「オペレーショントモダチ」(その12)
海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)
海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)
高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)
奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)
高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)
海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)
JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)
弓削田・地元テレビ局ディレクター
橘・同カメラクルー
河村校長。
岩本警部
(プロローグ)
(なれそめ)
(東北行)
(アフガニスタン2010)
(沖縄)
(岩国)
(岩国警察署)
(浦添泰子)
(アン・フジムラ)
(震災三日目)
(奴・吉村君子)
(ジョン・シューバッハ)
(イングリッシュ)
(岩国基地)
(県立岩国高校)
(基地内の高校)
(首相)
(岩国2)
(地元放送局の動き)
(新展開)
(霞が関・中央の思惑)
(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)
(政治)…その12
(ステディー)…その12
(なし崩し)
(政治2)
(気づき)
(霞が関2)
(気づき2・続き)
(岩国3)
(気づき3・続き)
(地元放送局3)
(思惑)
(枷)
(展開)
(親しく。「テッパンヤキ」)
(イコール)
(三沢へ)
(両親)
(プラクティス)
(プロム)
(反響)
(Differences)
(プラグマティスト達)
(エフェクト)
(良い結果)
(逡巡)
(フィクサー)
(政権)
(エピローグ)
(政治)
県警本部大会議室には、本署と岩国署の本部生活安全課および防犯課の担当者および署長、山口県の県警本部長、県教育委員会委員長、市長に県知事、そしてキャリア官僚である文科省の青年スポーツ局長にという豪勢な顔ぶれが打ち揃っていた。
その筈である。このマスコミには日程も何もかもが告知されていない会合は、実は官邸の肝いりである。
「ご多忙の中皆様にはご参集………。」
「ご存知の様に平成二十一年度より正式カリキュラムとなった、武道。ダンス教科の履修必須化に関して、残念ながら四年を経過しようとしている現在でも其の履修の全国への進捗は遅々として進まず、本省としても、なんらかの対策を講じなければならないと考えておりました。」
このメンバー中最若手である局長の発言から会議は始まった。
「ご存知のとおり商業主義に乗った所謂“ダンスバトル”なる物は、昨今、各種テレビマスコミでも活況らしきものを呈しておりますが、あくまで学校が管轄するこの教科が、それに追随していない状況が実態なのは、本省と致しましても看過できない事態と考えております」
「宜しいでしょうか(挙手)」
「県警としましても、担当課長よりご説明申し上げますが、青少年の健全なる育成の観点から現状のまま学校サイドが若者を放置していることは宜しくはないと考えております。山南くん追加説明をお願いします」
県警本部長に促される形で生活安全課の担当者が挙手をした。
「岩国署生活安全課の山南でございます。本部長に依る、ご説明に補足をさせて頂きます」
