「オペレーショントモダチ」(その10)
登場人物
海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)
海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)
高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)
奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)
高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)
海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)
JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)
弓削田・地元テレビ局ディレクター
橘・同カメラクルー
河村校長。
岩本警部
(プロローグ)
(なれそめ)
(東北行)
(アフガニスタン2010)
(沖縄)
(岩国)
(岩国警察署)
(浦添泰子)
(アン・フジムラ)
(震災三日目)
(奴・吉村君子)
(ジョン・シューバッハ)
(イングリッシュ)
(岩国基地)
(県立岩国高校)
(基地内の高校)
(首相)
(岩国2)
(地元放送局の動き)
(新展開)…その10
(霞が関・中央の思惑)…その10
(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)
(政治)
(ステディー)
(なし崩し)
(政治2)
(気づき)
(霞が関2)
(気づき2・続き)
(岩国3)
(気づき3・続き)
(地元放送局3)
(思惑)
(枷)
(展開)
(親しく。「テッパンヤキ」)
(イコール)
(三沢へ)
(両親)
(プラクティス)
(プロム)
(反響)
(Differences)
(プラグマティスト達)
(エフェクト)
(良い結果)
(逡巡)
(フィクサー)
(政権)
(エピローグ)
(新展開)
午後六時半からの特集は、傍から見ても中立且つ客観的で上々の出来で有った。
地元テレビ局の社長には、局長以下、担当ディレクターやADに至るまで、お褒めの言葉を授けて欲しい要望は、自らの携帯で連絡を入れておいた。
しかしそれ以上に、周囲のメディアが騒ぐ事態を引き起こす事が官邸の任務である。所謂、官邸から外出や帰宅する際のぶら下がりインタビューで軽く一言触れるだけで、その効果は絶大であることを彼は知っていた。
「首相今回の普天間の基地移転…」
そら来た!仕込んであった保守系メディアの声掛けに呼応するように、さっと右手で、いつも通りに敬礼風のあいさつをしつつ
「いやぁ、今日の夕方のニュースは面白かったねぇ、そうか文科省の新カリュキュラムが思わぬ日米親善に役立ってるんだねぇ。君ら知っていたか?」
導火線に火が付いた感触はあった。
「なんじゃ!」
橋本は、みるみる顔が赤くなる事が自覚できた。明日学校に行ったら、生徒たちに冷やかされる事は“受け合い”であった。
まぁさか、自分と浦添のインタビューの前に“あいつ”が取材を受けている事は、“全く”知らされていなかった。
あれでは、あいつは、完璧に“自分の恋人”と言う事になり、それが衆人の下に晒された事になる。
実家からの電話や友人からのショートメール等が殺到する事も想像できた。
確かに放送では、東京に於ける自身の“教務”インストラクターと言う事にはなっているが、では、何故?単なるインストラクターに逢う為に、そのような“危険”を冒して、そのような危険な場所に向かったのか、という説明が全く欠落している。
が、アンとモーザーの表情が、それは恋人に会う為だと、しか見えない・・・思えない。最初の数分以降、もう番組の内容を正視する事は適わない状況に陥ってしまった。
しかも、明日もこの特集は続くとは…地獄だ。
「警部!」
「解かっとる。見とる。“裏”は、これで取れたな」
