「オペレーショントモダチ」(その13)
海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)
海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)
高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)
奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)
高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)
海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)
JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)
弓削田・地元テレビ局ディレクター
橘・同カメラクルー
河村校長。
岩本警部
(プロローグ)
(なれそめ)
(東北行)
(アフガニスタン2010)
(沖縄)
(岩国)
(岩国警察署)
(浦添泰子)
(アン・フジムラ)
(震災三日目)
(奴・吉村君子)
(ジョン・シューバッハ)
(イングリッシュ)
(岩国基地)
(県立岩国高校)
(基地内の高校)
(首相)
(岩国2)
(地元放送局の動き)
(新展開)
(霞が関・中央の思惑)
(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)
(政治)
(ステディー)
(なし崩し)…その13
(政治2)…その13
(気づき)
(霞が関2)
(気づき2・続き)
(岩国3)
(気づき3・続き)
(地元放送局3)
(思惑)
(枷)
(展開)
(親しく。「テッパンヤキ」)
(イコール)
(三沢へ)
(両親)
(プラクティス)
(プロム)
(反響)
(Differences)
(プラグマティスト達)
(エフェクト)
(良い結果)
(逡巡)
(フィクサー)
(政権)
(エピローグ)
(なし崩し)
浦添には、アンと橋本の関係性が変わったと言う感覚は、全く無かった(気が付かなかった)。
自分が乗ってきた(校長の)車に橋本は同乗しておらず、すでに彼女が、いつもの集合場所(大尉の宿舎)についた時には、見慣れた自転車とオフロードのバイクが玄関先にはあり、橋本と軍曹は中にいて、いつもの様に庭先でじゃれあっていた。
彼女の用意した文章以外に、明らかに別のペーパーが用意されていた。
大尉が用意してくれた冷たい飲み物を頂きながら、彼女は、そのペーパーに静か目を落として行った。
そこには、無頓着に、彼らが、なし崩しに、しかも自分の教科である英語の授業を使って、日米の高校生が交流を図ると言うやり方で、このダンス教科を進めていくための手順が書かれていた。
確かに、その方向で話は進めていた。
しかし、いざ具体的な手順が書かれた内容を読むにつけ、拒絶感に近い違和感を持たざるを得なかった。
その源は、彼らの関係性が明らかに変わったことからくる空気感ではなく、そこには、授業、教科、教育の守るべき根本に対して敬意が感じられない事。
そしてこれから受験に邁進しなければ、ならない高校生にとって、プロム参加に導く事を条件に新しい教科に興味を持たせると言う動機の持たせ方、手段方法が不純極まりないモノとして映り、顔、表情に出ることはなくても、生理的な違和感として心に引っかかりが湧き出ているのである。
「先生いかがですかこの案?」
庭先からアンに手渡されたタオルを首に巻いて、橋本が声をかけてきた。
「う〜ん、なんって言っていいのかしら?」
明らかに素直には同意し兼ねると言ったトーンで返答をした。
「何かまずいことでもあります?」
橋本は畳み掛けてきた。
「前回先生が来れなかった時に、アンとエリックと僕で無い知恵を絞って考えた案をまとめて見たのですが?」
明らかに声には、どうだ!という気概が込められ同意を求めていた。
「要は、私に可否を求めているの?この案に関して?」
少し怪訝な表情が出た。
「エ!」
アンは意外であるという表情をした。あの、理路整然とした浦添先生が、こうも素早く“否”の表情を顔に表すことが意外であった。
なん分くらいだろう。橋本には短く、浦添には、とても長い間が空く感覚があった。
「橋本先生は私と河村校長が、ここに赴任してきた経緯はご存知かしら?」
重い口調であり、振り絞る様な声で浦添は語り始めた。
「私達は、沖縄国際大学で、師弟関係にありました。」
「覚えていますか?七年前の事件のことを」
それはヘリコプターか彼女達の学園に墜落した事件のことであった。