要は夜間、此処の所、シャッター商店街と化した岩国駅周辺のアーケード街の周辺で、深夜にわたる、青少年による“勝手な”ダンス練習をこのまま、警察として看過して良いものか?対応に悩んでいるらしく、まだそれが高校生レベルで止まっているが一部、塾帰りの小中学校性へと若年化して行きそうな気配もあり、学校側で対応をお願いしたいと言うことなのだが、具体例が多く列挙されていく内に、彼の話は、だんだん要点がズレて行った。各委員は、それにチャチャのような質問を小刻みに挟み、まさに会議は踊る。されど進まずと言う、最も忌むべき会議の状態に陥りそうな気配が濃くなって行った。
この中で、最も偏差値が高く、かつ中央の意向を理解している。が最も若いスポーツ局長で、彼が最も早く今事態に(切れた)業を煮やす形で、今までの話とは関係なく結論に導き始めた。
「昨今一部ローカルのマスコミで喧伝されている、岩国高校の先生と岩国基地の一部隊員や同基地内の学校と県立高校おける交流に関して担当をされている教員が、本教科の担当教員であることを耳にしたのですが、真意の程をご説明頂けますか?」
末席で話を伺っているように見えるだけだった防犯科の課長でもある岩本が挙手をした。
「そのことに関しては教育委員会の皆様より私の方が個人的に、その“担当教員”と親しくさせていただいている関係で先に、具体的な実情のご説明させていただいた方が良いと考えますがいかがでしょうか?委員会の先生方?」
「どうぞ!」
これは教育委員会委員長。とは言っても、県立高校の中で、生き残った校長の上がりのポジションであり、数年後のご褒美でもある叙勲まで、体裁がよくギャラの良い名誉職程度に受けていた彼には“渡りに船”であった。
この間に、議会の方向性が、判らなくなりつつあった彼には、予め持参した資料に目を通し、言うべき論点を整理することができる。
岩本は“我が意を得たり”とばかりに、今までの経緯から滔々と語り始めた。
彼は事前に河村校長と飲む機会を得ていて、校長の名前を挙げて、その意見も、語り口の中に組み込むことができた。
この内容は局長が本省で上からレクを受けていた方向性にまさに合致していた。
その上、件の校長は、基地の充実に関し、懐疑的であった前市長の肝いりで、沖縄の大学から招聘されている問題がある人物であることを事前に把握していただけに、その彼の意見がこの、地方公務員=警察職員の口から、肯定的方向で触れられることも、彼には軽い驚きを覚えたが、このまま話がまとまれば、彼の上司である、部局長、本部長共にお覚えが上がることが、期待できる方向性でもあった。
思わず(多分同じ思いでいた、県教育長、県警本部長とともに)
岩本の上座に座る面々は揃って頷いてしまう有様であった。
「はい、ただいま県警の方からご説明があった通りでございまして、当教育委員会といたしましても、本カリキュラムの全県に渡る頒布指導の平準化のために、県下随一?の進学校が起爆剤になれば何かと今後やり易いかと、また、昨今の基地問題に関しても、地元との融和を促進する材料としても良い手段ではないかと、河村校長には、ご支持と協力の表明は、既に個人的には頂いておりますが、中央の方でもこの件に関して、当委員会にご指導とご協力を頂けるならば有り難く」
「委員長それは具体的には、本省の許諾と予算措置の検討を依頼する。と考えてよろしいでしょうか?」
局長の物言いは、若さにかまけて上から目線でストレートである。
「え!ハイ。そう願えればもう」
この老人の回答はいつも、それに対して具体性を欠く。
「わかりました。実のところ本省といたしましても実験的な試みではありますが。ともかく自由にお任せして、どうなるかを見てみようと考えており、すでに具体的な予算措置の検討に入っております」
「おおおぉー」
一同はあまりに素早くかつ大胆な中央の意向に驚きを隠せなかったが、さすが、若い総理の考えの下、中央は動いていると、勝手に、かつ素直に感心したのは主に、メンバー中、老人といわれる人々であった。局長は続けた
「また、委員長の、ご懸念の通り昨今の日米防衛協力や在日米軍の国内におけるあり方。という見地に関して、他省ではありますが、防衛及び施設局の担当者からも、レクを受けており、外務省の方からも全面的に協力することは吝かではないと云う言質も預かってきております」
