り詰めて行わせて頂いた方が、双方とも煩わしくはないと思います。ご理解下さい」
決定打だった。ここでまた副校長がしゃしゃり出て来た。
「どう言った方向性になっているのかな?私もそれは聞きたいし、弓削田さんも、もし都合が悪ければ、その部分は“カット”してくれる?んでしょう?」
弓削田は大きく頷いた
「今、聞かせてくれないかな?浦添先生、橋本先生」
弓削田は心の中でガッツポーズをしている自分がいた。
ここで、ポツンと取り残されているのは吉野だけであった。彼女は意味がわからなかった。
「はい、まずは、もう二名の先生にご手間を取っていただこうと考えています。一人目は本校の社会科(政経)の山本先生。先生は政経と世界史日本史が、担当できますので、適任かと思います。もう一人は向こうのペリー高校の社会科の先生を基地の担当将校経由で、今適当な方を紹介いただいています。このお二人に我々も参加して、まずは沖縄の海兵隊が過去に犯した罪の説明、基地の問題点の話しをします。」
副校長は、ギョッとした顔つきに変わった。
「教頭先生、大丈夫です、政治的な方向には持って行きませんから」
横顔を見ていた橋本が付け加えた。
「この問題には、お互いの言い分がありますから、両校の(社会科の)先生にオブザーバー兼ガイドとして参加いただこうと考えています。」
「そして、敢えてこのカリキュラムには、私達で回答を用意しない、と言う事でも、話し合いがついています。」
「この時間を最低三時間はとり、お互いが、ディベートをすることで、親睦を図り、かつ英語の授業としても、受験科目の論文の対策として、論理的思考を日本側の生徒に身につけさせる授業にも、できると考えております」
橋本が続けた、
「場所は本校とペリー高校で一時間。その一時間は、イントロダクションという形で、両校で分かれて、できればネット回線で両行を繋いで講義、残り二時間を本校と基地内のペリー高校で各一時間ずつと言う形で、ディベートする。今各所にお願いをしております」
「おお橋本先生素晴らしい、で、先生のダンスの授業は、それにどう繋げて行かれるおつもりですか?」
弓削田の質問は鋭かった。
橋本も浦添もその事が、現時点のネックになっていることが、今の問題であると自覚していた。吉野君子は、やっと事態が飲み込めた様であったが、河村、弓削田共に、その様になるだろうことは想定の範囲内であった。
「先生、弓削田さんの言う通りだよ、ではなくて言う通りです。」
吉野は思わず、昔の語り口で話しそうになったことに慌てた。
「先生、順番が逆ではないかと私は思います」
吉野は続けた。
「まずダンスを授業として、生徒に興味を持って貰う、その結果、きればプロムとか、言う形で、でも、それは目的ではなく、結果的に、お互いに興味をもち、真の隣人として知り合う為、と言いますか、思い出をつくり始めるって言いますか…」
「プロム?」
副校長が怪訝な声を発した。河村は、やわら助け舟を出した。
「そうだね、吉村先生。浦添先生や橋本先生の方法論は、主脚転倒している印象が私にもある。そもそも、子供達の世界に大人の都合を持ち込む方法論は、どうかな?そこに行きつけるか否かは、子供達の感受性と、お互いに対する興味に任せようじゃないか。勿論、指導する立場の教師としての準備は、怠ってはいけないが」
吉野は、この校長先生の言葉は自分の考えとは違うと感じたが、とにかくこの言葉で考えをまとめる時間は得た。
「先生、思い出して頂きたいのですが、最初に私のレッスンを受けた日の言葉を“先生面白い?“と私は、先生にレッスンを付けている時に聞きましたよね?」
「そして答えは“つまらない“。だから、どうやって楽しくできるかを話し込んだと思うんですが?」
橋本は、少しドキッとした。
しかし、そうだ。それが、奴、吉野君子と親密になるきっかけだった。
「確かに、順番が逆だな」
橋本は、俯き加減にボソッと声にした。
浦添は、これはあくまでも進学校として、生徒の教養を深める授業の一環。
と言う建前があった。
「吉野先生、これは純粋に体育の授業ではなく、基地の街の高校生として、受験前に少し論理的な思考をつけさせる授業の一環として私たちは捉えています。ただ楽しいだけでは…」
「お言葉を返す様ですが、浦添先生。つまらない授業は、特に入試に直結する等と云う、目的のハッキリしていない科目では、やはり子供は、ついてこないと思います。まして漠然と、受験には、全く、関係ないと思われている体育の授業で、子供達の興味を惹きつける為には、何か“餌“の様なものがなければ。と思います。」
奴は、奴の本領を発揮して来たと、橋本は感じた。このグイグイ来る感覚は、東京で、彼が彼女に惹かれた理由でもあった。
「では吉野先生ならどの様に持って来られると?」
浦添は先輩教師らしく冷静に尋ねた。
「そうですね、ありきたりかもしれませんが、ダンスバトルの様な形で三年生に提案しては、如何でしょう?ダンス自体、見せる為の行為が元々の姿、だからダンス自体を(生徒に)考えて貰う」