アンには教育課程で“あってはならない事例”として学んだ記憶が残っていた。
しかし橋本は、今一歩思い出し兼ねる表情を見せた。
「幸いにも夏休み期間だったから、教職員学生に被害はなかったわ。でも、九五年の事件もそうだけど。なし崩しに事件のことを、私たちに忘れさせようとする力が強く働いたことは忘れないわ」
「先生(河村)は、一方の当事者、いや被害者側でありながら、何故この様な事件が、復帰後も毎度変わらず、引き起こされ、我々がなぜその処理や事実究明に携われないのか、粘り強く、それも強烈な態度で米軍や政府当局に、県の職員や地元のマスコミと共に当たったの。私もそうよ。通訳も兼ねてね」
「で、結果は?」
橋本がこの件を知らない。むしろ関心すら持たなかったことが明白になった。
「あなた達、本土の人は、そのことを知っている?ヨクは、知らないわよね、それが結果よ」
「でも先生、九五年の少女暴行事件の事は、私も大学時代の事ですからよく知っていますし、強く、怒りを覚えた記憶があります」
「そう?」
浦添の心は、同じ日本人と称する、この東京人に冷徹に反応した。
全てこのやり取りは日本語であったし、彼女にとっても三沢時代、日系二世の軍人の父、アメリカ人の母、両親の憤りと、嘆きを目の当たりに見ていた頃の出来事だったので、アンには、痛い程、理解ができた。しかしエリックは何を口論しているのか、さっぱり解らなかった。
「海兵隊に対するお気持ちは、その頃から全く変わらず?お持ちでしたか」
アンは、一方の当事者の組織員として、おずおずと言葉を挟んだ。
「そうね」
浦添の言葉は、少し吐き捨てる様な感じに変わってきている様に思えた。
「あなた方が当時、中東で戦争を、そう確たる証拠もなしに、勝手な思い込みから始め。その中継、補給基地として使われていた(宜野湾)基地から飛び立ったヘリが、過酷な整備、使用ローテーションの為に引き起こった人為的ミス(整備不良)が原因という言葉をそれこそ、私達が、しつこく(皮肉を込めた表情に変わった)平和的に問い掛け続けて………」
「やっと得ることができたわ、そんな言い訳」
「しかし加害者側、そう貴方達からの直接の謝罪も、補償も、この結果により協定の見直しも。そう根本的に私達、地元が求めるリクエストには、ゼロ解答と云うのが、日本の、対米軍関係の窓口が、私達に突きつけた事実よ!」
「その上、本土の人たちには、この件は、交通事故以下、ほとんど無関心、でしょ?」
「悪いけど、先生の表情を見ていて確信したわ」
語気が感情の起伏と共に強まった。
アンには『私は、私達は、違う』と言う感情があった。
「そうよね、当時の、(日米の)ボス同士は、お友達同士だったから、うやむやにされたのね」
ホンの瞬間風速の様に、事実は、テレビで報道していた記憶はあったが、その後どうなったか迄は、伝えられてはいなかった。それは、橋本の率直な感想だ。
「同じ方法論は、取らせないわ!」
「まして私達は、生徒達は、子供達…。彼らの様な関係。友達でもなんでもないのだから」
浦添は一気に吐き捨てた。空気が凍るとは、正に、この様な空間を指すのだろう。
橋本もアンも、その場で声を失った。
「そうこれはJOB、Dutyな、だけなのよ」
これは英語で吐き捨てられた。
流石のエリックも、ただならぬ事だと感じた。
しかも、それが彼女抜きで話し合った“案”に関して。
「センセイ、海兵隊がそんなバカばかりでないことは、俺たちと付き合っていて、もう分かってくれただろう?」
「そしてそれを“義務”と言うなら、我々が果たさねばならない、義務ヘの最善手が、これだ!って言うのが、俺たちが、無い知恵を絞って導き出した答えなんだ、それを一瞥しただけで吐き捨てるって云うのは、アンフェアーじゃないか?」
エリックの答えは、浦添には全く響かなかったし、今度は、橋本が、ちんぷんかんぷんな、状態に陥りそうだが、彼が必死に、何かを説得しようとしている事だけは伝わっていた。
「軍曹、戦争や戦闘で、相手を打ち負かし、相手を屈服又は、服従させる、目的達成が、全てであるとする“だけ”ならば、百歩譲ってそうかも知れません」
浦添は、低く籠った声で語りかけた。
「でも、その考え方で、何人の無関係な人々を貴方達は、犠牲にしてきたのです?その手段手管で、あなたが直接は、その様な手段を講じていなくても、海兵隊という、目的達成の為に手段を選ばない“組織”の常識で、どれだけの人達が傷つけられ、虐げられているかを、何かの機会で、調べて、知って頂きたいわ」
「そこに疑問を感じる、貴方の理性や道徳は、働いていなかった。でしょう?」
「貴方方の組織は、必要“悪”」