此れは、少しハッタリを噛ませてはいた、学生時代の同期の施設庁や外務省のキャリアと省外で世間話程度に話したことがあるだけ。というのが実態であるが、その様なことは彼らが預かり知る、知らせるべき事ではない判断がこのエリートにはあった。
中央から出向しているもう一人のキャリアである県警本部長を除き、地方の役人達はその若者の言葉に唯々頷き畏れ入って聴き入る体であった。
其の空気が彼をますます増長させて行った。
岩本は、河村校長の事前に話した内容と方向通り会議が進む様を見て、河村校長の先見の明に感心していただけではあったが。
「局長、では私の方からクラブを通して各テレビ局と新聞社には事前に根回しはしておきましょう。それでよろしいですね知事?」
省は異なっても同じ、先輩キャリアでもある県警本部長の阿吽の言葉で事は決まった。
「では山南くん然るべく」
「では本部長の宜しいように。当県出身の首相におかれましてもこの件に重大な関心をお寄せ頂いていることは、私も直接承っておりますので、県として全面的なバックアップはさせていただきます」
全く具体的に何をどうしてくれるのは、市長には、分からないが、少なくとも反対はしない事。また、このキャリア達と異なり。私は首相と直接繋がっている。と言う自尊心が、彼の元上司でもあった知事の言葉にはにじみ出ていた。そして
「市長以下関係各位もよろしくお願いしますね!」
この地のボスは私だという知事の宣言で幕はおりた。これで外堀は埋まった。
教職員会議は、三年生に留めて措くべきか、一〜二年生にもダンスの授業をどう進めていくかで、スタックしていた。少なくとも三年生には、この授業を進んで受ける動機付けができる。一〜二年生は、一年後二年後”こうできる”という夢を餌にして動機付けをして良いものか?で紛糾した。
なぜなら県立の高校教師には、校長も含め転勤が、基本的にある。
自分の判断が先例となって引き起こった事件は、転勤後責任は取れず、かと言って、その落ち度は、当時の教師の判断の先例に習っただけと言う形で、転勤後も付いて回ることを皆極度に恐れている。
また、全教師が全て同意し一丸となっていない事は目に見えて分かった。
組合系の教師は少なからず、米軍基地の高校と関わりを持つ事に、いや、在日米軍や自衛隊の存在自身にネガティブな政党の支持者であって、その上、組合の敵対する政党の政府や自治体の首長からの意向を忖度し肯定し、且つまた積極的に関わりを持つことなど、米軍や安保の存在自体すら、認めていない彼らに対しては、説得しようもなく其の行為努力自体は時間の浪費に繋がった。その上、副校長の一言
「ではご協力いただけない先生方には退席いただき、ご賛同いただける皆さんで話を進めましょう。」
が引き金となり、もう収集がつかない事態に陥ってしまい、自然とこの教職員会議は流会となった。わだかまりを皆の胸に残して。
この事態、が浦添のモチベーションを幻滅させていた。
少なくとも彼女は反対派のグループに属しているというのが衆目の一致する見方であり。校長然りであった。
それが話し合いの、しかも内容の提案側、中心にいたのだから、反対派としては収まりがつく訳もなく、ただ感情的に原理原則と思想的立場を大上段に振りかざし収め處のない感情に任せて反応、反駁する教師をー流石に煽るモノは居なかったがー誰も抑えようとしなかった。
なまじ、真面目で、其れなりの知識があり、お互いが、信じ切る
『正義』で、相手を大声で、罵倒に近い言質を繰り出して論破しようと試みて来る双方相手を、誘導は勿論のこと、自説へ説き伏せることなど、到底できない相手である事は、お互いが解かっていた。
ただ、事を時間に任せて先送りにできるほど時間は余ってはいなかった。
故に浦添は悩んだ。校長は、なぜ私にこうなる事は目に見えている事の中心に据えたのだろう。