丁度テンヤもので、済ませた夕食時に署内は、過日の米軍との親善試合の模様が放映される。と言う事で、手すきの署員は、それこそ署長以下、全員がこの放送を凝視していた。その中には、稽古着のままの浦添の姿もあった。
今日の放送では、この前の岩国基地の人間(職員隊員の子息)と学校の生徒の合同授業に関しての話題は露ほども出ず、もっぱら、米軍基地(海兵隊員)と橋本が先の震災で育んできた友情。そのプロセスにスポットライトが当てられていた。
『ふーん何だったんだ。この前のインタビューは?』といぶかりながらも、浦添は、汗でぬれた体をほぐすためシャワー室へと向かった。
要は署員に自分はこの様な番組には関心は一切ない。事を無意識に示していた。ので、この特集が以降も継続する部分は、完璧に見落とした。
教育長との長話が終わりやっと、晩酌にありつける。
上から(多分東京からの“御意向”を忖度した教育長からの(指示的な)電話での会話は、河村にとっては、学校長として面白い内容であった。
要は、あれこれ言っても、内地(日本本土)における米軍アレルギーの除去に一役買って欲しい。という事に尽きる。また元アカ系の人間もいまや、職責を得て、自分の下、この様に更生している、と、でも新市長一派は、見せたいのじゃろう。
其れも由。既に、一本目のお銚子は空になっていた。
公子は、テレビクルーの取材後は特に、ちょっとした有名人になっていた。
其の事が彼女を此所に居辛くさせていた。
東京でボーイフレンドを作ってきただけでも、大騒ぎになる田舎なのに、其の事が全国展開のテレビで面白おかしく放送されることは、彼女の性格からして許せない、許されない、そして居た堪れない事態であった。
そんな事態を避ける意味で地元に戻ってのんびりリフレッシュする事ももう夢の話だ、ただでさえ復興の為に、“精”を出す現場にいても好奇の目に晒されている気がしてたまらなかった。
「吉村さんと橋本先生の間にはダンスの師弟関係以外の何かがなければ、橋本先生がこちらにあの状況で駆けつけることは無い」
というのが結論であり。其れを前提にインタビューは進められると覚悟したが、其のような事が、画面上一切でなかったところに、余計、皆の好奇心はかられ、其れに尾ひれがつく始末である。
弓削田もそこは最新の注意を払ったつもりだったが、人の気持ちは得てして思い通りにはいじれないものである。
「もしもし吉村です」
弓削田から渡された名刺を握りしめ、公子は思い切って電話をかけるか、もう一度、東京でのダンスインストラクターに戻るしか選択肢は、ないように思い詰めていた。
この苦境を脱出する術(抗議)をこれしか思いつかなかった。
しかし、話を受けた弓削田にも、関わっていられる種類の話ではない、こう言った時に便利なのは『上司への相談』という形で、上に振ってしまうことを、弓削田は生理的にでき、また上司も暇を持て余していた処に“降って湧いた”様に、この“特殊案件にコミット”できる、格好の機会と、捉えてくれた。
話はトントン拍子で、公子の思惑とは離れたところで思わぬ展開を遂げて行った。
(霞が関・中央の思惑)
NSAでの研修以来、くる案件は、インテリジェンス部門というよりスキャンダルの捏造と、関係者のスキャンダルの破壊活動部門に成り下がっていた。
また其の延長線上の作業が仰せ遣わされた、こんな女を適当に公務員として、どこかの行政職員、できれば“教師”として潜り込ませれば良いだけの話。
電話一本でできる仕事である。
彼は手元のPDAを取り上げ其処に出ている履歴書を一瞥しながら、受話器を取った。
「あ!もしもし…はい。では貴校臨時体育教員。ハイ?ハイ、教員免許は勿論…大丈夫です。それに、ダンスインストラクターの職歴を長年有しておりましたので。はい。次年度からのカリキュラム担当として弊省と致しましても…もちろん上からの案件でございまして、では、はい宜しくお願い致します」
既決の箱にA4の依頼要旨はうまく収まった。
ゴシップの基が居る岩国から、直線距離では、はさほど距離は離れていないが、電車では、架橋経由かフェリー経由でないと行けない。
ほどほどの距離間。
しかも私学で国内でも指折りの進学校、巷のくだらんゴシップとは、無関係な環境。そこが彼女の勤務先である。