「それこそ“悪の組織の論理”の方法論を私達の生徒に、この平和な場所で、真っ白いキャンパスの様な心を持った、私の教子達が、いる組織。学び舎には、応用して頂きたくは、無いわ」
「目的達成を効率的にするための最善手が、なんの秩序も道徳的観点にも立脚していないプラグマティックな方法論。ならば、健全な青少年の為の教育とは呼べないのよ。お分かり?」
浦添のクイーンズイングリッシュは、当に、上から目線の様にアン達ネイティブスピーカーを弾いた。
同じ英語でも、浦添のその意味の半分も、軍曹エリックは、理解していなかった。
しかし言葉に強く反応した。
「悪(Evil)だと!」
エリックも少し心が昂ぶってきた。
「じゃぁどうしろっていうのさ!」
自分が今までやってきた、経験してきたことを、この様な物差しで図られる(はかられる)ことは、アンにとっても愉快なことではなかった。
しかし、ロジカルに浦添の反発には反抗できない。このモヤモヤを解決するには咀嚼のための時間が必要だった。
「先生、今日は皆、熱くなっているからダメね。日を改めましょう」
「そうね、では、来たばかりだけど、居ても不愉快な時間を無駄に過ごすだけかも知れないわね、では今日はこれで」
浦添の反応も、冷ややかであった。橋本は、その間、当にフリーズして、身動きが取れないでいた。
「では御機嫌よう」
浦添の挨拶は慇懃であった。
浦添の運転は、とても落ち着いていた。
いつも以上に必要以上に、それが、彼女の性格だった。
反芻を繰り返していた、今晩の言動をその様な時間は、瞬く間で、車は、河村のガレージに滑り込んでいた。
ただ、エンジンをすぐ切っても、しばらくシートを離れることはできなかった。結果、その事で、煙草をくゆらせに出て来た河村と話すことになった。
「そうか」
「そんな事になったんだ」
河村の声は落ち着き、優しさすら感じられた。
「そうだね、我々は(ウチナンチュは)、海兵隊やアメリカ、本土にいい感情を持っていないことは、事実だな」
河村は含み笑いをしながら、既にもう一服火をつけていた。
紫煙を燻らせながら、話しを続けた。
「只、何故、此処に、君を、それも私の傍に呼んだか?も考えて、欲しい」
「時間が、解決する訳では、ないが」
河村の言葉は、浦添に、暫し思考時間を与える様に、ゆっくりとした、しかし、はっきりと『今』考えることを彼女に強要していた。
「少しお寄りなさい。」
遠くで奥さんの声が聞こえた。
「もうタバコ吸い過ぎ!お茶で良い?」
「彼等のやり方は、昔のアメリカ軍の考え方と、なんら変わりません。それを是認して、追従する事が、我慢できなかったのです。」
奥さんの声を無視するかの様に浦添は続けた。
「彼等?」
その物言いに、クレームの色が、にじみ出ていることを河村はすぐに理解した。
浦添は、その声に敏感に反応した。
「軍曹と中尉(大尉)に橋本先生がなさろうとしているやり方は、既成事実を積み上げて、事実上、私達の気持ちを……をしていないとでも言いましょうか?」
「弱者への忖度すらないとでも?」
「いえ、そこ迄では、ないにしろ。もっと生徒達の気持ちを」
「生徒達の気持ち。ってなんだい?」
「君は、この授業をどう捉えているのか?そして、どう持って行こうとしているんだい?」
「ここは沖縄ではない。そして、異文化、異質な、異なる価値観を色の付いていない柔らかな頭(生徒達)に感じ、体験させる機会とは、捉えて、見れないのか?」
意外であった。校長のこの言葉は、浦添には意外以外の何者でもなかった。
「校長先生」
そんな浦添の反応を見透かしたかの如く、河村は続けた。
「綺麗事では無いが、許す。受け入れる。そして愛する事から、始めなければ、扉は開かない。イソップ物語では無いが」
なんてな。自嘲気味な言葉は続いた。
「ジャック・シラクというフランスの大統領を覚えているかい?」
「はい」
「彼は日本人にウケが最も良い大統領だったが、彼の偉大だったところは、フランスの戦争責任、ユダヤ人に対するホローコーストの責任を認めた唯一のフランス大統領だった事にある、私も“つい最近”知ったんだがね、自国の歴史に対する、呵責のない言葉としての、取り返しのつかない負債がある事を認め、暗部を認め、それを認めない闇と、戦い続ける事をね、彼は、宣言したんだ」
フランスの様な自由の国ですら、その領域に至る迄に、どれだけの葛藤と時間と啓蒙活動そして外部要因が、あったかを知らなければならない。」
「当時ボスニアで、民族浄化というホローコーストがあった、それをフランス国民の誰もが知ったからこそ、この演説は(フランス国民の良識ある人たちから)受け入れられたんだ」
「そこからだよ」
「闇雲に自分の思いを言い放っても誰も受け入れてくれない」