再び河村の真意が伝わらない理解できないもどかしさが、彼女にのしかかっていた。
「先生」
いつからかアンは、浦添を先生と呼ぶようになっていた。
「どうしたの?」
「元気ないなぁ?」
「あれ?公生(Kimio)も元気ないなぁ?二人ともどうした?」
いつからか橋本もアンも軍曹も橋本をKimioと呼ぶようになっていて、橋本もいつの間にか、フジムラさんやミズ大尉から“アン”と、その呼ぶ声も、何時からか優しいトーンになっていた。エリックは相変わらずエリックだったり、たまにサージと呼ぶこともあったが。そして二人とも浦添には“先生”とタイトルで呼んだ。
既に何時もの集会所と化しているアンの部屋では、二人が今日の学校の会議で起こった事態の余韻を溢れさせていた。
「大尉」
エリックは、アンに日本語で何が起こったか尋ねろと、彼女をタイトルで呼ぶことで、せっついた。
彼と橋本のわだかまりは既に消えていて、エリックも、あれ以来いつも長袖のシャツを刺青の隠れる程度にタグって着用していた。
ただ事が穏やかなことではなさそうなために、正確に事実を把握する必要があり、その為には自分のゆっくりした英語と橋本のたどたどしい英語では、まどろっこしいことは、十分にすぐ理解できていた。
「プロムを最終的“動機”にしてダンスの授業を活性化させようって試みだけど」
橋本は重い口を開けて、今日学校の会議室での顛末を日本語で説明し始めた。
「なにそれ?」
二人の若いアメリカ人には理解できない成り行きであった。アンも軍曹への説明は単にナンセンスという言葉が、その英語にやたら混じっての説明になっていた。
「だったら既成事実を作って仕舞えば、良いんでしょう?」
「アメリカンスクールの子達が、日本の高校に見学に行く!って体裁を取ればどうかな?」
「そのあとは成り行きだけど、うちの子供たちはプロムパートナーを探しに行くつもりでいれば、そして、日本の高校生は、英語の勉強の一環としてって感じでね?」
アンの意見はシンプルだった。
スナックをかじりながら、其れこそポーンと即座に反応が返ってきた。
軍曹も同意見らしく頷いていた。
要は、軍事的タクティクスと同じである。
“叩かなければ門は開かない”
開いてから考える柔軟性は海兵隊の十八番でもあり、そのために様々なシチュエーションで、プラクティスを繰り返しているのが海兵隊の訓練の基本でもある。
浦添には、それはあまりにも乱暴な作戦に思えた。
いつも米軍のその様な突拍子もない訓練のトバッチリを食らってきたのが沖縄県民なのである。
だから、これは浦添の人生で、彼女自身の中で育んてきた生理的拒絶感でもあった。
だから、ロジカルにこの拒絶感が、説明ができない。
しかし東京育ちの体育会系には『その手があったか!』という表情が読み取れた。
「どうKimio簡単じゃない?なんでそんなことで悩んでいたの?前にも話し合ってたし電話くれればよかったのに」
アンのそれは、まさにガールフレンドか、パートナーの口ぶりであった。
「オイオイ」
「君たちはいつからそんな関係になったんだい!」
エリックの応え方は、三文役者のそれで芝居がかり大げさである。
しかし浦添にはそれが何のことかもわからず、いやそれどころではなく。彼等の対応に不快感すら覚えた。
(ステディー)
話は二週間前に戻る。
「先生!」
ビールを二〜三本程度しか飲んでいないはずの橋本の声は、唐突だった。
「どうしました?トイレ」
浦添も今晩の話し合いは、今後の方向性が決まった意味で、前進していたので口は軽かった。
「いや、携帯を……。」
「忘れてきたの?」
「ハイ」
もう、アンのハイツのゲートはとっくに過ぎ、対面通行の下り坂にさしかかっていて、中央分離帯が縁石に成っている道なのでUターンすることはできない。
「あ、私ここでいいです。歩いて取りに帰ります。ちょうど良い酔い覚ましにもなるし。」
確かに体育教師でもある彼にとって、ここから大尉の家までの往復、そして彼のアパートまでの距離は、苦にもならないことは、分かっている。