ただ同僚は、彼女の出身校より、相当学校の質が異なる学校のOBばかりというのが一抹の不安ではあるが、大ボス(首相)のご友人が理事長をしている。次年度の補助金という餌。
しかも大学の新規開設に関する“操作”もつければ話は、トントン拍子で進み、紙キレのやり取りだけで、時間も節約できる。上に報告が上がる内容としては、まぁ良しとしよう。
「弓削くん!」
「部長?」
「例の君からの依頼の件だが、これで問題ないと思うがどうかのぉ?」
「ホウ!?」
やはりこの件は政治案件にできる事が、斯様に簡単に分かるとは、報道部長なんだから部下の仕事を少しでも、観察していりゃわかる様なものだが、まぁ、ウチの『上司』は、この業界の例に漏れず、クライアントかコネで入社された方ばかり。
地元のボンボンのノンポリだから、まぁだから、こちとら仕事もやり易いのだが、でも一応保険はかけておこう。
「部長、ここ例の蕎麦屋問題の系列校ですから、首相との絡みとか、大丈夫ですか?」
「あ、それ、部屋(社長室)からだから、問題ないともうよ」
社長ときたか…。噂には聞いているが、社長と首相は、そんな仲なのは“本当”らしいな。でも、自分にまで火の粉は回ってこない事は、はっきりした。
確かに社長室の印が一番右に其の横に役員、局長と部長のも、押してある。
写メに保存しておけば大丈夫だな。
「局長もですか!さすが部長!ありがとうございます」
「あ、それとね弓削くん、その子の学校までの赴任は、報道部らしく、しっかり、動画で押さえておいてね。旅費キッチリ出る様にしておくから」(笑顔)
至れり尽くせりである。しかしこの若造は、人の名前をしっかり覚えられない人種だ。
「部長、自分は弓削田です。」
「あ、そう。」
唯、一まともな局長も目を通してあるとなると、これは、何かあるかも知れない。
連絡前にディティールを深掘りしておこう。
弓削田は、公子への連絡前にライブラリーへ立ち寄ることに決めた。
御意向を考えながら、すでに二本目のお銚子もカラになっていた。
河村にとっては学校長として、それほど面白い内容であった。要は、あれこれ言っても、米軍アレルギーの除去それも、アカ系の人間と思われている、自分が、自分らしい方法で校長と言うポジションを上手く使って、それが出来れば、彼の有能さを“霞が関の覚え”が良いのだろう事は十分理解できたが、こちらが、未だそのようなレッテルを貼られている事が周知されているのならば、実の教え子も私をそう見ている事は、間違いは無い。
それでは、これから(彼女)が色々やりにくい。
いま、現状を鑑み、既に従来の左派原理主義的思想に自身が決別しているのは事実で、そのような杓子定規な連中から見れば、自分の思想は、十二分に右旋回し。
『日和っている』
今の自分は与えられた環境の中で、如何に公平公正に自身を保つ事が難しいか、何かの信念に基づく行動は、その信念に絶えず疑義を持ち推敲を重ねる努力を継続していない限りにおいては、実は、身を“委ねているだけ”で、楽な事。
結果それが多様性を失わせ、自身の判断に普遍性=説得力を担保しえなくなる事が、身に滲みていた。
だから身を委ねるだけの原理主義的な人にとっては今や『俗物』になっている。自分。
そしてより、視線や視点の数が少ない、挫折経験が少なき若者に、知識を伝えるべき存在=青少年の教育者は、俗物でなくては、ならない。と言うのが校長になってからの自身のスタンスである。
娘の様な浦添の純粋さは、今の河村にとっては脆弱で危険なのである。
世の中にはThis is the penは、ないのである。
筆は、平和の代名詞に思われがちだが、剣より強く、使い様によっては“恐ろしい力を持つ武器”にもなり“凶器”にもなる。
多様性と公約数。機会の多様性と世の中に絶対が無い事を知らしめる。
或種、幼児性との決別。これが、教育者に求められる資質であり、リーダーを育てる教師の態度である事を彼女に気付かせる機会が巡って来た様だ。
教室に入るのは憂鬱だった、職員室では、流石に大人の忖度が有ったが。子供達は、そうはいかんのだろう。自分の今までここで気づき上げてきた『威厳』は、昨晩で吹っ飛んでいる事は容易に想像できた。
「センセー!」
朝礼が終わるとすぐ、