「むしろ、その気持ちを隠して、自らにあった失敗の原因を深く考えていた、そんな土壌があったればこその、この言葉の重み。が深く伝わったんじゃないだろうか?」
「私はそう思うんだ、それが受け入れ、愛すること。友情ではないだろうか?」
なんてね。
これ以上は、河村は語らなかった、語り尽くすべきではなく、それは彼女自身が自ら芽生えさせ、自らのモノにせねばならない感覚だから、余計、河村は、それ以降は聞き役に回り、頷き同意しつつ、何も説明せず、ゆっくりと杯を傾け、彼女には
「うん、そうか!」
と
「落ち着こうよ」
とだけ言い、グラスを促すだけで、どうしても橋本達のやり方に納得できない、浦添の話に対して徹底的な聞き役に回っていた。
只、この言葉を吐く前に彼がボソッと呟いた言葉は、印象が薄かった。
「もっと、先を見据えて問題点を見なければね。それは、それから先は、君たち世代の仕事だから」
本当に、盃を傾けつつ独り言のような台詞であった。
その声とは対照的な調子で
「遅いから、シャワーでも浴びて、そのまま帰って明日に備えなさいい」
河村の妻の一言。それが今晩の終わりの合図であった。彼女は、浦添を娘の様に愛しむ人であった。
『教える事は簡単。気付いてくれなきゃ困る。』
『相手の考えを質したり、変えようとするのではなく、相手が何故その様な考えを持つに至ったか?を理解し様と努めないと、先には進めない。拒絶しているだけでは、未だだな。』
河村は、心の中で呟き、タオルと浴衣を持たせられた、浦添の釈然と、未だ、していない、後ろ姿を眺めつつ、また袂中のから出したタバコに火をつけた。
「なんなら岩本さんには、私が電話しておこうか」
妻のウキウキした声が後を追った。彼女は、今晩、浦添を泊めるつもりらしい。
(政治2)
なんで、彼=アメリカ合衆国大統領=と自分が、気が合わないのだろう?それは他人の目から見ても不思議だが、自身が、未だ、その訳を分析はできていなかった。
しかし彼とウマが合わないのは事実だ。不思議と、正に、すんなりと、少し年下の彼、長幼の序?いや、歳不相応に、セルフィッシュ(原理主義) で、ダブルスタンダードが露骨な、リベラルな彼。
その良い所は、何も思い浮かばなかった。只、彼のその頑なさは、彼の支持者には非常に受け入れられ、それこそ、岩盤の様な強いサポートも得ている。
そしてその中の裕福な支持者の利害と、自分の支持者の利害は、全く一致する。
そこは、頭では理解できている。
利害が一致する支持者に支えられている、にもかかわらず、我々の関係は、世界から、いや隣国からさえも、ウマが合っていない様に言われている。
曰く『ジャパン・パッシング』と。その言葉。いや世界からの評価されていることが、不思議でもあり面白くもあった。
彼等の裕福では無いが、高学歴な岩盤支持者は、我が隣の、大国を蛇蝎の様に嫌う点で一致していた。しかし彼は、異なった意見を持っていて、表明していた。
ジャパン・パッシング。それが彼のスタンスだった。
唯一、考えられる彼と話し合える点は、いつも彼に対して、損して徳(得)を取れ。の精神で素直に当たっている事だろう?けど、今回もそれが上手くいくとは、思わない。でも、切っ掛け位にはしよう!そんな軽いノリで始めた指示であった。
我が国が五一番目の州。しかも、都合の良い財布の様な地位に甘んじている。彼の『現状』は、彼自身の自出や、祖父母の代からの、言い伝えられている部分で、説明は受け、理解は、している。でも、彼には、我慢がならなかった。
今、自国にいるアメリカ軍を対外的な作戦行動の決定以外で、あらゆる面。
特に『一般兵卒の素行』に関する懲罰に関しては、自国の組織や自国民と同等に扱える体制にする。
その根源=不平等条約である『地位協定』を始めとする“あらゆる”『不平等協定』をドイツやイタリア、イギリス並みに、全面的に改定する事をリベラルな彼に、理解させ同意させる事が、まず喫緊の今彼のやれること、やるべき事である。
その為には、我が『軍』も国際標準に法的身分を『上げ』なければ、ならないことも承知している。
駐留部隊が、平時の日常活動と訓練レベルで、引き起こした、あらゆる事故に対する査察権を対等で、公平な関係で得られなければ、余りにも一方的に彼等に都合が良く、彼等を自国に維持している、そして“うるさい“野党がいつも騒ぐ『思いやり予算』という名の莫大な額の駐留経費負担。いや浪費(彼も、それは“税の無駄遣い”と感じている)の大義名分が成り立たない。と考えていた。
その確信、基地のある地域に米軍の存在のメリット(地域への還元)を普段の生活で享受させる。そうでなくて、“いざ”という時に、彼等の採る横暴を『どうやって?』我慢させることができるのか?