ましてや屈強な男子。襲われることもないだろう。
それに明日の授業の準備、今日の話し合いのレジュメ製作、帰宅前にはこの車を河村校長に返さなければならない。
「そう?じゃぁ気をつけてアンによろしく」
浦添は何も気にかけず橋本を途中で下ろした。
「大尉!」
自転車で帰るエリックは、自分のジャケットを取り上げた時点で橋下の携帯に気がついた。
「ナニ?」
軍曹の手には見覚えのあるテレビ機能が付いている携帯が握られていた。
「ハシモトだな!」
エリックはニヤつきながらそれをアンに手渡した。
「ナニ!私?」
「キミオによろしく!おやすみ!」
軍曹は手渡すとそそくさと自転車にまたがり帰っていった。
上り坂を走るのは、春とはいえ流石にきつかったので途中で歩いたことで、橋本は、軍曹と出会うことは、無かった。彼は、坂の途中を右折し宿舎へ、そこは、ゲート内。まだ橋本は登り切ってゲートが見える場所にいた。
ゲートの看守は、日本人。事情を説明すると、奥の一人が英語で電話確認。
すぐに入場は許可されたが、橋本は照れ隠しもあって、彼になぜ徒歩できたのかの説明をグダグダと、話していた。
ゲートで連絡を受けていた大尉は、玄関先で待っていたので、橋本が走ってくるのを確認できた。
彼は汗まみれ、はたから見ても、着ていたシャツが絞れそうなくらいで、着いた途端、彼は膝に手をつきゼイゼイと荒く息を切らせ始めた。
「ちょっと待ってて」
玄関から中に入ったアンは適当なタオル二本、うち一本をお湯で濡らし、絞り、その間に冷蔵庫にあったアップルサイダーを取り出した。
「ハイこれ」
「あ!有難う」
固く絞られて湯気の出たタオルを顔に当てまずは顔の汗を拭った。そして、流石に、橋本はその瞬間、玄関先の芝生にへたり込んだ。
「バテた」
顔は照れ笑いで、軽く歪んだ。その時、向こうから車の光が近づいてきた。
「アン!」
それは、基地司令のシューバッハ大佐の車であった。
「どうした?」
「その日本人!あ!例の彼か?」
「ハイそうです」
「なぜここにへたり込んでいる」
「誰?」
橋本は明らかにアンの上司にあたる人間なのは理解できた。
「基地の司令官」
「エ!」
橋本は、驚いて立ち上がろうとした瞬間、膝が笑って、再びへたり込んだ。
それを見ていた大佐は驚いて車から出てきた。
そして橋本の腕を握った瞬間
「汗だくじゃないか!」
と驚いた。
アメリカ風の高級住宅か?と一見、見えても周囲は街灯も少なく、家々全てに明かりが灯っているわけでもない。ここは士官宿舎であり普通の住宅街ではないのだ。大佐も彼に触れるまで彼がこんな状態でへばっている事は目視できなかった。
「どうしたのフィル?」
車からは彼の妻らしき女性の声が聞こえた。
「奥様ですか?ご迷惑をおかけして申し訳ありません。大佐。ここは私がなんとかしますから」
「ハニーすまん、ちょっと彼を運ぶのに手を貸す、君は車の中で待っていてくれ!」
それを聞いて、じっとしている、彼の妻では、なかった。
「あらあら、汗だくではないの?シャワーでも、浴びさせてあげれば?」
「何か着替えはあるの」
彼女は、典型的なアメリカの、おばちゃんであった。
「あ、貴女は女性だからその様な着替えはないわね!ちょっと持っていて」
「フィル彼女を手伝っていて、私は家から適当なTシャツを持ってくるわ」
と言うと、車をさっさと奥に走らせて行った。
この間、橋本の上空を飛び交う英語は、彼には、全く見当がつかなかった。
それよりも、ビールを二〜三本飲んだだけ、この程度走っただけで、この様にへたり込む自分が情けなかった。
「大佐が、あなたにシャワーを貸してあげてと行っているけれど、どうします?」
いやそれは幾ら何でも、申し訳がないし、しかもシャワーを浴びたあと、またこの服を着て帰るのは嫌であった
「あ、それと奥様が、貴方用に、何か着替えを持ってきてくれるそうよ?」
それで、あのおばさんは、旦那をおいて車で行ったのか?