「多分、橋本先生も、その方が“楽“だと思いますし。当校の場合は、文化祭とかは、夏休み前に済ますのですが?それに時期を合わせるならば、丁度良いと思うのです?」このコケティッシュな言い方、ますます本領を発揮して来た。橋本は、少しも挑発されているとは感じなかった。
「ダンスバトル?」
さも驚いた口調で、口を挟んだのは、副校長であった。
「はい教頭先生、言葉尻を捉えて、驚かないで下さい。」
実は、この腹案は弓削田が、今日の事をレクチャーしている時に、考えていた内容であって、今まで付き合って来た、橋本の正確等を彼女なりに整理して考えたものであったから、比較的スラスラと、言葉が続いた。
「言い換えれば、先生方や在校の一〜二年生が審査員となって三年生の生徒さんのダンスを採点する競技会の様なものです。多分御高も、夏休み前に文化祭などがあると思うのですが副校長先生、それに、アメリカ側の高校生も参加すると云うのはいかがでしょう?」
「ホウ」
思わず河村校長と弓削田の口から同じ感嘆符が漏れた。
「ですからレッスンもダンス内容も全て生徒さんの自主性に任せる。しかし、これは採点競技であり授業の一環なのですから、全員参加が原則になります。一人の落伍者も出してはいけない。そこに先生方の指導力が求められると思います。」
「先程の、歴史云々は、その後、多分、文化祭終了後の打ち上げなどの時に、まだ生徒さんたちが、プロムに迄、進む意思を積極的に維持出来ていたならば、自ずと、要求が湧いてくると思いますし、先生方のリードもし易い。それこそ浦添先生を始めとする諸先生方の指導力が必要になって来ますが、これはあくまで指導であって、強要であってはならないと思います。」
「私が先程、浦添先生のお考えをお聞きかせ頂いた時、最初に浮かんだ“言葉”がこの“強要“という言葉で、生徒に対する指導は、結局、強要で。“ダンス“は、楽しいモノであり、強要の対極に、位置する自主的で楽しい。故に、自発的なものだと思います。生意気な口を訊いて申し訳有りません」
吉野は、かなり考えながら、ゆっくりとした口調で、時間をかけて一気に語った。
浦添も橋本も言葉が出なかった。むしろ橋本は、この吉野君子に対する見方が変わって来た。
ちょうどその時、昼を告げるベルが鳴った。ランチタイムは、副校長が、気を利かせて、既に手配がしてあった。今、下手に全員で校外に出ると、一〜二年生の下校と、まともにぶつかる。故の配慮であった。
ディレクターと、クルー。校長及び教頭は応接で、弓削田、浦添、吉野の女性陣は、道を隔てた洋食屋。橋本は、この後の準備もあるので、職員室で軽いランチをとった。
浦添には、後から、アンとエリックが、其処に合流する事を橋本の口から予め伝えてあった。それを聞き、プロデューサーの弓削田は、吉野たちに加わった。
吉野君子にとってもこの二人に会うのは、あの震災の日以来だったが、弓削田には事前にこの二名と話せるアレンジはありがたかった。
勿論、アンとエリックの目的は吉野公子の品定めであった。
エリックとアンは、一見すると一般車と見分けが付かないが、橋下や浦添には馴染みのあるYナンバーのワゴン=基地司令官に貸与された日本車で、そのレストランに着いていた。
おもむろに、吉野が頭を下げて来て、
「その節は大変お世話になりました。地元住民も皆々様のご援助には……」
と延々と謝礼を述べ始めたのには、アンもエリックも驚いたが、吉野公子には、返答が日本人と変わらぬ丁寧さと流暢さで、アンの口から発せられた事に、驚きを隠せなかった。当時は、彼女が、その様な軍人だとは想像もできなかった。
しかし、この一連のセレモニーが、二人の間をぐっとフランクな関係にした。例によって、その内溶けている期間、エリックは置いてきぼりだが、浦添とアンが、しっかり両側を固めてくれた。
「貴方が吉野さん?」
「はい」
「公生、いや橋本先生から、お噂はお聞きしています。アメリカ海兵隊のアン・フジムラと申します。こちらは同じくエリック。モーザー軍曹です。私たちは、橋本先生が貴方の所へ、あの日行った時、一緒に居ました。」
「訳さなくていいよ。あのシーンもバッチリ見たよ」
エリックは、茶目っ気たっぷりな英語で口走った。浦添とアン以外理解は、できないスピードだったが。吉野は、なんとなく、気がついた様だが、アンと橋本の関係性にまでは、考えが至っていなかった。
しかし、暫し、うつむいた。
「ここの名物は、ハンバーグなのでそれで宜しいかしら?」
慣れた感じのアンの言葉に、誰も違和感は、感じず、口は挟まなかった。
オーダーが決まった所で、弓削田が口を開いた。
「お二人は、浦添先生や橋本先生のアメリカ側のカウンターパートと言うことでよろしいのでしょうか?」
何度か、米軍基地で面識はあるものの、吉野公子に聞かせる意味で尋ねた。
「Yes」
吉野が口を開いた。
「すみません。私が先ほど学校で、話した内容から、お二人を含め皆さんで考えていた手順が、変わるかもしれません。」
エリックの耳元では浦添が訳をしていた。
「What?/どう言う意味ですか?」
エリックとアンは同時に、尋ねた。
「貴女の言葉をいちいち訳すのは面倒だから、私から直接経緯を説明させていただいても宜しくて?」
浦添には、昼休みが一時間と言う制約があった。