それが、全ての彼の思考・行動の原点であった。
そのためには、自国のインテリジェント組織の力不足、基礎的防衛力をまともな軍事組織にする事へのアレルギー除去=民度が低い事を如何に国民に自覚させるか?誘引するのか?が鍵であると認識していた。それに対外的には…。韓国。
一言では片付けられない理論や、証拠に基づかない、感情と、自国の過去の馬鹿な為政者に拠る判断ミスにより、齎された(もたらされた)結果を都合の良く改竄(日本のせいに)した、自国の近代史を為政者側のみが残せた、要は、歴史的証拠に基づかない『伝聞』により、一般国民へ印象操作を固定化し、その結果のみを『原則』として判断基準にし、行動し、我が国に強要する。
そして『自らを後進国』と嘯く大柄な隣国支那を『感情的に怯え(おびえ)させない(感情的な振る舞いをさせない)』様に、共に、地域・環境を維持しなければならない。唯一の隣国には、大人であって欲しい。
その為にも、客観的に、自国の国力がどう、海外から見られているか?を自国民に認識してもらった上で、リベラルな国民の目、彼等にも見識を養って貰う努力が、我が政権には足りて、いない。
そこへ、湧いてきた様な今回の話である。使わない手はない。
シンプルな直言と、そのための環境整備ができれば、自国民だけではなく、カウンターパートであり、駐留に疑問を感じている、隣国、韓国を説き伏せる自信もそこにはあった。
米国大多数の持論、他人を守るために何故?我が国の若者が血を流し、我が国の税金を使わなければならないのか?その通り。
もう世界の警察官は辞めたい。それが彼の偽らざる本音で有った。
ただ、『自らを後進国』を嘯く二つの、価値観が、全く相いれない、巨大軍事国家から見て丸腰に近い状態で、此の地域に、カウンターパートで有る我が国を放置しておく事は、彼の立場では、選べない選択肢でもあった。
カウンターパートを単独で、国際的観点から、軍事強国化する事は、危険だと言う考えは、未だ米国の基本線でも有ったし、日本の現状を鑑みても、国民の自国軍(自衛隊)に対する、能力強化は、アレルギーに近い、拒否感が、まだ漫然と残っている。
だからと云って、はこのままの在日米軍の地位関係(地位協定)が現状のまま、なのも、ドイツやイタリアとの比較が、インターネット経由で簡単にできる社会では、非常識的で、その様な現実を理解して貰う為に『自国民と彼の選挙民(米国の進歩的考えを持つ有権者)を啓発する為の環境整備なのだ』と云う事を彼に伝えれば良いのである。
今回のケースは、自国民には、君たちの横に、英語を母国語として話し、愛すべきアメリカの価値観を有した若者がいて、彼等と、より友人、正に隣人として集うきっかけは。メリットである事を認識させれば良いのである。
それに、もってこいの、シチュエーション(状況)がそこに現れたのである。
そして、此の処、制服組の幹部や外務省からレクを受けている、彼等の真意。要は、アメリカファーストが、我が国の外交防衛に及ぼす影響を鑑みると、自国内、しかも本州、それも自身の選挙区内に、若いアメリカ人を家族単位で十分確保して置く意義は大きく。そのための大義名分は、いくらあっても構わなかった。
そして、基地内の住人とは言え、若いアメリカ軍兵士、その子息や構成員(兵卒)が、隣人として羽目を外した時。多分ハメは外す事は、十分想定して、それを伝え、然るに、彼等が、日本の若者が、粗相をした場合に受ける『罰』と同じく、公平に『罰』受けさせる、それも自身の選挙区内で米国MPの介在をほぼ排除し、米軍基地内や、若い米兵に対しても日本の司法、その地域の行政が普通に公平にも、日本の司法権と行政権を行使できる様にする。この、日米地位協定に残る、不平等部分を徹底的に改正する。それが自身の役割なのだ。
如何に、自国第一主義者とて、此のアメリカ人が大好きな大統領は、アメリカのフェアプレー文化を浸透させるという理屈に贖い(あがない)、損得感情で攻めてくる事はない「筈」である。
そして、この成功は、彼の支持者以外も喜ばせる事ができ、それは確固たる我が国民、特に沖縄県民への保険となる。
この方法論ならば、いくらダブルスタンダードな彼(大統領)でも、抗えない理由であろう?