「構わないのかい?」
「私ので、よければ、あるものを使ってちょうだい」
「マジ?」
「エエ」
日本語の遣り取りでも、ニュアンスは、シューバッハにも理解は、できた。
彼は躊躇している。日本人だな。ケツを押すか。
「アン、私が強く進めていると彼に伝えてくれ」
この一言で橋本はシャワーを借りることに決めた。
「ここにタオルを置いておくわ」
シャワーヘッドから水の流れ始める音を確認してアンは、声をかけた。
「あなた。これを使って貰って、良いわよね?」
ほぼ、同時期に、玄関から大佐の奥方の声が聞こえてきた。
「ああ構わないよ」
「彼は、ダーリンの若い頃と背格好が同じ位だったから、こんなものしか、なかったのよ」
奥さんは洗いざらしの軍用のTシャツと、下着一式を手にしていた。
「ダーリン。ちょっと手伝ってくれる?」
奥方は、せっかちだったが、典型的なアメリカのおばさんらしく、大佐を外に連れ出し、車の音が遠ざかった。アンは、少し躊躇した、幾ら何でも、彼と二人切りで残されるのは気まずかった。がそれも杞憂に終わった。
橋本が、シャワーを終わる前、アンがバスルームに着替えを置いてリビングに戻ってくる頃。二台の車の音が聞こえた。
「大尉、せっかくシャワーを浴びた彼を又、走って返す訳にはいかんだろうから、私の車を使いなさい。元々、これは君に貸与された車なんだし、遠慮は要らん」
これは、この夫婦の人柄を示していた、典型的な、愛すべきアメリカ人夫婦の典型が、そこには、いた。
「うん?アン!君も飲んでいるのか?」
大佐は、アンに顔を近づけてきた。
「いかんぞ!飲酒は、ここは日本。私の立場や基地でのポジションもわかっているだろうが、君も彼のあとシャワーでも浴びて、完璧に酒を抜きたまえ。これは命令だ!」
「え!でも、そうしたら・・・」
「うん、君がシャワーを浴びている間は、私達が、ここにいるから安心したまえ」
典型的な古き良きアメリカ人夫婦が、ここにいた。でも、彼らは、英語しか話せないのである?
「ところで今日はどんなことを話し合ったのかい?」
大佐は、尋ねた。そこで、かいつまんで軍曹の腕にある刺青の件をはなすと、
「そうなのよ、親から、神から預かった、体に人間が勝手に刺青を掘る事は私も反対なの!」
大佐の妻は、横から、さもありなん。とまくし立ててきた。
「近頃のアメリカ人は、フットボール選手や、バスケットボール選手まで、あのラッパーとか言う黒人…あらごめんなさい…しかし、ガラの悪い連中の真似をして、土人の様な刺青を、ファッションとか言っているけれど、あの風潮には、私も反対なの」
「それがアメリカ人の自由だと。自由の意味を履き違えている事にも反対なのよ!」
彼女は、自身の両親と、同じセリフを話す事が心地よかった。
「はい、実は、私の両親も」
「あ、そうだったね、君の母上は確か」
大佐は、部下の経歴は全て頭の中に入っている様に頷いて、奥方へ、かいつまんでアンの両親の事を説明したた。
「あらそうなの。それはお会いして、お茶でもしながらお話がしたかったわ」
彼の妻は、やはり典型的なアメリカ人である。
「ですが、彼の同僚の女性教師が………この様なことを言いまして。」
すると、また、
「そう“リベラル”な人たちの考え方も理解は、できるわ、でもね、人は皆“賢者”ではないと思うのよ、だから、一定の秩序やルールを常識として持っていない人達は、私達のコミュニティーからは、距離を置いて貰う。まぁ“排除”しなければ、ならなくなるの。今のアメリカが実際そうでしょう?」
「教育を皆が平等に受けられ“常識”を常識として、身につけられる様に、誣いる(しいる)ための尖兵が、うちのダーリンなのよ。」
オイオイ。と言う印象だが、この夫婦の硬い絆の一旦も垣間見れた。
そうこうしているうちに、橋本が頭にバスタオルをかぶせながら、バツが悪そうに風呂から出てきた。
「大尉ありがとう。助かったよ!」
「どういたしまして」