「わしらは基地の子とダンスするんですか?」
え?そっちに来たか。
「わしらセンセーと違って、東京で“出会う”チャンスが無いですけ、モノ本の金髪ギャルと出会うチャンスは…」
「男子それは“セクハラ発言”!」
「お前らかて、ジャスティンビーバーみたいなのがおるかもしれんけん。言いとッたやないかぃ!」
「是非、先生に、この件は“是非“実現を!」
と言うのが、お調子者だけでなく、クラス。いや新3年生の総意の様であった。
やはり奴らは人の事より、まずは自分の事。その分(突っ込まれず)助かった。
同時刻校長室には、浦添が英語科の教務主任兼任の教頭と校長から意外な依頼を持ちかけられていた。
「浦添先生。英語科の教務主任として本来は、私が担当の窓口に立ちたいところなのだが」
如何にも口惜しそうな口ぶりで教頭が口火を開いた。
「昨晩のテレビとは全く関係無しに、せっかく基地の高校生との接点が出来た事だし、生きた英語を学ぶと言う観点からも、共同でカリュキュラムを開拓したいと言う意向が(上には)有ってね」
「御意向とはどの方面からなのでしょうか?」
反射的に浦添は反論の様な口調で質問した事を悔いた。
そのような事は、とうの昔から解っている。
「教育委員会、もっと言えば文科省からの意向です。浦添先生」
河村が教頭を押さえる形で口を開いた
「英語科の教師として、三年生の担任として先方との窓口を務めて欲しい」
何故?私が?先生は、私が何故?ここの教師を希望し赴任したか経緯を知っていて、何故?と言うのが率直な感情。しかし押し殺して
「校長先生の御意向でもあるのでしょうか?」
「そうだ。教頭には、他にやって欲しい事が有るのでね、となると私から見て適任の担当は、君以外見当たらない。」
「私が担当に当たるより、年齢的に近い浦添先生と橋本君のコンビの方がやりやすいと思うのだが」
教頭から意外な人名が挙がった。
「橋本先生?」(どう言った事なんです?)
「そうか、共同カリキュラムの内容を未だ言って無かったね。」
「三年生の体育。ダンスだ」
「え!?」
「一昨年から、わが校でもダンス授業が、試験的に始まっている事は知っていますが、それですか?」
「そう三年生は、現代ダンスの集大成として創作ダンスが有って、その研修の為に橋本先生には特訓をこの春休み期間に受けて貰ったのだが・・・」
(その辺のくだりはもうっすでに知っていた)それが何で、米軍基地内の高校と結び付いたのか、までは知っていたが、東京(文科省)がそれを知り、どう変化したのか?
そして、何故私に…この前のインタビュー依頼から釈然としない校長の態度、しかし…なぜ学校長が命ずるのか?理解に苦しむ。が、従わざるを得ない。
「(浦添)先生これは校長からの指示(命令)ですので、その辺はわきまえてお受け下さい」
これで全て決まりだった。わずか数十分間程度しか校長室には居なかったはずだが、浦添には、この時間は、異常に長く感じられた。
「初めての事で御心配、不安な事も有ると思いますが、具体的な話は、橋本先生と、何かあれば私に相談して下さい」
教頭は活き活きと付け加えた。
「橋本先生」
教頭から会議室に呼び出されて今後の(卒業生による創作ダンスの)方針に関しての“打ち合わせ”、前の、打ち合わせ(根回し)が始まった。
「基本的に河村校長が浦添先生に指示を出しているので、先方とのコミュニケーションに関しては浦添君がサポートしてくれるし、なんだったら“私も使ってもらって”も一向に構わないから…」
「それで?」
「初めてのカリキュラムだし、これが前例になるかもしれない。又、文科省からのお墨付きも頂いている事なので、基地の高校生達と共に作り上げると言う方向で、卒業生の集大成を作り上げて頂きたい」
薄々は、感じていたが、まさか本当に“お墨付き”をそれも校長、教育長を飛び越えて文科省からの…とは正直驚いた。がこれで、彼らと自由に連絡を取る言い分はできた。
「先生基地側の窓口は…」
「君が良く知っている彼らだよ」
あっさりとした口調で校長から答えが返ってきた。
「あ、それと、テレビの取材が入るからね、ドキュメンタリーになるとか言っていたかな…全国放送の」
教頭が付け加えた。