しかも、結果、協定改正が成れば、基地問題を抱える沖縄県民が、最も喜ぶ、沖縄には、もっと、その環境が整えられていく!ことを宣伝できれば。これで、歴代政権の残してきた沖縄への『ツケ』も少しは相殺、緩和できる。
集団的自衛権、それを阻害する憲法の改正は、急務であるが、野党はもちろん自身の周囲にも、米軍と軍事を含む、あらゆる行動が、他国同様に『普通』にできる様な『環境』を整備することに対するアレルギーは、根強く残っている。
此の頚城を解くためにも、若者たちのダンスと言った、アメリカ的な文化による普通の交流の前例を作り、メリットとして見せる事は、絶好の機会と考えた。
「もしもし、あ、河村先生」
彼の携帯には河村の携帯番号が収まっていた。
話は九年前に戻る。彼が未だ官房“副“長官として、その現場に、派遣された時に出会ったのが、その事故現場(大学)の教授であった、河村である。
彼をアテンドした自党の地元議会議員の紹介により、今回事故の問題点の焙り出しが、彼に与えられたミッションであった。彼の上司(首相)と、当時の大統領の関係は、今の自身と現大統領の関係とは真逆で、当に、親密だった。からこそのミッションである事は、十分承知していた。非常に印象的だったのは、自身の経営する幼稚園の近所での事故ゆえ『激昂していた』紹介役の自党議員より、自身の職場で起きた事故にも関わらず、河村教授の冷静な判断と提言であった。
此の事件を契機として、変えるべき条約内容の順序立て、相手にとってのメリットとデメリット。相手の琴線に触れる内容の精査。
これを外務と背広組(防衛担当者)に、“きっちり”理解させ、先方に伝えさせることが、当時の自分の権限の範囲で出来る事。
それを上司(首相)に渡し、条件交渉を有利に導く。
そのメリットを河村は、彼に説き、その説得の為の、エビデンスを彼に提供した。
此の地元の地頭議員や、感情を優先させる、野党、当時の沖縄県から出てくる、此の事件に関して実現不可能な要求は、彼(河村)の口からは、何も出なかった。
ただ付け加えて、明治時代の不平等条約改正の改正に漕ぎつけるまで当時の政府ですら、六十年近い時間を要した事を話し、決して、焦って、全てを一気に変える様に導いてはいけないこと、相手と、如何なる軋轢も、しこりも残してはいけないことも、彼のレクには付け加えられていた。
先入観はあった、河村が、自党に反する、地域政党や共産党の重要なブレーンの一人であり、反基地闘争の急先鋒の一人であり、九年前の女子暴行事件では原告団の主要ブレーンの一人でもある事は、事前レクで十分承知していた。
だけに。此の適確に上司に響く言葉の出し方を教授された際に、驚きと共に、或る種の、信頼感の様な感情が生まれた。
彼は、どちらかの色に染まっている訳ではない。
当時の彼の上司(首相)が、米国と取り決めに使用した提案書は、その後の対米交渉の方向性を決定づけた。その上で、彼が順調にステップを登り切り、現アメリカ大統領との関係を今迄通りに維持する為の、考え方の『根本』きっかけにも、なった。
以来彼は、米軍絡みの案件に関してのみ、河村との間で、個人的に質問ができる間柄を維持・構築していた。
地位協定の改定、それに伴う米軍の縮小に必要な現実的な日本の姿。
その為にすべき、内政問題。憲法改正を除き、全て河村の提案が、此の考えに至る端緒であった。
しかし、河村は、違った。河村にとって、彼は便利で強力な『駒』の一つとしてしか『認識』は、していなかった。
そして本質的な部分で、彼とは、考え方が異なる事を自覚していた。
そもそも、日本の司法や行政が、彼(大統領)の国に比べ、遥かに遅れている。故に、彼等は、日本に、捜査権や逮捕権を与えていない事に、此の『駒』が、未だ、気付いていない事に失望していた。