「あら、彼のTシャツ少しきつかったかしら?」
奥さんは、典型的な南部訛りの英語で普通に話した。
「ん?大尉!奥さんはなんて言ったんだい?」
橋本は尋ねた。と同時に奥さんは
「でも、いい躰しているわね、さすがサムライね!」
サムライという言葉は理解できた。
と同時に、この様なご婦人にまで、自身の“武勇伝”が広まっていることに、バツの悪さを感じた。
確かに橋本の上半身は剣道で鍛え上げられた体躯を維持していた。
それはアメリカのマッチョといわれる筋肉フェチとは又異なった均整の取れた形状でもあった。
「あ、橋本さんには大佐のTシャツがちょっと小さかったかしら?と奥様は言ったのよ」
「No,No, Thank you very much for your kindness」
「あらこのかた英語が話せるの?」
奥様は少し驚いた。
「Yes Mam a little」
橋本は、応えた。大佐は、少しゆっくりと、しかも正確な発音で彼に語りかけた。
「どうぞおかけください。どうですか基地内の学校施設は?」
「はい、素晴らしいです。しかも、大尉や軍曹以外に学校の皆さんもみなさん協力的で助かります」
「それはよかった」
「では、私たちは、そろそろお暇しよう。もう10時を回っている。アン。君は、酒は、しっかり抜いて、彼を送ってください」
「ハシモトサン。彼女に、君を家か、下の駅まで送る様、車を置いておくので乗って帰ってください。それでは失礼しますよ」
大佐の“HASHIMOTO SAN”というイントネーションが、やけに、耳にこびりついたが、大佐は、大尉に家か駅まで私を送っていく様依頼したらしい事は理解できた。
「え!」
アンは、先程、大佐が話した内容と、今の態度が異なる事に少し驚いたが、長い経験上、大佐と奥さんの人となりは、理解しているので顔には出さず、
「Yes sir」
と応え、彼らを見送った。玄関にはキーが、外には一台のホンダが残されていた。
「橋本さん」
「あ大尉。公生でいいよ、俺のこと呼ぶの、何か、さっきの司令官?の“ハシモトサン”ってイントネーションが頭にこびりついちゃって、なんか変」
橋本は、苦笑いしながらアンに応えた。
「ならば私もこれからは、アンで良いわ」
「そう?」
(これで自分も彼女に対して浦添先生と同じ立場になれたと橋本は思った)
「アン?」
「良いね!じゃ今からアンだな」
笑って応えた橋本の大胸筋の動きがTシャツを通してセクシーに映った。
「それと冷蔵庫の中のモノを適当に飲んで、テレビでも見て少し待っていてくれる?私も大佐の命令で、シャワーを浴びて完璧にアルコールを抜かなければならないから?」
「ああ良いよ。でも悪いな、大佐も、いや基地では、日本の飲酒運転の厳罰化を徹底してくれているんだな、これは、イワモッサンや道場の連中には、伝えよう!」
「気にしないで」
と言ってアンはバスルームに入ったが、すぐ出てきた
「公生下着!」
しまった!下着や濡れたシャツを持って出ることを忘れた
「ごめんアン!」
お互いをフランクにすぐ呼ぶことには抵抗なく進めた。
「これ!」
アンは橋下にPXで荷物をいれてきたビニールバックを渡した。
既に、そこには汚れ物が入っていた。
「ありがとう」
お互いの手が触れた、確かに、大佐が云う様に、少しアルコールの匂いが、そこには残っていた
「まだ臭う?」
アンは何気無く言った、橋本は鼻を近づけた、目があって、
「うん少し」
橋本が話す唇にアンの唇が触れた。
この週は、浦添は、受験対策の資料収集で大阪に日帰りで出張しなければならず、アンと橋本そしてエリックの三人で戦術の詰めが話し合われた。
夕食は橋本が地元のお好み焼を買ってきて持ち込んでいた。
これは、橋本が、以前からアンやエリックに“食べさせたい”と考えていた地元のお好み焼き屋の作るもので、ビールには絶対似合う。
東京でもなかなかお目にかかれないお好み焼きである。
エリックは、橋本とアンがお互いをギブンネームで、呼び合うことに、そして橋本が、いやにアンの家の食器を手慣れた感じ取り出せる事に、最初から食いついた。
「おいおい、君たちは一体どうなっているんだい!」
「いや別に」
その言葉をお互い同時に発した時に、もう疑いを持つ必要はなかった。
「なんだよ!そう云う訳か、俺が居ない所で」
エリックは、満更でもなかった、むしろお似合いと思っていた。ただ
「だったらKimioこれから俺もエリックだよ」
「OK Eric」
「で、結局お前らが、此れからの持って行き方を示しているんだな?」
「そうなんだよ、アンとも話したんだけど、結局、お互いの高校生の交流の場をこちらで用意しておけば、あとは自然と流れる様な気もするんだ。まぁ全てが、全て、とはいかないが」
「そう、だから、先生(浦添は未だに、やはり皆にとってはSensei/Teacherなのだ)の英語の授業の一環として交流の場を設けるってことで、まずは、お互いが知り合うこと、そしてプロムのきっかけを作れれば、自然とダンスの授業に対する抵抗感も無くなって来るのでは、ないかしらってKimioとも話していたの?」
「今の子は、なんか理由がないと、好きでもないことをやらないからね。でも、教える方のKimioもアップしなきゃならんな!」
「軍曹!痛いところをつくわね。彼にはダンスのブートキャンプが必要かもしれない」
すでに皆三本目のビールに手が伸びていた。
「ブートキャンプ?あのブートキャンプか?そうかエリックは、軍曹だし」
橋本は笑うしかなかった。
「しかしどこでやるんだ?まさか基地か?」
「道場で、いいだろう、あそこには鏡がある。ウチから、ダンスの上手いのを見繕っておくから、その前に、剣道の手ほどきをして欲しいんだ!」
「あ!そういう事、それは良い。じゃぁ。先生に合気道も習うかぁ」
橋本は、笑いながら軍曹に問いかけた、
「いやそれはまだ遠慮しておく。もう少し時間をくれ」
応えるエリックの目は、笑っていなかった。
今日も、エリックは自転車、そして橋本は、二人には、もう見慣れているバイクできていた。
軍曹は、多少酔っても基地内、しかも自転車だから何も問題がない。
しかし橋本はバイクであり、しかももうビールを三人で一ケースは開けている。
必然的に御開きとなっても、橋本はアンとアンの家に残る、そう言う事である。
明日は、朝からシフトが入っているエリックと異なり、士官であり、現在以降、訓練期間が来るまで、待機中のアンには、朝早くのシフトはない。
「じゃぁ今日のミーティングのレジュメは大尉とKimioでよろしくお願いします。自分は明日朝早いのでここで。サンキューKimioお好み焼き美味かったよ!」
「OKエリック今度じゃぁ、そのブートキャンプ(道場の)帰りにこの店で飲もう!」
『yum-yum』
「では。」
軍曹は二人を残して帰って行った。
今日はお好み焼きを買って来たので皿とコップ位しか片付け物はない。
「Kimioシャワーでも浴びてきたら。」
「え?」
皿を手渡されてナプキンで拭いている手から、皿が落ちそうになった。
「何?」
皿をシンクに置いた手は、アンを抱きしめていた。
「もう返すのか?」
橋本は、耳元で囁いた。アンとは唇を重ねていた。
彼女は黒人独特のハリのある大臀筋を持っていて、肩から腰の裸身は、今までの橋本の経験では初めてのラインと感触があった。今日は二人で、裸でシャワーを浴びている。
自分も見られているが、しっかり彼女を観察することができた。
後ろから抱きしめている時に、その大臀筋のホールド感は、今までの人よりも、しっかりしてくれる。これは彼女が軍人であり今までの人とは鍛え方が違うせいなのか、いや前の奴(公子)も鍛えていた。が柔らかく、柔軟性がある筋肉と言うより、むしろ全ての筋肉に弾む感覚がある。
自分がアンを益々好きになっていくことが自覚できた。




